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秋に出版予定のナイジェル・ダウニング著“Singing on the Wind〜Aspects of Horn Playing~”。直訳すると「息に乗せて歌う」
そのダウニングさんへのインタビューです。
前回はこちら→『オーディションは自分が心から納得する表現を提示する場』
【練習嫌いの師匠】
〜演奏家インタビュー/ナイジェル・ダウニング(Hr)最終回~
バジル
『最後に聞きたいのは、最初に戻って、ジャック・メレデスとの出会いのところです。
先日、あなたのホルンの弟子で、ぼくのアレクサンダーテクニークの師であるウルフ・トゥーレさんにインタビューしました。
ウルフさんは、何人もホルンの先生のところを訪ね歩いて、生徒を観察し分析する気があるひとはあなたが唯一だったと言っていました。誰も、彼がどのように演奏しているかを知ろうとするひとがいなかったと。
ぼくが疑問なのは、そうやって生徒を観察する教え方が、どうしていまだに少数派的であり、スタンダードになっていないのかということです。』
ナイジェル
『ひとつは、首席ホルンこそが教える資格が最もある人間だ、という考え方・態度がいまだにはびこっていること。実態は、首席ホルンこそ天賦の才でやっていけている傾向があるのだが。首席ホルンがあまり考えるタイプだと、その仕事はなかなかやり通せないだろうしね。頭がおかしくなってしまうよ(笑)。あまり考えずに、ただ演奏してしまった方がいい。
首席ホルン以外は、吹き方を分かっていない、みたいな物言いはまだ見聞きすることがある。
もうひとつは、教授たち。教授職の選考においても、選考会で演奏は本当に素晴らしいが、レッスンをさせてみると何にもわかっていないのが明らかであることがよくある。うちの学校でもそういうことがあった。所詮、いくつかの教本やエクササイズを使う程度のメソッドしか持っていない。
あと、ジャックについて言えば、彼は練習嫌いだった。だから頭を使うんだ。根性や練習量なんてものに依存するではなく。
あるとき、「レッスンに行かせてくれ」と言ったら、「ああ、いいとも。6週間休みだからいつでもおいで」と言うんだ。
それで尋ねてみた。
「一体どうやって、6週間も休んでホルンも吹かず、バイエルン放送交響楽団の仕事をこなせるの?」
と。
すると彼はこう答えた。
「ああ、たとえば14日間休暇があったら、10日はゆったり休む。初日リハーサルの三日前になったら、ホルンを取り出して、ファーカスのエクササイズをやるんだ。これでとりあえず1時間練習しただろ。
それで気が向けば、楽譜を譜面台において、1音目から順番に吹くんだ。休みの小節も全部数えて、なんとなく疲れてくるまで続ける。
次の日も同じようにやって、前の日よりちょっと先まで吹くんだ」
‥‥この話をしている間、彼はずっとタバコを吸っている(笑)。彼はレッスン中でもずっといつでもタバコを吸っていたよ。レッスン室があまりに煙たくなってきたら窓を開けて換気して、また窓を閉めてタバコに火を点ける(笑)。わっはっは。
でも、タバコが死因になってしまったんだけれどね….』
バジル
『それは残念でしたね….』
ナイジェル
『そうだね….
ぼくも、55歳くらいまではそんな感じでもなんとかなった。でもその後からは身体がそれではついてこなくなったね。もっと身体のメンテナンスをして、練習をしておく必要がある。
トーンハレで仕事を始めたとき、ギュンター・シュルントとエーリッヒ・フリットがキャリアの晩年にさしかかって、その肉体的限界が露わになって演奏が劣化しているのを見て、聴いた。
そういう状態になってくると、身体は言う事を聞かなくなり、もっと考えて演奏する必要が出てくるんだ。ジャック・メレデスもそうなっていった。
ぼくがオーケストラを退職することに決めたのも、人はある年齢からそうなっていくことになるのを分かって見聞きしてきたからだ。体が思い通りにならなくなり、妥協せざるを得なくなってくる。
あとは、「それでもオーケストラで演奏していたいか?」ということだ。
ぼくは今年で退くことにした。教える時間も自由時間も増えるから、前向きだよ。日本にも行けるかもしれないし!』
バジル
『この本をしっかり売り出しましょう!インタビューを読んだ方々からの、あなたの招聘やマスタークラスの開催の希望が膨らみますように。』
ナイジェル
『教本には書いてないこともたくさん話せてよかったよ!』
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了
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