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ボストンブラスなどで活躍したチューバ奏者、アンドリュー・ヒッツ氏が主催するプロジェクトが『The Entrepreneural Musician』。日本語にすると、『起業家的音楽家』です。
オーケストラの団員になる、ソリストになる、学校の先生になる….音楽家として食っていく・生きていくうえで、標準的な音楽教育の場で前提になる将来イメージはごく限られています。
しかし、現実にはそのいずれにも分類されない音楽家や、いろいろな仕事を組み合わせて真の自己実現をしている音楽家でちゃんと食べていけている音楽家、さらには経済的にかなり成功している音楽家がたくさんいるのです。
こうして、音楽を中心にして起業をし、あるいは起業家的精神でキャリアを形成している人物たちにインタビューで迫るのが、アンドリュー・ヒッツ氏の同名のポッドキャスト『The Entrepreneurial Musician』なのです。
今回は、音楽事務所のバックアップや誰かからの経済的またはマーケティング的な支援なくして、自らの伝手と工夫を駆使して全米で「家庭コンサート」を行う形を作り上げたミュージシャンであるシャノン・カーティスさんへのインタビューです。
前回はこちら
→【コンサートビジネスを成立させる「人間同士」の関係】
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【お金より大事な「メールリスト」を介したつながり】
Andrew
『さて、あなたが発行しているニュースレターというものについて詳しく聞かせて欲しい。家庭コンサートを軌道に乗せることができた理由のひとつが、公演で会うたくさんの人や、その出会いから育んだ関係性にあるのは確かで、それをメールリストを使ってやったんだよね?きっかけなども含めて、メールリストを教えて欲しい。』
Shannon
『ひと昔前ならみんなやっていたように、わたしも初めは会場にノートを置いておいて、ニュースレター購読希望者にはそこに手書きで名前とメールアドレスを書いてもらうことから始めた。それを手動でメルマガシステムに入れてね。ソロ活動を始めたころは、MySpaceがある程度みんな使ってて、少しはそこで人と繋がることはできたんだけれど、あまり自由度の高いものではなかった。もっとも、MySpace自体がそのあとポシャったから、メールリストをその頃から育てていってて良かったわ。いまも、FacebookやInstagramにはある程度頼っているけれど、メールリストとちがってそういったSNSはいつでも消えたり使えなくなったりしてしまい得るもので、自分でコントロールできない種類のもの。だからわたしの活動や考えについて読み続けたいという人と繋がりを続けるメインの方法はメールリストであり続けている。家庭コンサートでも毎回、ステージからしっかり時間をとってメールリストの説明とオススメをしている。「わたしたちの活動の一番大切なことは、同じ物事を大切に思う価値観の人たちのつながり。だから、その分かち合いを続けるために連絡を取り合ったりお知らせを送ったりできるメールリストに参加してもらえることが一番有意義で有難いことです」と毎回漏らさずはっきりとお話している。
Andrew
『その言い方もきっと、よく考えて時間をかけ回数を重ねるなかで洗練させながら作ったアナウンスだよね。30万しか予算がない人に50万の車を売りつけるような意味での「売り込み」ではないのだから、ぼくたちアーティストは自分の音楽が他人の人生をより良いものにできると信じなければいけない。』
Shannon
『コンサートに来てくれて、すごく楽しんでくれたひとでも、いま失業中で本当にお金がないひともいるかもしれない。だから、寄付なんてできないかもしれない。でも、メールアカウントは持っている。そして、1年後にはまた就職して好きな音楽に使うお金があるかもしれない。そのときまでに、メールリストで関係は育てていれて、行く行くは対価を払って経済的な意味でわたしを助けてくれるようになるかもしれない。』
Andrew
『そうなんだ。聴衆や受け手、ファンにとっても本当はお金を使ってアーティストをサポートしたくてもできないことがあるわけで、そのときにお金のかからない別の方法でアーティストと繋がってサポートする道がある必要がある。だから、あなたが言った通り、お金を使うのが難しいときでもメールリストに登録するということが本当に有意義な行動なんだ。主体的な行動だ。』
Shannon
『メールリストの登録は繋がりの始まりで、コンサートでの出会いをその先に続け、育てることができる。メールリストの購読者のなかには、コンサートに来てくれて登録してくれて、仲良くもなって色々とサポートしてくれるようになり名前もしっかり覚えているひとたちもいるし、名前はどうかな…というひともいる。そして、なかにはメールリストの購読から始まってのちにはコンサートをホストしてくれて、5年後には本当に大切な友人になっているようなひとたちもいる。すごく親しい間柄になって、持ち家やアパートの鍵を渡してくれてその街に来ているときには泊めてくれるような親切なひとも。国中に家族とすらいえるような存在がいるまでになった。わたしたちの生き方に関わってもらうよう懐を広げ、またわたしたちもそういうひとたちの人生に関わっていく。わたしの音楽を聴いてくれるひとたちのことをどう見るか、がこの活動のなかで大きく変化していった。もう、ファンというふうには見ない。コミュニティであるというふうに見るようになった。コミュニティというのは、その共同体のひとりひとりのために、全員ができることを持ち寄るという在り方。わたしがコミュニティに対してできることが、願わくばコミュニティの一人一人にとって意味のある歌を作って共有すること。そしてわたしはコミュニティの人々から様々なものを受け取る。それはときにはお金であり、ときには友情であり、ときにはコンサートの後の得るものの多い深い会話であったりする。物事を個別に分断された取引のように考えることをやめて、自分がコミュニティに対しどのように貢献できるか、そして他のひとたちがそれぞれのできる形でコミュニティに対して貢献することをどうやって促せるかということを考えるようになると、物事は変わってくる。』
Andrew
『敢えて取引という言葉を使うとすれば、良い取引とは、提供する側はとても満足のいく条件で迷いなく提供できて、受け取る側は引き換えに渡したものを渡したことに一切後悔なくすっかり満足できているような取引だ。商談が成立するとはそういうことであって、君が歌うのをぼくが聴く、ぼくが野菜を育てて君が買う、そのいずれも商談だ。』
Shannon
『野菜と言えば、ご近所さんで友人の一人が農業をやっていて、CSA(=CommunitySupportAggriculture/地域支援型農業)をやっている。わたしも同じ考えでやっている、CommunitySupportArt=地域支援型芸術として。価値あるものが自分の生きる共同体で存続できるように、自分なりに貢献する、という考え。』
✴︎訳注✴︎
〜CSA:地域支援型農業について〜
AGRI JOURNAL 2016年10月26日の記事「これからの新しい農業の形「CSA」ってなに?」より。
原文こちら
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地域の消費者が種の購入なども含めた生産コストを受け持ち、農家が生産した野菜などを分配する。農家は収穫分の販売先が確定し、消費者は新鮮な野菜などが農家から直接届き、豊作ならお互いのメリットはより大きくなる。地域コミュニティーの確立という点からもメリットは高い。日本でも徐々に全国に浸透しつつある「地域で支え合う農業」だ。
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Andrew
『古い友人で農業をやっていて、ボストンの高級レストランの大半に野菜を納入しているヤツがいるんだけれど、彼もCSAについて話していた。10年前は大きな話題になっているけれど、その考え方が広まって逆にCSAをやっているレストランは減ったと。Whole Foods Market なども数が増えたのもあって、CSAの訴求の仕方も変わってきたらしい。音楽業界では、CDが売れないということを嘆いているだけの業界人が多いけれど、ぼくの友人のように変化する環境に合わせてやっていこうというマインドが望まれるね。』
Shannon
『その通り。身の回りになにが起きているか、その現実を観察して、その時空間で必要な舵取りをしなきゃね。嘆くばかりで適応しないレコード業界だけれども、そもそもレコード業界もほんの数十年しか、「いままでの形」で存在してきていない。昔からずっとあった音楽ビジネスの形じゃないの。むしろ、家庭コンサートというような形は何世紀も前からあると言えるわね!芸術家と、そのパトロンがいた。いまのわたしたちの活動の在り方と似ているかもね、レコード業界より。歴史は繰り返すとでも言うか。もちろん、必要があってわたしたちはわたしたちのいまの形を作ったのだけれど、音楽の世界でうまくいっていることとそうでないことを理解していく過程で、先に繋がる道筋を見出すということ。』
Andrew
『唯一不変のものは、「物事は変化するという事実」だけだね!』
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次回【繋がり・ネットワーク・コンテンツは自分で所有せよ】に続く
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