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前回の記事『危険で陰鬱な洞窟の歩き方を知っている人が懐中電灯を持って現れた』で、ドイツで本格的にアレクサンダー・テクニークのレッスンに通い始めたときのことをお話ししました。
そのなかで、ドイツ全土で当時3人のプロのホルン奏者でアレクサンダー・テクニークの教師資格を持っているひとがいて、そのうちのひとりルネー・アレン先生のレッスンに通い始めたことを述べました。
同じタイミングで、もうひとりの先生のレッスンにも通い始めました。
私のドイツ時代最大の恩師と言えるウルフリード・トゥーレ先生です。
【印象的な出会い】
ウルフリード・トゥーレ先生んは、ハンブルク交響楽団で副主席ホルン奏者を10年間務めた経験を持ち、私がコンタクトを取ったときにはまだ40台はじめでしたが、すでにアレクサンダー・テクニークを本業にされていました。
フライブルクにいる、ということでエッセンから4時間かけて会いに行きました。遠かった….
お宅を訪ねると、まず猫が出てきました。
牛柄の、丸っこい面白い猫でした。
次にウルフ先生が出てきました。
すっごい背が高くて、ひょろひょろっとしていて、でも声には張りがすごくあり、かなり強い印象を受けました。
ウルフさんはドイツ人ですが、英語は堪能。スイスにいた期間も長く、典型的なドイツ人気質ではない。かといって、もちろん英語圏の人の感じでもない。
前に会ったピップさんやルネーさんはどちらもアメリカ人のわたしと同じく英語を母語としますから、なんとなく普通に「はじめまして」とできたのですがウルフさんとははじめ、その辺の感触がうまくつかめない…。
ああやっぱりドイツ人とはうまくやれないかな…などと気持ちが焦って来ていましたが、とりあえず家に入れてくれたのでめげずに挨拶。
促されて椅子に座りました。
…..すると…..。
さっきの牛柄まん丸猫ちゃんが、ぴょんと私の背中と椅子の背もたれの間に飛び乗り、すりすりと甘えてきました。それを見て私もウルフさんもびっくりしつつ、大笑い。
「ふつうは人を怖がるのにびっくりだ!」とウルフさん。
牛柄猫ちゃんは、なんのためらいもなさそうに甘えて来たので、不思議な一幕でした。
【たったひとつの思考で、ほんの一瞬で演奏が激変】
こうして場が和んだところで、本題に入りました。
わたしから、
「アレクサンダー・テクニークが、楽器演奏の基本になるんじゃないか、という気がしているが、どう使えばいいのか分からなくて来ました」
と切り出しました。
するとウルフさんは
「それなら、アレクサンダー・テクニークはとは?を定義してみよう」
と言っておもむろに紙になにやら書き始めました。
“The Poise of the Head is the key to freedom and change”
「頭の『動きのバランス』が、自由と変化のためのカギである」
と書いてあります。
おもむろに「吹いてごらん」と言われ、ノイリンク作曲のバガテルを吹きました。
緊張していて、焦りもあって、全然うまくいかない感じでした。
するとウルフさんが、「頭の動きのバランスが、カギだよ」と言いました。
そう言われて、ふと頭を意識しました。するとどういうわけか、緊張が緩み、頭が動きやすくなりました。
それを見て、すかさずウルフさんが「それで吹いてみて」と言いました。
吹いてみると….
本当に驚いた事に、スルスルとフレーズが自由に簡単に吹けてしまいました…。
ちょっとびっくりしたような、でも明るい表情でウルフ先生が一言。
「頭の動きのバランスが、カギなんだよ。全く変わったね。」
私は狐につままれたような気がしつつも、妙に納得&実感。
不思議な「確信」を半信半疑で抱いて帰途に付きました。
【先生は家まで来てくれた】
幸運なことに、フライブルク在住のウルフ先生は、北ドイツ放送交響楽団に呼ばれて団員の健康改善のため講座を教えているということで定期的にハンブルクに行っていました。
その途中にエッセンに寄って、私の家で教えてくれるという、いま考えても奇跡的な好意と幸運に恵まれました。
実は、中学のときに初めて自分からレッスンをお願いした元京都市交響楽団ホルン奏者の逢坂知訓先生も家まで教えにきてくれましたから、わたしはほんとに先生たちの好意に恵まれています。
それから卒業するまでの3年間で20回以上レッスンを受けたでしょうか。
音を出すうえでの唇のはたらきやコントロール法、そして楽器の支え方/腕の使い方において大きな発見と学びをさせてもらえました。
ですが、何と言ってもすべてを象徴するのが、この一回目のレッスンで得た
「頭の動きのバランスがキーポイントである」
という実感です。
それをもっと理解し、積極的に使えるようになるにはまだ先のことでしたが、20回のレッスンにおいて毎回必ず、私の疑問を汲んでくれて、
「私の脳みそが『なるほど』と実感するレッスン」
を毎回やってくれました
私が真に求めていたのはそういうものでした。
【なるほど派になろう】
後に知ったことですが、そういう『なるほど』の実感と理解を大事にする流派と、それよりは身体の変化を重視する流派がアレクサンダー・テクニークの世界にはあります。
『なるほど派』は世界的には少数派。
とくにヨーロッパでは数少ないスタイルでした。
ヨーロッパで主流の教え方は、よりビシバシと身体の動きや使い方を教師の手のガイドを用いて直接体験的に伝え、身体の使い方を鍛え直すもの。
こちらはすぐに目に見える明らかな効果があり、身体の状態や使い方が大きく変わります。
ただ、これはわたしの意見ですが、「身体は変わっても脳みそは分かってない」そんな状態に置かれるときがあることです。だから、レッスン後「どうやって再現したらいいか分からない」ということがしばしば起ります。
反対にウルフさんのやる「なるほど派」スタイルでは、身体の状態を大きく変えるのには時間はかかるが、「意味が分かる」レッスンです。
そして「あとで自分が使える」レッスンにもなります。
私はそれを強く求めていました。
自律的に成長したかったからです。
前回の記事に登場したルネー・アレン先生は、どっちかというと「直接ビシバシ派」。すごくしっかり身体の使い方が変わっていくのですが、「変えてもらいに」レッスンに行くという感じがしてしまって依存に感じ、途中一年ほどレッスンを休んだ時期もありました。
ご想像の通り,またはご存知の通り、私は「なるほど派」のアレクサンダー・テクニーク教師養成校を選び、「なるほど派」の哲学でレッスン活動を行っています。
アレクサンダー・テクニークは「分かりにくい」言われることもありますが、実はそうでなきゃいけない理由はひとつもありません。
教え方やレッスンでの対話を工夫し、注意深くレッスンを構成していけば、とても分かりやすく自分で使えるものとして伝えられるはずです
いま振り返ると、ずっとそういう考え方でいまわたし自身もレッスンをしようとしているな、と思います。
きっとそれはこれからも変わらない気がします。
Basil Kritzer