上達や成長とは、何かが変わることであり、変化そのものです。その変化には、抽象的な構造があります。この構造を考察する今回のシリーズ。構造には3つのエネルギーと6つの段階があることは一番初めに言及しました
。
きょうは3つのエネルギーのうちの2つめ。『サポート』のエネルギーについてです。変化は動きですから、そこには動力源が必要になります。この動力源=エネルギーの最も明白なものが、すでに解説した自分のエネルギーです。
エネルギーには自分のみならず、他者または自分以外のところから得られるエネルギーがあります。それが『サポート』です。この自分以外のところから得られるエネルギーが、上達や変化のためには必ず必要です。
ものごとが行き詰まっている時、それはあるどうにも変えられないあるいは抜け出せない現実があり、その現実についての固定されたいくつかの見方/思考がある状態です。あれこれ試してはみるのですが、いずれもうまくいかず、あーでもないこーでもないとぐるぐる考えているその内容までもがパターン化しています。
このとき、現実をこれまでとは異なる角度や視点から見る必要があります。それを可能にしてくれるのは、「自分」という枠の外側にある存在です。この存在となり得るものは多岐に亘ります。
教師
コーチ
アドバイスをくれる友人
カウンセラー
パートナー
互助会
目的を持って集まるひとの場
鏡
チューナー
録音機
本
出来事
etc….
これらはいずれも、あなたが変化するための一押しをくれる、自分以外の存在であり、『サポート』のエネルギーなのです。
最後に書いた「出来事」というのが意外に感じるかもしれませんが、これまでの見方やパターンを変える力を「出来事」は持ち得ます。極端な例ですが、突然病が見つかり、余命を宣告されたひとは、それを契機に大きく生き方を変えることがあります。仕事をやめ、旅行に行き、家族との時間を味わうことに専念したり、これまでずっとやりたかったことを採算などは度外視して自分の生きることの意味を持たせるプロジェクトとして始めたりします。
私自身も思い当たる例があります。「背筋痛を発症した」ことです。これがあったからこそ、身体の使い方、という漠然とはしているが非常に重要なことに関心が向き、いま職業としている心身教育メソッド「アレクサンダー・テクニーク」を学び始めたからです。
このように、必ずしもポジティブとは言えないショッキングな出来事が契機となりあなたに力を与え、変化の車輪を前に進めることがあります。
アレクサンダー・テクニークを発見した F.M.アレクサンダー氏 の場合、彼の『サポート』は鏡にあちました。俳優でありながら声が出なくなってしまい、職業上の致命的な危機に瀕した彼は、当時高価だった全身が映る三面鏡を購入し、鏡を通して自分が声を出すときにやっていることを客観的に知り、これが後にアレクサンダー・テクニークという出なくなった声を完璧に回復するのみならず、身体の使い方を意識的に良いものにできる体系の発見と構築に結びつきました。
『サポート』は鏡の性質を持っている―とも言えます。いま起きていることを、正確に映し出し、目前に示してくれるものなのです。
教師やコーチ、カウンセラーという他者の仕事はそこにこそあります。生徒やクライアントの気付かない盲点に、適切な形やタイミングそして文脈で光を当て、伝える。習う側としては、それをこそ求めたいところなのです。
なぜなら、
行き詰まりは道が無いからではなく、
行き詰まりとは道が見えていないからに過ぎない
からです。
『サポート』という自分の枠を越えたエネルギーが変化と前進には不可欠です。これをあなたは、何らかの形でちゃんと求める必要があります。
しかし、これには恐怖感が伴います。理由は二つ。ひとつは自分の盲点を知る為に誰かあるいは何かに頼るということは、自分の力ではどうにもなっていなうことを認めることになるからです。もうひとつは、外部に頼るということは、自分を他者に預けることを意味するため、実質的に危険があるのからです。
『サポート』のエネルギーが作用するということは、自らが他者に影響されることを許すことでもあります。つまり、教師やコーチ、カウンセラーに助けを求めることにした場合、彼らのアドバイスや助言をあなたは実行しなければならないことを意味します。
もし、その内容が実は間違っていれば、あなたはデメリットを被る可能性が実際にあるのです。それ故に私たちは『サポート』を求めることに危険と抵抗感を本能的に感じます。従って、何に『サポート』を求めるかは慎重に選んでよいのです。
しかし、この抵抗感を、行動しないことや行き詰まりを放置することの言い訳に利用してしまってはいないか、よくよく自分に問う必要があります。次の項で触れますが、『サポート』のエネルギーはあなたを新たな行動に導きます。この行動によってこれまでにない新たな現実の見方が生まれ、思考が変わり、上達や変化の車輪がまた動き始めます。
『サポート』は心地よいとは限りません。生温いものでもないでしょう。生温さを求めることは、それは行動や変化からの逃避になりかねません(ただし、人間は安全欲求を満たさなければ十全に機能できません。成長の過程におけるトラウマや過酷な環境におかれたひとは、失われた安全欲求を満たすために、それを提供する『サポート』を必要としています)。
『サポート』に望みたいものは、あなたを行動へと常に導き、良い意味で尻を叩いてくれることです。ダイレクト・レスポンス・マーケティングの業界でずば抜けたコンサルタントとして活躍しているダン・ケネディというひとがいます。かれはクライアントが望んでいたり想像したりしている以上のビジネス的成功まで息つく暇無くクライアントを追い立てることで有名です。一区切りついたら、クライアントに向かってすぐに「よし、次のレベルに行くぞ」と告げるらしいのです。単純に『サポート』の優劣を計るとすれば、ダン・ケネディはビジネスの世界においては模範的『サポート』であると言えるでしょう。
変わりたい。上達したい。行き詰まりたくない。
そう感じているのならば、有効な方法があります。それは常にあなたを行動へと向かわせてくれ、現実をいつもより明確に見させてくれる『サポート』を意図的に自分の生活や計画の中に置いておくことです。演奏でいえば、信頼のおけるコーチ、先生。あるいはちょっと大変に感じるコンクールやオーディションへの挑戦とが『サポート』になります。
ぜひ、考えてみてください。
進むべき方向
変化すること。上達すること。それには抽象的ではありますが、共通した構造があります。前回は『行動・実験・実行』という段階について解説しました。こちらから参照して下さい。 その次の段階が、様々な試行錯誤を経て、自らが進むべき方向や取るべき手立てがもはや明確になった段階です。ここからが「変化」あるいは「上達」のサイクルの後半に入る、とも言えます。ここまではいわば「下準備」であり、ここからは「あとはやるだけ」というところなのです。 いくつか異なるレベルから、この段階に当てはまる具体例を述べると分かりやすいので、そうします。 技術的なレベル いったん音楽から離れて、野球選手を例にしてみます。野球という競技は非常に技術的なもので、正確な動作とタイミングが要求されること、そして道具を使うという事において楽器演奏と似ています。真剣に競技に打ち込む野球選手たちは、バッターもピッチャーも「フォーム」に取り組む時期を迎えることが多いようです。 特にプロ野球選手であれば、元々素晴らしい身体能力と技術的センスを備えています。そのためあるレベルまで一定の成果をそれまで作り上げた技術を使って出します。 そんな彼らも、あるとき行き詰まりを迎えたり、変化への欲求を覚えたりします。 ・相手チームに弱点を研究されて ・出せる成果に限界を覚えて ・それまでの打ち方・投げ方が原因で怪我をし、より無理のないやり方をする必要に迫られて ・野球選手として更なる高みを目指すため そこで彼らは、ビデオで研究したり、コーチからのアドバイスを参考にしたりして試行錯誤を始めます。 これが変化のサイクルの「前半」に当たる部分です。 それを経て彼らは「こうしたらいいんだ」という技術的な答えを見つけます。 ・バットの正しい軌道を見つけた ・新しい握り方を見つけた ・肘に負担をかけない投げ方を編み出した などなど。 あとはそれを実践し、現場で使うのみ。もうはっきりしているのです、これからどうすればいいのかが。この段階に来ると、迷いはありません。迷うのは、まだ前半にいるときです。 この迷いの無さ、明確さが『進むべき方向』が見出されたこの新しい段階の特徴です。 しかしもう一つの特徴があります。それは何が起るか分からない怖さです。この怖さを乗り越えるためには、変化に必要な3つのエネルギーのうちまだ紹介していない『信頼』のエネルギーが必要です。この『信頼』…