– – –
最近のレッスンでの一場面。
レッスンにいらっしゃったのは、趣味でサックスを演奏される男性。
その日レッスンで改善を試みたいことは、
『ロングトーンをしていると舌が力んでいくような感覚があり、それをなんとかしたい』
とのこと。
アレクサンダーテクニークは、「いま何が起きているか?」を観察することなしには使えないメソッドなので、
当然の流れとして、「では一度、ロングトーンしているところを見せてください」とお願いしました。
そうして実際にロングトーンしている様子を見たところ、外から見て舌が力んでいると分かるようなことはありませんでした。
こういうとき、
舌が実際に力んでいるのか、
それとも力んでいる感覚を感じているだけなのか、
あるいは舌ではなく別のどこかが力んでいるのか、
正解は分からないが、『ロングトーンをしていると舌が力んでくる』と形容される何事かを本人は主観的に体験しているということは確かなので、
そういう体験をしているときに、どんなことを考えていたり、身体全体をどう使っているのかを観察することにしています。
そういうわけで、何度かロングトーンをしている様子を観察させてもらいました。
レッスン中も、やはり普段と同じような力みを感じるということなので、
いま『それ』が起きているのは確かです。
すると、肋骨(胸郭)の上の方がロングトーンの比較的最初の方から、
印象としてはかなり下がって落ち込んでいっているように見えました。
ロングトーンの最後の方になると、背骨も曲げるようにしてその落ち込みがもっと強調されてきます。
もしかしたらこういうことが、首や喉のあたりを不自由にしているのかもしれないー。
一応、そう考えることもできそうに思いました。
じゃあ、
「胸を下げるな」
「背骨を曲げるな」
「良い姿勢を保て」
という指導になるかといえば、そんな低レベルで誰でも言えそうなことを言うのでは、
レッスンの仕事をプロとしてやっていくことは到底務まりません(笑)
ポイントになるのは、『息の支え』です。
支えとは、何かが放っておいたら動いてゆく・向かってゆく方向がある場合、
それに対して逆方向に力をかけることでその動きをとどめたり安定させたりすることを意味します。
息に関していえば、「放っておいたら起きる動き 』は2種類あります。
息を吸う時:肋骨(胸郭)もお腹も拡がります。
息を吐く時:肋骨(胸郭)もお腹もしぼんでいきます。
ということは、支えにも2種類あります。
〜支え1=『いきむ支え・邪魔な支え』〜
息を吸う時=肋骨(胸郭)もお腹も広がろうとするときに
→お腹に力を入れ、肩を押し下げる=拡がりを抑え込む
….これは、息を吸えなくさせるため、少なくとも歌や管楽器において息を吸う時にやるのマイナスではないかと考えられます。
〜支え2=『吐く息を支える』〜
息を吐時=肋骨(胸郭)もお腹もしぼんでいこうとする時
→吸った時に使う横隔膜そのほかさまざまな筋肉を使って拡がりを保つ=しぼみに対抗する
….こちらが、わたしたち息を使う演奏者が使いたい『息の支え』です。
いわゆる「喉の広がり」や「響 」、「ロングトーン」、「安定したpp」に深く関わります。
このサックス奏者の方は、息を吐き始めてすぐから、「しぼみ」が目立っていました。
そのため私は、上述の「支え2」をもしかしたら知らない・やったことがないのかもしれないと推測し、
次のように提案してみました。
①鼻からゆっくり息を吸います。
②ふつうに口から息を吐きます。
③1のときより長く鼻から息を吸います。
④また吐きます。
⑤3よりさらに長く鼻から息を吸います。
⑥3や5で感じた、普段は感じない労力や肋骨の動きを少し覚えておきます。
⑦覚えているうちに、肋骨をたくさん動かすつもりで息を吸ったら…
⑧なるべく拡がり持ち上がった肋骨をそのままに保つつもりで息を吐きつつロングトーンします。
…すると、ご本人の口から
「喉や舌のあたりがラクだ。力まない感じがする!」
との言葉が。
音もより響いて美しくなっていました。
歌や管楽器の演奏における、喉・舌の感覚や働き方というものには、
日常的な呼吸とはちょっと異なる「息の支え」という運動スキルが思いのほか関わっていそうです。
これからもさらに観察を続けていきたいと思います。
Basil Kritzer