あるとき、ある大学での公開レッスンで学生さんを教えていたときのことです。
技術的なところや、奏法についての考え方に関して、改善の余地が見受けられたので、その角度からレッスンしていたのですが、徐々にレッスンが堂々巡りし始めました。技術的な角度から、確かに一定の改善があるにも関わらず、です。
こんなやり取りがありました。
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バジル『いま、こう良くなりましたね。聴いているみなさんはどう思いますか?』
聴講者(うなずく)
バジル『あなたは分かりましたか?』
学生さん『‥‥うーん、あんまり‥‥まだ音がスースーする‥‥』
バジル『そうですか?それは悪い現象ではないですよ。聴いているみなさんはどうですか?』
聴講者『悪いとは思わなかった。スースーしているとは感じなかった。』
バジル『そうですよね。』
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という感じで、技術的に現れているいくつかのポイントがひとつひとつ、確実に一定の度合いで改善されていっているにも関わらず、毎回、本人はなんだかすっきりせず、まだ不満な感じでした。わたし、聴講者の意見や印象と、本人の印象がすれ違い続けたのです。
途中何度か、本人が思っているけど言っていないことがあるな、と感じていたので、
『思ってること、感じてること、疑問質問、どんどん話してね』
と促し続けたのですが、本人もなんだかうまく言えずにいる感じでした。
技術的な改善ポイントがワンレッスンで網羅できる最大限のところまで終わった時点で、まだ、何か大切なことはできていない空気感がありました。
そこで、
『いちばんずっと考えてること、何なの?』
と尋ねてみました。
すると、学生さんは
『自分の音が嫌いです‥』
とポロっとこぼしました。
それを聞いて、さっきから技術的な取り組みがなかなかうまくハマらない理由が分かった気がしました。技術的なプランを考えようにも、『自分の音が嫌い』という自己批判で忙しかったのです。
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バジル『じゃあ、誰の音がいちばん好き?』
学生『A.Bさんの音が好きです』
バジル『じゃあ、A.B みたいに吹いてみよう、こんな感じで』
バジル(その奏者のフレージングを誇張して歌ってみせる)
学生『でもビブラートをかけるのはいけない、と言われてきたので‥‥』
バジル『そんなんどうでもいい!とにかく好きなように、A.B みたいに思いっきり奏でてみて。』
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そうして学生が奏でたところ、さっきまでの技術的な問題らしきものはすっかり見当たらなくなり、素晴らしい音を響かせました。
聴講者もみんな、おー!という表情や、笑顔になりました。
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バジル『どうだった?』
学生『吹きやすくて、息が入っていく感じがしました』
バジル『そうだよね。いいかい、自分の望む音楽性に基づいて吹いたらそんだけ良くなるんだから、そうやるのはもはや義務だよ。そうせずに行き詰まるのは怠慢なんだよ。これを基本に、ノンビブラートもできるようになればそれでいいんだからね。』
聴講していたベテランのプロ奏者『そうだよ!自分以外のスタイルで演奏するなんて、ムリ!自分のやり方の中で、他のスタイルも対応できるようになればいいだけなんだよ!』
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演奏したいように演奏する、ということが、怠慢や自分勝手などではなく、もっとも健全かつまっとうな『基礎』であることを、劇的に見せつけられた出来事でした。
Basil Kritzer
オーボエを社会人から演奏し始めて8年になります。
この記事を読んで、まるで自分のように感じました。
私は「こうしたい」と思っていても、先生は「そうではない」というお互いの意見・意思の確執があって悩んでいました。
自分を解放してあげることはとても大切な事なのですね。
レッスンにおいて、自分はこうありたいという所を貫くべきなのでしょうか?
技術が伴ってなければダメなのでしょうか?
そこを悩んでいます。
阿部しげかさま
大人で、しかも趣味(つまり、店や芸をまるごと受け継ぐような弟子ではない)で習っているわけですから、成熟した大人同士の常識的で建設的なディスカッション・コミュニケーションができない先生なら、生徒であるあなたが先生を「クビ」にしてもっと助けてくれる先生に習っていいと思いますよ!
Basil
バジル先生、ご返信ありがとうございます。
「クビ」にしてやろうかと思う出来事が多々ありましたが、いろんな事を乗り越えて、先生との関係性が構築され、信頼関係が出来たことを考えると「クビ」にしちゃえませんでした。
建設的なディスカッションが必要だと考えて、提案しました。ただ、私は自分の価値が低いと思っており、「こう演奏したい」「こういう音色を奏でたい」と思っても、行き着く先は『自分はダメだ』になっています。
自己肯定感がないということだと思うのですが…
音楽と自己肯定感って大切なことだと思うのですが、バジル先生はどうお考えですか?
それについては一冊本を書いてます。
https://basilkritzer.jp/その他/著書/2324-2