聴衆って、ほんとにそんなに危険な存在?

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ある日のレッスンでのことです。

木管楽器の若いプレイヤーが参加してくれました。彼女は、ソロの演奏のときだけ、すごく身体が硬くなってしまい、恐くなってうまくいかなくなるとのこと。さて、緊張し硬くなる原因は?

話を聞いていると、オーケストラや吹奏楽だと大丈夫。

でも、ソロの舞台となると、非常に身体が硬くなってしまう、とのこと。

「ソロの方が、責任が重いから….。」

分からなくもないですが、逆にソロの方が気楽、失敗しても自分だけの責任だから、という人もいます。

つまり、「ソロの方が責任が思いから緊張する」のではない。そこで私は尋ねました。

「責任が重いと、どうなるの?」

すると彼女は言いました。

「失敗したら、来てくれたお客さんに申し訳ない」。

なるほど。

「では、失敗したら、どうなるの?」

「残念で落ち込む….」

ふむ。

残念で落ち込むのは分かります。

でも残念だったり落ち込むからといって、身体は別に緊張しません。それに、残念で落ち込むのは、演奏をして思っているようにいかなかった「後」のことです。彼女は本番1週間前からすごく緊張するといいます。

ということは、やはりこれが原因ではない。そこで私はまた尋ねました。

「身体が硬い、緊張しているのは、『自分は危険な状況にある』と感じているから。ということは身体からすると、『危ない』『命が危険にさらされている』と思えるような状況になっているということ。身体がそう思うくらいなんだから、きっとあなたはもっと大変なことを考えているはずだよ?」

すると彼女は涙を流し、「周りの評価が怖い….みんなに批判される…..」と苦しそうに言いいました。

これこそが、緊張の正体です。

周囲から攻撃され、自分の存在価値を否定され、拒絶される場面を彼女は思い描き、感じていたのです。

所属欲求や社会的欲求など、生存欲求が脅かされている。そうなると、身体は緊張するのでしょう。

緊張せざるを得ないのです。危険があると認識しているのだから。

しかし、大事なのはここからです。

私はこう尋ねました。

「毎回、聴いている人全員に必ず否定され批判されているの?今度の演奏会も、聴きに来た人全員に攻撃の眼差しを向けられるの?それが予め分かるの?」

「…..そうなるとは、限りません….」

そう、そうなるとは限らないのに、頭のどこかではそうなると思い込み信じ込んでいたのです。

つまり緊張をもたらしていたのは「思考」。現実に根ざさない、想定上の最悪の状況がさも現実かのようにすでに反応しているのです。

そこから私たちは、「現実確認」の作業を進めました。

【A】現実の確認作業

・今度のソロの演奏会に聴きにくるひとが100人いるとして、100人全員があなたのことを批判し攻撃するためにやって来たのか?

・もちろんそんなはずはない。

・むしろ、ひとりやふたり批判的な人がいたとしても、聴衆の9割は、あなたの演奏を純粋に聴きたがっていて、興味を持っている。あなたのことを応援するような気持ちでいる。

・でもあなたは、全員が攻撃的で批判的で自分を否定し押しつぶしにかかるような人間だと、頭のどこかで信じていた。

さて、その思い込みの影響を確認しましょう。

【B】思い込みの影響力

身体はどうなるだろう?
→緊張し硬くなる。

気持ちはどうなっているだろう?
→怖くなり、隠れたくなる。

人間関係はどうなっているだろう?
→断ち切りたくなり、疎遠になる。

聴衆とあなたの関係性はどうなっているだろう?
→聴衆から目をそむけ、自分はいないふりをしてるかのようになる。聴きにきてくれた人たちが、「自分に危害を加えかねない人たち」になっている!

【C】変わりたいか、このままがいいか

さて、そんな自分は好きだろうか?
そんな状況をあなたは望んでいるだろうか?
望んでいないのだとしたら、良い知らせがある。全ては、あなたの思考が生み出していたのだから。

【D】もしその思考がなかったとしたら、と想像する

では、仮に「聴きに来ているひと全員が、私のことを批判的に攻撃的に見ている」という思考がなかったとしたら、どんな感じがするだろうか?

ここでアレクサンダー・テクニークも使って、頭を動けるようにして身体全体を動けるようにしてあげながら想像してもらいました。

そうすると、思考だけでなく、思考の影響を受け緊張させられていた身体も、その思考の影響力から脱出できるからです。

すると彼女は、

「吹きやすくて、周りを気にせず集中して演奏できそうに思えてきた」

とつぶやきました。

そうなのです、はじめからは彼女は問題なく集中して演奏できるはずだったのです。しかし、それを妨げている思考と思考の影響下にある身体的状態があったのです。

それを「やめる」と、はじめからずーっと潜在的には存在していた、平和で集中した状態が表に出て来れるようになったのです。

【D】逆を考えてみる

最後に、尋ねてみました。

「いままで、褒められたことはある?あれば、最近のものを3つ思い出してみて 」。

すると彼女は、すこし戸惑いながらも「褒められた」具体的な実例を3つ思い出してくれました。

つまり「演奏をしたら褒められる。演奏をしたら喜ばれる」ということの方が事実だったのです。

彼女は真逆を現実だと思い込んでいました。

幸いなことに事実の方が、思い込みよりはるかに肯定的で、希望のあるものでした。それに気が付くことができました。

このプロセスを踏んだからといって、もう怖くなくなるわけではありません。全く緊張しなくなるわけでもありません。思い込みが消え去ったわけでもありません。身体が硬くなることは、これからももちろんあります。

しかし、彼女はこのプロセスの間ずっと涙が流していました。それは、非常に良い事です。なぜなら、感情を溜め込んでいた筋肉の緊張が、久しぶりに解放されたことを意味すると考えられるからです。

筋肉は感情を溜め込んでいることが分かってきています。ショックや恐怖があったときに身体を硬めますが、感情を形成するさまざまな化学的分泌物が筋肉に蓄積されるらしいのです。それで一時的に感情を感じなくすることができるからです。

ショックが恐怖が過ぎ去れば、筋肉はもう硬めている必要はありません。

しかし、それを忘れて硬めっぱなし溜め込みっぱなしなってしまいがちです。彼女の場合は、数年間溜め込んでいたのだろうと思います。

涙がどうしても出て来てしまうほど、溜め込みが解放されたということは、それまの思考と身体のパターンが一度大きく変化したことを意味します。

すると、彼女はもう、自分の思い込みが「現実ではない」ことをこうして身体的にも体験したことになります。

だから、今後また同じ恐怖や緊張感じても、もう自分の思い込みを現実と「信じて」はいません。

そのため、もう二度と、いままでほどの激しい緊張には陥らなくて済むようになります。確実に前進し始めているのだ。

アレクサンダー・テクニークは、「頭が固定されると身体全体が硬く緊張する」という傾向に着目し、逆に「頭を動けるようにし身体全体を動けるようにしてあげる」ことで非常に効果的に身体的緊張を解消することができるメソッドです。

しかし、そもそも頭を固定させているのは何なのでしょうか?それは思考です。

思考の不思議な性質は、思考で思考を変えることが出来るということです。

・自分が何を考えているかを知り、その影響を理解する。
・次に現実を確認し、自分の思考と現実のズレを確認する。
・そして試しに新たに認識した現実を思考してみる。
・すると、そもそも恐怖から身を守るための「頭を固めて身体全体を緊張させる」というパターンをする必要がなくなり、頭が動けるようになって身体全体が緊張しなくなる。

私はこういうアプローチを私の師匠や先生から吸収し、実践しているうちに、このアプローチの重要性を日ごとに実感するようになりました。

困っている事や望んでいる事が、技術的な改善や向上、身体のさらなる運動能力であれば、こういうアプローチを使う必要は特にありません。もっと技術的・身体的角度から話をすすめアドバイスをするのが良いです。

しかし、レッスンを受ける本人が期待している事が、「本番・人前に立つことの緊張や恐怖を軽減すること」あるいは「もっと自信を持ちたい」というようなことであれば、私は一見遠回りに見ててもこのアプローチを使うようにしています。

Basil Kritzer

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聴衆って、ほんとにそんなに危険な存在?」への25件のフィードバック

  1. 批判されないようにしたい→上手くなるしかない→猛練習する・マスタークラスを受けるetc→固まる→本番も(ry)みたいな努力を続けていたら、苦行でしかないですよね。

    本番で実力を発揮するためのテクニークもありますが、まず否定的な思い込みを検証することは、一生効力を発揮するレッスンになると思います。

    技術がありながらハッピーでない人が、このようなレッスンを通してみんなハッピーになれたら素晴らしいですね!

  2. アレキサンダーテクニークをパフォーマー対象で受けたことがあります。また受けたいと思いますが、定期的に行われているクラスをご存知でしょうか?

    • 青木玲子さま

      私が所属する BODY CHANCE では、毎月120枠以上のレッスンやクラスを開講していて、そこから月2〜月4回選んで来て頂いています。
      詳細:http://www.alexandertechnique.co.jp/modules/contents/index.php?content_id=474

      それを直接始めるのもひとつですし、まずは体験セミナーに来てみるのもいいかもしれません♪
      体験セミナー:http://www.alexandertechnique.co.jp/modules/contents/index.php?content_id=150

  3. その気持ちわかるわぁ。私も、オケピットに入ってる時は大丈夫なのに、舞台の上にでると緊張するもんねー。

  4. 素晴らしい!アレクサンダーテクニークには、ボディサイコセラピー的な要素も含まれるはずとずっと思っていました。今日は胸がスーッとしました。バジルさん、いつもありがとう。

  5. こんにちは^_^
    高校生でホルンを吹いている者なのですが、いつもバジルさんの言葉には感動させられています!
    今回は、自分でいろいろ試行錯誤してなおそうと工夫したのですが、うまくいかなかったので相談しようと思いました!
    粘膜奏法をなおしてしばらく練習をしていると、どれほど小さくアタックしようとしても、「ポッ」っと始めに大きな音がなってしまいます。
    原因を探すと、タンギングする時に、唇が厚いせいかアンブシュアを作った時にリムに押し出された唇が、前歯の間に入ってきて、上の歯の前歯の付け根に舌をあてなきゃいけないのに、舌が間に入ってきた部分にあたってしまうのです…
    そのせいで、アタックした時に「ポッ」っという大きな音がなり、タンギングを続けるとアパチュアが開いていってしまったり、スタッカートの時は音がちゃんとならなかったりといろいろつらい点があります…
    なにかいい解決方法はありますでしょうか>_<

    • あおぞらさん

      タンギングはこうでなきゃ、っていう固定観念がもしかしたらあって、それが邪魔になっるのかな?という気もします。

      なにか心当たりありますか?

      • いろんな人に聞いた結果、タンギングする時は舌を上の歯の付け根のところにあてなければならないという考えを持つようになりました。

        • 奏でたい音を奏でるためなら、「タンギングの場所も、強さも、なんでもOK」ということにいったんしてみると、どうなるでしょう?

            • では、やりたい演奏のために、タンギングはなんでもOKにしてあげてみて下さい。それでどんな発見があるか、実験してみて下さい。

  6. いつもアドヴァイスをありがとうございます!!
    本当にバシルさんを尊敬しています!
    タンギングは自由にしてしばらくの間実験してみます!
    相談に乗っていただいてありがとうございます^_^
    また連絡させていただきます!

  7. バジル先生、こんばんは^_^
    少しの間実験をしていた経過報告なのですが、やりたい演奏をするためにタンギングを自由にしたら、ずーっと悩んできた自分らしい演奏が何年かぶりにできました!
    これだ!!っていう瞬間があったのですが、やっぱりタンギングを自由にしたら、身体の無駄な力が抜けた代わりに、より発音がくっきりなってしまったように感じました。
    これをどうなおしていくかも課題です…>_<…

    • それはよかったですね。発音がくっきりするのは、ホルン奏者にとっては良いことだと思いますよ。
      名人たちの発音、とてもはっきりくっきりしています。

      • そうなんですかね>_<
        少しはっきりしすぎてる気もするのですが。
        これからもっとがんばります!

        • 次に試したいのは、「タンギングする」と考えるのを、「話す/おしゃべりする/歌う」と考えることに変える、ということです。

          話すときに、「タッ!」って言わないですよね。でもタンギングって言葉にとらわれると、何がなんでも舌でなんとかしようとしてしまいがちなんです。

          歌なら、「タ」も「ナ」も「トゥ」もあります。楽器も、基本的には同じで、「タッ!」だけじゃなくていいんですよ。

          (とはいいつつ、だいたいにおいてかなり「はっきり」していることがホルンでは多いです)

          • 話したりするかんじにですか…
            楽器を吹く時に、タンギングのイメージをなくして、会話をしているようなイメージでフレーズを区切っていくんですね!
            いろんな発音ができるように練習してみます!

  8. いろいろ吹き方を試してみたのですが、もうどうでもいいから自分の吹きたいようにふこ!って思った時が一番楽で、しっくりくる演奏ができました。
    この吹き方に、更に話してる時のような、豊富なヴァリエーションの発音を加えることができるように努力してみます!

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