唇の手術から復帰した一流ホルン奏者へのインタビュー

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アメリカのホルン奏者、ジェームズ・ボーディン氏のサイト「James Boldin’s Horn World」に掲載されている記事を、本人の許可の下に翻訳しここに掲載します。原文はこちら:
The Road to Recovery: An Interview with Bruce Atwell

〜唇の手術から復帰した一流ホルン奏者へのインタビュー〜

ホルン奏者として、ブルース・アトウェルは全てを成し遂げたといえるほどの人物だ。

フィラデルフィア管弦楽団、香港交響楽団、ミルウォーキー交響楽団といったハイレベルなプロ演奏団体で演奏をしてきたし、ソロCDの録音も複数行っている。いくつものワークショップやシンポジウムで演奏してきたし、大学で教鞭も執ってきた。

現在、彼はウィスコンシン州立大学オシュコッシュ校の教授であり、非常に活発に演奏活動を行っている。

わたしジェームズ・ボーディンはウィスコンシン州立大学マディソン校の大学院に在籍していた頃に彼と知り合い、オシュコッシュ交響楽団では共に演奏した。彼の演奏はいつもわたしに刺激を与えてくれ、彼は常にポジティブで勇気を与えてくれるような態度で仕事に取り組む人物であった。

そんな彼についてわたしは最近、彼が唇の手術を受け、現在復帰に向けて取り組んでいるのだとということを知った。

この事はホルンや金管楽器を演奏するひとびとにとって興味深いテーマだと思ったので、彼にそのことについて語ってもらうべくインタビューを申し込んだ。それに対し、ブルースは寛大に応じてくれ、彼の考えを共有してくれることになった。

以下がインタビューの本文である。

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【ジェームズ・ボーディン】

2012年に、あなたは唇の手術を受けましたね。どうしてそのような治療を受けることになったのか、経緯を教えてもらえますか?

【ブルース・アトウェル】

2010年頃に、わたしは自分の上唇の真ん中の内側にタコが出来ているのに気がついた。ちょうど振動する場所。

はじめは、数週間演奏しないでおくことで様子を見てみたが、タコに変化はなかった。

その後1年ほど、何人かの医師、歯科医、外科医、皮膚科医に相談し、原因や治療法の選択肢を探った。

相談した相手の多くはタコの原因に見当がつかなかったようで、特に治療法の提案はなかった。

あるときシカゴのジョン・ケリー歯科医に会った。彼は金管奏者たちを診る経験があった。彼の分析は、何十年にも及ぶ演奏を通じて上唇の皮膚が引き伸ばされ垂れ下がり、前歯の下縁にこすれておりそれがタコの原因になっているのではないか、というものであった。彼は、インビザラインという矯正マウスピースを使ってさらなる損傷を防ぐことを提案してくれた。わたしはこれを試してみたが、タコの解消にはつながらなかった。

この間、わたしの演奏はだんだんと不確実なものになっていった。 突然振動が止まったりして、高音域が鳴らなくなっていったんだ。

2年間さまざまに調べた末、手術しか残る選択肢はないと決断したよ。

【ジェームズ・ボーディン】

あなたの治療にあたった医師や看護師たちは、どれぐらい親切に治療過程やホルンの演奏に対してあり得る影響について説明してくれましたか?手術を受ける決断をする前に、ホルン奏者または教師に相談はしましたか?

【ブルース・アトウェル】

実は、わたしは大きな間違いを犯したんだ。わたしが入っていた保険は、金管奏者を診た経験のない地元の医師による治療しかカバーしていなかったんだ。

わたしはそのとき追い詰められていたので、その地元の医師を信頼することにした。

彼は、治療の結果が演奏にどのような影響を及ぼすかは定かでないと警告した。

はじめは、彼は切開は小さなもので済むとわたしに説明したが、実際に手術を開始すると彼は切開の長さをより長くする必要があると判断した。いまになってわかることなのだが、たぶんボルティモアのヴァンダー・コルク医師の診断を仰ぐべきであった。最低でも、地元の形成外科医に手術をやってもらうべきであっただろうなと思うね。

【ジェームズ・ボーディン】

同じような手術を受けたことがあるホルン奏者か金管楽器奏者はご存知ですか?

【ブルース・アトウェル】

口輪筋の修復手術を受けている奏者は何人か知っているけれど、わたしと同じケースのひとは知らないな。口輪筋の修復手術の場合は唇と鼻の間の皮膚の部分を切開する。わたしのように唇を直接切開するのではなくてね。

【ジェームズ・ボーディン】

手術は簡素なものだったのでしょうか?入院は必要でしたか?麻酔は全身麻酔だったのでしょうかそれとも部分麻酔だったのでしょうか?

【ブルース・アトウェル】

わたしの手術の切開はおよそ3インチ(7~8センチ)、ちょうど唇の湿っているところと乾いたところの境目に沿ってなされた。部分麻酔で日帰りだったね。

【ジェームズ・ボーディン】

手術後、演奏を再開するまでどれぐらい待つ必要がありましたか?

【ブルース・アトウェル】

2ヶ月間、一切吹かずにいたよ。そこから仕事のレベルに達するまでは手術後6ヶ月かかったね。

【ジェームズ・ボーディン】

手術後、痛みや痺れはありましたか?あるいはまだ残っていますか?

【ブルース・アトウェル】

痛みや痺れは無いね。切開したところに沿って、瘢痕組織(✳︎1)は残っていてそれは一生消えないと思う。このことは、いくらか柔軟性に制限をもたらし、耐久力と音域に影響がある。

以前は高音ホルンのスペシャリストであり(とはいいながらも、数年間プロとして4番ホルン奏者をやっていた時期もあったが)、ハイFくらいまでを自由に吹きこなせていた。

それがいまは、その四度下のハイCくらいまでで、それも安定しているわけではない

【ジェームズ・ボーディン】

演奏を再開したとき、どのような素材や練習法を使いましたか?また、怪我や治療から復帰しようとしている奏者たちにも同じようなものを勧めますか?

【ブルース・アトウェル】

考え付くあらゆることを試したよ。

ロングトーンや自然倍音のソフトなスラーから始めたね。

ルシンダ・ルイス(✳︎2)にも連絡を取って、彼女の編み出したリハビリ法「ブロック・バジング」についてもアドバイスをもらった。役には立ったが、わたしの場合、過剰な緊張をかけて演奏することにつながりがちだったので、注意が必要な方法ではある。

他には、ビル・ヴァーミューレン、ゲイル・ウィリアムズ、ダン・グラボイズ、ウェンデル・ライダーのレッスンを受け、また数多くの金管奏者と話をした。

それらを通じてわたしにとって一番良かったルーティーンは、ウェンデルの倍音エクササイズであった。それに、「ひとつひとつの倍音を鳴らすにあたって、最少のアンブシュアの緊張量を用いる」というビルとゲイルのアドバイスを組み合わせた。これが、まだ100%ではないけれど、音域を広げ耐久力を得ることにつながった。

【ジェームズ・ボーディン】

ホルンを吹く以外に、回復を助けるための何か他の理学療法などには取り組みましたか?

【ブルース・アトウェル】

瘢痕組織をほぐして壊すアクティブ・リリース・セラピーという手法を用いるカイロプラクティック療法師のところにも行ったね。これは唇の左側には効果があった。でも残念ながら、唇の中央部の瘢痕組織の解消にはつながらなかった。

いまは、形勢外科医と話をしていて、切除された組織を埋め合わせるためにごく少量の充填材を注入する可能性を検討しているよ。

【ジェームズ・ボーディン】

発症、手術から回復の一連の過程は、ホルンを演奏することに対するアプローチに関して、フィジカルであれメンタルであれなにか変化をもたらしましたか?

【ブルース・アトウェル】

いまは、以前よりはるかに呼吸と脱力にフォーカスせざるを得ないよ。それに、学生の頃のようにたっぷり1日3時間練習するようになったな。

メンタル的には、いまでも非常にフラストレーションが溜まる日もあるけれど、なるべく大きな視野を保って受け止めるよう

【ジェームズ・ボーディン】

治療とリハビリの期間中、他に理学療法やそれ以外のセラピストに相談はしましたか?

【ブルース・アトウェル】

先述のボルティモアのコルク医師とは最近話をしたよ。喜んで診てくれるとのことではあったけれど、これ以上なにか解決策を提供できるかは分からないと言われたね。

【ジェームズ・ボーディン】

唇の手術を検討している、あるいは術後の回復過程にある金管奏者たちに、なにかアドバイスはありますか?

【ブルース・アトウェル】

唇の手術はできるだけ避けることを強くお勧めするね。ふりかえってみると、当時は考えなかった手術以外の選択肢がきっとあったと思うんだ。たとえば、1年間の休職であったり、プレスを最低限にする奏法に取り組んでみることであったり、下唇にプレスを移すことであったりね。

長期間の休職は、経済的な面から抵抗があったのだけれど、それにしても完全に仕事を辞めるよりはずっとましだね。

手術により、わたしの唇の形は永久に変わってしまったし、完全に元のレベルに戻れるかはいまだに分からないんだ。 いまより演奏能力を再度獲得できたとしても、以前と同じ感覚には決してならないだろう。

ホルンの演奏は、わたしにとって二度と楽ちんにはならないだろうね….

【ジェームズ・ボーディン】

他に、読者に述べたいことは?

【ブルース・アトウェル】

問題の渦中にいるときに、こういうことに関する決断はしないように。

客観的な助言を友人や同僚から得るようにし、その助言に耳を傾けよう。

まずは長期間、楽器を吹かない期間を設けるようにするといいだろうね。そして、徐々に、非常にゆっくり注意深く、経験豊かな指導者の導きに従って演奏を再開しよう。

✳︎1✳︎瘢痕組織:
火傷や外傷潰瘍などの治ったあとにできる傷あと。組織の欠損部に増殖した肉芽組織が古くなって繊維化したもの。(出展:三省堂国語辞典)

✳︎2✳ルシンダ・ルイス:
ルイジアナ州交響楽団首席ホルン奏者。アメリカで長くアンブシュアに関する研究を続け、「アンブシュア・ドットコム」http://www.embouchures.com を運営している。

筆者:ジェームズ・ボーディン
ホルン奏者・指導者。ルイジアナ州立大学モンロー校講師。国際ホルンシンポジウム、ミッドウェスト・バンド&オーケストラクリニックなどでの講演・クリニックを始めとして指導活動を幅広く行っている。シュリーブポート交響楽団団員。
ウェブサイト:
“James Boldin’s Horn World〜THOUGHTS ON TEACHING AND PLAYING THE HORN〜”

訳者:バジル・クリッツァー
香港生まれ京都育ちのアメリカ人。エッセン・ フォルクヴァング芸術大学(ドイツ)ホルン科卒業。 在学 中、極度の腰痛とあがり症に悩み、それを乗り越えるためにアレクサンダー・クテニークを始める。 こ れまで東京藝大、上海オーケストラアカデミー、大阪音大、昭和音大はじめ各地の教育機関で教えてい る。著書多数。 BodyChance所属。詳細

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