ここではわたし個人の現時点での、アレクサンダー・テクニークについての考え方や活かし方を述べていきます。
アレクサンダー・テクニークの根幹的なアイデアとなるのが、
わたしは思考を落ち着けたりスッキリさせたり、これからやりたいことやるべきことを明確にしたり、あるいは肯定的な発想やアイデアを得るために、時々瞑想をやっています。
ある朝布団から出て瞑想したときに出て来たアイデアは、
「正しい練習方法」という考え方は、多くの人が気にするところでしょうけれど、一度それを気にしないでみるというのもアリかと思います。
個人々々の体格や体調、音楽や音色の好み、技術や演奏能力のその時々の状況がありますから、それに合わせて練習の進め方は自由に取捨選択してもいいのではないかな~という考え方です。
自己否定ほど、音楽する人を苦しめるものはないかもしれません…..。
わたし自身、はじめてアガリを経験した14歳のときから、自己否定の悪循環に苦しんできました。
20歳のころに、自己否定が何ももたらさない事を理解し、そのときから少しづつこの問題について考えてきました。
この一年間、様々な奏法上の考え方に関するコラムや翻訳を掲載してきましたが、わたし自身がホルンやその他金管楽器のレッスンをどのようにおこなっているかを今回は少し紹介したいと思います。
一番大事にしてる事柄は、
「だれでも、やりたいことができる能力を持っているはずだ」というアイデアからレッスンをスタートすることです。
ゲシュトップ奏法が苦手なひと、あるいは以前苦手だったひとは意外と多いかもしれません。ぼく自身、中学や高校のときは、なかなかうまくできませんでした。大学に行ってしばらくしてから、いつの間にかできるようになってはいたのですが….
つい最近、中学生のレッスンで、ゲシュトップを題材にみていくことになりました。
彼女はゲシュトップができないと言っていたので、どうなっているか観察をはじめました。
生徒さんのひとり(中学三年間、吹奏楽部でホルンを経験、それ以来15年ぶりにホルンを再開)に、マウスピースの当て具合やアンブシュアがデニス・ブレインによく似ている方がいます。
特定の見た目のアンブシュアが正しい、というの考え方が権威を持ったいまでは、この生徒さんを目にすると、アンブシュアの矯正に真っ先にとりかかる教師もいると思います。
みなさんは、楽器を演奏されているとき、どのような思考をしていますか?
音やイメージの世界に浸っているのでしょうか?それとも、自分の中で会話をしていますか?
そのとき、どんな言葉を使っていますか?