ピアノ演奏を独学で学んでいる大人の方から質問・悩み相談をいただきました
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【質問者】
ピアノを独学で続けてきましたが、これからさらにスキルアップしたいと考えております。お忙しいところ恐れ入りますが、一点だけ質問させていただいてもよろしいでしょうか。
ピアノを弾くとき、姿勢や腕・指など体のいろいろな部分に注意を向けるのと同時に、自分の演奏している音も聴かなければならないため、たくさんのことに同時に意識を向ける必要があると思います。
でもそれはオーバーロードで頭が疲れきってしまい演奏どころではありません。
ピアノまたは楽器の演奏の上級者の方は、最初はこのような要素を一つ一つ意識して意識の分割を増やしていくことで、同時にいろいろなことに注意が払えるようになるのでしょうか。それとも意識というのはそもそも分割するものではなく、最初から全体的な感覚として捉えて演奏しているのでしょうか。
もしよろしければ、お考えをお聞かせいただけますと大変ありがたいです。
【バジル】
こんにちは。
おそらく少なからずの方は、もしかしたら過半数の方は、そもそもそんなにいろいろ意識せずに弾いていると思います。
音楽を通じて共有したいこと、メッセージ、表現したい ストーリー、感じてほしい情景、具体的な音や音響のイメージなどに意識も関心もほとんど全て 向いている状態です。
そもそも演奏することの目的が多くの場合それにあるわけですので、その目的に意識が向いているのはむしろ自然 なわけです。
腕や指や姿勢などを意識するのは、これは技術的な文脈です。技術は目的の実現に奉仕するものですから、表現したいこと の助けになることを確認しながら美術には取り組むわけです。
そして例えば、手の形について意識してやってみたところ、弾けなかった パッセージが弾けたり、自分がイメージしているような音に少し近づいたりしたとします。
この目的達成あるいは達成への 近づきの実感と確認により、潜在的には 身体 神経系は学習を進めているはずです。ですので意識したことで達成や 全身が一度起きるだけでも、次、意識を緩めてなんとなく弾いただけでも再現性があることもあるのです。手応えがあるとか、コツを掴むみたいな言い方で表現される場合もあると思います。
もし 元に戻ってしまったら、改めて意識してやってみる。そこでまた成功体験や準成功体験的なものが得られたら、次またあまり意識せずやってみる。そうやって何度か あるいは しばらくの間 取り組む うちにやがて身体化すると言いますか意識しなくてもできるという段に遠からず達すると思います。
つまりは、いつもいつまでもたくさんのこと同じように意識し続けるということではないということです。
最も重要なのは、
「表現や分かち合いというそもそもの目的ようこそ意識する」
「技術や身体の意識はそれの補助サポートの域を出ないものである」
ということです。
参考になりましたら幸いです。
【質問者】
お返事ありがとうございます。なるほど!技術的なことを考えすぎてつい本来の目的を忘れてしまっていました。ありがとうございました

