「私の小さな器官」その2 ピップ・イーストップ著 バジル・クリッツァー訳

☆ロンドンのホルン奏者、ピップ・イーストップ氏( Pip Eastop )のエッセイです 
 原文→http://eastop.net/?p=428

アレクサンダーテクニークの概要

 ほとんどの人には、体の中で習慣的に固まっていたり、少なくとも必要以上の緊張を持続している筋肉や筋肉群が存在している。これには様々な原因があるが、最も分かりやすいのは、両親・人気歌手や役者の模倣に姿勢や動きの悪い習慣の模倣まで含まれる、というものだろう。もう一つは、恐怖からくる筋肉の慢性的なこわばりである。このような自身の筋肉の誤用は長期間を経ると、姿勢の歪み、特異な歩き方、非効率的な呼吸などにつながる。こういった状態は、加齢とともに固定されるのが普通であり、いずれ身体的健康の劣化につながる。大まかに言って、アレクサンダーテクニークはこういった有害な緊張から脱出する筋道の通った方法を提示し、それによって長期的な視野での病気の予防につながる。アレクサンダーテクニークの中で「方向性」とよばれるような、思考の手段の対象として特に強調される部位は、首である。これは姿勢という観点から見て非常に重要で、それは首が頭を支えるという決定的な仕事を担っているからである。

 アレクサンダー(F.M.Alexander, アレクサンダーテクニークの発見者)は、自分自身の姿勢と動き(アレクサンダーテクニークでは「使い方」と呼ばれる)に関する有害な習慣を克服し、その過程で自分自身の朗読家としてのキャリアを救った中で、より良い「使い方」を教えるために、繊細だが説得力ある手の使い方を発展させ、それによって助けを求めて彼のところへ来る人たちの姿勢と動きに関して長期的な改善をもたらすことができることを発見した。この革命的なボディワークは、次第に「アレクサンダーテクニーク」として知られることになった。

 分かりやすく言うと、アレクサンダーテクニークのアイデアとは、縮こまり体を狭くする代わりに、繰り返し、体に長く広くなることを思い出させることで、既にある緊張をやめる(別の緊張で埋め合わせるのではなく)ことができる、という事である。十分に時間を取れば、これによって根深い習慣を変化させ、姿勢と動き方に改善をもたらすことができる。

 これは、治療者から施術を受けるというスタイルの意味でセラピーではない。対照的に、教師から学び、その後は時々教師からの指導をもらいながらも、自ら活用し自身の体の状態を良くしておくためのものである。問題点があるとすれば、少しお金がかかってくるところだろうか。

 4年間に亘ってアレクサンダーテクニークを教えていた中で、どのような人により有益なのか、といったことが分かってきた。このテクニークはある特有の性質の注意を要求する。例えば、楽器演奏者たちの方が、音楽家でない人よりも速くそして効果的にこのテクニークの原理を理解し、取り入れて活用できている傾向があるのが私には明らかであった。おそらく、アレクサンダーテクニークの原理を学ぶ事と、楽器の演奏を学ぶ事に、明らかな共通点・類似関係があるからではないだろうか。だからある意味では、音楽家はテクニークを学ぶにあたって、一歩先んじているのである。管楽器であろうが打楽器であろうが、どの楽器を演奏するにしても、最も良い音が鳴るのは、体が楽器との協調の仕方を学んだときであり、体を圧迫したり動きを強制したりしたときではない。これは、楽器演奏者が時間とともに自然に気付く事である。結局、テクニークでは最良の筋肉の関係・状態を得るために体をどう扱うかを学んでいるのであり、最良の音を楽器から生み出すためにどうするかを学ぶ事と相似しているのである。

 他に、テクニークの本質を理解するのが速かった人たちは、私もそうであったように、痛みを理由に動機があった人たちである。痛みを抱えた人たちが、クラスの間もっとも集中していて、常に考え、自分自身に対し積極的に関わっていた人たちのように感じた。楽器演奏の習得との相似関係についてさらに述べると、アレクサンダーテクニークの学習は、長期に亘って、大変な量の自分自身の内観的な身体の集中的観察を必要とすることであろう。歩く・呼吸する・話すというような非常に基本的な動きにあるよいぇも根深い習慣に分け入ろうとするなら、それが必要なのである。F.M.アレクサンダーが私たちに示した事は、それまで無意識にあった習慣を、意識のライトが照る舞台に引き上げ、それに取り組む間は常に意識上にのぼらせておく、というチャレンジである。これは、決して容易いことではない。

 3年間のトレーニングの間、少なくとも50人のアレクサンダー教師からレッスンを受けたが、教師の数だけ、アレクサンダーテクニークの解釈の数がある、ということに気付いた。アレクサンダーテクニークに関してもっと調べてみたて(個人的には、楽器演奏者には「必須」だと思っているが)、レッスンに興味があれば、一人を選ぶ前に何人か試してみることをお薦めする。なぜなら、レッスンの成果は、コミュニケーションとラポール(感情的親密さ)がうまくいく相手を見つけることにかかっているからである。

 腎臓の大変な手術を経て、患部が治療されたあと、痛みはすっかりなくなった。これほどまでにテクニークを深く探求するきっかけとなった痛みがなくなってからは、テクニークを教える事に対する興味と全身全霊でレッスンする気持ちがすぐに薄れてきた。手術後一年で、テクニークの教師生活は諦め、代わりにホルンの演奏に再び情熱がわき上がってきた。そのホルンの演奏が、アレクサンダーテクニークの教師として活動した経緯を以て根本的に影響を受けていたわけだが。

以上、ピップ・イーストップ氏の了解を直接取って翻訳ました。
引き続き、イーストップ氏の様々な論文・エッセイを掲載していきます。

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