唇の赤い部分で吹いても大丈夫ーその2ー

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David Wilken氏 のウェブサイトより、記事「Playing On the Red Is Fine (Redux)」(原文こちら)の翻訳です。
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よく読まれている記事「唇の赤いところで吹いても大丈夫」で、わたし(注:Wilken)は、多くの金管楽器指導者の間で普遍的に見られる、「マウスピースのリムが唇の赤い部分に当たるのは悪いことだ」という信念の誤りを指摘しようと試みたが、それがあまりうまくできていない面があった。



今回の記事ではより明確な立論と指摘を試みる。



【記事の目的】

この話に深く立ち入りすぎる前に、わたしが「マウスピースのリムが上下の唇のどちらかの赤い部分に当たるようなセッティングを一般的に推奨しているわけではない」ということを述べておくは重要だろう。

わたしはそうではなく、唇の赤い部分にリムが当たるセッティングを避けるべきだとする考えが、誤った論理と唇の解剖学的事実そしてアンブシュアの形成と機能に関する誤解に基づいていることのみを指摘する。



【当たる位置は個人個人で特有のものである】

金管楽器を演奏する大半のひとは、マウスピースのリムが唇の赤い部分に当たるほど高い/低いポジションにマウスピースをセットすることが望ましい解剖学的特徴は持っていない。

しかし、一部のひとはそれこそが望ましく、そういうひとにとってはマウスピースの位置を赤いところからずらしてしまうことはアンブシュアに多大なる悪影響をもたらす可能性がある。

これは、赤いところに当たるべきでない解剖学的特徴を持つひとに、赤いところに当たるようなセッティングに変更させるのも同じように悪影響がある。

マウスピースの当たるべき位置というのは個人個人で特有のものであり、ケースバイケースを基本として取りあつかわれるべき事柄である。



【3つの根拠を検証】

マウスピースのリムが上下どちらかの唇の赤い部分に当たるような当て方をすべきでないとする考えには、主に3種類の根拠がある。

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①有名な奏者または指導者がそう言ったから

②唇の赤い部分は繊細でダメージを受けやすいものだから

③メカニカルに誤っており、赤い部分に当たらない/当たる量が少ないセッティングほどうまくいかないから
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一つ一つ検証しよう。


〜有名な奏者または指導者がそう言った〜

わたしがこうして、伝統的で一般的に思える金管の指導法に反する意見を述べることに、これを読んでいるあなたが疑問を感じるのであればそれは良いことだ。

わたしは常々、金管指導法やメカニクスに関して知られていることをただ学ぶだけでなく、それがどのようにして知られるようになったかを理解することに時間を取ることを推奨している。

マウスピースのリムが唇の赤い部分に当たるセッティングを積極的に否定しやめさせようとする人は簡単に見つかるが、なぜそれを勧めているのかを理解することは容易ではない。

この人たちは②や③を論拠にしている人も多いが、そのうちあまりのも多くが証拠もなく単純に主張している。

この議論で肝心なのは、どのような意見もその意見を述べているひとがどれぐらい有名かによって価値付けて額面通り受け取ることはできないということである。誰が述べているかではなく、述べている中身の証拠を見る必要があるのだ。証拠なく述べられていることは、反証なく退けることができるのである。


〜唇の解剖学〜

金管楽器の分野において書かれたものの中には、唇の解剖学や組織について誤った情報や誤解が非常に多い。

ひとつその例を挙げる:

“適切に働くためには、マウスピースの内側のエッジは筋肉によって支えられた組織に当てられねばならないが、唇はそれ単体では正常なアンブシュアを支えることができないような脂肪組織で成り立っている。”
-Frank Campos, Trumpet Technique, 2005


上記の Campos のもののように、このような言及を分析するにあたって困難をきたす原因のひとつは、医学分野の文献は唇を精密に定義している(鼻から顎先まで広がっていると定義されている)のに対して、金管楽器分野の著者の多くは唇の赤い部分のみを唇と定義して「唇」という語を用いているところにある。

「唇」という語が Campos の言及において正確にはどのような意味で用いられているかとは関係なく、それにしてもCamposの述べていることは明白に誤りである。

赤い部分を含み、唇全体はその内部において口輪筋という筋肉によって組成されている。したがって、赤い部分の下にも筋肉があるのは確固たる事実なのだ。

そのため、唇の赤い部分を参考情報として書き込んである図は誤解につながりやすいため、注意するとよい。

下記のように、唇の筋肉を表す図として表面の赤い部分は除外して示した図もあるので、そちらを参照するとよいだろう。




【表皮の違いを根拠にすることの誤り】

もうひとつ、さほど頻繁ではないにしても接することのある誤りは、唇の赤い部分の表皮が、それ以外の部分の通常の表皮に比べて薄いため緩衝材としての働きが弱い、従って赤い部分にマウスピースを当てるべきでないとする考え方だ。


“「唇には細胞膜層が3~5層がある一方で、赤い部分と白い部境目は16層ある」(− 匿名のコメント者)”


このコメントは匿名であったとともに、この意見の根拠となる参考文献や情報源を示していないため、このコメントの正当性について私から言えることは無いのだが、もっともらしいものではある。

唇の赤い部分がなぜ、表皮が薄くいと赤く見えるかというと、それはその部分の血管を流れる血液の色が透けて見えるからである。

議論を前に進めるために、ひとまずこれを事実として受け入れることにしよう。しかしそれでも、表皮が薄いことがマウスピースのリムを当てるべきでないとする説得力ある理由になるとは思えない。

大学図書館に行かなくても、インターネットで検索するだけでも見るけることができる評価の高いソースによると(こちら✳︎英語です✳︎)、そこにはこう述べられている。


“表皮の厚さは、皮膚の種類による異なる。
瞼の表皮はわずか 0.05mm、
対照的に足の皮膚は 1.5mm である”



では、唇の表皮はどうだろう?

インターネットで分かる情報では確かなことは述べづらいが、ウィキペディアによると(ウィキペディアを参照するときは、鵜呑みにするのは保留したほうがよい)


“人間の皮膚の細胞の平均的な直径は30ミクロンであるが、一定ではない。皮膚の細胞は通常、さまざまな要因によって25~40平方ミクロンの大きさの多様性がある”


ここでは、平均30ミクロンという情報を用いて、唇の赤い部分と唇のそのほかの部分の厚みを計算して比較してみよう。

赤い部分は4層だとすると、厚さは120ミクロンになる。

それ以外の部分が16層だと、厚みは480ミクロン。

両者の差は360ミクロンであり、これは0.36ミリのちがいだ。

人間の毛髪は太くて181ミクロンと言われているので、唇の赤い部分とそれ以外の部分の表皮の厚みのちがいは髪の毛2本分ほどということになる。

マウスピースからアンブシュアに対して用いられる圧力の強さから考えて、髪の毛2本分のちがいに、衝撃や圧力を吸収するための緩衝材的効果に有意なちがいがあるとは私は思えない。

そもそも緩衝材の役割は表皮ではなく表皮の下の筋肉が果たすものだ。



【赤い部分はとくに繊細ではない】

ここまで見てきたように、唇の赤い部分が特段マウスピースの圧力に対して繊細でダメージを受けやすいとする根拠に十分なものは挙がっていない。

それが即ち、赤い部分が繊細でダメージを受けやすいものではない、ということを意味するものではない

このあたりのことを理解するために、わたしは2012年ごろに音楽分野・医療分野ともに文献を調べていった。唇の怪我が、赤い部分においての方がそのほかの部分よりたくさん発生していることを示唆するような情報がないか、あるいは医療の専門家でそう述べている例はないか調べたのだ。

大半の金管楽器奏者は、唇の赤い部分にマウスピースのリムがたくさん当たるような当てかたをしていない一方で、金管楽器奏者の全員が、ある程度はマウスピースのリムが唇の赤い部分に当たっている。

したがって、もし唇の赤い部分がほかの部分に比べ怪我をする脆弱性が高いのだとしたら、医療分野の文献にはきっと金管楽器演奏に伴う唇の怪我の事例において赤い部分の怪我が多く記録されているか、少なくともそういうことが示唆されているはずだろう、と考えたわけだ。

しかし、結果として、赤い部分の怪我に関する言及は非常に稀であった。

マウスピースのリムが当たっている箇所の、金管楽器演奏を原因とする唇の怪我は、赤い部分と関係なく起きているのだ。

調べたところ、上唇の方が(赤い部分に限らず唇全体)下唇より怪我をしやすいようであった。それ故に、上唇をマウスピースで「掘る」ようなプレスをするより、マウスピースの「重さ」を比較的下唇にかけておくように、という指導や助言が生まれるのであろう。

怪我は、唇の赤い部分の表面や内部にも起きるが、もしかしたら赤い部分の外側の方が頻繁に起きているのかもしれない。そしてそれはもしそうだとしても驚きではない。リムが上唇の赤い部分より上に当たる当てかたの奏者の方が多いからだ。

また、リムの当たらない場所において起きる怪我も現実に存在する。



-Papsin, B.C., Maaske, L.A., & McGrail, J.S. (1996). Orbicularis oris muscle injury in brass players. Laryngoscope 106, 757-760.


また、唇の赤い部分は唇のほかの部分と比べて怪我しやすいということは一切ない、と断言している文献もあった。

「The Clarinet」誌に記事を掲載している、H.L.ウィルソン医師である。彼はクラリネットのアンブシュアに関連して唇の赤い部分についてこう述べている。


“…まとめると、唇の赤い部分は圧力を十分に問題なく受け止めるものである“
-Wilson, H.L. (2000). Lips. The Clarinet, 27(4), 38-39.


もちろん、クラリネットのアンブシュアのメカニクスは金管楽器のそれとは異なっている。しかしこういった解剖学的・組織組成学的な専門的見解に触れると、わたしは金管楽器でもマウスピースのリムが唇の赤い部分の当たることはリスクがあるとする解剖学的理由はないという考えにより説得力を感じるのである。



【メカニクス】

ここまで述べてきた解剖学的議論はわたしの専門外である一方で、金管楽器演奏者のアンブシュアメカニクスはまさにわたしの専門そのものである。

わたしが最初に金管楽器演奏者のアンブシュアメカニクスに興味を持ったのは1996年ごろのことだ。

わたしは金管楽器演奏者のアンブシュアタイプと、それが容易観察できる物理的特徴とタイプとの関連性についての独自研究に関する論文を書いた。その博士課程研究を2000年に完了した後、わたしは金管楽器演奏者のアンブシュアに関するリソースを業界誌や学問誌に写真やビデオとともに出版したり提供したりしてきた。それには、100名を超える奏者のアンブシュアが収められ、その奏者たちは初心者、大学生、プロ奏者、大学教授からアマチュア奏者まで網羅しており、5つの異なる州と6つの大学の奏者たちが含まれている。

わたしはアメリカやヨーロッパの、アンブシュア損傷や怪我の治療に携わる理学療法士や医師たちに意見を求められてきており、わたしの書いているものは日本語やイタリア後に翻訳されている。

わたしが進めた調査において、わたしは文献を徹底的に調査してきているため、自慢がましく思われるリスクを冒してでも、金管楽器のアンブシュアメカニクスに関してこの記事やサイトで提供している情報とその文脈に関しては自信があると言いたい。


入念な前置きはここまでとして、述べたいことは下記の通りである。


まず第一に、ひとりの奏者の唇の赤い部分の大きさや形と、その奏者のアンブシュアのテクニックには関連性は見受けられない。
唇の赤い部分がどのように振動するかということに、唇のその他の部分がどうなっているかということに関係は見当たらないのだ。

そのことを示す研究として、

・見た目上の真ん中の位置にマウスピースを当てることが多くのひとにとって非効率的な奏法をもたらすこと

・34名のテストケースを分析したうえで示された金管楽器の三つのアンブシュアタイプ(リンク)に妥当性があること

・それぞれのアンブシュアタイプの息の流れる方向とアンブシュア動作はその奏者固有のマウスピースを当てる位置によって決まると考えられる証拠が見つかっていること

などを明らかにしているわたしの博士論文でも述べている(概要はこちら/未翻訳http://cardinalscholar.bsu.edu/handle/handle/181980


垂直軸におけるマウスピースの当てる位置には金管楽器奏者において幅広い多様性があり(こちらの動画でも確認できるhttp://www.wilktone.com/?p=83/)、その多様性に含まれる少数派としてマウスピースのリムがたくさん上下の唇のどちらかの赤い部分に当たるほど高い、または低い当て方があるのである。

また、唇の赤い部分の幅の広さも奏者ごとのちがいが大きく多様であり、それに加えてリムの大きさも多様である。

これらの事実に加え、唇の赤い部分の表皮と通常の皮膚のちがいをどう考えるかは任意のものでありしかも多くの異なる考えようがあることを考慮すると、マウスピースをどこに当てるかという問題を唇の赤い部分との関連で見出そうとすることはあまり意味がないとわたしは考えるのである。

その一方で、マウスピースを非常に高く、あるいは低く当てることがメカニカルに正しくないことなのかどうかは、考慮することができる。

マウスピーが口に対して当たる高さという特徴は、大半の人がおおよそ真ん中周辺に収まるのに対して、やはりこれも非常に高いひと低いひとまで多様な位置がある。

歯や歯茎の形といったアンブシュアに対して支えを成す構造などのように、個々人のマウスピースの当たる位置に影響を与える解剖学的特徴は数多くあるが、マウスピースが当たる垂直軸上の高さに最も強く関係する特徴は、「歯と歯茎の長さに対する唇の長さ」であると考える。また、上下の唇の互いに対する形と長さも関係している可能性がある。

奏者の唇が短いほど、その奏者はマウスピースを唇に対してより低い位置に置く傾向があるように見受けられる。


下記の写真のように、わたしの上唇は上の歯と歯茎に対して非常に短い。



そんなわたしの場合、アンブシュアを作るときに、上唇が上の歯の前歯をカバーするためには上唇をかなり下方向に引っ張る必要がある。

そのため、マウスピースの中の上唇で自由に振動することのできる量が単純に少なくなっているのだ。


振動している金管楽器奏者のアンブシュアというのは、オーボエのリードよりかはクラリネットのリードに近い作用をしている。マウスピースの中で上下どちらかの唇の方が割合が高く、そちらが振動の主なエリアなのだ。

もう一方の唇も協力して振動するが、それはどちらかといえばクラリネットのリードに対するマウスピースのような役割を果たしている。このことは、 ロイド・レノ氏の記録した映像でも容易に見ることができる(こちら

わたしや、その他の相対的少数の金管楽器奏者にとっては、これくらい低い位置にマウスピースを当てないと、まったくうまくいかないのだ。

大半の人にとっては、こう当て方で演奏するのは難しすぎるが、そのひとたちはわたしのように非常に短い上唇を持っているわけではない。

わたしは長い間、もっと一般的な見た目のマウスピースの当て方で演奏しようと試みた。ごく初心者のときに、マウスピースをなるべく真ん中に当て、上唇をなるべく多くマウスピースの中に入れるように教わったため、実に20代の半ばまでそうやって演奏した。

わたしの個人的経験として言えることは、わたしはこのマウスピースを真ん中に当てる奏法でまあまあ演奏はできたが(音楽専攻の学位を2つ取得し、トロンボーン演奏の博士課程に入学することはできるくらいに)、下記の写真のようにもっと低い位置に変えるという修正を施すまでは、高いレベルで演奏をするための音域の広さと耐久力を持ち合わせていなかった。





このようなアンブシュアタイプはもっと一般的な見た目のタイプほどよく見られるものではないが、おそらく金管楽器奏者の10%ほどは同じようなタイプであろう。



【まとめ】

多くの金管楽器奏者や指導者の感じ方とは異なり、その当て方がその奏者の解剖学的特徴に合っているならば、「マウスピースのリムが唇の赤い部分にたくさん当たる当て方は怪我やメカニカルな問題のリスクを高める」という意見には、解剖学的な理由やメカニカルな根拠は見受けられない。

個々人の解剖学的特徴というのは非常に多様であり、ほんの少しでも経験則的なルールを持ち込むことすら、それは人為的でありひどい場合には個々の奏者にとってメカニカルに非効率な奏法をさせることにつながりかねない。そしてそれこそが、いくら一般的な見た目であっても怪我のリスクを高めるのである。

わたしの意見としては、唇の赤い部分を金管楽器のアンブシュアを判断したり問題解決したりするための要因として用いることこそが誤りだと考える。

唇の赤い部分から判断しようとするより、普遍的に存在する基本的な金管楽器のアンブシュアの諸タイプとそれらがどう機能するかについて十分な理解を身につける方がはるかによい。また、同じアンブシュアタイプに属する奏者同士ですらも金管楽器奏者のアンブシュアは個々に異なり多様である。

もっともな証拠と論拠を示してくれるまでは、マウスピースのリムが唇の赤い部分に当たるべきでないと強調する指導者たちからの指示は、無視して問題ないと言えるだろう。


ー了ー

この記事を書いた David Wilken 氏関連の日本語記事一覧はこちら




6 thoughts on “唇の赤い部分で吹いても大丈夫ーその2ー

  1. いわゆる粘膜奏法についてですが粘膜奏法が必ず悪とは限らない事には同意しますが実際の指導の中で99パーセントの生徒は粘膜奏法が悪影響を及ぼしています。
    粘膜奏法は若い奏者は油断すると陥りやすい奏法なので基本的に粘膜奏法はダメという概念で指導した方が相対的には圧倒的に良い奏法を身につける確率が上がります。
    そして昔に比べて粘膜奏法の悩みを相談される事が増えています。
    楽器を初めて最初の指導で粘膜奏法にならないように指導してほしいと本気で思います。
    これは多くの指導者が頭を悩ませる問題です。
    1パーセントにも満たないであろう粘膜奏法に適した奏者を取り上げて粘膜奏法でも大丈夫というのは非常に危険な表現で実際に演奏活動をして実際に指導している身からするととても困る記事です。
    粘膜奏法でも問題ないですよと言えば生徒は安心するかもしれません。
    しかし現実問題として粘膜奏法で素晴らしい演奏ができている奏者はプロもアマチュアも含めて割合は極めて低いです。
    一度粘膜奏法を覚えると修正は極めて困難です。
    この記事は正しく奏法を学べば素晴らしい演奏ができる可能性のある子供を粘膜奏法に導く可能性があるので問題があると思います。

    これについてどの様にお考えですか?

    • トランペッターさん

      まず、粘膜奏法の定義というのが曖昧です。

      この記事の原著者やアンブシュアメカニクスの研究者たちは、粘膜奏法を「唇をめくり出した内側の部分にマウスピースのリムをセットして演奏すること」としており、それはごくごく例外を除いて、現代的奏法としては問題が多いとしています。

      一方、唇の赤い部分にリムが収まることは、この記事でも具体的論拠を以って述べられている通り、唇の白い部分と赤い部分に解剖学的にもメカニクス的にもちがいがあるという具体的証拠はなく、いわゆる粘膜奏法には当たりません。したがってその定義で言いますとこの記事は粘膜奏法を大丈夫と言っているのではありません。

      そして、トランペッターさまは1パーセントと仰っていますが、記事では「上唇の赤い部分にリムが収まる当て方」を「10%」ほどと述べられています。原著者はきちんと統計調査をされている方ですから、下唇の赤い部分にリムが収まる方を入れると、10%を超えるのではないでしょうか。

      また、ちゃんと読んでいただいていれば分かるはずですが、この記事の原著者はその当て方を推奨しているものではなく、解剖学的特徴からそのような当て方になる場合に関してそれを誤解や無知にもとづいて変えようとしてしまうことを予防することにあります。

      トランペッターさまが仰っているのが、「唇のまくり出した内側にマウスピースをセットすること」であれば、仰っていることは当たっている(1%に満たないかどうかというのは統計しないと分からないですが)、「唇の赤い部分にリムが収まるセットの仕方」に関しても同様にお考えなのであれば、それはトランペッターさまの個人的感想であって、わたしはこの記事の原著者が具体的論拠を挙げて論証されている内容を信用します。


      トランペッターさまはご自身の指導経験に基づき仰っているので、わたしもわたし自身の指導経験でいえば「唇のまくり出した内側へのセット」に関してはわたしも修正を試み、実際修正したほうが良いと感じることが多いです。

      ただ、修正が極めて困難とは感じていません。何年もやっている人でも、アンブシュアタイプなどの理解に基づいてうまく指導すれば、慣れるのにかなり時間はかかるとしても結果や感触が良くなることが多いので本人も喜んだり前向きになることがわたしの経験上では多いです。

      同様に指導経験からいえば、原著者の言う「赤い部分に収まる吹き方」に関しては記事の原著者同様の考えを指導経験に照らし合わせても持っています。

      そして、この記事は誤解と曖昧な定義に基づき粘膜奏法と判定されて間違った矯正を施されてしまう可能性のある子供を救いこそすれ、粘膜奏法(=唇のまくり出し奏法)に導くものではないと考えます。唇をめくり出してセットすることと、赤い部分に収まる当て方の区別を理解していれば。

      ひとまず以上です。

      Basil

  2. 返信をありがとうございます。

    まず私がこの記事と言っているのはタイトルも含めて言っていることをご理解頂けたらと思います。
    唇の赤い部分で吹いても大丈夫
    ではないと思います。
    少なくとも大部分の方は大丈夫ではありません。
    これは誤解を産みかねないタイトルかと思います。

    また私の説明不足かもしれませんが1パーセントにも満たないと言ったのは粘膜奏法、これは定義が曖昧でしたでしょうか、唇の赤い部分にマウスピースが収まって演奏している奏法でうまく演奏できている人の割合は全トランペット奏者の1パーセントに満たないと言っています。

    また、アンプシュア矯正が大変ではないとのお考えのようですが現実私の周りではアンプシュア矯正で困る事が多いとの意見は多いです。
    それを指導力不足と定義するのかどうかは非常に難しい問題です。
    楽器の指導は指導専門の方と演奏専門で指導もやる方とわかれると思うのですが演奏家が指導する場合、自分の実体験から指導する場合が多いので感覚に頼る場合が多いと思います。
    感覚から奏法が作られる。
    これはアレクサンダーテクニークにも通ずると思います。(アレクサンダーテクニークのレッスンも何度も受けました)
    ただし多少の制約があり私の場合は唯一の制約が
    マウスピースのリムが唇の赤い部分に収まらないように吹きましょう
    です。
    なのでこの記事は受け流せませんでした。

    たぶん私の周りの多くの演奏家との意見の食い違いは『どのレベルの演奏を良しとするか』という部分で決定的に違うかもしれません。
    例えば部活で自分自身が納得できる演奏がゴールであるならばアンプシュア矯正も難しくないでしょうし唇の赤い部分にマウスピースが収まっていてもなんとかなるかもしれません。
    しかし現実にプロフェッショナルの現場ではその奏法でプロフェッショナルクオリティーに達している演奏家は1パーセントいません。実際にはたぶん、もっと少ないと思いますが、、、
    という事は仮に10%唇の赤い部分にマウスピースが収まる奏法の生徒がいるのだとしたら少なくとも9割の確率でその人にとって間違った奏法という事になります。

    この先はもはや考え方の話になるかと思いますのでなんとも言えないのですがこのタイトルを見てもし内容をあまり読まない子供がいたらどうでしょうか?
    そういう誤解を与えかねないという意味では問題があると思います。

    ちなみに唇の赤い部分にマウスピースが収まる奏法は合奏などで無理やり高い音を吹かされる、最初に焦って音を無理やり出そうとする、という原因が殆どで正しくスタートして唇の赤い部分に自然にマウスピースが治る事はかなり稀だと思っています。
    マウスピースの位置がとても高い、とても低い、事は問題と思いません。
    マウスピースの位置がとても低いが赤い部分に収まらなければ問題は無いと考えています。
    唇の赤い部分に収まる位置にセットする生徒の殆どが粘膜で演奏してしまう為これを粘膜奏法と呼ぶ原因になっていると思います。
    この奏法の問題点は耐久力にあるかと思いますが少なくともトランペットにおいては致命的な問題を引き起こす場合が多いです。
    瞬発的なハイトーンは出るが持久力が無いので曲の中では上手く使えない、コンディションの波が極めて激しい、バテた時には寝るまで回復しない、などは経験上かなりの確率で共通しています。
    願わくばこの事が理解され最初に楽器を吹くときに気をつけるという事が定着してアンプシュアで悩む生徒が減って欲しいと願うばかりです。

    • トランペッターさま

      マウスピースの当て方によって苦労する子供たちのことをすごく考えていらしていることはよく分かりました。
      それはわたしも同じです。でないと、何年もこうしてブログを書いたり翻訳を続けたりしません。

      論点が拡散してしまっているので整理しましょう。

      トランペッターさまが、「唇の赤い部分で吹くこと」を『粘膜奏法』と定義して、それはよくない、と考えていることは分りました。
      記事の趣旨がそこに関することなので、コメントでやり取りする内容もそれに絞りましょう。

      ここに関しては、この記事と、冒頭にリンクされている記事をもう一度よくお読みください。
      具体的に、論拠をあげて「唇の赤い部分で吹いても大丈夫である」とする理由も丁寧に論じてあります。

      記事を読めば分かりますが、みな赤い部分とリムが触れているし、赤い部分は白い部分と大きなちがいはない、とするのが原著者の着眼点です。
      ですから単純にタイトルのことだけを取り出してみても、ミスリーディングではありません。

      http://basilkritzer.jp/archives/5030.html
      http://basilkritzer.jp/archives/7113.html


      9割のひとに当てはまらないことを書いてあるとしても、「どうして1割のひとはその当て方になるか」を考えることは、1割を例外として放っておおいたり、9割に当てはまることを基準に考えた有害で的外れな「矯正」を施してしまうことよりはるかに有意義だと思います。

      そして、これも記事や記事から辿れる諸リンクで読むことのできる記事で論証されていますが、「どうして1割のひとはその当て方になるか」のその原理は、残りの9割のひとと共通していること(=ひとそれぞれの解剖学的特徴から決まってくるアンブシュアのタイプがある)なのです。それはちゃんと読んで頂ければ分かるはず。ですから、少数を理解することで全体への理解を深めるものであり、例外を全体に無理にあてはめているものではないのです。

      記事中にははっきりと、「この当て方を推奨しているわけではない」と述べられているのですから、この記事(とそこから辿れる諸リンク)は、1割のひとにも9割のひとにも、プロにもアマにも指導者にとっても有益な内容でありこそすれ、誤解やミスリードをされやすいような書き方はされていません。わたしははっきりそう考えます。

      その当て方だと高いレベルで演奏できるひとは1%にも満たない、とおっしゃいますが、まず1%未満というのは統計とを取らないとそれこそミスリードだと思いますが、仮にその当て方をするひとで高いレベルで演奏できるひとが10%より少なくなってしまっているとすれば、その当て方の問題ではなく、その当て方がベストである10%以上のひとの教え方導き方が理解されていないことによるものではないか、というのが、そういう当て方で 一線級のプロ奏者になった原著者の考え方です。わたしも経験上そして価値観としてそれに同意する部分が多いです。

      ですから再三申し上げておりますが、この記事は誤解の危険があるものではなく、むしろこの問題に限らずに少数派的な悩みを抱えているひと全てに直接的役立ち、かつその少数と残りの多数のちがいを生み出す、共通の原理は何なのかを描き出そうとする点に置いて多数派的な奏者・指導者に役立つ内容であると自信を持って考えております。だからこそ、2週間もかけて翻訳しました

      Basil Kritzer

  3. 再度ご返信をありがとうございます。

    どうも理論と理想論で論じられてしまい実際に音からくる結果が置き去りになっているように思えてならないのですがとりあえず論点を絞るとの事ですのでまずはこの理論からですが

    例えば、赤い部分と白い部分は最大髪の毛2本分の厚みの違いしかないので影響はないと論じていますがここがそもそも間違っているというのが私の意見です。
    少なくともトランペットにおいては、例えばマウスピースの感触でもメッキ1つの厚みでも変化を感じます。
    なので髪の毛2本分厚みが違うとするならばもはや全く違うと言えるレベルと考えられると思います。

    という事で私はこの理論は少なくともトランペットには当てはまらないと信じます。

    バジル先生はこの理論を信じるという事で何を信じるかは個人の自由で良いと思います。
    ただ、タイトルに関しては考えて頂きたいと思います。
    例えば、楽器をスタートした生徒がいたとして、粘膜で吹くと音が出るがいわゆる伝統的な奏法だと音が出ない生徒がいたとして悩んでいたとします。
    その生徒がこのタイトルを見たらどうでしょうか?
    唇の赤い部分に当てて吹いても良いんだ
    と誤解する事はあり得ます。
    楽器をスタートしたばかりの生徒が解剖学的な事を読み理解するとは思えません。
    正確には
    『唇の赤い部分に当てて吹いても大丈夫な場合もある』
    が限界かと思います。
    統計をとって理論があるから大丈夫という理論は少々乱暴ではないでしょうか。

    • トランペッターさん

      ひとつ、原著の論証内容に関して具体的な反論とお考えを読むことができて有意義でした。

      ひとつの演奏会で大きさや形の異なるマウスピースで演奏することが普通にできているたくさんの事例や、
      わたし自身の演奏そして指導経験から、わたし自身は、髪の毛2本分の差によってそこまで根本的に変わるとは思えません。
      もう少し正確に言えば、感覚的に大きな差を感じることはあっても、演奏のメカニクスや機能が変わるとは思えません。

      ですから、やはりこの論証内容にまだわたしは同意します。


      タイトルに関してですが、やはりトランペッターさまこそが、まだ誤解されています。
      よく読んでください。

      その1の記事では、「多くのひとが多かれ少なかれ唇の赤い部分で吹いている」ということが具体的に写真も用いて論証されています。
      ですから、内容とタイトルは一致しているのです。

      トランペッターさんがおっしゃっているのは「唇の赤い部分にマウスピースのリムが収まる当て方」の話です。
      これは、記事でもはっきりと「少ない(が、それが正しい当て方のひとは少なくとも10%いる」と述べられているし、それを推奨しているわけでもないと冒頭に述べられています。
      だから、「唇の赤い部分にマウスピースのリムが収まる当て方でも大丈夫」というタイトルにはなっていないのです。

      また、タイトルは原著の通りです。原著の内容にわたしは納得し、価値があり、誤解を生む可能性より誤解や思い込みを正す可能性のほうがはるかに高いと判断したから翻訳しています。

      『唇の赤い部分に当てて吹いても大丈夫な場合もある』と書いたところで、『唇の赤い部分に当てて吹いても大丈夫』と誤解される可能性に有意な差があるとは思えません。その発想で行ってしまうと、『唇の赤い部分に当てて吹いても大丈夫な場合もある』と書いても、こんどは、「いや!そんな特殊例をタイトルに書くな!誤解される」とか言い出すひとが出てくるだけじゃないですか。言い出せばキリのないところです。

      それに常識的に考えて、記事内容と一致し煽りを狙ってもいない普通のタイトルに関して、そのタイトルを読んで誤解される可能性、というところまで著者や訳者が責任を持てるとは思いません。
      それはリテラシーといって、読み手の責任です。

      正直、タイトルを変えるべきなどというのは無用な突っ掛かりに感じます。
      不愉快なのでこの記事にこれ以上のコメントはご遠慮ください。

      Basil Kritzer

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