【コンサートビジネスを成立させる「人間同士」の関係】起業家的音楽家Vol.5〜シャノン・カーティス第二回〜

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ボストンブラスなどで活躍したチューバ奏者、アンドリュー・ヒッツ氏が主催するプロジェクトが『The Entrepreneural Musician』。日本語にすると、『起業家的音楽家』です。

オーケストラの団員になる、ソリストになる、学校の先生になる….音楽家として食っていく・生きていくうえで、標準的な音楽教育の場で前提になる将来イメージはごく限られています。

しかし、現実にはそのいずれにも分類されない音楽家や、いろいろな仕事を組み合わせて真の自己実現をしている音楽家でちゃんと食べていけている音楽家、さらには経済的にかなり成功している音楽家がたくさんいるのです。

こうして、音楽を中心にして起業をし、あるいは起業家的精神でキャリアを形成している人物たちにインタビューで迫るのが、アンドリュー・ヒッツ氏の同名のポッドキャスト『The Entrepreneurial Musician』なのです。

今回は、音楽事務所のバックアップや誰かからの経済的またはマーケティング的な支援なくして、自らの伝手と工夫を駆使して全米で「家庭コンサート」を行う形を作り上げたミュージシャンであるシャノン・カーティスさんへのインタビューです。

前回はこちら
【王道とは異なるやり方を見出して収益が2.5倍になったアーティスト】

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【コンサートビジネスを成立させる「人間同士」の関係】

Andrew
『あなたの初の家庭コンサートでは、PA(✴︎訳注✴︎音響システム)すら無かったということだけれど、ビジネス用語で言えばそれは Minimum Viable Product そのもので、完璧な照明とか音響設備とかアレもコレも揃えてこそ商品にできるという考えに囚われずに、楽器と譜面台と電源があればとりあえずよくて、楽譜も暗譜してあれば必要ない!というスタンスで「できること」からまずはやってみたわけだ。会場も、きっと友人がちょっと飲み物や軽食くらいは用意してくれただろうけれど、ケータリングを注文して料理人を雇って…と大がかりにやろうとして行動できなくなるという愚を犯さずにとにかくやってみたわけだ。』

Shannon
『そう、「ひとつのスペースで、わたしが他の人間たちと自分の音楽をシェアする」というゴールのために必要が無く削ぎ落とせるものは何か、ということをこの取り組みの最初のところでよく考えた。もちろん、最近はPAも入れたりはしているけれど、導入するものはいずれも必ず意図と目的があってのこと。音楽と、それを聴いてくれる人たちの繋がりの強さを最大化するという目的に合わないものは全部邪魔になり、音楽体験の良さを減らすものになってしまう。何をするにしても、全部、音楽と人の繋がりという唯一のゴールに向けてのものとしてやっている。』

Andrew
『経済的にも、芸術的にも、運営的にも阻害要因となるわけだね。それと、あなたとあなたの夫は二人でこの音楽ビジネスを起業しているわけだから、何が必要で何をやるべきかということを自分で決めることができる。それもエキサイティングだよね。何が音楽体験にプラスになっているか、マイナスになっているか、プラスになっていても運営や運搬上の負担が大きすぎて割りに合わないかどうか、という評価判断も自分たちでできる。どんな決断をしても、たとえ時には悪い判断をしてしまうことがあっても、全部自分で責任を負うことができる。芸術の全部を自分たちでコントロールできる。』

Shannon
『その通りね。学ぶことが多いし、変更や修正が必要なときも迅速にその判断ができる。実際、間違った判断をすることもしょっちゅう。たとえばツアーの中のあるコンサートで何か試してみて、終わってみるとあまり良くなかったね、と分かれば翌日はやめたりちょっと変えてみたりできる。』

Andrew
『曲目も曲順も自分たちで判断して変えられる。挿入するストーリーの中身やタイミングも。何もかも、だよね。』

Shannon
『寄付を募るためのアナウンスのタイミングや中身もね。もっと寄付してもらえるように何が効果的かということも自分たちでできる。会場のポップをどんなものにするか、どこに設置するかも。あらゆるディテールをいつも調整しているわ。』

Andrew
『そうやってABテストをいつでも何にでもできるのが良いね。二人だけの評議会で全部決めて実験できる。ぼくはボストンブラス時代、ツアーになると移動の関係でツアー中に空き日があったりした。それで地元の学校にミニコンサートを打診するなどして空き日の宿泊費などをカバーすることもあったんだけれど、そういうときは実費やそれに少し色をつけたくらいの謝礼しかもらわなかったから、じゃあ正式にボストンブラスにコンサートやイベントを依頼したいとなるとそれは桁違いの報酬になる。すると、もっと安くも頼めるのだから正式に依頼しないとなる学校や団体も当然あるわけで、だからあまり気軽にフットワーク軽くコンサートをして回ることはなかなか難しい面もあったんだ。それに比較するとあなたたち二人はそもそも家庭コンサートという身軽な形を確立しているから、どんどん都合に合わせて仕事を作っていけるね。それもすごく良いね。しかも個人の家庭で届けるコンサートだからその一回一回がとても特別でパーソナルなものになる。』

Shannon
『いまわたしたちはとても寸断された社会に暮らしている。多くの会話が交流がネット上で行われる。いまわたしとあなたもこうしてインターネットを使って画面に向かって話をしているくらいだし。これでもインターネット上のやり取りとしては画面でお互いの顔を見て一対一で話しているという点では最大限に親密な形。でも、わたしたちは社会的生き物で、他の人と、物理的肉体的に同じ空間で側にいて一緒にいて、同じ体験を共有するということをとても欲しているの。家庭コンサートを始めたときはわたしたちも分かっていなかったのだけれど、やるにつれて、実は多くのひとが空間を他者と共有するきっかけや時間、できれば意味深い体験を共有することを求めているということに気がついた。そういうニーズがあるの。』

Andrew
『さっき、普通のライブスペースで演奏するのと、家庭コンサートのちがいについて話していたけれど、そのひとつが、ライブスペースとちがって人の家やお互いの親密な距離感のある空間では、その場にいる全員がきみたちだけを聴きに来ているということだね。ほかの出演者がいないから、ほかの出演者目当ての客もいない。だから、うまくいっていること点うまくいっていないことが本当に全て把握できる。そのショーの全てを自分たちでやっているからね。あとは、ライブスペースだと喋っているひとも多いけれど、家庭コンサートだとまずそんなことはない。コーヒーマシーンのフォームミルク作りの騒音も無い(笑)。そういう会場の状況では、聴衆との繋がりも親密になる。そして、もう一つ大事な話で、ぜひ聞きたいことでもあのだけれど、とても意味のある形で、メールリストを構築することもできる場だ。きみたちは、メールリストに登録してくれる聴衆のことを「スーパーファン」と呼んでいるんだよね?メールでのコミュニケーションを通じて、アーティストとしてだけではなく一人の人間としての自分を知ってもらい、繋がりを感じてもらうことを大切にしているとのことだけれど、それについて話してもらえるかな?』

Shannon
『実は、家庭コンサートツアーをやっていくうちに、”ファン”というワードを敢えて使わなくするようにした。インタビューの最初で話に出てきた私の本は、初版では「スーパーファン」という言葉を使っていたけれど、2年後に本をアップデートするときにファンという言葉は可能なところは全て削除した。なぜかというと、家庭コンサートをやっていくうちに学んだのは、「私」と「聴いてくれて、その場にいてくれる人たち」の間のバリアを無くすことができる、ということ。人と人として接して、人と人としての繋がりを作るようにすれば。「ファン」という言葉にはもとから少し落ち着かない気持ちを感じていたの、何か表舞台に上げられている人とその人を崇拝する人たち、みたいなものを想起させる気がして。もちろん、そういう関係性が良いという人もいて絶対良いんだけれど、わたしの感性とはちがうな、と。それに、その関係性から降りることのパワーについても学んだ。ファンに対して偽りの自分で振る舞うんじゃなくて、もっと誠実に自分らしく人間として関わること。たまたま、音楽をしている人間というだけで、その日そのときその場所で、出会った人たちとたまたま音楽を共有できるわたしという人間がその時間の体験をその人たちと共有する。これの方がよっぽど深い繋がりが生まれるし、その繋がりを育てていくことこそが、わたしのこの活動が、アーティストとしてのこのキャリアを成立し得るものにしてくれた。会場に来てくれた人たちがわたしのことを人間として知ってくれるということは、実は一方通行じゃなくて、わたしもまた会場に来てくれた人たちのことを知ることができる。そのためにSNSでその人たちといろいろとやり取りをするし、メールリストにメールを送ったときは、読者からの個人的なお返事をもらえるように工夫する。あと、最近は夫と二人で新しくポッドキャストを始めて、またもう一つ繋がりの機会を作った。日々の生活や、人生や世界についての考え方感じ方を誠実にかつ継続的にシェアしている。だから、いまでは音楽だけの繋がりではなくなっていて、音楽はどちらかというと「入口」のようなもの。その入口の後ろにある人間同士の関係やコミュニティを育むことこそが、このビジネスを持続可能なものにしていると思う。』

Andrew
『音楽は入口であって、その後ろにある「人」としてのあなたこそが中身である。深いね。個人的にもいろいろと刺激をもらえたよ。あなたの本を読んで、今回こうしてインタビューを頼んだのは正解だった!ファンについての話だけれども、料理のシェフのことを思ったんだ。シェフって、ファンと言えるようなものって無いだろう?ただし、有名人セレブシェフとなると、ファンがいたり一般人との「壁」みたいなものが出来る。護衛が付いたり、空港で扱いがちがったり。シンガーソングライターとなると、むしろそういう有名人/ファンという構図が思い浮かびがちだけれど、あなたは意識的にそれとは異なる価値観でキャリアを作っていったわけだね。』

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次回【お金より大事な「メールリスト」を介したつながり】に続く
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