「人生、ホルン、そして全て」その1 ピップ・イーストップ著 バジル・クリッツァー訳

☆ロンドンのホルン奏者、ピップ・イーストップ氏のエッセイです。
原文→http://eastop.net/?p=275
(1995年発表)

 リハーサルは退屈だなんていう人はいないだろうか?先日、数小節の休みの間に、すごいことを発見した。指で右側の鼻孔を塞ぎ、左側の鼻孔にマウスピースを持ってきて、思いっきり吸い込むと、音がするのだ。魔法みたいに、ベルから音が鳴っているような音があうる。同僚たちには、伝統的なやりかたでホルン演奏をしているときより、良い音が鳴っていると言われた。

 私は、フリーランスのホルン奏者だ。それは私が無職である、あるいは自営業であることを意味している。私は数多くのオーケストラや室内オーケストラ、金管アンサンブル、木管アンサンブル、現代音楽アンサンブルで演奏していて、コンサートやショーやレコーディングに参加している。多種多様であり、それが大好きだ。

 こんな多様な仕事をしていれば、スケジュールは大混乱となり、そういう生活は全てのホルン奏者の好みに合うものではないだろう。でもこの16年(*注*この論文は1995年に出版されています)こういう生活をしていて、脳外科医とか天文力学者みたいなもっとラクな仕事に変わるつもりはない。

最近のことを例に挙げてみよう。私は、ロンドン?シンフォニエッタといって、現代音楽のスペシャリストたちのグループで演奏している。一度、英国特殊部隊のようなものだ、と批評が掲載されたこともある。シュニトケとロスタコフの作品をやっていたとき、ホルンは2本の編成で、逆説的な事に、万能なホルン奏者であるラウール・ディアスが一緒になった。彼はベネズエラ出身である。なんで「逆説的」とか「万能」とかいう言葉を使っているかと言うと、このディアスはしびれるくらいウマいナチュラルホルンの演奏家であり、シューマンのコンチェルトシュテュックをピストンのF管ホルンでやってしまう数少ないホルン奏者だからだ。彼はその日、どこぞのボロボロのスタジオで、地獄のようなホルンの譜面を、完璧な技術を駆使して、全く苦もなく奏し、タイミング通りに音楽に合わせてレバー(ピストンではなく!)を上げ下げしていたのだ。
 
 彼のホルンの方がよっぽどピカピカで、私のよりもっとモダンで、振ってもガタガタいわないという事実を前に、私はくじけてしまう。ホルトンのタックウェルモデルで、簡単にリードパイプが切り替えられるあの楽器だ。私は彼の楽器を実際に試してみて、両方のマウスパイプを吹いてみた。そして、そのマウスパイプ同士の違いに、ビックリ仰天した。違いが分かるとは思わなかったのだ。見た目の違いは分からなかったが、吹いた感覚では対極であったーー片方は最高で、もう片方はゴミだった。私には合わない楽器なのだ。

 ロンドン?シンフォニエッタの主なメンバーは、ほとんどがフリーランスの奏者である。該当する楽器が必要になれば、ロンドン・シンフォニエッタのマネジャーからまず最初にお呼びがかかる分、幸運である。彼らは「首席オンデス・マルトノ奏者」だとかなんだとか、肩書きを持っている。もっとも、各楽器に一人ずつくらいしか奏者がいない楽団で、「首席」と言うのも冗長かもしれないが(バイオリンは二人いるけれど)。ただ、常駐メンバーに所属意識を与えてはくれる。当然、このほぼ保証された仕事の機会は、フリーランサーの不安定な生活に安全を与えてくれる。私自身、1977年から1986年までロンドン?シンフォニエッタの「首席」だったのだかた、よく知っているのだ。私は結局、「慢性ギーギー音症候群」という、現代音楽の摂取過剰からくる注意散漫と人格障害に苦しみ、退団してしまった。

 退団後、ロンドン?シンフォニエッタはホルンに安定して動じない奏者であるマイケル・トンプソンを呼んでレベルアップを図った。私は彼を尊敬しているし、私より現代音楽に対してはるかに健全な取り組み方をする。自己表現が変なふうにならないように、十分休みの時間もとるだろうから、きっと長く在籍するだろう。ラウールのホルンがそうであったように、彼のホルンもまた、私のよりピカピカだ。

つづく

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