自分の信念は誰にも邪魔できない

先日、上海オーケストラアカデミーにお招き頂いて、上海に行ってきました。昨年6月以来、二度目です。

上海オーケストラアカデミーは、中国のオーケストラ楽員と楽員候補の能力向上のために設立され、上海交響楽団、上海音楽院、ニューヨークフィルハーモニックの3者が提携して設立・運営されている教育機関です。

今回は、二日間で三つの講座を担当しました。

アカデミー生は、前回行ったときに出席した二年生たちと、初めて会う一年生から成る20人ほどのグループ。

前回会ったアカデミー生たちもいたことから、前回に比べてお互い慣れており、より有意義な時間になりました。

日本の音大生とレッスンをすることに慣れているわたしからすると、上海で教えるときはとても文化のちがいを感じます。

最初は、受講生たちがなかなか聞いてくれない(と感じる)笑。

英語で授業を行っているのですが、授業中にもアカデミー生同士で中国語でなにやら喋っていたり(わたしの話を訳したり要約してくれていることもある)、携帯電話をいじっていたり。

しかし、時々パッとこっちの話を真剣に聞いているときもある。

興味や注意がこっちに向けられているか逸れているかが一目瞭然なのです。

「とりあえずちゃんと聞きましょう」(内容がつまらなくなると携帯や私語のかわりに日本人は寝ますね笑)という習慣がある日本とはかなり雰囲気がちがいます。

三つ担当した講座のうち、初日の最初の講座でしゃ、わたしは普段の講座通り

「さあ、みなさん、きょうはどんな質問がありますか?なにを学びたいですか?」

という問いを投げかけることから始めました。

日本だと、わたしの講座に参加してくださる学生さんはたいてい、いろいろ疑問・質問・知りたいこと助けてほしいことがあります。シャイなのでなかなかそれを口に出してもらうのに時間がかかるだけで、たくさん持ってはいるのです。

しかし、上海オーケストラアカデミーでの、わたしの問いかけに対する場の反応は、日本と同じ「しーん」ではあっても、その質や雰囲気がちがいます。

もっと、「あー授業ってかったりぃなぁ、質問なんてねーよ、早く終わってくれよ」という(と感じる)雰囲気を醸し出しているのです。

でもね、アカデミー生の半分ほどは上海交響楽団の団員でありながら志願してアカデミーで学んでいます。

だから、音楽に対して真面目であり成長に貪欲なのは間違いありません。

そこで、あの手この手で、ときには「日本だと俺のレッスンは高いぞ〜(中国通貨人民元でいくらかを言う)」とかハッタリも交えながら(笑)どんなことに興味があって、どんことを改善したり上達したいのかをほじくり出していきました。

こういうとき、わたしは我ながらしつこいな、と思います。

でも、音楽をやっているひとが、意欲や興味が無いなんてあり得ないと信じているから、粘ることができるのだと思います。

しばらくすると、アカデミー生のひとりが

「日本の学生や演奏家がどんなことに取り組んでいるか知りたい」
「日本の学校吹奏楽はレベルが高いが、その秘訣を知りたい」

というようなことを言い始めました。

彼らからすると、日本の音大生は平均的にとてもレベルが高く感じており、またオーケストラ楽員についてもそう思うようです。

そして学校吹奏楽部の年齢に対しての驚嘆すべき演奏の完成度についても非常に関心があるようです。

わたしは音大生としてはドイツで学びましたが、学校吹奏楽部でホルンを始めましたから吹奏楽育ちです。また、2年間だけとはいえフリーランス演奏家として日本のオーケストラシーンも経験しました。

そのわたしの体験から感じること、言えることに限られますが、そのあたりの話をし始めると、アカデミー生たちは熱心に話を聞き始めました。

そこからやがて、わたし自身の音楽人生の経緯やその中での体験、そして学びについて話が移っていきました。

アカデミー生のひとりから、

「なぜアレクサンダーテクニークをやっていて、あなた(バジル)にとってどういう役割があるのかを知りたい」

という要望があり、まさかわたし自身についてそのように興味を持ってもらえているとは思いもしませんでしたが、その場であらためて訊かれたことについて考えながら話をしました。

上海オーケストラアカデミーには、ニューヨークフィルのホルン奏者でアレクサンダーテクニーク教師のアレン・スパンジャーさんもアレクサンダーテクニークの授業をするために招聘されていて(なんと、ここで教えるアレクサンダーテクニーク教師がふたりとも偶然ホルン奏者!)、アカデミー生によると音が変わったり身体が楽になったりはするけれどどうやって自分で理解して取り入れればいいのかが分からないとのことでした。

アレクサンダーテクニークが良いもので、重要なのは分かるけれど自分自身にとってどういう意義があるのかを掴みかねていたのです。

だから、教師自身がどう思っているのかをまず知りたかったようですね。

このあたりの感覚は、日本の学生さんたちとのレッスンのときとは異なる感触です。

わたしは、自分がはじめはいかに「根性論者」であり、大学に入学したときからい毎日5時間も6時間も練習していたことを話しました。

そして、1年間の間にほとんど上達せず、逆に背中の痛みに苦しむようになってどんどん吹けなくなっていった経緯を話しました。

転機は、そういう自分の状況がアレクサンダーテクニークの本に書いてあることに当てはまっていたことに気がついたこと、そしてある日苦しみの絶望のあまりホルンをやめる決意をしたが、そのあと止めどない涙とともに純粋にホルンを吹きたい気持ちを自分の奥深くに感じることができたときにあったことを話しました。

そこから、アレクサンダーテクニークの助けを得ながら(ドイツで、プロのホルン奏者のアレクサンダーテクニーク教師をふたり見つけて、遠くまで熱心にレッスンに通い始めた)自分のホルン人生・音楽人生が1日10分だけの楽しみと上達の手応えに満ちた練習のやり方から再出発したということを話しました。

これは非常に個人的な体験の話でしたが、わたしにとっては、紛れもない事実です。

これを聞いたアカデミー生のひとりが、

「自分は、音楽なんて結局才能がモノを言うのであり、なかなか上達なんてできない。努力はなかなか報われないと思っている」

と自身の想いを語ってくれました。

わたしがそれに対し、

「まず、この場にいる全員がオーケストラあるいはアカデミーに合格している時点で才能は持っているのは間違いない。しかし同時に、そんなあなた方でもこれから何十年も自らの能力を絶えず向上していけるとわたしは確信している。それがわたしがアレクサンダーテクニークを通して体験的に確信していることだ」

と信念を思い切って言葉にしてみました。

日本だと、こういうことを言うとなんとも言えない重い空気が生まれるのですが、上海オーケストラアカデミーの今回の受講生たちにとってはなにか響くものがあったらしく、急に互いの信頼感が増したのを感じられました。

この会話が、彼らにとってはなぜかスッキリして、やる気になるものだったようです。

その会話のあとからは、それまで楽器を出そうとしなかったアカデミー生たちも楽器を持ってきてくれるようになり、ひとりひとりの実際の演奏を見ながら、奏法的・技術的なことや身体の使い方についてこまかく具体的にアドバイスができました。

わたしの仕事というか、活動には、もちろん奏法・技術・身体の使い方に関する理解や観察力そして実効性のあるアドバイスや提案をする力が必要です。

しかし、そういったアドバイスをそもそもさせてもらえるようにするには、演奏を見せてもらったり、考えを聞かせてもらったりしなければいけません。そして、わたしが提案したことを試したり持って帰ってみたりしてもらわなければいけません。

今回、そこに辿り着くまでにちょっとした障害がありました。そして、その障害を乗り越えさせてくれたのは、わたしの

『みんな、誰でも、自分で想像している以上に上達することがいつでもできて、自分のやりたいような演奏がもっとできるようになる』

という信念・確信みたいなものをはっきり伝えた、伝わったことだったのです。

その先の実際的・具体的なレッスンやアドバイスはもちろん価値あるものなのですが、なんだか「脇役」にすぎないもののように思えました。

異文化で、いつもとまったくちがう条件で、日本では「積み上げたもの」として有利に働く可能性もあるキャリアも意味合いとしては薄まっている状況で、自分自身の信念がいちばんのキーポイントになったことが、わたしにはとても新鮮でした。

活動が広がるにつれて、どうしてもいろんな執着や迷いもでてきます。

しかし、原点は自分の信念にあるし、実はいつもそれが全てを支えているのだと気付かされた思いです。

わたしの仕事や活動は誰にでも妨害や攻撃はできるし、ビジネスとしてはいくらでも揺らぎうるものだけれど、わたし自身の信念や興味・関心、あるいは「自分が音楽をするひとの助けになれることがあるなら、喜んで助けになりたい」という気持ちは誰がなんといっても揺らがせられるものではないんだよな….と感じました。

音楽の素晴らしさと価値をいつでも信じて肯定すること。
音楽をするひとの力と可能性をいつでも信じて肯定すること。

それこそが、自分の軸であり本質的な仕事なんだ。

そういう感覚を感じられました。しばらく、この感覚を大事にし、つながりながら日々を過ごしてみたいと思います。

Basil Kritzer

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