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以前、『息を吸うたびにアンブシュアが硬くなり演奏できなくなる….どうしたらいいの?Q&A』という記事でご質問を頂いた同じホルン吹きの方からの質問です。
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【質問者】
その節は、お忙しい中にあるにも関わらず、丁寧にご対応いただきありがとうございました。
何度もご相談をさせていただくのはご迷惑かと思いつつも、奏法上で前回とは別件で困ったことが浮上したため、メールをお送りさせていただきました。
楽器の再開を機に現在、一般の楽団で演奏をしているのですが、10月頃から、
・唇の腫れ
・唇周辺の皮膚に水ぶくれのようなできものが頻繁にできる
・楽器を吹き終わった後に左上の門歯がじんじんと痺れる
・やたらと音を外すようになり、場合によっては音域を問わず音が出ない。ロングトーンの最中に唇の振動が止まる。
・音の立ち上がりが不安定になる。吹き始めがうまくいかず、ブルッ!と爆発音のような発音になる。試し吹きをしてからでないと、音の立ち上がりが不安定になることが多くなる。
・唇のどこにマウスピースを置いていたのかわからなくなる。どこにマウスピースを置いても違和感を感じる。
・楽器を構えた際、左手がどんどんズレていく。小指掛け、レバーに対して指が前のめりに滑っていくような形でズレていく。
などのこれまで感じることがなかった違和感を感じるようになってきました。
定期演奏会も近づいており、だいたいの曲目で自分が高音パートを担当することになったため、
「キツイので、パートを分担させてほしい」
「できれば、少し休ませてほしい」
と言うこともできず、調子が下降線を辿っていると感じつつも、ごまかしごまかし練習を乗り切ってきましたが、本番ではどんどん音が出なくなり、終盤では曲の半分くらいは発音もままなりませんでした。
演奏会終了後から少しの間は楽器を休んだことで、皮膚のできものや楽器のズレについては問題がなくなりましたが、
・唇の腫れやしびれ(特に合奏練習後に起こりやすい。唇の右側が、左側よりもヒリヒリする。)
・発音がうまくいかない。音の立ち上がりが爆発音のようになったり、場合によっては音が出ない。
・演奏中に唇の振動が止まる。場合によっては、アンブシュアそのものが乱れていく。(ロングトーンの最中や、八分音符を刻む場面で起こりやすい。)
・セッティングの違和感
といった点は改善されずにいます。
調子を崩していく過程の中で、自分の奏法に何が起きているか観察を試みたところ、
発音の不安定さ:
発音する際に、舌の奥が盛り上がったり、唇に力を入れる割合が強くなってきた。
音を外さないように、と思うと圧力を作る仕事を首から上でこなそうとしだす。
反射的に教科書的なアンブシュアを作ろうとしてしまい、唇とその周辺全体を固定させたままにしようとする。
併せて、心理的に焦ると楽器を構える際に肩をすくませて、腕を縮めて構えようとする。
唇の腫れやしびれ、セッティングの違和感:
歯列に対して、マウスピースのセッティングが合っていない?
「唇の真ん中」に当てることについて、無意識でルールを作っていた。
自分の場合、右の前歯は自然な状態でも上下がほぼ揃っているが、左の前歯は上の門歯が前に出ている。
唇の見た目上の中心に当てることで、マウスピースと唇の左右どちらかの接着が不十分になっている?
(疲れてくると、なぜか楽器の角度が左側にどんどん傾いていく)
といった現象が起きていると感じています。
調子を崩していく中で、奏法をじわじわと狂わせてしまったような気がしています。
要領を得ないような文章を長々と綴ってしまい、意味の通りにくい箇所が多々あるかもしれません。ご多忙の折とは存じますが、何か改善に向けたアイディアをご教示いただけますと幸いです。
【バジル】
・アレルギーなど病理学的なものの可能性と、
・奏法的なもの、
その両方の複合など様々なことが考えられます。
当面は
・左上門歯ととその左隣の歯、左上犬歯のあたりにマウスピースを「かぶせる」ような意識でセッティングしてみる。かなり強めにそこに固定・接着させてみるとよいかもしれない。
・左腕に関しては、ちょっと肘を畳み、ちょっとだけ脇の開きを少なくして、肩甲骨を少しだけ引き寄せるような感じで構えてみる
というのを試してみてください。
【質問者】
マウスピースのセッティングと構え方については明日の練習から早速実践してみようと思います。
【バジル】
また進捗お知らせください
– – – 1ヶ月後 – – – –
【質問者】
ご教示いただいたアドバイスを元に試行錯誤を自分なりに重ねた結果、奏法改善のヒントになりそうなポイントをいくつか発見しましたので、現時点での進捗状況をご報告させていただきます。
①マウスピースのセッティングについて
前回の質問時にご教示いただいたアドバイスをもとにセッティングの修正に取り掛かりました。
これまでのセッティングと比べて発音がスムーズになり、疲労感が大幅に減ったことに驚いています。また、音色と響きにふくよかさと華やかさが増したような気がしています。(自分の音に倍音が多く聴こえるようになりました。)
ある日、ふとブログで紹介されている『息のパワーを作るコツを実感できるエクササイズ』に取り組んでいた時、自分の場合、口から出る息がかなり左側に偏っていることに気付きました。
口角に手をパーテーションのように添えて( 山に向かってヤッホー!と叫ぶような恰好 )何度か試したところ、右手にはほとんど空気が当たらないのに対し、左手には広い範囲で息が当たります。
そこで、改めて歯列を確認したところ、右側の歯列は門歯以外も大体揃っているのに対して、左側の歯列は側切歯が少し引っ込んでいました。
このことから、
「左側の方が、息の出口が広いのでは?」
「と、いうことは左側の方が振動しやすくなっている?」
と考え、「右側の歯にマウスピースが当たらなくてもいいや」と思い切ってセッティング位置を左にズラしてみたところ、音色の良さ、レガートの滑らかさ、疲労感の少なさ等、総合的に演奏がしやすくなりました。
個人的に驚いていることは、いきなりハイトーンで始まるフレーズを難なく吹き始められることと、F→Hi Fといった高音への跳躍がスムーズにできることです。
また、演奏後の疲れのほとんどがお腹周りに集約されるようになりました。
現在は、基本的には左の側切歯をマウスピースで隠すことを目安に、唇の左側でリムが気持ちよく当たるところにセッティングすることを心掛けています。
②構え方について
ご教示いただいたアドバイスに取り組み始めてから間もないうちは、演奏が楽になったものの唇のヒリヒリが治まりませんでした。
ただ、ヒリヒリする個所が上唇の山のようになっている部分に限定されるようになり、痛みを感じないときもあったので、構え方を再確認したところ、右手の動かし方が以前と変わっていることに気付きました。
具体的には、右手を迂回させて左肩に持っていこうとしていたのです。(志村けんさんがアイ―ン、とやるときのような形 )
そこで、構えるときに
・右手はまっすぐ前に、上に動く
・左手はつられて動く
と意識してみたところ、痛みを感じることがほとんどなくなりました。
もしかすると、右手を迂回させるように動かしてセッティングしていたことで、リムと唇の接触に不具合が生じていたのかもしれません。(唇の右側に過剰に圧力がかかっていた?)
現在は、リムと唇が接触してから、両手で楽器を身体に近づけるように意識しています。
③アンブシュアについて
①と②に関連していることかもしれませんが、自分の場合、プレスが弱かったようです。無意識に、左手でマウスピースを唇から離そうとしていました。
セッティング位置の修正に取り組んでいる最中、思い切りプレスするつもりで唇とリムを密着させて演奏してみたところ、今まで散々悩んでいたブレスが楽にできるようになりました。
これまでは合奏中に、1曲吹き終わるころには唇に違和感を感じていたのですが、ほとんどストレス無く演奏できるようになったのです。
以前はブレス時に下唇が上唇に潜り込んでいくような動きが気になっていましたが、プレスを増やすことで、唇を閉じる動作への不安が大きく減りました。
適切な表現ではないかもしれませんが、リムと唇の接着を増やしたことで唇の仕事量が減ったような印象を受けています。(唇を閉じる動作を、マウスピースも担ってくれているような感じ。)
また、唇を閉じてお腹から息を吐き出す際に、後頭部がピクッと動くのを感じたことから、アンブシュアが唇周辺に限ったものでないことを体感できたことも嬉しい発見でした。
話が脱線してしまいますが、前回質問させていただいた、ブレスをするたびにアンブシュアが固まる原因には
・唇のあまり振動しない位置にセッティングしていたため、アンブシュアを意識して作らなければいけなかった。意識して唇を振動させる必要があった。
・唇とリムの接触が弱く、楽器と身体の接触が不十分だったので、唇が楽器の接触を保つために、リムを捕まえにいかねばならなかった。そのせいで、アンブシュアが乱れていた。
といったこともあったのかもしれません。
④演奏する際の体の動き全般について
楽器を構える、息を吸う、音を出すといった動作の一つ一つで体を固定させようとしていたようです。
どうも、固定=安定だと捉えていたのかもしれません。
セッティングや構えを修正してから、ふと演奏中に身体全体がただ座っているときと同じようにリラックスしている瞬間があること、なんとなく自分全体をぼんやり見ている自分がいることに気付き、そこから身体を固めようとする動作に気付くことができるようになりました。
自分の場合、頭が動けて、身体全体がついてくることを思いながら演奏すると、身体全体がフワフワしたような不安定な感覚を感じますが、
『不安定=どんな動きでもできる、好きなように動ける』
ということかと解釈して、現在は不安定さを受け入れることを意識しています。
以上、長々とした取り留めのない文章になってしまいましたが、進捗状況の報告とさせていただきます。
【バジル】
こんにちは。メールありがとうございます。
>>改めて歯列を確認したところ、右側の歯列は門歯以外も大体揃っているのに対して、左側の歯列は側切歯が少し引っ込んでいました。このことから、
>>「左側の方が、息の出口が広いのでは?」
>>「と、いうことは左側の方が振動しやすくなっている?」
>>と考え、「右側の歯にマウスピースが当たらなくてもいいや」と思い切ってセッティング位置を左にズラしてみたところ、音色の良さ、レガートの滑らかさ、疲労感の少なさ等、総合的に演奏がしやすくなりました。
素晴らしいですね!
自分自身で観察し、そこから自分自身の理性を用いて推論をし、仮説を立てて実験した過程がすごく価値あることだと思います。
あまり理由付けがされていない、なんとなく「真ん中に当てるべき」というさほど普遍性のない常識の支配から、自分自身で脱することができた。
それはすごいことだと思います!
その過程が、音の向上と吹きやすさの改善で報われてよかったですね (^^)
>>個人的に驚いていることは、いきなりハイトーンで始まるフレーズを難なく吹き始められることと、F→Hi Fといった高音への跳躍がスムーズにできることです。また、演奏後の疲れのほとんどがお腹周りに集約されるようになりました。
わたし個人的には、疲れや負担がお腹に集約されることは、管楽器演奏においては奏法がよくなっている兆しとしてかなり信頼できるものだと思います。
>>もしかすると、右手を迂回させるように動かしてセッティングしていたことで、リムと唇の接触に不具合が生じていたのかもしれません。(唇の右側に過剰に圧力がかかっていた?)
文章からは、右手を迂回させながら左肩へ持っていくような軌道は唇の右側への圧力につながるようには思えないのですが、
迂回させる、という表現と「まっすぐ前に・上に」という表現を比較すると、迂回させていたころはもしかしたらマウスピースが口から離され浮き気味になっていた可能性はあるかもしれませんね。
結果的には密着がもっとできるようになったのかもしれません。
>>自分の場合、プレスが弱かったようです。無意識に、左手でマウスピースを唇から離そうとしていました。
なるほど、さきほどの迂回のはなしとつながってきますね。
>>以前はブレス時に下唇が上唇に潜り込んでいくような動きが気になっていましたが、プレスを増やすことで、唇を閉じる動作への不安が大きく減りました。適切な表現ではないかもしれませんが、リムと唇の接着を増やしたことで唇の仕事量が減ったような印象を受けています。(唇を閉じる動作を、マウスピースも担ってくれているような感じ。)
なるほど。感覚的・個人的にはよくわかる気がします。
わたしもマウスピースが「留め金」のような役割を果たしていることがあるのではないかと感じることがあります。
>>また、唇を閉じてお腹から息を吐き出す際に、後頭部がピクッと動くのを感じたことから、アンブシュアが唇周辺に限ったものでないことを体感できたことも嬉しい発見でした。
実にいろいろな部位が連動しますね。
>>楽器を構える、息を吸う、音を出すといった動作の一つ一つで体を固定させようとしていたようです。どうも、固定=安定だと捉えていたのかもしれません。
固定と安定はイコールになる場合もあります。
しかし、何かの関係(たとえばマウスピースとアンブシュアの関係)を安定させるには、固定と動作を組み合わせないといけないこともあるし、動作することでバランスをとって安定させる必要があることもありますね。
安定「感」を必要以上に求めて、奏法的には不自由になるのに固定をがんばりすぎることもありがちですね….。
>>セッティングや構えを修正してから、ふと演奏中に身体全体がただ座っているときと同じようにリラックスしている瞬間があること、なんとなく自分全体をぼんやり見ている自分がいることに気付き、そこから身体を固めようとする動作に気付くことができるようになりました。
そうやって、自分自身がどのようなタイミングや条件下でどのような反応をしているかを観察し気づくことは、前進するすごく大きな力になりますね。
>>自分の場合、頭が動けて、身体全体がついてくることを思いながら演奏すると、身体全体がフワフワしたような不安定な感覚を感じますが、『不安定=どんな動きでもできる、好きなように動ける』ということかと解釈して、現在は不安定さを受け入れることを意識しています。
その不安定「感」が
・ほんとにどこかが不安定になっているのか
・不安定であったとしてそれが奏法的にマイナスになっているか
も併せてチェックしておくと、不安定「感」に襲われても実際不安定じゃないことがもしわかっていれば気持ち的に対処しやすいかもしれませんね!
【質問者】
どうも自分の場合、安定「感」を求めようとすると、身体をロックさせてしまうようです。
自分の中で、
「音程を合わせなければならない」
「音を外してはいけない」
「うまく吹けなければ恥をかく」
といった、いつの間にか当たり前だと思っていたルールが発動すると、安定「感」を求めたくなっていました。
安定感を求めようとするよりも、身体を守りにいっているよう、というニュアンスの方が近いかもしれません。ロックさせていたのは、身体ではなくて気持ちの部分だったのかも…なんてことを考えています。
先日も練習があったのですが、急きょ1番ホルンの代吹きをすることになってしまいました。
高音も多いし、ソロもあるし…で、いつもの
「間違えたらどうしよう」
「うまくいかなかったら、白い目で見られるぞ、恥をかくぞ」
という思考が連鎖的に浮かんできて、それに合わせて妙に肩に力を入れ出したり、身体全体を固めようとしている自分がいました。思い返せば、ホルンを専攻してから、本番や試験のたびに必ず起こってた現象です。
そこで、ふと
「もうどうなってもいいや」
「音なんかいくら外れたっていいや」
「うまく吹けなくたって、オレは全然大丈夫」
「こんな堅苦しいのは、オレにはもういらないです」
「ヘタクソだと思われても、自分は安全」
と思い、ドキドキするし違和感もあるけど、ただ演奏する。
結果はさておき、できることをやり続ける。執着を捨てるような、自分を辞めるような心持ちで演奏すると、徐々に身体の緊張が抜けて、「ただ座ってるだけ」に近い感覚で演奏することができました。
楽器演奏に限らず、仕事でも同じように臨んでみると、今までよりずっと神経を使っていないのに良い結果がついてきて、新鮮な気分です。
冷静になって自己観察をしてみると、何をするにせよ「当たり前」に縛られていたことに気付きます。今後も面白い発見があるに違いない、と自然と思えてしまいます。
極端な話ですが、今まで楽器では散々苦労してきたはずが、それすらも上達の一部だったんだな、と考えています。もっと言うと、周り道をしているようでも、自分は上達しかしていないような…そんな感覚です。
【バジル】
「執着を捨てる感覚」は、わたしには個人的にとてもよくわかります。
わたしも、良い演奏ができるときは、執着を捨てられたとき、あるいは執着を自覚しながらそれ以上執着しないでもいられるように自分を導いているときです。
ひとによって、良い演奏のためのキーワードは異なるだろうと思います。
「完璧に演奏しよう」
「よいところを見せよう」
「お客さんに楽しんでもらおう」
「メッセージを伝えよう」
「自分が楽しもう」
etc….
ひとそれぞれ、自分自身にとって何が本当に良い方向へ進む力となるかは、自分自身の体験を振り返りながら探し出さねばなりません。
アスリートでも、インタビューでひとによって似たような、でもそれぞれのアスリートによって異なる言葉を使っているのを耳にすることががありますよね。
わたし自身は、執着を捨てる系の「失敗してもいいや」的なものが良い演奏のキーワードなのですが、じゃあいったい何に執着しているのかというと、
「ホルン奏者として認められる」
ということだな、と最近あらためて気づかされています。
つまり、「ホルン奏者として失格な自分」とか「ホルン奏者として不十分な自分」が、みんなにバレてしまう….というような恐怖感が、執着を生み出しているように見えてきました。
そういう感覚があるので、ホルン奏者からホルン奏者としての自分を認めてもらえたり褒められたりすると、晴天の霹靂のように嬉しさと戸惑いが奇妙に入り混じります(笑)そして、心のどこかで「….どうせウソだろ….」と思っている自分がいます。
困ったもんです。
しかし、自分と音楽との関わり方として、こうして「教える・レッスンする」というものがそもそもやりたくて音大に進み、いま実際にそういう活動をしています。
演奏をするときに、そういう「教える・レッスンするひと」としての自分のアイデンティティーを思い出しておき、根本的にはホルン奏者としての評価を別に求めていない(笑)ことを思い出せると、不思議と、練習も演奏も等身大になれて執着が減ってしっくりくる感覚でやることができる傾向にあります。
いったい自分の中で何をややこしくごちゃごちゃ考えているんだろう….とため息が出ますが、執着をよーく眺めるとこうして幾重にも重なり合っているものがあり、それぞれの下により根本的な自分の想いやアイデンティティーがあるのだなあと思わされます。
こうして自分自身を見つけていくのが人生であり音楽なのでしょうね。