【緊張と失敗の悩みから、自分が音楽をする意味に向き合った高校生との対話】

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【質問者】

初めてご相談させていただきます、高校2年でホルンを吹いている者です。

私は先日の演奏会で盛大にソロを外してしまいました。

練習の時は合奏で毎回息が吸えなくなるほど緊張しても、音を外すことはあまりありませんでした。本番が近くなった日に顧問の先生に緊張を解く方法を伺い、休符の間に鼻から吸って口から吐くことご提案いただき、本番の前日と、本番の日のリハではあまり緊張せずに息も吸えるようになりました。

しかし本番では、今までで1番緊張しなかったにもかかわらず、跳躍した後の音が当たらず、本当にひどい演奏をしてしまいました。本番後は、同期がよかったよと言ってくれましたが、それもお世辞にしか取ることができません。

私の所属する部活は伝統と実績があるため、同期も先生方もこいつは辞めて欲しい、と思っていなではないかと思ってしまいます。また、私のパートは4人いるのですが私以外はみんな高校から始めた初心者です。みんな頑張っているのに、私のせいで他のパートは上手いのにこの学校のホルンは下手くそだなと思われてしまうのではないかと思うと怖くて、私はこの部活にいていいのだろうかと思います。

音を外したのは、多分バテが原因です。先程も申し上げた通りみんな初心者のため、7曲全て1stを担当しました。ですが、今はメンタルがもう持ちません。

メンタル強化の方法と、バテずに本番で1番調子を上げる方法を教えていただけたら幸いです。長文申し訳ありません。よろしくお願い致します。

ちなみに私が外したのは2楽章の頭のソロです。3楽章のソロはノーミスで気持ちよく吹けました。

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【バジル】

こんにちは。

苦しみの本質は、『近しい人に悪く思われる』という不安なイメージが、もはや妄想なんだけれど暴走してしまっているところですね。

客観的には、世の中の大多数の人々が、他人のことをそういうふうに思いません。

そんなことを思ったり、陰で言ったりするひとは

・病的に性格が悪い人
・競争意識が強く、不安で、誰かが苦しんでいたり自分より下と思える人がいたりすると安心する人

です。

SNSやネットだとそういう人の言葉が見つけてしまいやすいので、実はほとんど存在しないことを忘れがちですし、また運悪く身近にそんなひとがいるとインパクトが強烈なのですごくしんどいですが、世界はそういう人が多いところではありません。

なので、この不安はしっかりと、『わたしの妄想なんだ』と、知識だけでもいいから認識しておくのが大切だと思います。

その上で、あなたにとってもっと本来の、もしくは等身大の『演奏したい・音楽したい理由』を思い出すか見つけるかするのもとても大切だと思います。

それは、友達と過ごす時間の喜びかもしれないし、音楽の世界の色彩感自体への喜びかもしれないし、音楽を通じてたくさんのひととコミュニケーションできることかもしれないし・・・・

あなたにとってはどんなものでしょう?

***

【質問者】

早期のご返事ありがとうございます。

>>苦しみの本質は、『近しい人に悪く思われる』という不安なイメージが、もはや妄想なんだけれど暴走してしまっているところですね。


本当にその通りだと思いました。お客様よりも同期に聴かれていることがとても怖いと感じます。

>>その上で、あなたにとってもっと本来の、もしくは等身大の『演奏したい・音楽したい理由』を思い出すか見つけるかするのもとても大切だと思います。


私が音楽をしたい理由は、

○吹奏楽をしたい理由
・ハーモニーを作ったり、メロディや対旋律として動いたりと、沢山の音の渦の中で自分も一つの曲を仲間と作っていけることが幸せだから
・大人数だからこそ生まれる音楽の色彩、グルーヴを全員で共有できたときの響きがとても美しいから

○ホルンを演奏したい理由
・できるようになった時のやりがいが他のどれよりも半端ない
・楽器は自分が態度や行動では出せないものを表現させてくれるから
・日々動画や生で出会う素晴らしいホルンの音に憧れて、その音に少しでも近づきたいから
・単純にホルンという楽器が大好きなので、もっと上手くなりたいと思うから

自分で音楽をやりたい理由を改めて考えてみて思いましたが、私が悪く思われたくないことの本質には、このような、「音楽をしたい理由」の前に尊敬する同期に褒められるような演奏をしたいと思っているのかもしれないと思いました。

そして、同期が褒めてくれた演奏と、自分の理想とするものが噛み合わない時、すごく後ろ向きな考えにやってしまうと思います。

***

【バジル】

吹奏楽をしたい理由と、同期の存在の関係は、共に存在し共に音楽を生み出すところにあるということですね。同期に聴かれているとか何か評価されているとかといった事柄とはあまり関係ないことが分かりました。

ホルンを吹きたい理由は、仮に同期が0人だとしてもやりたいようなことであって、やはり同期にどう思われているか、といったことがあまり関係ないようです。

そうすると、吹奏楽をすることもホルンを吹くことも、あなたにとっては同期にどう思われるか関係が薄いからこそ、吹奏楽をするときもホルンを吹くときも同期からの評価を意識すると邪魔になるのだ、と捉えることもできそうです。

これはつまり、同期からの評価を気にするのはするのは吹奏楽やホルンとは関係の無いところで、それなりに大事な理由がある可能性もあり、それは吹奏楽やホルンとは別の場面や方法で何か有意義な『やれること』もあるかもしれません。

同期に褒められたい気持ちのもっと深いところにはどんな理由や想いがあるか?

それを探ってみることは出来そうですか?

***

【質問者】

1人で練習する中で感じたことを書かせていただきます。

>>良い・上手といった相対評価も、自分なりに頑張っているという絶対評価も無いところで、音楽のやりがいや喜び、意味は見出せますでしょうか?

音楽のやりがい、喜び、意味、は全ていているようで全く違うことのように感じたのでそれぞれに分けて考えました。

1.意味
・自分の生活、人生をより充実した張り合いのあるものにするため(生きがいと言っていいかもしれません)。私は暇な時間を極力減らして、常に活動したり頑張ったり、やるからには完璧にしたい性格です。音楽に一心に取り組むことで日々の生活そのものをより楽しむことができ、自分の感性も豊かにできます。
私がこれを痛感したのは今の部活動自粛で、頑張りたいのにやれない、何をすればいいかわからない時間が増えてイライラすることが多かったです。生活を充実させるのに、音楽は必要不可欠なんだなということを再確認しました。

2.喜び
・人や音楽との出会い、共有。私は人と関わったり表現したりすることが得意ではありませんが、音楽をしている人との出会い自体が喜びです。自分と同じように音楽を愛している人と同じ音楽を共有しているという実感は人とのつながりを感じます。また、その相手とある音楽に対する見解を共有することで、自分の視野を広げ新たな視点を得たり学んだりできることも喜びです。

3.やりがい
・相手と自分の音が出逢った時の重なり(または反発)一つ一つを自分の身体で感じられる

私は、音楽は美術と同じものだと思っています。最初は楽譜を追うだけの単色だった(または色が見えなかった)音楽が、合奏などを重ねるごとに個々だった音がまとまって色彩が鮮やかになっていく変化を感じられるとき、本番でそれが一つにつながっていい音楽が客席に飛んだ瞬間を感じた時、音楽をやっていてよかったと特に感じます。また自分はどんな色を加えるべきなのだろうかと色々に考えることがやりがいにつながっています。

>>自分自身の進捗や、もっと言えば進捗が芳しく無くても「自身の取り組み」を通じて自分を楽器演奏を把握するということをやってみることはできますでしょうか。


部活自粛により練習時間が減った中でいかに技術を維持し、また向上させていくかを考えた時、自分の音楽に対する取り組み方を見直す必要性を感じ、以前バジル先生の記事(https://basilkritzer.jp/archives/15943.html)で拝見した

・設定の仕方の見直し
・練習方法・奏法・仕組みの区別

を行い、効率の改善を図ることにしました。

そうすると、自分がどこでつまずいているのか、何が分かっていないのかが理解でき、以前よりも客観的に自分を見れるようになったように感じました。

すると、今までは訳も変わらず不安だったのが、自分の演奏状態を把握できたことで、同じ不安でも解決策を探せるといった、不安に対してある一定の理由を伴った行動で対抗できるようになったと感じます。

でも他の人たちとはまだいっしょに活動していないので、周りに人が来た時に同じようにまた相手と比べてできないと思い込んでしまわないか、自分で言うのもなんですが、私は自己肯定感が多分他の人より低いと思うので、把握できるようになったことで逆に自分は何もできないと思ってしまわないかが不安です。

なので、達成できなくても課題に挑戦したことを自分で褒めるように意識しています。その自分で自分を褒めた後、そんな訳ないじゃん笑、と言う私の方が強いので、この2つが均衡を保って最低限の自己肯定感を持ちながらももっと向上したいと思えるようになりたいと思っています。

とても長い文章になってしまい、読みにくかったかと思います。最後まで読んで頂きありがとうございました。

部活が再開した後は、自分が個人で練習する中で考えたことが、全体になった時どう作用するかを分析していこうと思います。

***

【バジル】

>>私がこれを痛感したのは今の部活動自粛で、頑張りたいのにやれない、何をすればいいかわからない時間が増えてイライラすることが多かったです。生活を充実させるのに、音楽は必要不可欠なんだなということを再確認しました。


なるほど!

いまのコロナ禍の世の中は、多くの人が同じストレスを深刻に感じていると思います。見方によっては災害より苦しいところが内面においてはあるかもしれません。本当に、活動できないのか?活動したらいけないのか?そこに納得はなかなかできないような状況ですから。

>\私は人と関わったり表現したりすることが得意ではありませんが、音楽をしている人との出会い自体が喜びです。自分と同じように音楽を愛している人と同じ音楽を共有しているという実感は人とのつながりを感じます。また、その相手とある音楽に対する見解を共有することで、自分の視野を広げ新たな視点を得たり学んだりできることも喜びです。


すごい、よくここまで深くてでも明晰な言葉にされましたね。バイトや仕事にもすごく活きる視点だな、と、ふと思いました。

>>3.やりがい:相手と自分の音が出逢った時の重なり(または反発)一つ一つを自分の身体で感じられる私は、音楽は美術と同じものだと思っています。最初は楽譜を追うだけの単色だった(または色が見えなかった)音楽が、合奏などを重ねるごとに個々だった音がまとまって色彩が鮮やかになっていく変化を感じられるとき、本番でそれが一つにつながっていい音楽が客席に飛んだ瞬間を感じた時、音楽をやっていてよかったと特に感じます。また自分はどんな色を加えるべきなのだろうかと色々に考えることがやりがいにつながっています。


これも見事な言語化で、感服しました。

2の喜びと同じ目線や価値観が通底しているのが感じられます。自分は自分、相手は相手、という世界観ではなく、関わり合いのなかで自分はなにをやれるか?みたいな目線がある印象を受けました。

>>すると、今までは訳も変わらず不安だったのが、自分の演奏状態を把握できたことで、同じ不安でも解決策を探せるといった、不安に対してある一定の理由を伴った行動で対抗できるようになったと感じます。


ご自身の不安の原因を、情報の未整理にあることを突き止められたということですね。

それにより不安の軽減も、自分のやりたいことに向かう行動までできていらっしゃる。

正直、私も含めて大人の多くが決して得意ではないことです。それを高校生時点で学ばれたのは凄いです。後輩にもちょっと教えてあげて下さい☺

>>でも他の人たちとはまだいっしょに活動していないので、周りに人が来た時に同じようにまた相手と比べてできないと思い込んでしまわないか、自分で言うのもなんですが、私は自己肯定感が多分他の人より低いと思うので、把握できるようになったことで逆に自分は何もできないと思ってしまわないかが不安です。


これは、部活再開してから、いかがですか?

>>なので、達成できなくても課題に挑戦したことを自分で褒めるように意識しています。その自分で自分を褒めた後、そんな訳ないじゃん笑、と言う私の方が強いので、この2つが均衡を保って最低限の自己肯定感を持ちながらももっと向上したいと思えるようになりたいと思っています。


これはできていますか?

できてるとして、自己肯定感に変化はありますか?

期待や要求ではなく、興味からお伺いしています。

***

【質問者】

とても温かいお言葉をありがとうございました。

先週までは、卒業式で演奏をする関係で部活があったのですが、今はまた休みでいつからできるのかが分かりません。学校も1週間くらい休校なので色々納得できないと言うか、整理ができないなあと思っています。

>>これは、部活再開してから、いかがですか?


部活が再開した時の記憶をもとに書かせていただきますと、部活休止前では1番初めにバジル先生にお伺いした時よりは緊張への慣れというか、自分が緊張するとどうなって、どういうマインドを持てばいいのかなどが先生のおかげで少しずつ分かってきていた気がしていました。

でも休止明けの最初の基礎合奏で、私の部活では基礎合奏のときチューニングリレーといって点呼順で1人ずつB♭をメトロノームに合わせて吹くという練習をしているのですが、それが本当に緊張して息が吸えなくなりました。新体制になった時に戻ってしまった気がして本当に怖かったです。

感覚が鈍っているなと自覚していることもあったため、自分の音(特に音程)があってるかがとても不安でした。

逆に、自分には経験や慣れが1番足りていないのかなと思ったので、もっと見られている、聴かれているといった意識を持ち緊張した状態を自分で作っていくことが大切なのではないかとも感じました。

>>自己肯定感に変化はありますか?


前よりは気が楽になった気がします。でも今のような状態にいつなんどき襲われるかが分からないという状況になった今、挑戦したというぐらい褒めていては本当に間に合わなくなったり、納得のいく状態にできる前に挑戦すらできなくなるのではないかとも思って、このような思考でいいのだろうかと思う次第です。

この前までの曲はソロなどもなく、卒業式まで時間もなくてホルンだけ取り出されるなどということもなかったため比較的落ち着いて吹けていたのかもしれません。6月の定期演奏会で予定されているバーンズの交響曲3番全楽章や、今年の課題曲Ⅴはソロもあるのでそれらの合奏になったらもっと自分の状態が分かりやすくなるのではないかなと思っています。

あまり自分で分かっていない状態でバジル先生にお伺いするのが申し訳ないなと思います。

よろしくお願い致します。

***

【バジル】

チューニングリレーは多くの人を苦しめてますね😣同調圧力や、他人を責める雰囲気を生み出しがちなやり方になっていることが多いです。

そういう、ある意味ロクでもないやり方に立ち向かったり適応したりしても、なかなか辛さや違和感は取れないかもしれません。

そこでうまくいかせることや、勝つことを考えるより、「チューニングBb 演奏会」と思ってみるのはどうでしょう?

チューニングBb のソロを担当するわけです。

毎回、ちがうホールやお客さんをイメージしたりするとよいでしょう。実在しないホールやお客さんもアリ!森の動物たちがお客さんと思うとかもアリ。

また、いつも同じ運指じゃなくて、F管も含めて替え指はほかに3つありますから、それでやって音色を変えることがあっても良いでしょう。

音量やスタイルなども色々やってみましょう。きょうは誰々風に、明日は誰々風に、とか。

***

【質問者】

チューニングリレーをそのように捉えたことはなかったのでとても参考になりました。次回の合奏ではそのような意識で行いたいと思います。また、私はソロと聞いた瞬間に緊張してしまうのでその克服にも有効かなと思いました。

誰かに聴かせるという意識で楽しみながらやってみたいと思います!ありがとうございます!

***

【バジル】

ためしてみたら、どんな感じだったかまたお知らせ下さい♪

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【質問者】

試してみたのですが前よりも吹きやすくなりました!

同じ空間で吹いている人を対象にしてみた時は緊張してしまったのでホールをイメージして吹いたら吹きやすくなりました。

一方曲の時はまだすごく緊張してしまいます。前よりは呼吸を整えたりすることによって息を吸うことができるようにやり、また、吹いている途中でここでクラが入ったなと分かるなど耳で周囲を聴けるようになりました。ですが、自分が緊張していないと思っていても、実際体は心拍数があがって息がまっすぐ入れられないです。以前の緊張の原因は失敗したらなどと考えてしまって怖かったからだと思います。

今は私の意識の内ではそのようなことを考えていなくても体が反応してしまいます。私が自分で気付いていないところで失敗した時のことなどを考えてしまっているのでしょうか。

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【バジル】

>>ですが、自分が緊張していないと思っていても、実際体は心拍数があがって息がまっすぐ入れられないです。


これは、たぶん『普通の正常な』緊張だと思います。

学校の授業で質問や発言をするときとかでも、ちょっとドキドキしませんか?大したことじゃなくても、ある程度の人数に見られるとそうなるんですよ。

あまりにひどいようだと、そういう緊張=興奮が体にもたらすドキドキや震えなどの変化を和らげる薬も使うことを検討してよいと思います。βブロッカーなどが一例ですが、楽器演奏のドキドキや震えの悩みならお医者さんも割と普通に処方してくれます。

あとは、これも役立つかもしれません。

【社会人吹奏楽団での『あがり・緊張』対策セミナー】〜その1・アドレナリンサーフィング〜




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【質問者】

今日は以前とても緊張したところでほとんど緊張しなかったのでそのことについてお話しさせていただきたいです。

以前チューニングリレーで頂いたアドバイスをもとに、誰かに聴かせると意識して合奏に臨みました。昨日はまだあまり考えられなかったのですが、今日は自分のソロの裏で吹いているクラの同期に聴かせる気持ちで吹きました。この同期はとても上手くて私が尊敬しているのですが、今までは自分が尊敬している人に聴かれるのがとても怖かったです。多分失望されたくないと思っていたのだと思います。

昨日その同期が音を外したことがあって、しかし彼の音が汚くなるわけでもなくて美しいことに変わりはなく、それを気にしている人も自分も含めて誰もいないなと思ったら(この同期には少し申し訳ないのですが)外してもなんとかなるんだなと思ってとても気が楽になりました。

それ以上に彼がとても楽しそうに楽器を吹くので私もそうなりたいと思うまでになりました。

そして今日は試しに今までずっと怖くて避けていたその同期に聴かせるつもりで吹いてみたのですが、初めてソロが楽しいと思えました。上手く吹けたかどうかではなく、私の尊敬する彼と同じ空間を共有し、一緒に音楽が展開できたことがうれしかったのです。そのような前向きな気持ちを持てた結果、演奏も(まだまだ改善の余地はありますが)今までの中ではいちばん良いものに持っていけたと感じます。

バジル先生が仰っていたように、自分がどうすべきかではなく、どうしたいか、どうして音楽をやるのかという純粋な気持ちが1番大切な理由が少し分かった気がします。楽しいという気持ちで楽器に向き合えているときは調子もとてもいいのだと今日とても感じました。

バジル先生がいつもご提案して下さったように音楽やりがいや意味を考えるということをしなかったら、今日の演奏も音があたったとしか考えることができなかったと思います。

本当にありがとうございます。

***

【バジル】

ご自身が、音楽のことや自分のことをどう認識し理解しているか、その在り様次第で怖くなったり緊張したりするということをはっきり物語っていますね。

そして、楽しいという気持ちで楽器に向き合えているかどうか、が鍵であることをご自身でご自身のための真実として発見されたということです。

これからは、それを羅針盤にできます。

楽しいという気持ちがメーターになってて、その気持ちが減ったり曲がっていたら、『おかしいぞ。立ち止まって考えよう。そして楽しいという気持ちを見つけ直そう。』と軌道修正をできるわけです。

***

【質問者】

私の悩みに相談に乗って頂き本当にありがとうございました。

自分を客観的にみることを忘れずに、自分が楽しいと思える音楽ができるようになりたいと思います。

また、先生が紹介して頂いた動画から、私は自分の気持ちを言葉にすることをあまりしないなとも感じたので声に出して考えるということも同時に意識する様にしたいと思います。

また悩みがあった時には助言を頂ければ幸いです。先生から教えて頂いたことをもとに、自分にあう緊張との付き合い方を模索したいと思います。

本当にありがとうございました。

***

【バジル】

気持ちって、

むかーしの思考、
むかーし誰かに聞いたこと、
思考ではなく生き物として感じてること、

などが混ざり合ってるものなのでしょうね。

だから、言葉にするまでは、感じていてもございます客観的には分からないものであることがあるのかもしれません。

2ヶ月間、有難うございました。

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【緊張と失敗の悩みから、自分が音楽をする意味に向き合った高校生との対話】」への1件のフィードバック

  1. 新高校3年生で、ホルンをしてます。
    高音が出せなくて悩んでいます。今の現状で言うと、調子の良い日に何度かカスカスな音でhighDを当てることが限界で、酷い時にはhighB♭より下の音でもキツくなってしまいます。
    高音が当たったとしても長く続かなかったり、とてもか細い音になってしまいます。息をもう少し入れれたら良いのだろうと思うのですが、息をたくさん流そうとするとアンブツュアの方が崩れてしまいます。
    また、息がポーンっと入るポイントがあると思うのですが、それが中々見つけられず、思うように息が入らないことが高音に限らずあります。ブレスや重心を下げる事は意識して練習しているのですが、口周りが圧迫されている感じがして、息が思うようにコントロールできません。高音になると尚更圧迫感が増し重心を下げることが出来なくなります。歯並びが悪く、前歯がデカい上に斜めに生えてしまっているせいでアパチュアが開いてきて振動しなくなっているのが原因のひとつのような気がしています。やはり歯並びの影響はあるのでしょうか?
    バジル先生の動画を参考に色々自分なりに試しながら練習しているのですが、中々上達しません。後輩の方が高音も楽に出してる感じがあって、心が折れそうです。
    中学生の時は私は自信ユーフォを吹いていて、先輩も後輩もみんな楽器が変わって高校でホルンを始めているため、
    ホルンの奏法に関するアドバイスを貰う機会もないため、何が正解か分からなくなってきています。
    歯並びが高音に影響するのかどうか、また私が長々と書かせてもらった文から高音が上達しない原因と改善法を教えて頂きたいです。

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