☆ロンドンのホルン奏者、ピップ・イーストップ氏の論文です。
原文→http://eastop.net/?p=476
標準モデルに疑問を呈する
私の経験では、ブレス・コントロールについて話をするときに、ほとんどの管楽器奏者・管楽器教師が「横隔膜から息を出せ」というようなことを言っているように思う。横隔膜が、実際には空気を体の中に引き入れることしかできないという事実から照らすと、これは「耳から声を出して歌う」と言うのと同じ程度の論理的整合性しかないだろう。さらに混乱に拍車をかけるのは、それを言うときに、彼らは嬉しそうにお腹をポンポンと叩く。これは、横隔膜が何かやっているのは体の中のこのあたりだという、間違った思い込みがあることを明らかにする。これは、けっこう間違っている。後述するが、横隔膜は私たち思い込みの激しい管楽器奏者たちが喜んで信じてきたのより、ずっと体の上の方にある。
慣習的で不正確な呼吸理論にとらわれてさえいなければ、有益で活用できるたくさんの立証された解剖学的・生理学的事実がある。私たちの中で、誤っていて役に立たない考えをもっている人たちは、だいたいみんな自分の先生からそれを受け継いでいて、先生はそのまた先生から受け継ぎ、その先生はそのまた先代の先生から….というふうにどんどん遡るだろう。民間伝承とも言えそうな、このような理論がこれほど根強く残るの理由のひとつには、実践の場ではそれが、とりあえず演奏をその場で向上させるには効果がある、ということがあるだろう。しかしながら、そういった伝承の大半が生理学(体がどのように機能するか、という学問)的に誤ったことに基づいていることから、そのアイデアが使われたそのときの状況や文脈から離れた場では役に立たず、かつ他のことに応用しようとした際に困難や問題を引き起こすことが多い。「効果があるなら、使え!」式のやり方は、ある時点まではそれでもいいのだが、何故うまくいくのかその理由を追求せずに、うまくいけばそれをやりつづけるだけでは、それがうまくいかなくなった状況で、そのひとにはもうそれ以上、問題を解決するためのより深い方法論がない、ということだ。結局、「うまくいかなくてもいいから、とりあえず使え!」式のやり方になってしまうのだ。おそらく私たちの多くはこの現象をよく知っているだろう。
私のこういった興味は、アレクサンダーテクニークの3年間の教師養成トレーニングの中で、横隔膜として知られる筋肉は、楽器に空気を吹き込むために使われている筋肉ではない、ということを知って驚いたときに刺激された。もし、この記事を読んでひとつだけ覚えて頂けるとしたら、次のことにしてもらいたい。横隔膜は、吸気(息を吸う)ことに使われる筋肉なのである。息を吸うためであって、吹くためではない。多くの人にとって、これは驚きだろう。人によっては、「知らない方がよかった」と思うかもしれない。しかし、本当である事は、私が保証する。
イメージしやすくするために、何点か簡単な解剖学的・生理学的な解説と、図をこれから載せる。
横隔膜って、何?どこにあるの?
横隔膜は、吸気のための主要な筋肉である。吸気とはつまり、空気を体内に入れる事、息を吸う事である。大雑把に言って、横隔膜は、筋肉でできた円形でドーム状の薄いシートのようなもので、上から見ると空豆のような形をしていて、縁から中心に向かって収縮することができる。
中心は胴体を水平に二つの部分に分ける位置にある。ひとつが胸郭(胸のこと)で、もうひとつふぁ腹腔(おなか)である。胸郭は心臓と肺を含み、腹腔は消化器官を含んでいる。横隔膜の横とうしろは、ほぼ垂直になるくらいに急カーブして肋骨下部に付着する。これなら、内臓がドーム状のスペースに納まり、硬い肋骨から保護される。
心臓は胸骨の裏、横隔膜の中心よりだいぶ上にあり、両側面と上側を肺に囲まれている。肺と心臓とで、肋骨内の空間の大部分を占めている。
前側では、横隔膜の外側の縁が胸骨の内側に付着していて、胸の中心にある。ここから、脊椎の両側面まで、肋骨の下の端を経由して付着する。背中側では、横隔膜の筋繊維の一部は、背中の下部のごつごつした椎骨に付着する横隔膜脚という、強力な収縮性の筋肉の束になっていく。これが非常に強力に下へ引っ張ることのできる、アンカーのような構造を形作る。
すべての他の筋肉と同じく、横隔膜の緊張と弛緩は、組み込まれた神経によってコントロールされている。神経が収縮のために興奮すると、横隔膜は神経の方向に沿ってダイナミックに縮んで、結果としてその動作のはじめの段階で、自身の中心を下に引き下げ、肺と心臓を一緒に引き下げる効果が生まれます。肺の拡張を引き起こす他に、腹腔内の内臓などを下と前へ動かす効果を生む。それに伴い、腹壁の筋肉もゆるみ、よりスペースができて、お腹が出たように見える。
横隔膜を感じる事はできないが、背中を反らさずに、このお腹の膨らみを見ると、間接的に横隔膜の動きが理解しやすい。この現象を起こすのは横隔膜以外にないからだ。
ピンバック: 「呼吸の出入りの、ちょっとした話」はじめに ピップ・イーストップ著 バジル・クリッツァー訳 | バジル・クリッツァーのブログ