わたしは、レッスンするときには色々アレコレ試します。
その結果として起きた演奏の悩みの解決や改善については、
「その改善・向上した状態が受講者の真の実力」
と定義します。
そして、レッスンから持ち帰ってもらいたのはその解決や改善につながったと思われる工夫の数々ではなく、
「実現された実力そのもの」
です。
それが本来の自分であるという新しい基準・自己イメージです。
というのも、
◎そこに至った工夫や方法にはもしかしたら再現性はないかもしるない
◎再現を試みるまでもなく、もうモノになっている可能性もある
◎起きた改善・向上と、試したことに関係があるとは絶対的には言い切れない
からです。
わたしの考え、分析、提案により改善や向上が起きたのではなく、受講者自身の身体と神経系が起こしたことであるのは間違いありません。
方法論に力があったと認識すると、それは方法論やその方法論を提示した人物に権威性が与えられてしまい、実演した人・改善や向上を我が身に起こし実現した人である奏者=受講者の価値・ポテンシャルを下げかねません。
このような考え方は、
・わたしの育った時代、家庭、地域、環境
・なんらかの遺伝的要素
・わたしの実体験
・出会ってきた教師たちや、本、思想など
によって作られてきたのだと思います。
その過程は偶然も多くあったことでしょうし、無意識的なものも多くあるでしょう。
自分がいつしか形成していた考え方を客観視し哲学の知見を借りて腑分けすると、
◎実用主義(プラグマティズム)
◎暗黙知の重視
◎現象学的アプローチ
◎構築主義
がわたしのレッスンの角度として色濃いのだと思われます。

