私たちの演奏技術は筋肉の使い方に依存しているから、次の点を考慮して欲しい。
1:どんな動きでも、一部の筋肉は発動(収縮)されてその動きの動力源になる必要がある。一部の筋肉はその動きを実行するのに必要な安定性を保つために発動される必要がある。そして一部の筋肉は動きを微調整や動きの実行中の修正のために発動される必要がある。
私たちの演奏技術は筋肉の使い方に依存しているから、次の点を考慮して欲しい。
1:どんな動きでも、一部の筋肉は発動(収縮)されてその動きの動力源になる必要がある。一部の筋肉はその動きを実行するのに必要な安定性を保つために発動される必要がある。そして一部の筋肉は動きを微調整や動きの実行中の修正のために発動される必要がある。
楽器演奏を学ぶという事は、少なくとも技術的な観点から見れば、楽器を演奏するときに役立つ習慣を作り上げるということを意味する。何か新しい事を学ぶ時、私たちは「それ」をうまくいかせる方法を探るのだ。そうする中でうまくいく方法が見つかると(多くの場合、それは偶然見つかるのだが)、以後はそのやり方で「それ」をやる。そして練習を重ねてそのやり方を習慣化させるのだ。問題は、習慣には良いものと悪いものがあるということだ。悪い習慣を身につけている場合、それが一体何なのかを見出す必要がまず第一にある。それが何なのかが発見できたら、今度は新しい習慣を獲得する必要があり、望ましくは古い習慣を置き換える良い習慣であるとよい。このプロセスは「意識的」(合理的理由付け)である必要があり、それはそもそも悪い習慣を身につけるに至らせた原因が「本能的」(感覚)であるからだ。
「アレクサンダー・テクニーク」で知られる F.M.アレクサンダーは、元々は劇場朗読俳優というパフォーマーであった。そんなとき、「悪い」習慣のせいで彼は声が出なくなってしまった。これらの習慣を「正す」ために、やはり彼はまず最初に、そもそも声を出なくさせなくしてしまっている自分のやっていることは何であるかを発見する必要があった。次に彼は意識的に新しくより望ましい習慣を発達させることを自分に教える必要があった。「自分の使い方において、自分が望む変化を起こすことに成功できるとしたら、私は自分の新しい使い方を導くプロセスを新しい経験のために用いる必要がある。この新しい経験とは、感覚ではなく理由付けに基づいて自分を主導するというものだ」(F.M.アレクサンダー著『自分の使い方』Gollancz,London,1985より)
このプロセスは、発見の旅であり、一歩踏み出せば決して終らないものだ。
その8:アレクサンダー・テクニークとは
キャシー先生が来日していた間に出席した10数クラスで、私が学んだ様々なこと。なかでも印象的だったのが、キャシー先生がアレクサンダー・テクニークをどう定義していたか、ということでした。
7:100万分の1秒
キャシー先生は、とにかく実用的。それが私のような「管楽器演奏」という専門的で高度な活動にアレクサンダー・テクニークを役立てたいと考えている人たちにとっては、非常に嬉しいところです。
5:簡単に変われる
身体の動きは「脳の中の身体地図=ボディマップ」という「動きの設計図」に基づくわけですが、このボディマップは模倣や勘違い、あるいは文化的後天的な刷り込みによって実際の身体とズレをきたすときがあります。このズレが痛みや緊張、動きのロスなどの原因となります。
2011年のこと。
わたしのアレクサンダー・テクニークの先生であるキャシー・マデン先生が来日していた3週間の間、私のホルンの演奏を見てもらったときに限らず、他の多くの生徒さんに色々な形で繰り返し言っておられたことがありました。
先週末(2011年7月31日)、大阪梅田 BODY CHANCE スタジオにて「管楽器奏者のための BodyThinking 」を開催しました。
今回は、在阪プロオケの方も参加して下さり、
大阪ということで知り合い同士の参加も多く、盛り上がりました。
先日、アレクサンダー・テクニークスタジオ「BODY CHANCE」にて、 BODY CHANCE で定期的にレッスンを受けておられる方と、過去にBODY CHANCE のレッスンや体験ワークショップに来られた方を対象に、あるセミナーを開催しました。
それは、「アレクサンダーテクニークの分からなさ」に切り込んだもの。