上達とは何かが変わります。ものごとが変わるその仕組みには抽象的な構造があります。変化の車輪が回る、その3つ目の段階は『行動』です。
『行動』とは、『実行』と言うことも、『実験』と言うこともできます。変わるためには、行動しかない―。それは世の中で広く言われていることであり、まさにその通りです。しかしこれを言うだけではなんだか厳しい響きがありますし、具体的にどんな行動を取ればいいかよく分かりません。そこで、演奏のための練習を例に抽象的なレベルを失うこと無く具体的に考察してみましょう。
変化や上達につながる『行動』とは、決して「練習あるのみ!」ということではありません。むしろ「練習をやめる」ことが新たなきっかけにつながることもあります。
この発想に不安を感じるひともいます。
「ひたすら練習するだけではダメなのか―?」
「練習をやめたら、一体どうすればいいんだ―?」
この不安に、『行動』の本質が詰まっています。変化や上達につながる『行動』とは、これまでのパターンや習慣にはない行動をすることなのです。そのため、多分に「実験的」な行動なのです。『行動』の目的が、パターンを破り新たな情報を得て、行き詰まっている現実を新たな角度で見ることにあります。そうすることでこれまで自分を苦しめていた「盲点」が明るみに出るからです。
「練習をやめる」こと自体がポイントなのでも、私が「練習をやめる」ことを勧めているわけでもなく、「ひたすら練習あるのみ」という世界観や信念でやってきた自分が原因不明の不調や行き詰まりに苦しんでいるとしたら、「練習をやめてみる」という実験がパターンをひとつ破ってくれる可能性がある。それが目的なのです。
このような行動や実験を実行に移すのには、エネルギーが必要です。これまでの習慣を破るには本能的
な恐怖感があり、何らかの助けが必要になります。その助けあるいはエネルギーが前回の記事で解説した『サポート』なのです。
私自身の例で、このような「実験」が新たな変化や上達につながった事はいくつもあります。アレクサンダー・テクニークのレッスン自体が、からだの使い方の習慣を破るものです。繰り返しレッスンを受けていくと、段々自らのアイデアで積極的に習慣をいかに破っていくかを考えるようになり、本能的ッ恐怖感がむしり「スリル」や「ドキドキ」として感じられるようになっていきます。
最も印象に残っているのは、はじめて「息を積極的にどんどん遠慮なく目一杯使う」ことをあえて意識しながら本番に臨んだときのことです。
ドイツで学んでいた3年目。シュトゥットガルト歌劇場管弦楽団などに在籍した経験を持ち、ナチュラルホルンのスペシャリストとして知られるホルン奏者&アレクサンダー・テクニーク教師のルネー・アレン先生のレッスンを受けていました。そのなかで、息の使い方や呼吸の仕組みを教えてもらい、自分でも考えられるようになっていきました。それまではアガリ症だったこともあり、本番で楽器を吹きながら「息のことを積極的に考える」なんて発想は持てませんでした。しかし、レッスンの中でその重要性と効果を実感していましたから、そうして迎えたある本番で、私はこの発想を使うことを一番の目標としました。
本番の日、朝起きたときからもう、息の事は何度も忘れそうになりました。本番になるとその怖さに負けて自分の身体を縮めて何も考えないようにする、という習慣が何年もありましたから、意図的に息を積極的に吐くことをやるのは、習慣の外側にありました。
しかし、私はもういい加減変わりたかったし、上達を心底望んでいました。ルネー・アレン先生は私が自ら探し出した『サポート』であり、その『サポート』のおかげでこれまでに無い発想を知る事、発想を積極的使う事ができたのです。
控え室でも、舞台袖でも、私は本番の演奏にあたって意識したいことを繰り返し思い出すよう努めました。いざ出番。手足は震え、口も渇いていました。いままでの身体を縮めて自分の殻に閉じこもる昔からの癖に何度も戻りそうになりました。その度に「積極的に息を吐く」ことを実行しました。結果、私は初めてあがり症を乗り越えて良い演奏ができました。
その後、もちろん何度も失敗があったり、あがり症に呑まれたり、癖が戻ったりを繰り返しました。しかし、サポートを得て新たな実験をした結果として体験した成果は、私の失敗癖・パターンに変化をもたらし、その時を境に上達を自力で起こせる実感を得るようになっていったのです。
広義に見ると、ルネー・アレン先生を自ら探したこと、レッスンを受けに行ったことそれ自体が「行動・実験・実行」にあたります。というのも、今までの自分には無いもの足りないものがあることを深く自覚し、必要なものを自らの足で探し求めたからです。これがルネー・アレン先生という『サポート』を見出すに至らせてくれた『行動』と捉えれば、そのときの私のサポートは行き詰まった現状の痛みや、よく分からないながらも興味を持って読んでいたアレクサンダー・テクニーク関連書籍だとおも言えます。そしてルネー・アレン先生という『サポート』を得て「息を積極的に吐く」という『実験(行動)』が吹き方を向上させるのみならず本番をやり切る新たな自分へと変えていってくれました。
『サポート』を受けることは、今までの自分には限界があること、自分の力だけではこれ以上無理であること、それを認めるある種の「諦め」を意味します。それは怖いことです。しかし、そのサポートを得てできるようになる『行動』がその限界を破ります。
初めてコメントさせていただきます^^
高校でホルンを吹いているのですが、演奏会や大会でソロを吹くたびに緊張して音を外してしまい、次の演奏会でも短いながらソロを持つので不安で一杯でした(・ω・`)
でもせっかく聴いてくださる方のいる演奏会、最高の演奏をしたいです!
記事を拝見して、なんだか成功するビジョンがもてました
ありがとうございます!これからも参考にさせていただきます^^
dolcecor さま
はじめまして。コメント頂きありがとうございます。
ブログがお役に立って、何よりです。
失敗するかどうか、の代わりに「いい演奏がしたいな」
という気持ちに心が向くといいですね♪
進むべき方向
変化すること。上達すること。それには抽象的ではありますが、共通した構造があります。前回は『行動・実験・実行』という段階について解説しました。こちらから参照して下さい。 その次の段階が、様々な試行錯誤を経て、自らが進むべき方向や取るべき手立てがもはや明確になった段階です。ここからが「変化」あるいは「上達」のサイクルの後半に入る、とも言えます。ここまではいわば「下準備」であり、ここからは「あとはやるだけ」というところなのです。 いくつか異なるレベルから、この段階に当てはまる具体例を述べると分かりやすいので、そうします。 技術的なレベル いったん音楽から離れて、野球選手を例にしてみます。野球という競技は非常に技術的なもので、正確な動作とタイミングが要求されること、そして道具を使うという事において楽器演奏と似ています。真剣に競技に打ち込む野球選手たちは、バッターもピッチャーも「フォーム」に取り組む時期を迎えることが多いようです。 特にプロ野球選手であれば、元々素晴らしい身体能力と技術的センスを備えています。そのためあるレベルまで一定の成果をそれまで作り上げた技術を使って出します。 そんな彼らも、あるとき行き詰まりを迎えたり、変化への欲求を覚えたりします。 ・相手チームに弱点を研究されて ・出せる成果に限界を覚えて ・それまでの打ち方・投げ方が原因で怪我をし、より無理のないやり方をする必要に迫られて ・野球選手として更なる高みを目指すため そこで彼らは、ビデオで研究したり、コーチからのアドバイスを参考にしたりして試行錯誤を始めます。 これが変化のサイクルの「前半」に当たる部分です。 それを経て彼らは「こうしたらいいんだ」という技術的な答えを見つけます。 ・バットの正しい軌道を見つけた ・新しい握り方を見つけた ・肘に負担をかけない投げ方を編み出した などなど。 あとはそれを実践し、現場で使うのみ。もうはっきりしているのです、これからどうすればいいのかが。この段階に来ると、迷いはありません。迷うのは、まだ前半にいるときです。 この迷いの無さ、明確さが『進むべき方向』が見出されたこの新しい段階の特徴です。 しかしもう一つの特徴があります。それは何が起るか分からない怖さです。この怖さを乗り越えるためには、変化に必要な3つのエネルギーのうちまだ紹介していない『信頼』のエネルギーが必要です。この『信頼』…
変わるための構造
ひとが変化し成長するということには、ある決まった流れあるいは構造のようなものがあります。アレクサンダー・テクニークのレッスンで、教師はその構造を理解したうえで、受講者がどういう段階にあるかを把握しながら進めています。この構造は、「苦手だったフレーズができるようになる」という小さなレベルから、「プロの音楽家になる」という大きなレベルまで、様々な大きさや長さの「変化」を説明するモデルです。 そのモデルについて、すでに一通り書いていますが、また改めてこのテーマについて書き進めていこうと思います。 今回は、 ・バジル自身がいま辿っている「生き方」レベルでの変化 ・楽器演奏の上達を考えるときに役立つ基本的なモデル の両方を織り交ぜながら進めていきます。 変化には 1:夢 2:現実 3:思考 4:行動 5:見通し 6:結果 1(7):新たな夢 という循環構造の6つの段階と 段階を進んでいくのに必要な A:自分のエネルギー B:サポート(他者・外部)のエネルギー C:信頼というエネルギー という三つのエネルギーがあります。 これから数週間かけて、 1→A→2→3→B→4→5→C→6→1(7) という順番でそれぞれ見ていきます。 どうぞお楽しみに。