顎先のくしゃっとなった状態を避ける

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アメリカのトロンボーン奏者、David Wilken氏のウェブサイトより、記事「Avoiding the Bunched Chin」を翻訳しました。


〜顎先のくしゃっとなった状態を避ける〜



最近、「顎先のくしゃっとなった状態」にいくらか関係しているアンブシュアの問題を抱えた奏者たち2名とレッスンする機会があった。

2名とも、演奏するときに顎の動きと分離して顎先が動き回り、関係性が保てなくなっていた。そして二人とも、これが起きるとピッチを保つのが困難になっていた。

これは年少の奏者たちにはよく見受けられる問題で、先の二人のように演奏家によっては何十年もこのようにして演奏している。

なんらかの理由で、この傾向は下方流方向系(*︎1)の2タイプの奏者により多く見受けられ、上方流方向(*︎2)タイプ(の奏者にはあまりいない。

超高位置アンブシュアタイプ(*3)の奏者にこの問題が起きるとき、頻繁にアンブシュアタイプの混合が付随している。そのため、ある音域では超高位置タイプで演奏しているように見えるが、別の音域では中高位置タイプ(“4)で演奏しているように見えるのだ。

(*1,2 「息の流れの方向と金管のアンブシュア」を参照)
(*3,4 「金管楽器の3つの基本アンブシュアタイプ」を参照)



【ある程度までは顎先がくしゃっとなった状態で演奏可能】

例えば、「微笑みのアンブシュア」のようなアンブシュアの問題と同じように、顎先をくしゃっとさせた状態で吹くやり方はある程度までは機能するため、普通は無意識的に形成される。

見たところ、この問題が起きている奏者は、アンブシュアの筋肉の力仕事を口角部分に集中的に担わせて唇の圧縮を得る代わりに、音を上がるときに顎先の部分を使って下唇を押し上げることでその圧縮を生み出しているように見受けられる。

ときによっては、顎を開きすぎた状態のポジションに保っており、結果的に下顎が後退しすぎてしまい、それにより口角の緩みや上唇への過剰なプレスにつながっていることもある。下のビデオで、その実際の様子をご覧頂ける。




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✳︎訳者によるビデオの「ケース1」の要旨✳︎

プロのテナートロンボーン奏者

・バストロンボーン奏者をたくさん演奏する時期があり、そのあとコントロール不能なアンブシュアの震えが始まった。

・アンブシュアの機能不全はこのように、使用楽器や使用テクニックの変化の後に見られることが多い。

・マウスピースは比較的高めの位置に置かれ、音を上行するときに唇とマウスピースを押し上げるタイプのアンブシュア動作の奏者であるように見受けられるため、超高位置タイプ(詳しくは『金管楽器の3つの基本アンブシュアタイプ』を参照のこと)だと思われるが、そのタイプにしては普通より楽器の角度が低い。

・この奏者は両唇がかなり離されるようなアンブシュアの形成を行っている(45秒)。マウスピースによって上唇がいったんめくれ上がっており、発音の際にのその上唇を下方向に引っ張り下げるようにして下唇に対して必要な位置に持ってきているように見受けられる。

・マウスピースを外してフリーバジングをしてもらうと、両唇の開きが分かる。バジングの音は、普通の金管楽器奏者たちのような蚊の飛ぶときのような高い音ではなく、もっと空気の音が混ざったオープンな音になっている。

・そこで、よりしっかりとさせたアンブシュアのセットの仕方でバジングを行い、そこにマウスピースを当てて吹いてみた(1:25)。楽器の角度も高くした。それらはいずれも改善につながっているようだ。

・この奏者はこのようなアンブシュアの事柄に詳しい者と取り組みを続けており、ここまでの進捗から先行きは明るいと考えている。


ケース2要約:アンブシュアタイプ(詳細こちら)を音域によって変えてしまっているチューバ奏者の例。低位置タイプにしたところ、悩んでいた高音域の限界が乗り越えられ、またそのアンブシュアで全音域が演奏できている。

ケース3要約:音域によってアンブシュア動作(詳細こちら)が逆転していた。低音域では上行するにつれて唇とマウスピースを押し上げる動作。高音域では上行するにつれて唇とマウスピースを引き下げる動作。活躍しているプロ奏者ではあったが、高音域に若干弱さがあった。そこでマウスピースの位置をより高くし、上行するにつれて唇ととマウスピースを押し上げる動作で高音域まで一貫してやるようにした(これは超高位置タイプの動作)。すると、高音域が劇的にラクに感じられるようになった。演奏できる音域も上に拡がった。

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ビデオの17秒地点のところをみてもらうと、ビデオに収められたトロンボーン奏者が、発音しようとするその瞬間に顎先をマウスピースの方向へ押し上げているのが分かるだろう。

フィリップ・ファーカスも著作『金管楽器を吹く人のために』においてこの特徴に言及しており、「くしゃっとなった顎先」を避けることを推奨している。

ただし、奏者によって解剖学的特徴(顎先の皮下脂肪組織が多い、顔のえくぼが目立つetc…)が異なるため、「くしゃっとなった状態」に見える奏者の多くが実際にはしっかり安定した顎先になっていることもあれば、逆に顎先をくしゃっとしていてもそうは見えない奏者もいるので注意が必要だ。

わたしがここで述べている機能的な問題は、顎先の、顎との一体的・統合的な働きが保たれずに、演奏中に下唇が上に押し上げられてうまくいかなくなっている状況を指している。



【長期的に演奏がうまくいき続けるようにするために】

しばらくの間なら、顎先がくしゃっと押し上げられている状況でもうまく演奏することはまちがいなく可能である。しかし、この奏法で長期的に上手に演奏し続けられている金管楽器奏者を見出すことは非常に稀である。

この状態による問題は、ときにはかなりすぐに顕在化することもあるが、30代や40代になるまで、顎先がくしゃっとなった状態で演奏を続けることによる問題が発達しない奏者たちもいる。

プロの演奏家や音大生の場合、顎先がくしゃっとなった状態で演奏を続けることの問題に、ハードな演奏のスケジュールに直面するそのときまで気づかないこともある。

そのような演奏家は奏法に改善を加えないため、その問題は気付かれずに温存されてしまい、症状の原因は疲労の蓄積や吹きすぎであると推測されがちであるが、これはきっかけに過ぎす問題の根本原因ではない。

顎先をくしゃっとさせて演奏するのは、背中に負担をかけて重いものを持ち上げるようなものだ。しばらくはそのやり方でもできるが、長くやればやるおど、問題に突き当たる可能性は高まってくる。



【口角の強化】

以上のような理由から、わたしはわざと顎先をくしゃっとさせることを支持するような方法論は避けることを強く勧めている。しばらくは効果的なようにも感じられるかもしれないが、長期的なアンブシュアの機能不全につながってしまう可能性があると私は考えている。

あなた自身の演奏における顎先のくしゃっとなった状態の解消すること、あるいはあなたの生徒さんのそのような問題の解決を手伝うことは、なかなか複雑な場合があり、特にそのような奏法を何年、何十年も続けていた奏者に関しては特にそうである。顎先をくしゃっとさせた状態で演奏することに非常に慣れていると、アンブシュアはそのように機能しようとしがちであり、本来労力を負担すべき筋肉が初めは仕事をするには弱くなりすぎていることが多い。

単純に、顎先をしっかり平らに固定しようとするだけでも、改善は始められる。下唇で下顎の歯を軽く「抱く」ようなつもりで集中することもその助けになる。

しかし、ケースや状況によってはこのような指示だけでは顎先を安定させて下顎と一体的に機能させ続けるためには不十分なときもある。

わたしがまず勧めたいことは、フリーバジングで口角の真下の筋肉を強化することだ。

ドナルド・ラインハルトによる基礎的フリーバジング練習が取り掛かりとして素晴らしい。ラインハルトは、下唇を下の歯の方へやや巻き込み、”em”と発音することにような感じで上唇を下へ持ってくることを勧めた。バジングの際にそのような状態にしっかりと唇を固定し、あなたに鳴らせるいちばん高い音程で息の続く限り長く、とても軽くソフトで空気の混じったような音でバジングをしてみる。

両唇の真ん中のあたりは軽く触れ合っている状態を保ちながら口角からだけ息を吸うというのを練習していこう。息を吸うとき、マウスピースのリムの代わりに指を唇の真ん中のあたりに当てても構わない。3回それを繰り返そう。こちらの英語のビデオでこの練習を実際にやっている奏者たちの様子を観てより詳しく知ることができる。また、ドナルド・ラインハルトの『ピボット・システム事典』(原題:Encyclopedia of the Pivot System)でも知ることができる。

フリーバジングによって口角がいったん強化されさえすれば、唇の圧縮を生み出す手段として顎先を上にくしゃっとさせるのでなく、アンブシュアの筋肉的労力の負荷を口角に担わせることは容易になってくる。



【顎先の平らな状態を保つための工夫と練習法】

多くの奏者は、疲労した後に高音域を演奏しようとする段になってはじめて顎先がくしゃっとなる傾向がしのびよってくる。こういう奏者たちにとっては、徐々に高く移調していく音階やアルペジオで上行していく練習が役立つ場合がある。

鏡で顎先の状況を観察しながら、下顎と顎先が一体的に動く範囲内で上がれるだけ高い音に移調していく。顎先が下顎から離れてくしゃっとなってきたら、少し休憩するべきだ。何か別のことを練習し、このエクササイズには次の日に戻ってこよう。そうやって時間をかけて、顎先を平らに保つ習慣を作っていく。

一方で、わたしが最近レッスンした二人の奏者のように、顎先をくしゃっとさせて演奏することが奏法に深く根付いてしまっておりほぼあらゆる音域でそれが見られるような奏者もいる。

このような状況を修正していくのは、特に高度な挑戦になりうるが、そういう状況に使えるエクササイズをさらに二つほど見つけた。超高位置か中高位置のどちらかの下方流方向のアンブシュアタイプの奏者でさえあれば(アンブシュアタイプに関しては『金管楽器の3つの基本アンブシュアタイプ』を参照)フリーバジングのときのアンブシュアの使い方を楽器演奏時にも使っていくことが非常に役立つ。

中音域か高音域の音をフリーバジングで鳴らし続けながら、楽器を唇まで持ってきて当てる。マウスピースが唇に当てられるとき、アンブシュアの作り方がフリーバジングのときと全く同じままであり続けるようにしてみよう。

ときには、マウスピースが唇に触れるとすぐ、唇が古い習慣に戻ろうとして顎先がくしゃっとなるのに気づくかもしれない。普段吹いているのとは別の金管楽器を練習してみることも役立つ場合がある。自分の楽器より音域の高い楽器か低い楽器を練習してみるのだ。そうやってマウスピースの感触を変化させることが、顎先を適切な状態に保ち、その正しいアンブシュアの状態を普段演奏している楽器の演奏に移行することができる場合もある。



【マウスピースビジュアライザーと透明マウスピース】

顎先がくしゃっとなってしまって困難に面している生徒たちと、ある実験を行った。

生徒は、顎先を適切な状態に保つことが、やはりマウスピースが唇に触れた瞬間に苦労していた。そこで私は、マウスピースビジュアライザーでバジングしてみてもらったところ、より容易に顎先を平に保つことができた。

マウスピースビジュアライザー

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しばらくこれで練習した後、実際に楽器でバジングし音を鳴らすようにすると、だんだんうまく機能し始めた。

ただし、マウスピース内で実際に何が起きているかを診断する目的でマウスピースビジュアライザーを使うことをわたしは推奨しない。実際の演奏とは行っていることが異なるからだ。透明マウスピースの方がはるかに正確に判断できる。



【顎先のくしゃっとなった状態は問題の原因ではなく症状】

わたしは、顎先のくしゃっとなった状態は

・口角の働きの弱さ
・緩めに開きすぎた状態で保たれたアンブシュアの作り方

の結果としての症状である場合がほとんどなのではないかと考えている

したがって、顎先のくしゃっとなった状態それ自体を直接修正しようとするよち、口角の働きの強化をし、アンブシュアを常に(特に低音域において)しっかり強く形成するよう取り組むことがより助けになる可能性がある。

何年も顎先をくしゃっとさせて演奏してきた奏者にとっては、これはなかなか大変なチャレンジになるだろうが、全体的な結果としては徐々に良くなるし、長期的にはほぼ間違いなくこうしていくほうが良いだろう。




7 thoughts on “顎先のくしゃっとなった状態を避ける

  1. 突然すみません。
    以前先生が書かれていた「梅干しのような」顎と、この記事の「顎先のくしゃっとなった状態」とは同じではないのでしょうか?
    先生は「梅干しのような」顎を改善しようとして、上手くいかず、結局「梅干しのような」顎を許容しているうちに、状況が好転したというようなことを書かれていましたが。
    この上記論文の方法論を「顎先のくしゃっとなった状態」は「良くないこと」と認識してためしてみることをおすすめされているのでしょうか?
    頓珍漢なことを申してすみません。先生のスタンスでご教示いただけると幸いです。

    • もりしたさん

      わたし個人の場合は、「梅干状態」になったことはありません。

      わたしの場合に起きていたことは、「顎を張ろう」とする意識が悪い方にばかり働いていたということです。
      その原因は、張れない場所を張ろうとしていたかたです。詳しくはこちら:http://basilkritzer.jp/archives/1278.html

      よくある「梅干はダメだ」という指摘は、この記事で指摘されている、アンブシュアの揺れを伴う不安定さだけでなく、見た目上「張れていない」ように見えるものまでも含みがちです。実際は「張る」状態になっていたとしても、ですね。

      この翻訳記事で言及されている「顎先のくしゃっとした状態」というのは、厳密に「アンブシュアの揺れやその潜在リスクをともなう不安定な『くしゃ』状態」を指しているようにわたしは思います。

      その証拠に、その矯正方法として、顎先を直接的に矯正することは提案しておらず、口角の力を重要視していますね。
      また、顎先がくしゃっとなっている場合と、くしゃっとなっているように見えても実際は張れている場合をよく見分けることが大事だというようなことに言及していますよね。

      整理のお役に立てたでしょうか。

      Basil

      • バジル先生
        ありがとうございます。
        よく読みこみもせず、おかしな問いをしてしまいました。
        内容理解しました。
        「顎先がくしゃっとなっている場合」と、「くしゃっとなっているように見えても実際は張れている場合」をよく見分けるには何が重要だとお考えでしょうか?重ね重ねすみません。

        • そこはかなり観察の経験、自分自身の長期的かつ論理的な取り組みの経験、指導の経験が大事になってくると思いますね…
          わたしのいまの経験と理解、言語表現力からはここでパッと言えません。

          それでもあえて述べるとすれば、

          ・音の鳴り方響き方
          ・アンブシュア全体におきていること(動き)

          から判断するということになると思います。
          その二つそれぞれ、そして互いのつながりから。

          そういう意味では、音の鳴り方響き方を聴く力も必要ですね。

          この記事のビデオも、不安定と判断される例としてとても参考になります。

  2. こんにちは。
    この記事について一つ質問をしてもよろしいでしょうか、私はアルトサックスを吹いているのですが現在アンブシュアがいわゆる「顎をくしゃっ」とさせた状態になってしまっていてリードを強くプレスしてしまうために音が響く感じがせずに困っています、この記事を拝見して金管用の口角の強化や顎のくしゃっとなることへの対策等が記されていますが、木管、リード楽器においての梅干し防止方法として、何か上の記事のような対策のように行えることがあるでしょうか、御返信頂けたらと思います。

    • 藤森さん

      この記事は金管楽器に関することなので、

      ・顎先がくしゃっとなることが本当に木管楽器でも同じように良くないことなのか
      ・原因や改善方法が同じなのか

      分かりません。

      顎を張る、ということに関しては、やはり金管楽器についてですがもうひとつ下記記事もご参照ください。
      http://basilkritzer.jp/archives/1278.html

      Basil Kritzer

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