自己否定ほど、音楽する人を苦しめるものはないかもしれません…..。
わたし自身、はじめてアガリを経験した14歳のときから、自己否定の悪循環に苦しんできました。
20歳のころに、自己否定が何ももたらさない事を理解し、そのときから少しづつこの問題について考えてきました。
自己否定ほど、音楽する人を苦しめるものはないかもしれません…..。
わたし自身、はじめてアガリを経験した14歳のときから、自己否定の悪循環に苦しんできました。
20歳のころに、自己否定が何ももたらさない事を理解し、そのときから少しづつこの問題について考えてきました。
この一年間、様々な奏法上の考え方に関するコラムや翻訳を掲載してきましたが、わたし自身がホルンやその他金管楽器のレッスンをどのようにおこなっているかを今回は少し紹介したいと思います。
一番大事にしてる事柄は、
「だれでも、やりたいことができる能力を持っているはずだ」というアイデアからレッスンをスタートすることです。
ゲシュトップ奏法が苦手なひと、あるいは以前苦手だったひとは意外と多いかもしれません。ぼく自身、中学や高校のときは、なかなかうまくできませんでした。大学に行ってしばらくしてから、いつの間にかできるようになってはいたのですが….
つい最近、中学生のレッスンで、ゲシュトップを題材にみていくことになりました。
彼女はゲシュトップができないと言っていたので、どうなっているか観察をはじめました。
ホルンを演奏するときに、右手はベル(朝顔部分)の内側にありますが、この右手の位置や形に関しては様々な考え方があります。
ここでは、その右手に関して考えていきたいと思います。
生徒さんのひとり(中学三年間、吹奏楽部でホルンを経験、それ以来15年ぶりにホルンを再開)に、マウスピースの当て具合やアンブシュアがデニス・ブレインによく似ている方がいます。
特定の見た目のアンブシュアが正しい、というの考え方が権威を持ったいまでは、この生徒さんを目にすると、アンブシュアの矯正に真っ先にとりかかる教師もいると思います。
みなさんは、楽器を演奏されているとき、どのような思考をしていますか?
音やイメージの世界に浸っているのでしょうか?それとも、自分の中で会話をしていますか?
そのとき、どんな言葉を使っていますか?
マウスピースのプレス。これについては、色々なところで様々なふうに議論されています。
まず結論から言うと、必要です。
ホルンという楽器にある程度真剣に取り組み、自分で自分の演奏能力を伸ばしていこうとされている方々の多くは、「アンブシュア」ということに関して悩んだ経験があったのではないでしょうか?あるいは、現在進行形で悩んでおられるかもしれません。
ところで、アンブシュアの悩みの多くは、「アンブシュア」を意識したときに始まっている、そんな気はしませんか?
前の記事「変化が上達を生む」で、上達のキーポイントとして「考えている事の変化」に言及しました。
この記事では、ホルンを演奏するときに「考えて」みて、変化とその結果としての上達を誘発するかもしれない「考える事」の例を色々と紹介してみたいと思います。
ホルンに限らず、楽器演奏を楽しんでいる人はだれでも、「ウマくなりたい!」と切に願っていると思います。さらに言うと、楽器に限らず、多くのひとは仕事において、あるいは人生において「成長したい」と強く願っていますね。
それでは、どうしたら「成長」できるのか?
キーワードは「変化」だと思います。