金管楽器のアンブシュア動作

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David Wilken氏 のウェブサイトより、記事「The Embouchoure Motion」(原文こちら)の翻訳です。

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アンブシュア動作
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このビデオ(英語)は、言葉や写真だけでは説明がかなり難しい「アンブシュア動作」というものについて示すために作ったものだ。

大半の金管奏者は自身のアンブシュア動作にまったく自覚がないか、おおまかにと感じてはいるがその理解は不完全である。このテーマについてわたしが専門家として信頼できる人々の間でも、より詳細な点でも合意されないことすらある。それぐらい複雑なテーマであり、わたしたちの理解は表面的なものだ。

 

ビデオで述べている主な点を要約すると、

 

「音域を変わる時、奏者は、歯に沿ってマウスピースと唇を一緒に上か下のどちらかにスライドさせる」

 

ということだ。

 

奏者によっては音域を上がる時にマウスピースと唇を鼻の方へ押し上げる一方で、逆に顎先のほうへと引っ張り下げる奏者もいる。

 

このスライドの全体的な方向は上下なのだが、大半の奏者は

角度の偏差のある軌道上をマウスピースが動くことになる。その角度によっては、あたかも横方向のスライドに近くみえることすらある。

 

 

 

以下はあるひとりのトロンボーン奏者が Low Bb を演奏しているときの写真と、その2オクターブ上のBb を演奏しているときの写真である。(いわゆるハイBb)

VHP-Low-Bb3-300x203

Low Bb

VHP-High-Bb4-300x205

High B Flat

これを注意深く見ると、上の写真(LowBb)のほうが下の写真(HighBb)よりマウスピースと鼻のあいだの距離が大きいのが分かる。

 

この奏者個人の場合は、音域を上がるためにマウスピースと唇を押し上げているということだ。

 

 

 

では別の奏者の場合。写真を見比べてみよう。

LP-Low-Bb1-300x203

Low Bb

LP-High-Bb1-300x200

High Bb

この奏者は逆の動きになっているのが分かる。音域が高い方が唇とマウスピースを引っ張り下げている。

 

 

 

もしすでに金管奏者のアンブシュアと息の方向の関係(英語) についてご存知なら、最初の奏者は「下方流方向奏者」で、2番目が「上方流方向奏者」であることに気づいたかもしれない。(息の流れの向きは、マウスピースのカップ内における上下の唇のどちらが多いかで決まる)

 

 

アンブシュア動作の方向は、その奏者の息の流れの方向となんらかの関係があるようだが、一部の下方流方向奏者(上唇の割合が多い)のなかには、上方流方向奏者(下唇の割合が多い)と同じく音を上がるときに唇とマウスピースを引っ張り下げるアンブシュア動作を用いる者も存在する。以下の写真の奏者がその例だ。

MHP-Low-Bb2-300x201

Low Bb

MHP-High-Bb2-300x198

High Bb

繰り返しになるが、すべての金管奏者がなんらかのかたちで必ずアンブシュア動作を用いている。各奏者のアンブシュア動作は、動作の角度や量はその奏者に独自のものであるが、全体的な方向としては上下の移動である。

 

上方流方向奏者(下唇の割合が高い)たちは、どうもいつも音域を上がる場合に唇とマウスピースを引っ張り下げ、音域を下がるときは押し上げるようだ。

 

下方流方向奏者(上唇の割合が高い)の場合は

 

  • 音域を上がる:唇とマウスピースを引っ張り下げる
  • 音域を下がる:唇とマウスピースを押し上げる

 

というように上方流方向奏者と同じやり方の者もいれば

 

  • 音域を上がる:唇とマウスピースを押し上げる
  • 音域を下がる:唇とマウスピースを引っ張り下げる

 

という逆のやり方の者もいる。

 

 

上述したことのすべてが、多くの奏者にとっては全く無自覚か不完全な理解しかない。奏者のなかには、自身にとってそれが歯に沿ったアンブシュアの動作というよりはマウスパイプの角度の操作のように感じる感覚で体験している者もいる。

 

マウスパイプの角度は奏者のアンブシュアにとって重要な側面であり、一部の奏者は非常に正確にアンブシュア動作と一緒に楽器の角度を調整している。

 

 

ほとんど理解が浸透していないがわたしが興味を持っている領域は、

 

「そもそもなぜ奏者はこの動作を行い、そしてその動作はなぜ個々の奏者により異なるのか?」

 

ということだ。

 

わたしはしばらくこの疑問を考えてきたが、いまのところ推測にしか到達できていない。

 

まずは、下方流方向奏者のうち超高位置タイプ(マウスピースを高い位置に置く)の奏者と、上方流方向奏者の低位置タイプ(マウスピースを低い位置に置く)のなかでも非常に低い位置に置く超低位置な奏者から見ていくことにしてみよう。

 

(マウスピースを置く位置に関してはこちらの記事をごらんください)

21middleBb-copy-300x201

超低位置タイプ

07VHPmiddleBb_2-copy-300x197

超高位置タイプ

この二つの写真の例に共通しているのは、ほかのタイプより唇とマウスピースのリムの接触量が非常に多いということだ。

 

 

上方流方向(=低位置・下唇の割合多い)の場合:

 

上方流方向奏者(ひとつめの写真)は音域を上がるときにマウスピースと唇を引っ張り下げるわけだが、彼らの場合リムはより上唇の方にたくさん置かれている。もしかしたら、上唇をマウスピースと一緒に引っ張り下げて下唇へ近づけることが圧縮の補助になっており、それで高音域を演奏しやすくしているのかもしれない。

 

同じ上方流方向奏者が音域を下げるときは、唇とマウスピースを押しあげることでさきほどまでの圧縮をリラックスさせている。

 

下方流方向(=高位置・上唇の割合多い)の場合:

 

下方流方向奏者は反対に、下唇とマウスピースのリムの接触がよっぽど多いような当て方をする。音域を上げるためのアンブシュア操作はさきほどの上方流方向奏者とは反対で、下唇を上唇の方へと持って行くことで高音のための圧縮を作ることを助けるわけだ。その圧縮をリラックスさせるように唇とマウスピースを引っ張り下げることで音域を下がる。

 

一方で、音域を上がるときに上唇を下唇の方へ引っ張り下げる下方流方向奏者もいるわけで、彼らは音域を下がるときは唇とマウスピースを押しあげることで唇の圧縮をリラックスさせるということになる。

 

わたしの推測では、リムと唇の接触量が、アンブシュア動作の方向のちがいを全体的に決めるファクターなのではないかと思う。

 

 

下方流方向奏者同士の比較

 

もうすこし探ってみよう。同じ下方流方向奏者でも音域を上がるときに唇を押し上げるタイプと、引っ張り下げるタイプを注意深く比較するとどんなことが見えてくるだろうか?

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音域を上げるために唇を押し上げる下方流方向奏者

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音域を上げるために唇を引っ張り下げる下方流方向奏者

上の写真のトロンボーン奏者は音を上がるために唇とマウスピースを押し上げる。

 

下の写真のトロンボーン奏者は音を上がるために唇とマウスピースを引っ張り下げる。 こちらの奏者は上の奏者に比べ、下唇とマウスピースのリムの接触が少ないことに気がつくだろうか。

 

どちらの奏者も、マウスピースのカップ内においては上唇の割合が高いようなマウスピースの当て方をしている(その結果、下方流方向になる)が、アンブシュアの機能の仕方をちがったものにさせる事柄がある。

 

下方流方向奏者をたくさん見ていると、

 

  • 下唇とマウスピースの接触量が多い奏者

=ほとんど必ず、音域を上がるときに唇とマウスピースを押し上げる

 

  • マウスピースと唇の接触量が上下の唇が同じくらいの奏者

=ほとんど必ず、音域を上がるときに唇とマウスピースを引っ張り下げる

 

ということが分かってくる。

 

博士論文「ダグ・エリオットのアンブシュアタイプと演奏時の身体的特徴の関連性」(The correlation between Doug Elliott’s embouchure types and selected physical and playing characteristics) においてわたしはちょっとした統計をとってみた。

 

その結果、重大な関連性を見出した。(p < .01 at the .777 level, Pearson Correlation).  マウスピースをより鼻の方に位置づける奏者は音を上げるために唇とマウスピースの押し上げを行い、いくらか下の方にマウスピースを位置づける奏者は音を上げるために唇とマウスピースを引っ張り上げる、という関連性が分かったのだ。

 

音を上げるために唇とマウスピースを引っ張り下げる方の下方流方向奏者のアンブシュアの形と機能の仕方には奏者によってある程度のちがいがあるのだが、なぜそうなのかはまだ理由が分からない。

 

ダグ・エリオット (わたしの先生のひとりで、博士論文で用いたアンブシュア分類モデルの考案者)は、このタイプの奏者が唇の圧縮を、ほかのタイプよりも上下だけでなく前後方向からの圧迫によって得ているからではないか、と推測した。

 

もしそうなら、上唇を引っ張り下げるのは、下唇が上唇に対して下から上、そして前へと押し出す力をかけている間、上唇のポジションを保つためなのかもしれない。

 

何人かのこのようなタイプの奏者から、そのような感覚は吹いているときにはないと聞かされてはいるが、演奏感覚はかなりあてにならないものだ。

 

彼らの演奏を透明マウスピースで観察したところ、唇を後ろと前から挟んでいるような唇のポジションになっていることがあるのをときに見かける。

 

このタイプ(リムと唇の接触の割合が、上下唇半々に近い下方流方向奏者)の奏者のなかで互いに異なるアンブシュアの特徴は他にもあるが、それでも最終的に似たアンブシュアの機能をもたらしている要素はここで述べた以外にもおそらくあるのだろう。ただし、それらの要素の存在理由はそれぞれに異なっているだろう。

 

これは複雑なテーマであり、今後も取り組んでいくつもりだ。最近も、アンブシュアに興味深いことが起きている何人かの奏者を撮影して動画を収集しているので、それもじきに公開したい。

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金管楽器のアンブシュア動作」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 唇の力み過ぎ、MPの押し付けすぎの「メカニクス」 | バジル・クリッツァーのブログ

  2. ピンバック: 下唇の割合が多く息が上向きの奏者の、低音域の練習法 | バジル・クリッツァーのブログ

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