演奏家のアンブシュアタイプ分析 〜ホルン編その1〜

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アメリカのトロンボーン奏者、ダグラス・エリオット氏とロイド・レノ氏が中心となって行っている研究により導き出されている、『金管楽器奏者のアンブシュア・タイプ』の分類。

詳しくはデイヴィッド・ウィルケン氏の記事『金管楽器奏の3つの基本アンブシュアタイプ』を翻訳したものをご覧頂きたいのですが、



・唇から外へ流れ出す息の方向が上を向いているか、下を向いているか
・音を上昇・下降するときにマウスピースとアンブシュアが上下どちらに動くか

の二つの指標から、3タイプに分類できることが分かってきています。


この研究の素晴らしいところは、

『息の向きと・動きの方向という「機能の仕方」からアンブシュアのタイプを分類できることを明らかにしたことによって、見た目は珍しいアンブシュアでも、機能の仕方としてごく通常であることを理解できたり、うまく演奏できている領域でのアンブシュア+マウスピースの運動の性質からそのひとのアンブシュアタイプを予測し、各タイプの運動法則や傾向から考えて、うまくいっていない領域でどのようにして取り組んでいけばいいかの手がかりを得られる

ところにあると思います。


では、このタイプ分類を実際の演奏家の映像を使って理解し、自分自身の練習に活かしていきましょう。

これから例示する演奏家たちのアンブシュアの見た目の印象は全然ちがっても、アンブシュアの運動の法則性というところで共通しているタイプが分かってくると、

・自分自身のアンブシュアに関する無用な不安を無くせます。
・得意領域の伸ばし方が分かってきます。
・苦手領域の取り組み方が分かってきます。

ぜひ参考にしてください。


【アンブシュアタイプとは】

詳しくはこちら『金管楽器の3つの基本アンブシュアタイプ』または、金管楽器アンブシュア・レクチャー動画をご覧いただくとして、金管楽器奏者のアンブシュアは2つの指標から三種類のタイプに分類することができます。


指標1:マウスピースの中の息の方向

A:マウスピースのリムの中で、上唇の割合の方が多い奏者は、息が下向きに流れます。

B:マウスピースのリムの中で、下唇の割合の方が多い奏者は、息が上向きに流れます。

これは、正確には透明マウスピースを用いて見分ける必要があります。


指標2:マウスピースとアンブシュアの動きの方向

a:音を上昇するにつれて、マウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するときに下方向へ動く奏者。

b:音を上昇するにつれて、マウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するときに上方向へ動く奏者。


〜3つのタイプ〜

指標1においてAの奏者は、指標2においてaの運動を用いる奏者と、bの運動を用いる奏者に分かれます。

指標1においてBの奏者は、指標2において必ずbの運動を用いています。

したがって、

Aa=超高位置タイプ
Ab=中高位置タイプ
Bb=低位置タイプ


の3タイプに分かれることになります。



【各タイプについて】

Aa=超高位置タイプは、ごく一般的なタイプです。音は明るく軽く、輝かしい傾向があります。

Ab=中高位置タイプは、おそらく最も多いタイプです。音は柔らかく太く、暗い傾向があります。

Bb=低位置タイプは相対的少数派で、多くとも金管楽器を通じて20%ほどだろうと思われます。音は明るくも強い張りを持ち、密度が高く印象的です。


中高位置タイプと低位置タイプを正確に見分けるには、透明マウスピースを用いる必要が出てくることがあります。指標2の動きが同じだからです。とはいいつつも、典型的で、そうしなくても見分けがつくこともよくあります。


【低位置タイプについて】

少数派が故に否定されたり間違った指導の被害を受けたりすることが多く、ポテンシャルを引き出すことに苦労させられている傾向があるといえるでしょう。

しかし、金管楽器の世界のなかでは、トランペットの指導文化が最もこのタイプに寛容であり、そのおかげでこのタイプの奏者のサンプルも見つけやすいのが特徴です。ジャズ・クラシックどちらにおいても比較的、低位置タイプを異端視しないと言えると思います。ただし、ジャズトランペット界の方がより寛容と思われます。

トロンボーンも同様に、ジャズトロンボーン界においての方が、この低位置タイプに対する偏見が少ないように思われます。

残念ながら、ホルンの世界がもっとも低位置タイプに対する偏見が強いと言えると思います。


– – -実例分析- – –

【超高位置タイプ】

・マウスピースのリムの中で、上唇の割合が90~75%を占める。
・その結果、息は下向きである。
高い音にいくにつれ、アンブシュアとマウスピースは一体的に上方向に動く。
低い音にいくにつれ、アンブシュアとマウスピースは一体的に下方向に動く。


〜シュテファン・ドール(ベルリン・フィル首席)〜



・高い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを上へ。低い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを下へ動かしているのがはっきり映っています。

・その上下の軸は、本人から見てやや右に傾いており、「右上⇄左下」の動きになっています。この傾きは、ドール氏の個人差の部分です。

・とくに0:16~0:20のところが見ていて分かりやすいです。


〜サラ・ウィリス(ベルリン・フィル)〜



・高い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを上へ。低い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを下へ動かしているのがはっきり映っています。

・その上下の軸は、ほぼ垂直です。

・とくに2:19~からしばらくが、上下の動きが分かりやすいです。

・超高位置タイプは、低音の習得に比較的苦労をする傾向があります。しかしウィリス氏はかなりの低音へ進むときもアンブシュアを過剰に緩めることが一切なく、口角をしっかり安定させて演奏しています。超高位置タイプの奏者が低音に取り組むときの大きなヒントになります。


〜ヘルマン・バウマン(世界的ソリスト)〜



・高い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを上へ。低い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを下へ動かしています。比較的高音域のみを使っている映像なので、その幅は小さいですが、確かに見て取れます。

・その上下の軸は、ほぼ垂直ですが本人から見てわずかに右に傾いており、「右上⇄左下」の動きになっています。この傾きは、バウマン氏の個人差の部分です。


〜ローランド・ベルガー(元ウィーン・フィル)〜



・高い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを上へ。低い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを下へ動かしています。

・側面からの映像なのでちょっと分かりにくいですが、その上下の軸は、ほぼ垂直ながらおそらく本人から見てわずかに左に傾いており、「左上⇄右下」の動きになっています。この傾きは、ベルガー氏の個人差の部分です。



《超高位置タイプの特徴・傾向》

これら超高位置タイプの奏者の特徴として、しっかり超高位置タイプのメカニズムに則って演奏しているときにアンブシュアタイプの研究者たちが感じている傾向や、レッスン経験からわたしが感じている傾向を挙げると、

・高音域はどんどん伸ばしていける
・低音域は常に「緩めすぎ」になりがちで、注意深い練習が長期に亘り必要
・音色は、明るい・軽い
・半音階のスラーや自然倍音を順に上昇・下降する練習法が向いていそう。
・唇を寄せる・絞る運動を実感しやすい
・グリッサンドやスラーは得意そう
・タンギングのスピードや跳躍の俊敏性がやや苦手か

といったところが興味深い点です。



【中高位置タイプ】

・マウスピースのリムの中で、上唇の割合が75~50%を占める。
・その結果、息は下向きである。
高い音にいくにつれ、アンブシュアとマウスピースは一体的に下方向に動く。
低い音にいくにつれ、アンブシュアとマウスピースは一体的に上方向に動く。


〜ラドヴァン・ヴラトコヴィッチ(世界的ソリスト)〜



・高い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを下へ。低い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを上へ動かしています。

・その上下の軸は、傾いており、本人から見て「左下⇄右上」の動きになっています。この傾きは、ヴラトコヴィッチ氏の個人差の部分です。


〜ミクロシュ・ナジ(オーケストラ・ルクセンブルク)〜



・高い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを下へ。低い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを上へ動かしています。

・その上下の軸は、傾いており、本人から見て「左下⇄右上」の動きになっています。この傾きは、ナジ氏の個人差の部分です。


〜サミュエル・ザイデンベルク(hrオーケストラ)〜



・高い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを下へ。低い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを上へ動かしています。

・その上下の軸は、傾いており、本人から見て「右下⇄左上」の動きになっています。この傾きは、ザイデンベルク氏の個人差の部分です。


《中高位置タイプの特徴・傾向》

これら中高位置タイプの奏者の特徴として、しっかり中高位置タイプのメカニズムに則って演奏しているときにアンブシュアタイプの研究者たちが感じている傾向や、レッスン経験からわたしが感じている傾向を挙げると、

・音色は柔らかい、あるいは暗いまたは太い。
・跳躍や柔軟性に優れている。
・太い音色のまま高い音を吹こうとしがちで、結果高音域に困難を感じていることがある。
・スラーならジグザクで進んだり、タンギングならアルペジオを利用すると良さそう。
・スラーもタンギングも、ゆっくりよりかなりスピード感をつけた方がうまくいきやすい。
・唇を絞る・寄せるより、挟む・閉じるという感覚の方がしっくり来やすいか。

といったところが興味深い点です。



【低位置タイプ】

・マウスピースのリムの中で、下唇の割合が50%以上を占める。
・その結果、息は上向きである。
高い音にいくにつれ、アンブシュアとマウスピースは一体的に下方向に動く。
低い音にいくにつれ、アンブシュアとマウスピースは一体的に上方向に動く。


〜ヨハネス・リツコフスキー(元バイエル放送交響楽団)〜



・高い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを下へ。低い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを上へ動かしています。

・その上下の軸は、ほぼ完全に垂直に見えます。もし傾きがあるとしたら、本人から見てわずかに「左下⇄右上」の動きになっています。この傾きは、リツコフスキー氏の個人差の部分です。


〜ブルーノ・シュナイダー(世界的ソリスト)〜



・高い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを下へ。低い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを上へ動かしています。

・その上下の軸は、かなり垂直ですが若干傾きがあります。「右下⇄左上」の動きです。この傾きは、シュナイダー氏の個人差の部分です。


〜ハビエル・ボネ(世界的ソリスト)〜



・高い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを下へ。低い音にいくにつれ、マウスピースとアンブシュアを上へ動かしています。

・その上下の軸は、傾いています。「左下⇄右上」の動きです。この傾きは、ボネ氏の個人差の部分です。


《低位置タイプの特徴・傾向》

これら低位置タイプの奏者の特徴として、しっかり低位置タイプのメカニズムに則って演奏しているときにアンブシュアタイプの研究者たちが感じている傾向や、レッスン経験からわたしが感じている傾向を挙げると、

・金管に共通して、相対的少数派である。
・そのため、このタイプの存在と機能の仕方を理解しない奏者や指導者に間違った指導を受け、調子を崩したり潰されたりしがちである。
・音色は明るいが、強い張りや密度がある。
・マウスピースとアンブシュアのセッティングがハマっていれば、あらゆるテクニック領域をこなせる。
・反面、マウスピースとアンブシュアのセッティングや関係がズレると、崩れやすい脆さがある。
・この特質と関係するのか、音階やスラーなどよりは、単音のアタックやロングトーンなどの練習が向いているようなケースが見受けられる。

といったところが興味深い点です。


– – –

以上、金管楽器奏者のアンブシュアに見いだすことができる3つのタイプに関し、それぞれの実例を映像で紹介しました。

「このひとの場合は?」

という分析リクエストがあればぜひ、映像リンクとともにこの記事にコメントくださいね。

今後、ホルン編の続きや、トランペット・トロンボーン・チューバそれぞれに関しても同様の記事を書きたいと思っていますので、見やすい映像をお知らせいただけると嬉しいです!


Basil Kritzer





21 thoughts on “演奏家のアンブシュアタイプ分析 〜ホルン編その1〜

  1. 森博文→http://m.youtube.com/watch?v=tVIFSagp_7c

    福川伸陽→https://m.youtube.com/watch?v=dQwIfg_Cmnk

    現代日本の二大巨頭?と言っても差し支えなさそうな
    このお二方のタイプを知りたいです!
    お時間あれば是非お願いします

    • 牡丹さん

      うーん…
      跳躍の場面があまり写っていないのでちょっと情報が足りませんが…

      森さん:
      映像も不鮮明なのでこれだけでは分かりませんが、おそらく低位置タイプかな…と。
      高い音に行くにつれて左下、低い音に行くにつれて右上に動いているように見えます。

      福川さん:
      もっと大きな跳躍や、跳躍の連続の場面を見れたらもう少し分かりやすくなるのですが、
      これで見る限りはおそらく中高位置タイプかな…と。
      ほぼ垂直で高い音が下(わずかに左下?)、低い音が上に動いているように見えます。

      Basil

        • 岡本さん

          1:27:44~のあたりで見ると、なんとなく中高位置の動きのように見えます。
          (上昇:左下⇄下降:右上)

          でも、もっと正面からの動画で、大きな幅の跳躍を何度か見れないとちょっと判別しきれません…(>_<)

      • ご返信ありがとうございます!
        森さんの方は鮮明な動画がこれくらいしかなかったのですが
        福川さんについてはもう少し動画を選べばよかったですね…

        ともあれとても興味深い考察でした、ありがとうございました

  2. Pingback: 金管楽器のハイトーンは「練りわさびみたいな感じで」でやたらスムーズに吹けた! | GONLOG

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  4. Pingback: 演奏家のアンブシュアタイプ分析 〜ホルン編その2〜 | バジル・クリッツァーのブログ

  5. はじめまして。
    ホルンを始めて5年になりますが、高音域が全然吹けるようにならないこと、またアンブシュアが下寄りなことに悩んでいました。
    記事を読んで、それぞれのアンブシュアに音や練習方法の特徴があることを知り、自分のこのアンブシュアでもいいんだ、と思ったら高音域がうまく出るようになりました!(ちなみに中高位置タイプでした。)
    ありがとうございました!

      • もちろん大丈夫です!

        今まで高い音が得意な人に練習方法を聞いて失敗してきたこと(みんなアンブシュアは超高位置タイプでした)、唇を「挟む」という表現がとても分かりやすかったことを追記します。

  6. Pingback: 自分のアンブシュアで、高音域がうまく出るようになった! | バジル・クリッツァーのブログ

  7. こんにちは!拝見させていただきました!
    僕はいま中学三年生のホルン吹きです!
    このブログを見ると、低位置の部類でした!
    そして唇がとても分厚いのです笑。それってハイトーンが出にくい事に影響しますでしょうか?。

    ちなみに、普段の噛み合わせは、前歯が下の歯を結構覆いかぶさってしまいます。なので結構顎を出さ(張る)ないと音が出ません。
    こちらもハイトーンに関係ありますでしょうか?。

    長文申し訳ございません。

    • >>長文申し訳ございません。

      これいらん!!

      >>唇がとても分厚いのです笑。それってハイトーンが出にくい事に影響しますでしょうか?。

      そのような事実は確かめられていません。
      一方で、唇が分厚くてもハイトーンが得意なひとや上手なひとはたくさんいます。

      そのことから少なくとも分かるのは「唇が分厚いことが決定的にハイトーンを不利にすることは考えにくい」ということです。


      >>普段の噛み合わせは、前歯が下の歯を結構覆いかぶさってしまいます。なので結構顎を出さ(張る)ないと音が出ません。

      これは低位置タイプに限らずよくあることです。


      >>こちらもハイトーンに関係ありますでしょうか?。

      いえ、それによって不利になるというようなことはおそらくないと思います。
      わたしの経験では、低位置タイプはむしろ高音域は強いひとが多いように感じます。

      Basil

      • ありがとうございます!
        自分の中での考えというか、悩みなどがスッキリしました!

        色々試してみて、もう一度よく考えてみます!

  8. 私は定位置タイプでした。
    学校で同じパートの人たちにマウスピースが下の方にあたっていることを指摘されましたが、悪いことではないと知ってホッとしました。
    ただ、吹いているときに鏡を見ると、マウスピースが唇の真ん中から少しずれたところにあたっています。
    これはなおした方が良いのでしょうか?
    一度無理に直そうとして調子を崩したことがあったのですが…

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