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音楽を演奏するわたしたちが経験する最大の試練を3つ挙げるとすると
・あがり症に陥ること
・技術的な向上が進まなくなってしまうこと
・自己否定に捉われてしまい、演奏をしたくなくなってしまうこと
です。
実は、このいずれも回避することが、本当は可能です。
それは、日々の練習のやり方に拠ります。
その練習のやり方とは、
音楽という芸術を生み出す4つの「ものごと」を含めて音を奏でる
というものです。
上述した「試練」や「困難」は、この4つの要素のいずれかまたは複数を見失ったり、無視したり、犠牲にしたりすることで発生します。つまり、「なにか無理をしているよ」というサインだと考えてみることができます。
【音楽を生み出す4つの「ものごと」】
音楽という芸術を生み出す4つの「ものごと」とは、
① 作品=自分が奏でたい音、音楽
② 演奏者=自分自身
③ 聴衆=自分の奏でている音楽を共有してくれる存在
④ 演奏空間=自分自身と聴衆が存在し、音楽で満たされていく場所
です。
楽器の練習は、「ただのウォーミングアップ」や「ただのチューニング」と思っているようなときでも、実はこの4つを意識することがとてもとても大切なのです。
言い換えると、このうちのどれかでも「無し」にしてしまうと、音、技術、音楽、自分自身の心身の調子、の全てが微妙にバランスを失いはじめます。
その日最初に楽器を手に取って、最初に奏でる音から、この4つ全てを含めていきましょう。そうすることで、できなかったはずの技術的な課題、演奏を損ねる辛いあがり症、演奏時の身体的な不快感や痛み、演奏をすることに対して抱いている心の苦しみや負担、そのいずれもが、ごく自然に解消したり、確実な手応えのもと改善していきます。
【その1:作品】
ウォーミングアップは、身体的に重要なプロセスです。
しかし、それを身体的なもの「だけ」と思いはじめ、音を奏でて芸術を生み出すということから切り離してしまうと、ウォーミングアップにやたらと時間がかかってしまったり、ウォーミングアップなしだとテクニックが全く機能しなくなったり、演奏するという行為が非常に複雑なものに感じられコントロールができなくなってしまったりします。
ただ単に「指鳴らし」「唇をほぐすため」や「呼吸の活性化」のために音を鳴らすのは得策ではありません。
代わりに、音を鳴らす目的を 奏でたい音を奏でるため としましょう。
音を奏でる前に、
いま、自分はどんな音を鳴らしたいだろう?いま、自分はどんな音楽を奏でたいだろう?
と自分に尋ねてあげてください。
すると、ひょっとしたらいつものウォーミングアップのパターンとはまったく異なる音が突然心の中に浮かびあがるかもしれません。
それで良いのです。
その音を、そのまま奏でてみます。
ウォーミングアップを全くしていないにも関わらず、非常にスムーズに音が鳴ることもあるでしょう。
いま、自分は何の音や音楽を、どう奏でたいだろう? という問いかけは、ときには予想外の音楽を心の中に浮かび上がらせます。
・ウォーミングアップ無しでは鳴らせるはずがない、としか思えないような高い音や大きい音が心の中をよぎるかもしれません。
・いつもは基礎練習を最優先しているのに、いきなりコンチェルトの一節を演奏したくなるかもしれません。
・場合によっては、「いま演奏したくない」「いまは演奏ではなく〜がしたい」という結果になるかもしれません。
「問いかけ」からもたらされた「答え」を、ぜひそのまま実行してください。
出来そうにないことでも、出来てしまう可能性がそのとき高まっています。
仮にミスをしたり音が外れたとしても、「答え」に従ったチャレンジは、嫌な後味が残りません。むしろ良い手応えが残るでしょう。
系統立った練習ができなくなる、
練習が思いつきの行き当たりばったりなものになって、
下手になってしまうと不安になるかもしれません。
しかし実際には、「問いかけ」から得られた「答え」を奏でていると、その都度、良い手応えと確かな上達が起きている可能性が高いとわたしは考えています。それはその「答え」は時によっては心から系統的な練習を求めるときもあれば、時によっては系統的な練習の経験から身につき定着した自分の中のリソースからより直感的に、その日そのときの自分に最適な音・音階・音型・フレーズ・曲などこともを導き出すこともあるからです。
この、問いかける→答えを奏でるという練習法はそういう意味で効率が良い練習方法ですが、この作業もまたこの作業そのものの練習により、より上達し洗練されていくもの。
徐々に取り入れていってみてください。
それでも、
「あれをしなきゃ」
「これができてない」
「あの音が苦手だから克服しなきゃ」
という思考が反射的によぎるかもしれません。しかし、これは「雑念」です。上達に寄与しません。
「いきなりこんなの出来そうにない」
「ちゃんとウォーミングアップしなきゃ」
この流れで出てくるこういった思考は、たいてい古い習慣です。そちらに従ってしまうと、変化が生まれません。上達とは、変化です。
これが行き当たりばったりではない理由は、繰り返しになりますが、自分が自分に投じた問いかけが生み出す答えが、その瞬間において最新かつ最適なものだからです。
たとえば、いま大事なソロの本番を数日後に控えているのだとしたら、それのプレッシャーから練習をするのがイヤになっていたり、すっかり恐怖に捉われていたりして、表面的には「楽器を吹きたくない!」という感情があなたを覆い尽くしていることもあるでしょう。
しかし、そこで自分に問いかけるのです。
「きょう、自分は何がしたい?」
「いま、自分はどんな音や音楽が奏でたい?」
と。
すると、その演奏をそもそもあなたが引き受け選んだものであるが故に、多くの場合ちゃんと心の中に音楽が生み出されます。
そして、気分や感情とは対照的に、「よし、演奏しよう。練習しよう」という意志の力があなたを動かしてくれるはずです。
反対に、
「いまソロを控えているのだから、その曲をとにかくいっぱいさらわなきゃ」
という思考で支配されているかもしれません。
しかしそこで
「きょう、自分は何がしたい?」
「いま、自分はどんな音や音楽が奏でたい?」
と自分にあえて「問いかけ」をすると、控えている本番とは異なる曲やフレーズが演奏したくなるかもしれません。
そのときは、それに従ってください。
気分転換になります。
そうすると、さっきまで嫌だった曲が嫌じゃなくなるかもしれません。
また、何度練習してもできなかったフレーズが、一日全く別のことを練習している間に、何の問題もなくできるようになってしまうことも、よくあります。
きょう、いま、自分はどんな音楽をどんな演奏で奏でたいかな?
という問いかけを必ずしてください。
浮かんだものが、偉大な協奏曲でも、素敵なロングトーンでも、軽やかなアルペジオでも、何でもよいのです。
それが あなたが演奏する作品 なのです。
【その2:自分自身】
音楽は、それを奏でてくれる存在があって初めて存在することができます。
その存在こそが、演奏者であるあなたです。
その自分自身を犠牲にしたり、二の次にしていい加減に扱っていては、音楽演奏は困難や苦しみを生み出します。
演奏者であるあなた自身が、音楽演奏のためにベストの状態にしてくれるのが、アレクサンダー・テクニークです。
アレクサンダー・テクニークのやり方は、非常に簡単。
演奏をするときに、ある「思考」を+するだけです。
普通は
奏でることを決める→奏でる
というふうに演奏しているのですが、演奏のためにアレクサンダーテクニークを使うということは
奏でることを決める
↓
奏でるために、「頭が動いて身体全体がついてくるようにしよう」と思う
↓
奏でる
というふうに、いままで意識しなかったことをひとつ挟むのです。
なぜこれが有効かというと、わたしたちの身体には
・頭が必要以上に固定されると、身体全体が硬くなる
・逆に、頭が動くと、身体全体が反応して動く
という仕組みが備わっているからです。
身体全体が、硬くならずに必要な動きをより自由かつ的確にやることを、自分の意志で助けてあげるのが、アレクサンダー・テクニークです。
なお、注意点としては、
① 頭を動かそうとする必要はない
ここでいう「頭が動く」は、「固定されて動けなくなっているのと反対の状態」を指しています。ですので、「頭を動かす」必要はありません(だからといって、動かしてはいけないわけでもありません)。普段、「頭と身体全体」という意識の仕方を、演奏時にしてみることはなかったと思います。ですので、まずは「頭が動いて、身体全体がついてくるようにして」と心の中で唱えながら楽器を構えたり、音を出してみたりしましょう。即座に良い効果があります。
② どう動くかは、毎回変わるので知っておく必要はない
「頭が動く」と「思ってみる」のがアレクサンダーテクニークですが、じゃあそのとき頭がどう動くかは、やってみる度に異なります。頭の固定のなされ方が、一瞬一瞬異なり、また姿勢も一瞬一瞬で常に変化しているからです。したがって、具体的にどう動くかを気にする必要はありません。「頭が動くんだ」と「あえて思う」という作業を挟んでみると、すぐに頭が動きます。まずは試してみてください。
奏でたい音楽を奏でるにあたって、 「頭が動いて、身体全体がついてきて、そんな自分で音を鳴らす」 という、新たな意識を持つ。
これが音楽を成り立たせる4つの要素のひとつ、 自分自身 をベストに持っていくための方法です。
【その3:聴衆】
音楽をするひとの中でも、クラシック音楽を演奏するひとがとくにあがり症に陥りやすい傾向があります。
その原因として、
・ひとりっきりで練習する時間が長い
・演奏の機会ひとつに対して、聴衆無しでリハーサルをしている時間が長い
ということが大きく関わっています。
音楽の演奏には、「それを聴いてくれて、音楽を共有してくれている人々」=聴衆が必要です。音楽という芸術が成立するために必要なのです。
にも関わらず、わたしたちはその存在をほとんど意識することなく、聴衆といわば「無関係」に練習を重ねがちです。
そうすると、すべての練習が無意識的に「聴衆無し」というコンテクストに関連付けられて積み重なっていってしまいます。
しかし、聴衆という存在は、音楽を音楽たらしめる4つの要素のひとつであるだけに、非常に強力なエネルギーです。聴衆の存在のおかげでわたしたちは、練習では起きないようなドキドキ、興奮を感じることができ、練習時とは異質な集中力と表現力を舞台上で得ることができるのです。
聴衆が存在しているおかげで音楽は完成し、そのとき演奏者はもはや自分自身の枠をはるかに越え、より大きな何かつながり、言葉で言い表せない何かを生み出すことができるのです。
これだけ大きな力は、いきなり前触れも無く接すると、パニックになっても不思議ではありません。
そこで、ひとりで練習しているときでも、「目の前に自分のための聴衆がいる」 ということにする 必要があるのです。
聴衆の存在は、ぼんやりと想像する程度でも、もっと言えば「聴衆がいるんだ」と心の中で決めておくだけでも、十分明確に存在感が生まれます。
このとき、ドキドキしたり、少し怖くなったりするかもしれません。それはすばらしいことです。なぜなら、舞台上で当然感じることになる大きな力を、ひとりで練習している段階から感じることができているからです。
当然のことですが、毎日のようにその力を感じていれば、いざ舞台に上がったときも、ドキドキしたりしても慌てずに済みます。普段から「ある程度経験している」現象だからです。
もう少し厄介、でも本質的に重要な瞬間は、聴衆の存在をひとりで練習しているときも意識したときに、ネガティブな思考、気持ち、感覚が現れたときです。身体がガッと硬くなるのもそうです。
実在しない聴衆を意識しただけでそれほどネガティブなことが起きるということは、それが舞台上で明らかにネガティブな緊張をする原因の大きな部分がそのあたりにあることを示唆しています。
あなたにとって、聴衆が危険で、意地悪で、怖い存在になっているのです。
ひとりで練習しているときから、聴衆の存在をイメージもしくは意識するという方法がとても有益なのは、あなたにとっての聴衆という存在をより良いものに変えていくことができるからです。
練習の段階であなたがイメージ/意識で招き入れる聴衆は、あなたが好きなような雰囲気に「設定」できます。あなたにとってものすごく「都合がよく、やりやすい」聴衆にしてしまえるのです。
聴衆を意識するとはじめは硬くなるかもしれません。しかし、聴衆を意識するということをひとりで練習している段階で繰り返していると、「それでも自分の身に危険なことは起きておらず、ちゃんと演奏できている」という経験が重なってきます。この過程で、聴衆の存在に対するネガティブな反応は弱められていき、成功体験が生まれる可能性が高まっていくのです。
成功体験がひとつ、またひとつと、ひとりで練習しているときでも重なるにつれて、それは自信に変わっていき、演奏という行為がもっと楽しくなってくるでしょう。
【その4:演奏空間】
家や学校の練習室と、聴衆とともに音楽を共有するような演奏の場は、その空間がまったく異なります。
空間の力は、わたしたちが思っているよりかなり大きなものです。
コンサートホールには、なんだか清々しい空気が流れていると感じたりしませんか?
あの張りつめた、でも素敵な暖かさを備えた空間。
音響、照明、空調、デザイン。そのすべてに「音楽」への繊細な気遣いがあります。
スポーツのスタジアムの「雰囲気」があるように、音楽の演奏空間にも、生き物のような「雰囲気」があるのです。
この力もまた、音楽を成り立たせる4つの要素のひとつです。よって、ひとりで家で練習しているときから、こういった「演奏空間」をイメージ/意識することが、練習の中身を楽しく豊かにし、本番のためのより的確な準備をすることを可能にしてくれます。
あなたがこれまで演奏したことがある、もしくは行った事がある演奏会場で、感動を覚えたり、雰囲気に感銘を受けたり、心地よさを感じた場所をいくつかリストアップしてみてください。
行った事がないけれど、映像で舞台からの景色が思いうかぶところでも構いません。
その日の気分や直感で、「きょうの舞台」を決めましょう。そしてそこで自分が音を奏でているのだとイメージ/意識するのです。
ロングトーンの音でも、技術的な反復練習であっても、あなたの好きな舞台のうえで、好きな聴衆のために演奏しているものとしてやってみるようにしましょう。
ちなみにわたしの「お気に入り」は、
・びわこホール
→中学3年のときに演奏したとき、すごく気持ちよく感じた場所でした。
・ウィーン楽友協会ホール
→ウィーンフィル/バーンスタインの映像が大のお気に入り!
・想像上の、ヨーロッパの美しい歌劇場
→オペラが大好きで、イマジネーションが広がります。
【まとめ】
① 頭が動いて、身体全体がついていくようにしつつ、自分に問いかける。
「きょう、いま、自分はどんな音をどんなふうに奏でよう?」
② 頭が動いて、身体全体がついていくようにしつつ、自分に問いかける。
「きょう、いま、自分はどんな素敵な場所で演奏しよう?」
③ 頭が動いて、身体全体がついていくようにしつつ、自分に問いかける。
「そこには、どんなすばらしい聴衆が音楽を共有してくれるのだろう?」
④ 頭が動いて、身体全体がついていくようにしつつ、音を奏でる。
ぜひ、まずは数日この練習のやり方を試してみてください。
Basil Kritzer
こんにちは、高校3年生でトロンボーンを吹いています。
初め アレクサンダー・テクニックという言葉を数年前に耳にしてかなりの抵抗感を感じましたが、勇気出して調べだしこのサイトを発見しました。
結果、おそらく最も生産的で建設的なプランだと思いました。
特に、解剖学の知識を交えたBody thinking では今まで調べようとしても先生方から否定的な意見や多くの壁がありなかなか辿りつけませんでしたがやっと原理、現象を少しでも理解し上手くなる事が出来ました。本当にありがとうございました。
本来ならば対価といいますか感謝の形を示したいのですがなかなかネットを介してでは難しいので今後時間が出来次第レッスンに参加してご挨拶をさせて頂きたいと思います(笑)
さて、前置き長くなってしまいました。では早速質問させて頂きます。
私は元は強度の上がり症で独奏する場面でもステージまで歩けなくなる、音がほとんどでなくなる、足が震えて重心の支えが無くなる、息が流れなくなるといった症状がありましたが、メンタルトレーニングを用いて今まで自己否定方程式を切り離し過去や未来よりも今を選択するようにすると緊張しても吹ける、また出てこようとしているアドレナリンなどを抑えずエネルギーとして使えるようになりました。
しかし、まだ大きな問題が一つ残ってしまいました。
それは、「音がでない」ということです。
勿論ある程度は出ますが、一段あるうち2回は音がでません。音が外れるのではなく、振動しないのです。
その後、アレクサンダー・テクニック特有の「観察」をしました。
まず「舌」に焦点を当てました。
ここでは、preparingを怠っていた事が発見でき、普段も実は振動していない時があることがわかりました。
そして、siging on the wind に沿って練習すると、振動しないということはそれ以来なくなりました。
また、本番(コンクール)を迎え今度は大丈夫だと、自分は克服したんだと心に言い聞かせました。
しかし、信じていたことに裏切られ結果音がでなくなってしまったことは変わりませんでした。感覚としては出ない音はもの凄い抵抗感があり、押し返される、苦しい、唇がなにか違うことです。
このように他には、首の事、息の支え、、Flexibility、音が出る原理、吹く前に心に音をイメージすること、歌うことなどを試し自分のレヴェルはそれをきっかけにぐんと上達しましたが、本番では変化なく失敗続きです。
まだ、「観察」できる点はあると思うので色々な思考しよう思っていますが、先生から他にどのような可能性、手段などのアイディアがありましたらご教示いただければ幸いです。
宜しくお願いします。
小林さま
詳細に現状をお書き下さり、ありがとうございます。
仰っている「なぜだか妙に、本番では失敗が続く」ということ、よく分かります。
まずいちばん考えられるのが、ご自身に対して求めておられるものが、非常に厳しい、という可能性です。
そうなってしまう原因というのは、育った環境や経緯と深く関係するので、もはやアレクサンダーテクニークの領域ではなく、心理カウンセリングの領域ですので、その根本的対処はカウンセリングが適しています。
どう思いますか?
・自分はよくやっている
・自分は十分頑張っている
・自分はこれからよくなっていくだろう
という前向きな気持ちや安心感はお持ちでしょうか?
それとも、常に
・自分自身のダメさ
・自分が不完全である
・もっと努力しなきゃ
という気持ちを感じていることの方が多いでしょうか?
もっと突き詰めて言えば、心の奥深くで、
「いつか必ずよい演奏ができる」
と思えていますか?
それとも根本では、
「自分にはできないだろう」
という気持ちの方が強いのでしょうか?
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