下唇の割合が多く息が上向きの奏者の、低音域の練習法

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アメリカのトロンボーン奏者で、金管奏者のアンブシュアを詳細に研究している David Wilken 氏のウェブサイトより、記事『下唇の割合が多い低位置タイプの、低音域の練習法』(Embouchure Questions – Lower Register For Low Placement Type)を翻訳しました。


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下唇優位の奏者が低音域に取り組む方法
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以前、このような質問を頂いた。

『ホルンの生徒に、マウスピースの中の下唇の割合が多い生徒がいるのだが、彼は低音域に移行するときにマウスピースの位置を変えてマウスピースの中の上唇の割合が多くなるようにしている。

彼は彼にとっての「通常」のアンブシュアのまま全音域を演奏するようにしたほうが有益だろうか?』



また別のひとから

『わたしはトランペットを演奏するときはそうやって(下唇の割合が多いセッティングで)演奏するのだけれども、メロフォンを演奏するときはそのセッティングを変えなければならない。そうしないと低音がなかなか出せないからだ。わたしの先生は、トランペットを吹くときのわたしのアンブシュアは悪くて、アンブシュアを変えなければならない、と言うんだけれども、そう思うか?』

というような質問も頂いた。


まず第一に、直接そのひとが演奏しているところを見ないことには、その奏者のアンブシュアが正しいかどうか言うことができない。

とは言いつつも、わたしが見てきたケースでは、最初から自然に下唇の割合が高くて息が上方向に出るアンブシュアで演奏していたひとは一例の例外もなく全てのひとが、そのアンブシュアがそのひとにとっては最適であった。

こういった、下唇の割合がマウスピースの中で高くて息が上方向に出る奏者の身体的特徴の組み合わせの何かが、マウスピースの位置を上に移動させて息が下向きに流れるようなやり方に変えて演奏することも一応可能にさせるようである。

しかしながら逆に、もとから息が下向きに流れるアンブシュアタイプ2種類のうちのいずれかに該当する奏者は、息が上向きに流れるアンブシュアで演奏を機能させることが全くできないようだ。


低位置タイプのトロンボーン奏者が High Bbを演奏する写真
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低位置タイプのトロンボーン奏者が Low Bbを演奏する写真
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【下唇優位な奏者の傾向】

もともと、マウスピースの中の下唇の割合が高くて息が上向きに出るアンブシュアの持ち主は最大でも15%しかおらず、もしかしたらもっと少ないかもしれないということの性質上、上唇のほうが優位で息が下向きに流れる奏法を持つ指導者たちは、下唇優位の低位置タイプのアンブシュアは間違っておりマウスピースの位置を上げてアンブシュアを「矯正」する必要があると誤って思い込んでしまいがちである。


金管奏者のアンブシュアは個々に独自である一方、低位置タイプのアンブシュアを持つ奏者にはいくつかの傾向がある。

傾向1:
正しく取り組めば、低位置タイプ(下唇優位)の奏者やちは高域がかなり強靭になる。

傾向2:
その一方、低音域の音量と柔軟性に困難を経験する。

傾向3:
その妥協の産物として、マウスピースの位置を上げて上唇優位のアンブシュアに変えてしまうか、そこまでいかなくてもマウスピースの位置を真ん中に近づける



【低位置タイプの特徴と強み】

わたしが好んで使う比喩なのだが、この低位置タイプのアンブシュアに属する奏者というのは、「荒馬のような車」のような面があるのだ。

荒馬のような車というのは、信号待ちしている間は積んでいるエンジンは動きがすごく荒々しく、車体がガタガタ揺れるのだが、一旦高速道路に乗ればどんどんスピードを上げ、非常にスムーズにスイスイ走行していくような車だ。

それと似て、低位置タイプの奏者によっては、高音域は素晴らしく機能するが、アンブシュアの協調性を低音域にも敷衍させていく取り組みにとても苦労するのだ。


そういった奏者は低音域を強化しようとしてマウスピースの位置を変えてしまってはいけない。高音域で発揮している素晴らしい唇の圧縮能力を失ってしまうからだ。

低音域が演奏しやすい新しい位置に慣れさえすれば筋肉も適応して高音域の強さが戻って来るだろう、と思っている方もいるかもしれないが、実際にはそうならない。

こういった奏者に望ましいのは、高音域がうまくいっているその同じアンブシュアをどう低音域に持ち込んでいくかを学ぶことだ。



【ウォームアップ】

まず第一に、こういった奏者は他の多くの奏者に比べて高い音から吹き始めた方がウォームアップが全体的にうまくいくことを経験する可能性がある。

低位置タイプの奏者のひとりとして、個人的にわたしはチューニングBbの上のFか、時にはさらにその上のハイBbをその日一番最初に鳴らす音として始める。(わたしはトロンボーン奏者である)

トランペット奏者も同じく実音のFかハイBb。チューバ奏者はF、ホルン奏者ならFかE(いずれもチューニングBbより上)、場合によってはハイCが良いこともあるだろう。


楽器の経験が浅い奏者なら、これより少し低いところから始めるとよいかもしれないが、それでも低音域から吹き始めるのは避けるとよいだろう。



【低音域の取り組み方】

中音域の高音寄りや高音域がアンブシュア的に「基準」と感じられる感覚をいったん作れたら、そこから段階的に低音域に取り組んでよいだろう。

高めの音から発音して、息継ぎせずに一息で低音域に降りてくるように練習する。息継ぎするときにマウスピースを置きなおしたり位置を変えたりしてしまうのを避けるためだ。

もしそのとき取り組んでいるエクササイズの音型が息継ぎを必要とするなら、マウスピースを唇に対して同じ位置に置いたまま、鼻から息をするようにしよう。

はじめは、低音域に下がってくるにつれて音が静かに細くなっていくままにしておくべきだ。

アンブシュアの形を崩すのは避け、顎はまったく落とさないようにしておくよう努力しよう。

長い目で見ると、こういうやり方で練習することが、低音に下がってくるために唇で必要な作業が何なのかを見つけ出すことにつながる。(もちろん、唇だけでなく舌のアーチや呼吸についてもわかってくる。)そうすると、音はその後でオープンになって良くなってくる。



【アンブシュア動作とベルの角度】

唇を圧縮させたまま音を下がってくることを学んで身につけるうえでひとつ、とても役立つかもしれないことがある。

それは、その奏者自身にとってのアンブシュア動作がどうなっているかを理解することだ。

アンブシュア動作の量と、動きの軸の傾きの度合いは個々人によって異なるが、低位置タイプのアンブシュアを持つ奏者は共通して、音を下がってくるときにマウスピースと唇を一緒に鼻の方へ押し上げる動きを用いる。

この動きをやりすぎる傾向があるので、低音域に下がってくるときにこの押し上げの動作をやりすぎないよう注意しよう。


場合によっては、低音域に下がってくるにつれてマウスパイプやベルの角度を若干変えることになるかもしれない。それは人によっては左右どちらかに向くかもしれないし、少し下向きかもしれない(若干上向きということもあるかもしれないが、どうもそれはより稀なようだ)。


こういったアンブシュア動作とマウスパイプ/ベルの角度を確認する方法としてひとつあるのが、次のようなものである。

①中音域のある音を選ぶ

②その音から発音して、1オクターブスラーで上がる

③そのときの角度の変化を把握する。

④同じスタート音から、こんどは1オクターブスラーで下がる。

⑤そのときの角度の変え方を、1オクターブ上がったときの逆回しとなるべく同一になるよう努力する

これには落とし穴も在りえて、角度の把握に誤りがあると、むしろ悪影響をもたらしかねないので、願わくばこういったことをよく理解している指導者の監督のもと取り組む方が良いだろう。



【あくまで高音域を基本に】
ここまで述べてきたような取り組み方で低音域の音を充実させていくには、時間を必要とする。しかし、結局はこれが他のやり方より良いとわたしは感じている。

低音域がうまくいくようなアンブシュアに変えて、そこから徐々に高音域を開拓し鍛えていくようなアプローチは、低位置タイプの奏者にはうまくいかないのだ。

それどころか、奏者を混乱させ、害を与えてしまいうる。

マウスピースの中の下唇の割合が高くて息が上向きに流れる奏者は多くの場合他の奏者より低音域に困難を経験するのではあるが、それでもバストロンボーン奏者として活躍できるくらい低音域を発達させることもできるのだ。Russell McKinneyやBlaire Bollingerなどがその例である。わたしの先生であるダグラス・エリオットが後者の写真を持っているので、それはこちらからご覧いただくことができる。


最後になるが、

わたしはわたしの生徒たちには、こういったことに取り組むのは練習室やリハーサルの中だけであって、実際の本番ではひとまずそのときどんな手を使ってでも一応低音域の音が出るようにしたって構わない、と伝えている。

たとえそれがマウスピースの位置をずらすことであっても、顎を落としすぎることであったとしても、本番はそれでOKだ。

必要なのは、こういった手を用いることには限界や制限があり、問題を引き起こす可能性があるということ、そして練習のときは音域全体において高音域がいちばんうまくいきやすいアンブシュアと同じアンブシュアで演奏するよう努力するとよいということを理解しておくことだ。

いったんこの方向性で手応えを得始めたら、本番中もそうやって演奏するようになっていくだろう。それが自分自身にとって結局はいちばんうまくいからだ。音楽表現から気をそらさなくても、一貫したアンブシュアで演奏することがやがてできるようになっていくだろう。



David Wilken氏の翻訳記事一覧はこちら



17 thoughts on “下唇の割合が多く息が上向きの奏者の、低音域の練習法

  1. バジルさん。とても興味深い記事ありがとうございます。
    自分は上下半々より下唇がやや多く、
    息は上向きではないですがほぼ水平方向です。これは低位置タイプでしょうか?
    五線の第3間のFが一番出しやすく、そこから上の音で普段ウォームアップしています。また、中低音の音量を強化しようとしてよく調子を崩したりしていたので、記事の内容がなんとなくあてはまるようです。
    記事を読むまではずっと自分は中高位置タイプだと思っていました。
    MPが唇に当たっているとき上唇が多いという感覚がずっとあったからなのですが、よくよく観察したところ、どうも感覚と実際の見た目に相違があったようです。

  2. バジル先生、ありがとうございます。
    これこそまさに、長年知りたかった情報です。

    今まで長いことトロンボーンや金管楽器に関するいろんな教則本を当たってみましたが、下唇の割合が多いアンブシュアはことごとく否定されていました。「絶対避けるように」と書かれているものがほとんど。よくてせいぜい、「あまりお勧めはできません」ぐらいな書かれ方。ひとつだけ、「ピッタリとフィットしていれば、上下左右のズレにはあまりこだわらなくて良い」的なことが書かれている本もありましたが、低音域のカベにぶち当たったときに関するアドバイスは無し。
    わたしはこれまで何度も「教則本的な」アンブシュアへの改造を試みては挫折。自分には才能がないのだ、と上手くなるのは諦めつつ、でも好きなトロンボーンからは離れられずにここまできました。

    が、昨日今日と、高音域のアンブシュアを変えないようにしながら下がる練習をしてみたところ、あらっ、なんかいい感じ‼️
    どうやって高音と低音のアンブシュアをうまく切り替えるか、ばかり考えては失敗してきたこの30年間はなんだったのかと…

    なんかまた、楽器が楽しくなってきました。本当に感謝、感謝です。

    • 菊田さん

      うわー!!すっごく元気になるコメント、ありがとうございます。
      ほんとうに励みになります。

      もしよければ、ブログやメルマガなどでコメントを紹介したいのですが、
      お許しいただけますでしょうか?

      Basil

  3. はじめまして。
    明るく軽い音を目指している高校生です。

    すこし自分の経歴を話します。
    中学3年間は何の疑問も感じずただただ、明るい音を目指してきました。
    高校1年の時に、自分のアンブシュアに疑問を持ちはじめましたが、この時ダブルハイBがいつでも出る状態ですしら明るく軽い音と感じましたのでスルーしていました。
    高校2年になり、壁にあてて吹くと強奏時、音が開ききり割れきった という様な音なので、アンブシュアを変更することを決意しました。(ちなみに、この頃は下唇が9割を占め また恐ろしいほど巻いており、下唇がマウスピースに着いていない程でした。)
    このアンブシュアの変更(下唇がつくようになり 7割を占める程になりました)は半月ほどでとても安定し、症状はマシになり、成功(?)に終わったと思います。
    その変更から3ヶ月後ほど、急に何故か調子が悪くなり、これまでは音が開いてるといっても雑音はしなかったですが、する様になりました。
    そこから今まで(2ヶ月程)ずっと調子がいいことがありません。まさに荒馬のような車です。
    今は、息ができていなかったから調子が悪くなったと割り切り、基礎から練習しております。

    質問ですが、このアンブシュアタイプでは、音が荒れたり開いたりしやすいものでしょうか?

    • とろんぼ@高校生さん

      どうなんでしょうね….

      ・ダブルハイBbがいつでも出るようなアンブシュアでよかったのではないか?
      ・壁にあてて吹く音、しかも強奏時の音限定で気に入らない点があるのを理由にアンブシュアを変えるという選択は正しかったのか?
      ・いま調子が悪いのは、いまのアンブシュアのせいなのか、それとも別の要因なのか?

      など整理しないといけない疑問点が先にあります。

      Basil

  4. Pingback: 30年悩んだけれど、楽器が楽しくなってきた! | バジル・クリッツァーのブログ

  5. こんにちは。以前からブログを拝見させていただいている者です。
    私はトランペットを吹いているのですが、アンブッシュアが低位置タイプで、周りの人からは「アンブッシュアを変えたほうがいい」と言われることが多かったです。先輩たちの中で低位置タイプの人はいなかったので、ずっと間違ったアンブッシュアだと思い込んでいました。実際私は低音が苦手で、改善しなければ…と焦ってもいました。
    しかし、マウスピースの位置を直そうとするほど強みのハイトーンも出なくなり、「間違ったアンブッシュアでもいいや!」と思い、低音については半ば諦めかけていました。
    ところが、このブログの記事を見つけてびっくり。私のアンブッシュアは間違っているわけではなかったんだ…!と衝撃を受けました。低音はブログに書いてある練習法で少しずつ改善していきたいと思います。少し自信が持てました。本当にありがとうございます!

  6. こんにちは。
    今高校1年生で、中1からトランペットを吹いている者です。
    いつもバジル先生のブログを拝見させていただいています!
    私は、調子の波(1週間ごとぐらいに良くなったり悪くなったり)があることに悩んでいたのですが、2週間程前から今までにないくらいの調子の悪さになり、チューニングのb♭ぐらいから唇が上手く振動しなくなってしまいました。今までのアンブシュアは、左寄りの、当てる位置は真ん中に近いタイプでした。
    そこで、1週間程前、あまり意識はしていなかったのですがアンブシュアを低位置にしてみたところ、記事に書いてあるとおり高い音が驚くほど出るようになり、その時はとても嬉しかったのですが、次の日から低音がなかなか出ないことに気づきました。
    低音が出ない、という課題は、この記事を参考に頑張っていこう!と思うのですが、それに加えて、全体的に重心が上がったような音になってしまい、音がまっすぐ伸びず、芯のない音色に聞こえてしまいます。
    この原因は、「この記事のような低音のトレーニングをまだ行っていないから」ということもあるのでしょうか?それとも、他の原因があるのでしょうか?
    長々とすみません…!お返事を頂けたら嬉しいです。

    • なおさん

      いくつか整理する必要があります。

      ①まず大前提として、実際の演奏の様子を見て聴かないことにはアンブシュアタイプがどうなっているかも、何が起きているかも分かりません。

      ②したがって、いま新しく試している当て方が本当に「低位置タイプ」なのか、わかりません。

      ③もし仮に実際「低位置タイプ」だったとしても、以前が異なるタイプだったのかどうかわかりません。

      ④もし仮に以前は異なるタイプで、新しく低位置タイプにしたのなら、たとえ新しいタイプが全体的にしっくりくるとしても、吹き方が変わるわけですから、これから新たに発達させていく技術領域がたくさんあったとしても不思議ではありません。

      ⑤そもそも元々の当て方のときの不調が、当て方が原因で当て方を変えるべきだったのか、他のことだったのかが、文章からも分かりません。

      上記の通り、不明点が多いです。
      しかしながら、結論を出すにはこれらの不明点が整理される必要があるのはなおさんにとっても大切なことだと思うので書いておきました。

      以上です。

      Basil

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