「正しい」「間違っている」という評価をするときに、自分の「感じ」は当てにならない、ということがあります。
人間のシステムは、相対的です。
例えば、眼。
逆さ眼鏡をかけると、はじめは世の中がひっくり返って見えて、歩く事も困難です。
しかし、そのまましばらく生活していると、視覚システムがそれに適応して、ある時点で「普通の」上下で見えるようになってきます。
あるいは、温度。
雪合戦を外でしてきた後なら、30℃くらいの普通のぬるま湯でもとても温かく感じます。
でも、熱いシャワーを浴びた後だと、40℃くらいのお風呂でもちょっとぬるく冷たく感じます。
視覚や触覚などの知覚を通して得られる情報は正確です。
感覚自体は正確です。
でも、その感覚を通して得られた情報に対する「判断」ーあつい/寒い、重い/軽い、正しい/間違っている etc…. がそれまでに形成されきた「習慣」に依存します。
この「習慣」に、自分自身に対する過剰または不合理な緊張・筋収縮が含まれていると、「判断」が歪められてしまいます。
自分が「正しい」「間違っている」と「感じる」、その「感じ」が信頼できないのです。
ホルン演奏を具体例に見ていきましょう。
例1:良い姿勢
「演奏のためには良い姿勢が大事!」
そう思って背筋をピンと伸ばそうといつも頑張っていたとします。
ですが、まず「良い姿勢」って何なんでしょうか?
まずこの時点の「良い/悪い」に明確な根拠はありますか?
何となく「そう思っている」ことではないでしょうか?
結論から言うと、人間は「良い姿勢」を「する」なんてことは出来ません。
「姿勢の崩れ」は「過剰な努力」の結果。つまり「やりすぎ」の結果なのです。
ということは、「やりすぎ」の結果を「さらにする」事で正そうとしてもうまくいきません。
「やりすぎ」をやめてはじめて「良い姿勢」になるのです。
ですが、「良い姿勢」と「思っている/感じている」もの、
つまり「正しい感じ」と「努力感」が結びついているので、
いざ「やりすぎ」をやめてみると、今度は「間違っている」と感じてしまいます。
筋肉から動きや使っている力の情報は全く正確に届いています。
でも、その届いた情報をもとに形成する「正しい/間違っている」の評価を保留する必要があります。
例2:正しい呼吸法
これも姿勢の話とよく似ています。
「正しい呼吸法」と言えばまず思い浮かぶのが
腹式呼吸とかしっかり吸うとか、そういう事ではないでしょうか?
どちらも、「吸う」という事に重きが置かれています。
腹式呼吸のケースだと
「お腹に息を入れなさい」「お腹を膨らませなさい」「肩は動かしてはいけない」
というのがよく聞く話です。
ですが、どれも正確に言うと間違いです。
まず息(空気)は肺に入ります。お腹には入りません。
肺に空気が入ると同調して、横隔膜が下がります。それにより腹腔内の内臓などが動き、結果的により腹壁の方へ動かされるので、「お腹が膨らんでいる」ように見えます。
肺の入っている胸郭のすぐ上に肩甲骨・鎖骨・上腕下腕から成る腕構造が被さっています。だから、空気が入って肺が膨らむとき、肋骨が動いて胸郭が拡大します。だから、その上にある腕構造(肩)は受動的に必ず動きます。
「正しい」ことをしようとして、やっていることが現実には逆効果です。
それで、「正しいことを『する』」その努力をやめて、「正しい」ことが自然に起こることを経験したとき、どんな感じがすると思いますか?
もう分かりますね。
間違っていると感じます。
「しっかり吸う」というのはどうでしょう。
まず、空気は無くなってくると絶対入ってきます。そうしないと死ぬからです。反射で必ず吸えます。「吸おう」としなくても必ず必要な分が入ってきます。
それに、音を出しているのは「吐く」方の息です。どんな音でもどんなフレーズでも、それは「吐く」息によって創られています。ホルン演奏で意図に合わせてトレーニングする必要があるのは「吐く」事なのです。
大音量または長いフレーズなどで多大な量の空気を吐く必要があるとき、それはまず「息を出そう」としている中で、足りなくなるから「必要な分」の空気が反射的に吸えるのです。
また、「吸おう」とする意識が、「吸い込む音」で表現されてる場合が実に頻繁にありますが、「吸い込む音」がすればするほど、実は「吸う」ことの効率は落ちています。
入ってくる息に対して抵抗があり、その摩擦が音になっているからです。
ほとんど音がしなくても、息はちゃんと入ってきます。
結局、「吸おう」とする努力が「吸えてない」結果をもたらしています。
これは、「もっとする」「もっと頑張る」ことで解決されますか?
されませんよね。そもそも、問題が「やりすぎ」で起きていますから。
吹きたいフレーズや音を考えながら、楽器を持ち上げてみてください。
よく観察してみると、持ち上げる動作に同調して、空気が入ってきています。
そのまま吹いてみてください。
その結果をよく観察してみてください。
吹く前から、あるいは吹く最中にきっと間違っているあるいはなんかオカシイ、なんか変と感じるでしょう。
しかし、音はどうでしたか?吹く事の効率はどうでしたか?よりラクに吹けましたか?努力する場所が変わっていますか?
結果の判定に、「感じ」ではなく幅広い客観的な情報を使ってください。
ホルン演奏なら、目的は音です。
音はどうでしたか?よく聴いてみてください。
より響いていたなら、よりイメージに近いなら、それはそのやり方が良かったということです。
また、演奏にどれぐらいの努力が必要でしたか?
似たような音の結果でも、その結果を生む過程がよりラクだったなら、もっと力が抜けていたなら、それはそのやり方がもっと効率的で自然だったという事です。
長くなりましたが、ここまで書いてきたことは結局、演奏という行為をより意識的に行なう事だ、とも言えるかもしれません。
『舌骨筋群』ー管楽器奏者のためのBodyThinking4ー
管楽器奏者のためのBodyThinkingパイロット版。 稿ごとに、身体のさまざまな部位や骨、構造、筋肉、仕組みを一つ例にとって、演奏に役立つ考え方を紹介していきます。 第五回は『舌骨筋群』。 図はこちら。 このように舌骨から各部につながる筋肉たちです。 新・動きの解剖学より このように舌骨から頭、顎、舌、さらには肩甲骨とも筋肉のつながりがあります。 この図を見て、演奏に活かせるアイデアは何でしょう。 ①タンギングやブレスコントロールに、しかもアンブシュアにも頭や腕は無視できない! 舌骨は、字の通り舌が根付く筋肉です。 ということは、この舌骨の位置や動きが、舌に直接関係していて影響を与えているのは、想像に難くないと思います。 管楽器奏者は、舌のことは、かなり気付くと気付かざると意識しているものです。 タンギングについて悩んだり考えたり取り組んだ経験のあるひと。 ブレスコントロールと舌の関係を考えたことがある人。 あるいは、舌は空気の通り道を形づくってもいますから、「喉を開ける」ことを意識していると、多くの場合は実は舌の感覚が「喉を開ける」感覚としてとらえられているケースもあります。 (参照:拙ブログ「ベロの力み」) その意識されまくっている「舌」の根元である舌骨は、なんと頭や顎先とつながっているのが図を見ると分かりますね! そしてさらにびっくりなのは、舌骨はずっと後ろにある肩甲骨ともつながっているんです! 僕はこれに気がついたとき、衝撃を受けましたよ?。 はじめて、「身体全体を考えておく意義」を感じました。 タンギングという管楽器演奏上、重要なテクニックにおいてすら、頭や腕との関係が無視できないことが分かります。それが現実なのです! 肩甲骨は、腕の後ろのベースです。 頭は7?8キロの重さがあり、身体全体の動きの質とバランスに決定的な役割を持ちます。 (参照:拙ブログ『頭と脊椎』アレクサンダー・テクニーク7つの原理より) 頭ー舌骨ー肩甲骨でつながっているうえに、 舌骨ー顎先もつながっています。これは舌骨や舌もアンブシュアの形成や働きと大いに関係しているということです。 さらに、舌骨ー胸骨もつながっているのが分かります。 胸骨は全ての肋骨の係留地点のようなもので、呼吸と直接関係しています。 これで 「頭ー舌骨ー顎ー舌骨ー肩甲骨ー舌骨ー胸骨」という放射的な相互のつながりが見えてきま…