「自分で自分を教える」その2 ピップ・イーストップ著 バジル・クリッツァー訳

☆ロンドンのホルン奏者、ピップ・イーストップ氏の論文です。
原文→http://eastop.net/?p=485

ホルンの演奏は、技術的側面がとても濃密にある。それは、音がグロテスクな騒音ではなく、音楽的な楽音として認識されるようになるだけでも、多くの技術的な取り組みを要する、という意味だ。苦労してそういう能力を身に付けたら、全体的に機能する演奏技術を構成する別個の様々なスキルは、可能な限り安定して信頼の置けるような状態に維持される必要がある。将来の、演奏技術の破綻の可能性・演奏時の大失敗の可能性を最小限にし、演奏を全体としては最高の状態に保つためである。例えば、ピアノのように音を出す事は鍵盤とハンマーの仕組みがやってくれるような楽器とは対照的に、ホルン演奏では、ほとんどの人にとっては「自然」にはできないような、唇と息を使ったやり方で、全ての音をひとつひとつ出すことを要求される。事実、ホルンの場合は楽器はほとんど助けてくれない。ホルンから音楽を導きだすことができる人は、水撒きホースやティーポットを使っても似たようなことができる。排水管と似たようなものであるホルンは、奏者が美しい音を奏でることを補助する「可能性」を持った、共鳴装置として機能するのだ。これは全ての金管楽器や吹奏楽器に当てはまる。

ホルンが最も演奏が難しい楽器の一つだ、というのは今ではすっかり信じられていることだ。確かに、初心者がたったひとつの音をちゃんと演奏できるようになるまで何年もかかることも多いし、音楽的フレーズとしていくつもの音を並べられるようになるまでは、なおさらである。ホルン奏者の唇は、声楽家の声帯と同じように、振動する訓練がされる必要があり、これだけでも難しいのだが、更なる困難がある。声楽家にとっては、口腔が共鳴するので、声帯がするどんな振動でも増幅してくれるが、ホルンは唇の振動のうちほんのいくつかの特定の厳密な振動数(倍音という)しか同じことをしてくれない。ホルン本体が許す振動数と完璧に一致した振動を唇がしなければ、ホルンは美しく鳴ってくれないのだ。こういった倍音の配列は、ホルンの管の長さ(マウスピースからベルの縁まで)に完全に決定されており、現代のホルンでこの長さはバルブによって簡単に変えることができる。バルブは簡単なつくりの装置で、ホルンの長さを即座に変えるよう、作動する。唇の緊張、息と口腔の物理的な諸条件(複雑すぎるので、ここで説明は省く)は、特定の倍音が鳴るように完璧に調整されねばならず、でなければ「ホルンの欲しがる音」と「自分の意図する音」が「ケンカ」してしまう。ホルン奏者は、即座に音を奏したいならば、「音程の空間」の中のどこにどの倍音があるか、完璧に知っていなければならない。こういう意味での「不正確さ」は、酷い音や「ハズレた音」を生み、こういう結果をいつも生んでいる奏者は、いまいるところより良いオーケストラに入ることはできないだろう。ある意味、ホルンの音程を正しく得ることは、弓道に似たところー良い音を1つ奏する事は、濃い霧や強い風をものともせずに獲物の目に矢を当てることと同じだーがあるホルン奏者にとっての生計は、高度な正確さによるのである。

難しいと悪名が高いだけでなく、ホルンの演奏技術はかなり「目に見えない」ものなのだ。外から見ても、何が起こっているのか分かりようがないのだ。マウスピースは完全に、ホルンの先生がきっと粗探しをしたくなるであろう部分に多いかぶさっている。唇が微妙にやっているかもしれない「良くないこと」のバリエーションは色々あるだろうが、一般的に言ってそれらは、教師自身が同じもしくは似たような問題を経験し解決したことがあり、何がうまく行ってないか、直感や推測を重ねて、色んなヒントから気付く以外に他人からは取り組みようがない。一度、そのような問題が見つかれば、解決はさほど難しくない。大変なのは診断を下す部分なのだ。

その3へつづく

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