不安がるのをやめる

音楽家やパフォーマーや芸術家は「不安に悩まされている」というイメージが強いですよね。

映画や小説でそう描写されることも多いです。

私はホルンを演奏しており、ドイツの芸術大学で5年間学んだ音楽家なのですが、私もやはり「不安」が強いタイプの人間です。

しかし、元々不安がるような性格か、といえば、それほどでもありません。

音楽の道を目指すと決めたころ(中学3年生ごろ)から、「不安」が強まってきたように思えます。すると、「不安」は性格の他にも環境や状況と関係しているのかもしれません。

ところで、「不安」の原因をご存知ですか?

私は、アレクサンダーテクニーク教師になるための勉強をスタートさせて数ヶ月経ったころ、BODY CHANCE アレクサンダー教師養成校校長の、ジェレミー・チャンス先生の授業で初めて明快に理解しました。

そのとき、音大を卒業し日本に戻ってきて、演奏家生活を始めて間もないころです。ちょうど協奏曲(コンチェルト)を演奏する大きな演奏会が迫っていました。

準備そのものは順調であったものの、演奏会のことを考えると、なんだかとても恐ろしくなって苦しんでいました。そこで、アレクサンダーテクニーク教師養成クラスでジェレミー先生にそのことを相談しました。

言われたことは、

「考えないことにするか、行動するか、どちらかにしなさい。そうすれば不安はなくなるよ」

もうちょっとなぐさめてもらえるかと思っていたので、意外な答えでした(苦笑)

「どういうこと?」と訊くと、

「何か心配なことがあるなら、具体的に行動して対応する。
 たとえば楽譜を確認する。
 実際にホールに行って感触をつかむ。
 合わせの機会を作る。運指を確認する。などなど。
 そうしたらうまくいかない心配は具体的に解消されていく。
 そしてもし、自分の能力でどうにもならないことや。
 考えても何にもならないことなら、諦める。受け入れる。
 不安がるのをやめた方がいい」

ズバリと、包み隠さず言われてショックな面もありましたが、その後すごく役に立ちました。

不安が高まると、このときのレッスンをよく思い出します。

具体的に行動を取れるのか、やっていても仕方のない不安がりなのか、どちらだろう?と問いかけます。行動を取る必要があるなら、そうします。すると不安要因そのものが対処され、気持ちが落ち着きます。

しても仕方がない心配だと分かれば、心配をやめて、好きなことをしたり別のことをします。「不安がる」ことをやっていてもどこにも進まないからです。

音楽家は、実は後者が多いようです。

はじめは楽器の腕も未熟だし、自然と前者があります。練習不足や準備不足の失敗は誰もが経験しますね。

それから学び、準備や練習を怠らなくなるように、ほとんど誰でもなります。しかし、過去の失敗のショックが大きいのか、「練習や準備」をやれるだけやっていてもまだ不安が強いという状況が頻繁になってきます。

これは、いつのまにか「自分の能力以上のことをやろうとしている」状態になっているのです。このパターンは、音楽家にとても多いです。

「ベストを尽くそう」というモチベーションが高い人が多いですから、これが仇となって能力以上のことをやろうとしてしまうのです。

これは不安を生みます。

ですから、自分にできることの限度をよく理解する必要があります。でないと何が現実で何が実態のない不安なのか、その境目が分からなくなります。

その見極めに重要なのが、

・「自分のやる気の源泉」を発見し、明確に定義する
・自分の現状を把握し、受け入れる

ことなのです。

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不安がるのをやめる」への2件のフィードバック

  1. 舞台に立つ、その理由。

    こんにちは。 私がアレクサンダー教師になるために勉強しつつ、通訳として働いてもいる 世界最大のアレクサンダーテクニーク・レッスンスタジオ、「BODY CHANCE」。 ここで私が時折執筆してるメルマガの文章をご紹介致します。 (元のメルマガはこちら→音楽家のためのアレクサンダー・テクニーク) ↓ こんばんは。 先日より、音楽をする私たちにとっての「不安」について取り上げて メールを配信しています。 「不安」というもの、音楽にはなぜかつきまといますね。 前回は不安ついて「具体的に対処する」ことをお話しました。 (詳細はこちら:http://basil-horn.blog.so-net.ne.jp/2011-05-01) しかし一体なぜ不安なんでしょう? 舞台と言うのは、ある意味世界で一番安全な場所だと思いませんか? だって、交通事故の心配がまずありません。 人に襲われる心配もまずありません。 舞台で人に怒られるということはありませんよね? (あとで楽屋ではあるかもしれませんが 笑) なのに、わたしたちは舞台を随分と怖がります。 不安があります。 なぜか。 その大きな原因の一つが、 『何の為に、いま自分は舞台に立つのか』 が見失われているからです。 私たちの心身は、目標や目的が混乱すると、緊張し固まります。 筋肉神経系統は、どの筋肉がいつどのように収縮するか絶妙な指令を受けて、 ピタリと働いてくれます。 しかし、それは「これからこういうことをやるぞ」という動きの目標が明確であってこそ。 たとえばサルあれば、バナナを見つけたら「バナナを取る」という目標が全身を伝わるわけです。 自然界では、食べるか逃げるか寝るか。迷っているヒマはありません。 猫が車が来たら固まってしまうことがありますよね。 なぜだかご存知ですか? どっちに逃げるかパニックになってるうちに、 全身が「右にも左にも逃げる」という指令を出してしまうのです。 「右」と「左」という反対の指令があると、矛盾します。 その結果が、全身の緊張=動けなくなってしまう、なのです。 同じ事が、舞台で不安が高まり悪影響が出ているときに起きています! 自分の心の内面で、 「舞台に立とう」という気持ちと 「舞台から逃げる」という気持ちが ぶつかって矛盾して、 『全身の緊張』を生んでいるのです。 どうしたらいいのでしょう? あなたも、舞台から…

  2. 現実を受け入れる

    こんにちは。 私がアレクサンダー教師になるために勉強しつつ、通訳として働いてもいる 世界最大のアレクサンダーテクニーク・レッスンスタジオ、「BODY CHANCE」。 ここで私が時折執筆してるメルマガの文章をご紹介致します。 (元のメルマガはこちら→音楽家のためのアレクサンダー・テクニーク) ↓ こんばんは。 先日より、音楽をする私たちにとっての「不安」について取り上げて メールを配信しています。 「不安」というもの、音楽にはなぜかつきまといますね。 これまで、 「不安に具体的に対処する」ことと、 (詳細はこちら:http://basil-horn.blog.so-net.ne.jp/2011-05-01) 「舞台に立つ、その理由」について (詳細はこちら:http://basil-horn.blog.so-net.ne.jp/2011-05-01-1) 取り上げてきました。 きょうはそこからさらに進めて、「現実を受け入れる」ことについてお話します。 心身の緊張と不安感に不可分の関係がありそうなことは、 これを読んでいるあなたもきっと実感を持っておられることと思います。 不安「感」と言いますが、この「感」はいったい、 感覚の「感」なのか、感情の「感」なのか、いったいどちらでしょうか? 私はこれはきっと両方の混ざったものなのではないかと思います。 これは正確な分け方ではないですが、理解し易いざっくりとした分類として、 感覚はより神経や神経電気信号で伝わるものであり(とは言っても神経や感覚受容器からの伝達は化学物質が深く関与していますが)、感情はどちらかというとホルモンや化学物質の分泌である面が濃いと考えます。 では不安感覚と不安感情についてみてみましょう。 不安感覚は、「不安」とわたしたちが名付けている状態のカラダの緊張的な状況から受け取るものであり、 不安感情は、そういうカラダの状態において発生する感情だととりあえず考えてみれますね。 すると、ポイントは不安を起こす「カラダの緊張」になってきます。 ではこのカラダの緊張、一体何なんでしょう? 私たちの生体システムはある条件において必ず緊張状態に陥ります。 それはどんな状況か? 「不可能なことをしようとしている」ときです。 たとえば、 自分の筋力では持ち上げられない重いものを持ち上げるとき。 どうなりますか? 全身力んでしまいますよね。…

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