いったいどうやったら継続的に『上達』できるのか

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わたしは日本の高校を卒業した後、ドイツのエッセンという街にあるフォルクヴァング芸術大学というところにホルンの勉強のために進学しました。

そんなわたしの大学生活は….演奏能力の向上や、音楽経験という点では前半は悲惨でした。

奏法はわからなくなってしまうし、練習しても全然上達しないし、しまいには背筋痛と腰痛になり息を吸うのも大変になってしまいました。

何度も、ホルンの勉強を諦めて大学を辞めようと考えましたが、どうしてもまだホルンが上手くなりたいという気持ちが消えず、首の皮一枚という感じで音大生活にしがみついていました。

【最後の望みとして…】

人生、何が苦しいかといえば、それは努力することではありません。

努力も大変だけれども、それが前進につながっていればどこかで気持ちは前向きになれますよね。

でも、努力する気持ちとエネルギーはあるのに、一体何をどのように努力したらいいのか分からず、努力してもしてもなんにもよくならないどころか状況が悪化してしまうとき。そういうときこそが本当に苦しいんです。

頑張れば、努力すればなんとかなる。
そんな神話というか哲学がいかに脆いものか思い知ります。

そんななか、

「もしかしたら、アレクサンダー・テクニークがこういうときに役立つのかもしれない…」

と思い当たりました。

【なんかよくワカラン】

さて、これを読んでいるみなさんも「いいらしいぞ」と誰かから噂を聞くなどして、アレクサンダー・テクニークの本を読んだり、インターネットでチラッと見た事はあるのではないでしょうか?

話を聞いたり、アレクサンダー・テクニークについて書いてあることを読んでみて、どうでしたか?

きっと「よくワカラン」という感想を持った方が多いのではないでしょうか。

私も例外ではありませんでした。

初めてアレクサンダー・テクニークというものを知ったのは、たぶん高校1年のときだったように思います。

当時、両親にアレキサンダー社の200周年記念モデルのホルンを買ってもらったところでした。今もまだ使っている楽器です。

その前は学校の備品のヤマハの楽器を使っていました。名前だけでアレキサンダーを欲しがって買ってもらったのはいいものの、全然吹き心地が違うし、ちゃんと鳴らせない。

新しい楽器の喜びと、鳴らせない凹みの入り交じった時期でした。

そんなときふと書店に入ると、「アレクサンダー・テクニーク」という文字の記されたある本が音楽書のコーナーに置いてあるのが目に入りました。

それを見たわたしは、

「なんかもしかして、アレキサンダーのホルンの吹きこなし方が書いてあるのか???」

と思って手に取ったら、解剖図のようなものが載っている。
どうも身体のことらしい。

それなら関係ないや、と思ってそのときはすぐに棚に戻しました。

でも、なんだか気になる本だったんですよね。
音楽のことと身体のことが書いてある。

そこでその書店に行くたびにその本を立ち読みようになりました。
そうやって読んでいるうちに、「なんかこれは良さそうだ」感じ始めました。

というわけで、購入。繰り返し読むようになりました。

その本からわたしが受け取ったメッセージは

「身体を固めずに演奏しましょう」

ということ。

当時、そこそこ強豪吹奏楽部にいた私は、ちょっとスパルタ&根性論な雰囲気のなかで

「楽器がうまくなりたい。うまくなるには苦しい思いをして頑張らなきゃいけないとみんな言っている。でも頑張りまくっていると、身体が緊張してなんだか下手くそになる。どうしよう?」

という疑問がぐるぐるしていました。

それに対して、「身体を固めずに、解放しましょう」とその本には書いてある。

しかも姿勢のこととか、「よくワカラン」けれども、どんな教則本にも載っていな
いような切り口から書いてある。

そんな感じで私も

「アレクサンダー・テクニークって、よくワカランけれどなんだかきっと大事で役立つものなんだろう」

と思うようになりました。

普通の教則本や先生方のレッスンでは、

「姿勢をまっすぐ」
「肘を開いて」
「顎を引いて」
「アンブシュアを張って」

という、おおざっぱな身体の使い方に関する指示はあるけれど、まず私はそういう姿勢や構えがとてもしんどかったし、頑張ってやっても全然うまく吹けなかったので、疑問だったんです。

でも疑問の答えを求めて、どこを探しても誰に聞いても、

「うまくなるには、たくさん練習しましょう」
「たくさんロングトーンしましょう」

というくらいの話しか出てこない…。

対して、全く異なる観点からの説明があるアレクサンダーテクニークの本は、とても新鮮に思えました。

その後、かなり専門的で難しいアレクサンダーテクニークの本も買って繰り返し読むようになり、その基本的な考え方はなんとなく大雑把に理解できるようになっていきました。

中には、ハッとさせられるようなメッセージもあり、興味は高まる一方。

本に書いてある「観察のエクササイズ」なども根気よくやっていると、時々とっても身体がラクになったり気分が明るくなったりすることもあり、しんどい部活(とくに夏のコンクール)の時期に、その本を読む事が支えになっている面もありました。

【たった1回のレッスンで背中の痛みが一発解消】

実際にアレクサンダー・テクニークのレッスンを受けてみたのは、本を読み始めてから2年後の高校3年のとき。

ストレスから背中が痛くなり、楽器演奏の調子も崩れていたので、一度レッスンに行きました。

先生は、京都にいらした片桐ユズル先生。日本にアレクサンダー・テクニークを初めて紹介したゴッドファーザーです。

片桐ユズル先生のレッスンで、背中の痛みは一発できれいさっぱり解消。

なんでそうなったのかは「よくワカラナイ」ままでしたが、すごくラクになりました。

こうしてわたしの中に、アレクサンダー・テクニークに対する信頼が生まれていきました。

【楽器演奏に直接活かせないだろうか?】

そこから時を早回しして、ドイツのフォルクヴァング芸大に入学。
先述した通り、うまくいかない大学生活が続いていました。

アレクサンダー・テクニークが役立つかもしれないと思い出し、大学の選択授業にアレクサンダー・テクニークがあったのでまずその授業に通いました。

確かに、その授業中と直後はなんだかとても体がラク。気持ちも持ち直す。

…でも、どうやって楽器演奏に結びつけたらいいのかは分かりませんでした。その授業の先生はダンサーで、楽器演奏の実践にダイレクトに活かすことを目的とした授業ではなかったので仕方がありません。

しかし心のどこかで、「これは楽器演奏のための素晴らしい基本になるんじゃないか」とは感じ続けていました。

どうすれば、ホルン演奏に統合し、日々の練習に取り入られるのか?
それを教えてくれるひとはいないだろうか?

そんなことを強く考え始めました。

【飛行機で2時間飛べば先生に会える】

一生懸命調べているうちに、ホルンのプロ演奏家でアレクサンダー・テクニークの専門家でもある人がいるらしいことが分かってきました。

「どうやったらうまくなるのか」に完全に行き詰っていた私は、アレクサンダーテクニークを初めて知ってから何年も経ってからついに、ホルンとアレクサンダーテクニークを融合する道を本気で探り始めました。

2005年夏、ドイツから飛行機で2時間。ロンドンへ向かいました。

ピップ・イーストップさんという、イギリスNo.1のフリーランスホルン奏者が、何とアレクサンダー・テクニーク教師の資格を持っている方を見つけたのです。

大学の夏休みを利用して、2日間レッスンを受けにいきました。

ピップ・イーストップ氏は、ロンドンホルンサウンズで大活躍していることで日本でも知られていますが、ロンドン交響楽団、ロイヤル・フィル etc イギリスのトップオーケストラに代奏や客演首席で招かれている、イギリスNo.1のフリーランスプレイヤーです。

しかし、私はその経歴以上に、別の観点から興味を持っていました。

先述しましたが、私は「いったいどうやったら継続的に『上達』できるのか」ということを悩んでいました。

当時、ドイツのフォルクヴァングで師事していたのは、フランク・ロイド先生です。

フィリップジョーンズ・ブラスアンサンブルなどで活躍した超絶技巧のスーパープレイヤーです。

ロイド先生のレッスンでは、とても多くを学びました。

何より音の響きを聴き分ける耳。「響く音」というものを理解させてもらえたし、音が響くためには「響く息と身体」が必要であることも分かりました。

息の流れを本当にまったく邪魔しないフリーな吹き方やタンギングがあるのだと知れたのはいまにつながる貴重な財産です。

しかし、「どうやったらそれを実現できるか」が難しかったのです。

そして、入学してからアンブシュアを含めて吹き方を一からやり直しとなった私は、音大生としてのあるべきレベルに追い付くために、「うまくなる方法」を必要としていました。

そこが一向に分からず、心底悩んでいました。

また、ロイド先生はイギリス人ですからドイツのホルンの「派閥」からすると煙たい存在だったようです。

一部の心ないドイツ人プレイヤーや他の学校の先生に

「ロイドになんか習っていると、つぶれる。一切言う事を聞かず、私の教える通りにしなさい」

と吹き込まれるようなことがあったりしました。

うまくなるなら、なんでもやるという心境だったので、彼らの提唱する理論や練習法をもちろん試しましたが、筋力に依存し、ある特定のアンブシュアの見た目や発音法にはめ込むタイプだったのでわたしには全く役に立たず、もはや頼れるものが何もない気持ちになっていました。

そんな状況の最後の希望が結局はアレクサンダー・テクニークだったのです。

どうにか体系的にアレクサンダー・テクニークをホルン演奏に取り入れられないものかと色々調べていたなかで見つけたのがピップ・イーストップ先生のウェブサイトでした。

論いくつも文が掲載され、いずれも演奏する身体や仕組みについての『ほんとのところ』が解剖学的知識に基づいて書かれている。

しかも優れたホルン奏者でアレクサンダー・テクニーク教師の資格も持っている。

これは!と思い、連絡を取ってレッスンを受けにいく事にしました。

私にとって、最後の望みでした。これできっかけを掴めなければ、もうホルンはやめて退学し日本の一般の大学に入り直そうと本気で思っていました。

【うまくなるための原則】

イーストップ先生の自宅を尋ねて受けたレッスンのまず最初に、「何がしたい?」と聞かれました。

わたしは、

「うまくなるための原則を知りたい」

と答えました。練習を組み立てるための拠って立つ基礎的な理解が欲しかったのです。

優れたホルン奏者や、良い先生だとの評判を聞いて訪ねたドイツの他の音大の先生たちに習っても、「自分流の練習パターン」を教えてはくれても、結局は「直伝のコツ」の域を出ません。それぞれに言うこともちがうし、一体誰がどれだけ正しいのか?

わたしは感覚や経験でなく、拠って立つ理解を必要としていました。

その想いをイーストップ氏にぶつけました。

すると彼はすぐに説明を始めてくれました。

彼の説明によると、ホルンの演奏というのは

A:出したい音を
B:出したい音量で
C:正確に発音し
D:どんな音同士でもつなげる(跳躍する)ことができて
E:あとはリップトリルができれば

それで完成なのだ、ということでした。

だから練習もそれに基づいて組み立てる。
練習は単純に4つの要素から成ります。

<練習1>

内容:
任意の音を、ppで3回完璧に発音する。

意味:
ppの発音を一切混じりけなく完璧にできれば、それその音を出す技術を身につけたと言える。つまりA&Cを実現することになる。

<練習2>

内容:
任意の音を pp で発音し、ffまでクレッシェンドし、そこで舌で息を止め、ffで発音しなおして pp までデクレッシェンドする。

意味:
ppの発音ができていればその音を出す能力は基本的にあることを意味する。次にそれの音量をpp-ffまでコントロールできて、ffで発音も出来れば、A&B&Cを実現することになる。

<練習3>

内容:
半音から長10度ぐらいまで、あらゆる幅の音程の跳躍を上下ともにランダムに組み合わせた「モデル」をさらっていく。跳躍は、いっさいグリッサンドのない完璧なスラーで。タンギングを用いればそれは発音のし直しに過ぎないので、あくまでスラー跳躍。

意味:
息のコントロールと、唇の張りのコントロールを完璧に協調させることで、完璧な跳躍技術となる。これが出来れば、A&B&C&Dを実現することになる。

<練習4>

内容:
よくある主な音程間のリップトリルを行なう。イーストップ氏の考えでは、リップトリル=実はタングトリル。つまり舌でやっていること。遅い速度はリップトリルだがこれは本質的に跳躍と変わらない。従って、いきなり高速でやる。高速は「タングトリル」という別の技術だからだ。

意味:
これが出来ればEを実現することになる。


これがイーストップの分析による「ホルン演奏技術」の全ての要素なのです。
あらゆる演奏を組み立てる技術的な全ての要素が、確かにここに詰まっています。

このように明確で、かつ囚われのない視点からの分析を教えてもらったのは、とても嬉しかったです。

イーストップ氏はまた、「エチュードは真の意味では技術的練習に適しているとは言えない。また音楽的にはもちろん豊かではない。初見の練習に使えるぐらいで、私は基本的には無駄と考えている」と述べていました。

エチュードが有用かどうかというのは、様々な意見があるはずです。もちろん異論はあるでしょうし、様々な見方がありそれはそれぞれに正当だと思います。

しかし当時のわたしにとってはこれほどシンプルな論理で考え抜かれていて、しかもそれに従って実践し、成果を出しているひとが目の前にいることにとても勇気づけられました。

そして、「普通」「常識」「みんなが言っていること」とは異なる見解でも、論理に則っていれば遠慮せずに述べる。その態度にスカッとしました。

欧米は論理重視と思われがちですが、決してそんなことはありません。日本と同じように政治的配慮や力関係が論理より強く支配することは日常茶飯事です。

切羽詰まった気持ちで「うまくなるための考え方」を本気で求めていた私にとっては、渡りに船の出会いでした。

【自分で自分をコーチングする】

イーストップ氏の練習法自体は、シンプルかつ徹底的過ぎて、私自身すぐにそのまま取り入れることはできませんでした。

しかしレッスンを受けてから10年以上たったいま、ますます意味と価値がよく理解できます。

この10年の間にたびたび、そして今でも頻繁に、イーストップ先生の「論理の枠組み」が素晴らしいヒントになることがあります。

ここでは具体的な練習法の中身が重要なのではなく、

『自分で分析し、自分の頭で考えて自分をコーチングする』

ということが大切なのです。

このときに受けた2日間のレッスンは、私に取って大きなターニングポイントになりました。

いま振り返ると、自分で自分を伸ばしていく旅路、そしてその旅路にたくさんの他のひとたちを招くいまに続く旅路の第一歩を自分で踏み出したのがこのときでした。

これをお読みのみなさま。

あなた自身の気付いたことや観察したことが、教則本や先生たちの言うことと違っていても、ぜひ臆せずまずは自分の考えを使ってみて下さい。

自分の考えと感覚を大事にした練習。
これこそが本質的な上達につながります。

次の記事では、ピップ・イーストップ先生の次に出会ったホルン奏者でアレクサンダー・テクニークの先生であるルネー・アレン先生との学びを振り返ります。どうぞお楽しみに。

Basil Kriter

P.S.
ピップ・イーストップ先生の書いているものをいくつか翻訳してありますので、ぜひご覧ください。

PDF:「自分で自分を教える〜音楽家のためのセルフコーチング〜」

記事:「舌で切る!」イーストップ先生による衝撃的なタンギング論

記事:「呼吸の出入りの、ちょっとした話」 解剖学的観点からズバッと解説する呼吸に関するホントの話。

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いったいどうやったら継続的に『上達』できるのか」への2件のフィードバック

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