プランCーその1

楽器演奏を学ぶという事は、少なくとも技術的な観点から見れば、楽器を演奏するときに役立つ習慣を作り上げるということを意味する。何か新しい事を学ぶ時、私たちは「それ」をうまくいかせる方法を探るのだ。そうする中でうまくいく方法が見つかると(多くの場合、それは偶然見つかるのだが)、以後はそのやり方で「それ」をやる。そして練習を重ねてそのやり方を習慣化させるのだ。問題は、習慣には良いものと悪いものがあるということだ。悪い習慣を身につけている場合、それが一体何なのかを見出す必要がまず第一にある。それが何なのかが発見できたら、今度は新しい習慣を獲得する必要があり、望ましくは古い習慣を置き換える良い習慣であるとよい。このプロセスは「意識的」(合理的理由付け)である必要があり、それはそもそも悪い習慣を身につけるに至らせた原因が「本能的」(感覚)であるからだ。
「アレクサンダー・テクニーク」で知られる F.M.アレクサンダーは、元々は劇場朗読俳優というパフォーマーであった。そんなとき、「悪い」習慣のせいで彼は声が出なくなってしまった。これらの習慣を「正す」ために、やはり彼はまず最初に、そもそも声を出なくさせなくしてしまっている自分のやっていることは何であるかを発見する必要があった。次に彼は意識的に新しくより望ましい習慣を発達させることを自分に教える必要があった。「自分の使い方において、自分が望む変化を起こすことに成功できるとしたら、私は自分の新しい使い方を導くプロセスを新しい経験のために用いる必要がある。この新しい経験とは、感覚ではなく理由付けに基づいて自分を主導するというものだ」F.M.アレクサンダー著『自分の使い方』Gollancz,London,1985より)

このプロセスは、発見の旅であり、一歩踏み出せば決して終らないものだ。

このプロセスを始めるには、アレクサンダーは次のことが必要だと述べた。

1:いま現在の使い方の状況を分析し、
2:より望ましい使い方をもたらす手段を選び(理由付して)、
3:これらの手段を実用し効果をもたらすために必要な、指示を意識的に考える。

言い換えると、例えばあるフレーズを演奏する際に、あるいは1音奏でるときも、いま自分がどのように演奏するか観察するのである。次に、どうやったらもっと満足のいくようにそのフレーズまたは音を演奏できるか考える。そして、音またはフレーズをどのように演奏するか決定し、その意図に沿って実際に演奏するのだ。

何を演奏するか決めよう。
どのようにそれを演奏するか決めよう。
決めた意図に沿って演奏しよう。
評価判断することなく、観察し、受け入れよう
そして次はどうしたいか、決定しよう。

「どのように演奏するか」を決めることで、またもう一つのアレクサンダーの原理を実践していることになる。適切な手順と成功確率の直接関係、というものだ。意識的に自分の技術的能力を洗練し改善することで、意識的に自分の演奏を方向付ける(演奏のやり方の指示を出せる)能力を獲得することになり、これが改善につながる。

この実践の成功の可否は、演奏する本人の、現状の演奏のやり方を分析する能力と、より新しいより良い改善の道筋を見つけ出す能力によって決まる。だからこそ、演奏者は実験をする心づもりができている必要がある。自分が自分の教師になることを学ぼう。自分が先生だと想像して、生徒が目の前でいまあなたがした演奏をしていると思って。その生徒に、あなたならどんなアドバイスをしてその生徒の向上を助けるだろう?

私たちの多くは、音を生み出す本能的な探索をサポートする技術的なアドバイスがほとんど無いまま楽器を始めた。大半の問題を解消するやり方や手段を見つけてこれたが、残りは運任せで放っておかれてきたのだ。私たちは自分なりの「手順」を確立し、それがまあなんとか機能はしたから、
しっぺ返しを喰らいながらもぶら下がってきたのだ。これらの手順は、通常まだ若少年齢時に学ばれており、必ずしも最も効率的ではない可能性があるのだ。

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