サックス講師の方より、指導法についてご質問頂きましたので、お答えします。
【質問1】
アルトサックスを始めて2年目の生徒さんが、半年くらいからアンブシュア(や姿勢)がその人なりに身体に染み付いてしまって、より良い方向に修正しようとして「もう少しあごを引いて」とか「下唇を厚く、ゆるめて、」など指示しても、すぐに元に戻ってしまいます。どのように指導すれば生徒さんが柔軟性を獲得してより良い方向へ導けるでしょうか。
【回答】
おそらく、ご本人は
「なぜ、あごを引く必要があるのか / 下唇を厚くゆるめる必要があるのか」
が分からないのだお思います。
特に大人の方ですから、全て自分で考える事ができるはずです。
そうなると、「なぜそうする必要があるのか」が分からないと、音を出すこととか、音楽を奏でるうえで、先生が言っていることがどう役立つのかが見えてきませんから、「やる意味」が無いわけですね。
つまり鍵は、「本人がその意味と必要性を理解する」ところにあります。
さらにしっかり考えると、こういうことになります。
あらゆる指導は、その指導を受ける側に取って
①「先生に言われていることの意味と必要性と正当性」が理解/納得できる
②「先生から言われていることを身に付ければ、自分はもっと思い通りに吹けるようになる」という実感がある
③「先生に言われていることは、自分にもちゃんとできるようになる」という自信・希望を持てる
ことが必要である。
これって、実は指導をする側が
・正確な観察能力
・的確な分析能力(これには身体についての活きた知識も必要になる)
・生徒が理解でき、かつ興味を持てるような伝え方(表現力)
を持っている必要があります。
これを身に付けるには、指導をする側の謙虚な努力が必要ですし、ライフワーク規模の取り組みです。一朝一夕のものではありませんから、指導をする側がこういったことに(自分の指導能力)に興味や関心を持って、楽器を練習するのと同じくらいの熱意で「指導技術」に取り組む必要があります。
文章での質問で、実際の状況は分からないので推測からの提案になりますが、
提案1
身体のパーツに対しての指導をいったん保留してみてはどうでしょうか?おそらく生徒さんにとっては「あごを引く」ということ自体が非常にややこしく難しいものに感じていると思います。身体のパーツをああするこうするという指導は、そういった身体に関する正確な知識と理解を指導者が持っていないと、なかなか伝わらず効果を発揮しません。
提案2
代わりに、もっと音とか音楽の指導をされてみてはどうでしょうか?大人になってサックスを始めたということは、音や音楽に興味を持っているはずであり、テクニックや奏法に関する話は内心難しくて億劫に感じている可能性があります。「出したい音・奏でたい音楽」が身体への指令です。なので、テクニカルあるいは身体的になにか指導する必要を感じたとしても、指導している側から見て「起こしたい変化」を起こすことにつながりそうな「音 or 音楽」の話・指導をしてみて下さい。
提案3
癖と技術は、実質的に同じです。どちらも獲得され定着した「パターン」です。どちらも、「考えなくてもできる」ものです。わたしたちは、「いま自分の役に立たなくなったスキル」を「癖」と呼び、「いま自分のやりたいことにつながっているスキル」を「技術」と呼んでいます。ですので、「癖を無くす」「癖を解消する」という言い方やアプローチは、実はあまり役に立ちません。むしろ、「癖」が出てきたら、それは「これまでの練習の賜物」「スキルを獲得し定着させることのできる自分の能力の賜物」と捉える必要があります。そのことを祝福しつつ、「別のやり方(新しい技術)を考え、見出し、選択し、使い、定着させていくのだ」という考え方でやっていきたいですね。
【質問2】
50歳でテナーサックスを始めた生徒さんですが、1時間のレッスンの最初はのびのびとよい音でロングトーンや音階が吹けるのに、教本(簡単なエチュード)になると急に息が切れ切れで音色もスカスカでギシギシになってしまいます。意識が譜面と指遣いに行ってしまっているのは講師も本人も分かっているのですが、どのように指導したらロングトーンの時のようなリラックスした姿勢やアンブシュアで曲が吹けるようになるでしょうか。
【回答】
暗譜しましょう!
①教本の数小節〜あるいは一小節だけを、楽器を置いて、先生と生徒と一緒に譜面を見ながらソルフェージュします。
②慣れてきたら、楽器を手に取って、こんどは譜面を見ながらソルフェージュしつつフィンがリングします。
③慣れてきたら、譜面をどけて、演奏します。先生はその間、音名を用いて歌ってあげてください。
④慣れてきたら、譜面を見ながら、演奏します。先生も一緒に歌うか、吹くかしてあげてください。
⑤最後に、ひとりで譜面を見ながら演奏します。
こうして、記憶に負担をかけないぐらい少ない小節に分解し、分解された範囲内で「取り組み」ます。
すると、その範囲内で演奏の諸要素に生徒さんは取り組むことができますので、「ロングトーンを吹いているとき」に条件・状況設定が近付くので、「教本を演奏する」ことへの囚われから解放されます。
すると、ロングトーンを演奏しているのと同じ感覚で教本をほんの一部ですが演奏できる体験が得られます。この「成功体験」が重要です。いちどその体験があれば、感覚的にもその存在を知っているので、以後教本に取り組む際、また運指などに気を取られても、感覚的に「これはおかしい」と感じるようになります。
そうなると、自らの意志と力で、悪循環を止めて、より良い練習のやり方、吹き方に戻っていきやすくなります。
【質問3】
吹奏楽では分厚いハーモニーのなかで同じパートの多人数の音にまぎれて気づきませんでしたが、管弦楽のなかで管楽器を吹くとソロが多いせいか周りの音がすっかり聴こえなくなって自分だけ走ってしまったり伴奏とずれてしまいます。どうすれば周りの音をしっかり聴きながら(ちゃんとリズムに乗りながら)ソロが吹けるようになるでしょうか。
【回答】
心の中で、「ビート」を刻んでいる必要がありそうですね。
おそらく、自主的に「ビート」を持っていないのだと思います。
周りが演奏していたら、その演奏の「ビート」を感じて演奏すればよいのですが、ソロだとその「ビート」は、指揮者、周りの音、譜面を参考にして自らが自らの中に生み出さねばなりません。
より詳しくはこちらの記事が参考になるかと思います→「アインザッツを揃えるには」
【質問4】
大人になってからサックス(管楽器)を始める人のほとんどが、ドレミの指遣いで吹けばピアノのように正確な音程のドレミの音が出ると思っています。そのせいか上達に熱心な人ほど運指の練習ばかりに注力していつまでたっても響きの良い音が出ないケースがあります。どのような指導を知れば管楽器本来の良い響きの音を出す事の大切さに気づいてくれるでしょうか。
【回答】
わたしはさらに運指が重要でないホルンの奏者ですが、ホルンを演奏される方の中でさえ、運指に熱心になってしまう方々います。
わたしはそういう方々に
「ホルンの運指なんて重要性1%以下ですよ」
とそのときの場の雰囲気に合わせた口調や冗談を添えて伝えています。
先生からはっきり、「サックス演奏において運指は大したものではない」ことを伝えるとよいかもしれませんね。
そして、質問1と重なりますが、「音と音楽」の指導をやディスカッション、意見交換、共同作業をもっと指導の中で割合を増やすと、生徒さんは自然にもっと「音」とかそれを支える「息」に興味を持つようになるかもしれません。
レッスン中、先生は吹いてあげて音を聴かせてあげていますか?
レッスンを受ける側は、指導者が思っている以上に、指導者の音を聴きたがっていますし、また音を聴かせてもらうことから多くを学んでいます。言葉で説明されている間はよく意味が分からなかったけれど、実際にお手本を見させて(聴かせて)もらったらすごく納得した、なんていうことが、習っている側にはよくあります。
【質問5】
楽器がうまくなる(=とくに音色を良くする)ためには、練習場所の環境も大変重要だと思われます。自宅で練習している人の中にはとても萎縮した音になってしまう人がいます。どういうアドバイスをしたら良いでしょうか。
【回答】
たしかに重要です。
音を思い切って出せない環境での練習はあまりよくないですね…
わたしはホルンを教えていた頃、そういう生徒さんには車の中での練習をオススメしていました。
【質問6】
サクソフォンはストラップで首から楽器をぶら下げつつ両手でも支持しているので、その重力の配分が大変難しいように思います。どのようにしたら首と両手の適切な配分の持ち方が見つけられるでしょうか。
【回答】
サックスの方々とレッスンをする機会が増えるにつれて、このストラップの問題についてわたしも理解が深まってきました。
多くの場合、ストラップがあるせいで「腕を使わなく」なってしまっています。
つまり、楽器の重さをストラップを通して胴体に預け過ぎているのです。
そのため腕を使って楽器を動かす事をいつの間にかしなくなっています。
わたしの経験では、多くの人が少しストラップと楽器との間の距離を短くし過ぎています。これでは腕があまり動かせません。
以下のような手順でやってみるとよいでしょう。
①楽器を置いて、チョコレートを用意します。
②チョコレートを一片、口に運び、味わいます。
③さて、いまチョコレートはどのようにして口に運びましたか?手を口方向に運びましたね。そのときにあった主な動きは
・肘を畳む動き
・肩関節から腕が前/上方向へ動く動き
だったと思います。
このチョコレートを口に運ぶような腕の使い方がサックスを構えるときにも必要です。
④いつもよりストラップと楽器の距離を少し長くします。
⑤さっきのチョコレートを口に運ぶ動きを思い出して下さい。同じ要領で「マウスピース(りーど)を口の中に入れる」ことを明確に意識しながら、腕を使ってマウスピースを口の中に入れます。
⑥アンブシュアを作ったり顎を引いたりするのは、マウスピースが口の中に入ってからです。このとき、なんだか違和感やふわふわした感じがあっても、心配ありません。むしろうまくいっています。
⑦実際に音を出してみます。
きっといつもより息が自由に流れ、音がよっぽど響くようになるでしょう。
以上、ご質問にお答えしました。
参考になれば幸いです。