『信頼』のエネルギー

上達することも、不調から脱出することも、それは「変化」を意味します。その「変化」の背後には共通した抽象的な構造があります。3種類のエネルギーと6つの段階から成るこの構造を考察するこのしシリーズ。今回は3種類目のエネルギー『信頼』についてです。

前回『進むべき方向性』と題して、変わるために何をしたらいいのか、どちらに進めばいいのかが明確になることについて解説しました。

私たちは進むべき方向性や取るべき解決策がはっきりすると、そこで立ち往生してしまうことがあります。何をしたらいいのかは分かってもどうなるのかが分からないからです。見出した方向や手立てを実践すると、必ず変化が起きます。変化するということは未知の領域に進むということであり、この未知を前にすると私たちは立ちすぐんでしまうことがあるのです。

その一歩を踏み出すかどうか。そこにある種の「エネルギー」が必要になります。前に進むための「動力源」です。

変化(ex. 上達すること、不調から脱出すること)することを車輪の一回転に例えた場合、そもそもその車輪を回し始めるのにエネルギーが必要です。そして困難や混乱があっても車輪を回し続けるのにもやはりエネルギーが必要になります。最後に回し切るのに必要なのが「信頼」のエネルギーなのです。

1:始めるエネルギー=『夢・ビジョン・望み』のエネルギー
2:続けるエネルギー=自分の枠を越えるための『サポート』のエネルギー
3:完遂するエネルギー=『信頼』のエネルギー

ということです。

『信頼』とはどういうことか。それは「やってみるしかない。やってみたらどうなるかは分からない」ということです。あとは自分がやるしかない。決めるしかないのです。

バンジージャンプがまさにそれです。足につないだロープの安全性を『信頼』する他ありません。どうなるかは、飛んでみないと分からないのです。本能的には、飛びたいと感じるわけがありません。ジャンプ台に立って下を見下ろしたら、飛ばない方にしか気持ちも思考も働きません。それを押し切って、飛ぶ。それにはエネルギーが必要なのです。

私自身のこれまでの体験の中で、『信頼』のエネルギーを使って「飛んだ」ことは何度かあります。小さい次元では日々やっている事でもあります。しかし象徴的に思い出すことが二つあります。

本番でアレクサンダー・テクニークを使ってみれた!

体の使い方を意識的に良いものにするアレクサンダー・テクニーク。それは習慣的な自動的な体の使い方の代わりに、明確に意図的に体の使い方を選択する技術です。その点、ボディワークではなく、ほとんどマインドワークです。

私がこのアレクサンダー・テクニークを本格的に演奏や練習に取り入れるようになったのは、ドイツのエッセン・フォルクヴァング芸大で学んでいたときのこと。プロのホルン奏者でアレクサンダー・テクニークの専門訓練を受けた有資格教師でもある先生を探し出し、レッスンを受けにいくようになったときからです。

3度目のアレクサンダー・テクニークのレッスンのあとぐらいでしょうか。クラス発表会でソロを演奏する機会がありました(当時は、機会なんていう感じはせず、試練あるいは拷問にしか感じませんでしたが….)。あがり症や色々なことに悩んでいた私は、クラス発表会が億劫で仕方ありませんでした。

でも、アレクサンダー・テクニークのレッスンをホルン演奏のために本格的に受けるようになって、自分に手応えというか、これからの上達への自信を感じるようにもなっていました。そこで私は、こんどのクラス発表会の時間のなかで、演奏中にアレクサンダー・テクニークを使うことを最大の目標にすることにしました。

いざ、舞台に立つと、例によって足がガタガタ震え、全身の感覚がおかしくなってきました。「もうダメだ…」と諦めそうになりました。しかし、私はそこで踏みとどまりました。「アレクサンダー・テクニークを使おう」と。レッスンの中で教えてもらってすごく効果がある「頭を動けるようにしてあげて、
身体全体を動けるようにし、吐く息にパワーとコントロールの照準を合わせる」ということをその場で意識することにしたのです。そこはもう、本当に「自力」以外何も頼る要素がありませんでした。完全に自分が、自分ひとりでそのときその瞬間、選択をし実践したのです。

すると、ワンフレーズ目がバッチリ演奏できてしまいました。そんなこと、5度目のクラス発表会で初めてできました。そうしているうちに震えや怖さも段々落ち着き、あとは余裕を持って演奏できました。それまで2年間、本当にボロボロの散々な演奏ばっかり繰り返してきたので、劇的な変化でした。クラスメートたちも、祝福してくれて嬉しかったです。

舞台に立って演奏を始めるその瞬間まで、一体どうなるのか全く分からないその感覚。そのときに「自分はこうしよう」という選択を自らの意志で行う。まさに「一歩踏み出す」感覚であり、これに必要なのが『信頼』のエネルギーなのです。

このエネルギーは、自分から沸き上がるものでも、他人からもらうものでもありません。ただそこにある、としか言いようのないエネルギーです。

1:『自分』のエネルギー=『夢・ビジョン・望み』のエネルギー
2:『他者』のエネルギー=自分の枠を越えるための『サポート』のエネルギー
3:『全体』のエネルギー=『信頼』のエネルギー

という言い表し方もできます。

最近、東京藝術大学大学院の管楽器専攻生のために授業をしていたら、院生が何人か「本番でアレクサンダー・テクニークを使ってみるのが、怖い!」と言っていました。その怖さはまさに自分が変わろうとするが故であり、未知の領域に進むからなのですね。

好きな女性に告白した!

もうひとつ象徴的な体験があります。それは、いま私の奥さんである女性に「付き合って下さい!」と告白したときのことです。

これもやはり大学時代のことなのですが、入学してすぐに彼女を見たときから「あ!いいな!」と思っていました。しかし彼女はそのときは長く付き合っている相手がいたし、私もドイツに行って間もない余裕の全くないときだったので、別に行動に移す気も全くありませんでした。

それから数年して、彼女はフリーになっていました。そして色々と会って話す機会が続いていました。なんとなく距離が縮まって、「…. ひょっとして?…. 期待していいのかな?」と頭をよぎることもあったのですが、「まさかまさか、無理無理」とすぐに打ち消していました。

でも、何と私の親友が彼女を狙い始めていたのに気付きました(笑)。気付いた私は「あいつに譲ろうか… 自分が黙って引き下がろう…」とさっさと諦めることにしました。

….そのはずなんですが…..

どうも気持ちが納得しなかったのです(笑)。そこで自分に正直に、びくびくしながらも彼女に気持ちを伝えました。その彼女が今は私の奥さんです。このときも、まさに「踏み出すしか無い」という感覚がしました。頼れる者もつかまる場所も何も無くて、当たって砕けるしかないという気持ちで彼女に気持ちを伝えたのです。

こういう体験は、みなさんもきっとされているでしょう。一歩踏み出したあとの結果は、もう全く分かりません。OKがもらえるのか、フラれるのか。OKがもらえてもその先は未知ですし、フラれても未知です。確かなのは、「変化する」ことですね。

結果の良し悪しに関係なく、その一歩を踏み出し、何かが変わる。そこにこそ意味があります。『信頼』のエネルギーが足りずに一歩を踏み出さないままの方が何も得られないのは、みなさんもよくご存知だと思います。

『信頼』のエネルギーのおかげで変化の車輪がもう一歩進むと、一回転が完了します。その到達点が『経験』あるいは『体験』です。

次回がこのシリーズ最終回です。

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