失敗したらどうしようという不安に苦しんでいる方々へ

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わたしの中学・高校時代のいちばんの悩みはなんといっても、
音を外してはいけない
失敗してはいけない
ということでした。

わたしが中学から始めたホルンという楽器は、ギネスブックお墨付きの「世界で一番難しい楽器」だけあって、他の管楽器以上に音が外れやすい性質があります。

しかしながら、「吹奏楽部」という文化には

「音を外すのは言語道断」
「音を外すヤツは終わっている」
「音を外すなんて下手くその代名詞」

という雰囲気が巣食いがちなところがあるように感じます。

わたしも中学高校時代、この雰囲気に心を押し潰されたことが何度もかありました。

そしてもっとショッキングなことに、わたし自身この雰囲気に結果的に加担したこともあったと思います。それで後輩を泣かしてしまったことが一度あったのです。

その後、ドイツの音大に進んでホルン演奏を専門的に学ぶうちに、「音を外さないように」と意識しようとすることが役立たないどころか、奏法にすごくマイナスに働き、上達を阻害することを理解していきました。

何にせよ、これら

音を外してはいけない
外してしまったらどうしよう
失敗したらどうしよう
失敗しないように気をつけなきゃ

という考え方にやられて、すごくプレッシャーを感じ、身体が硬くなってしまって、楽器を演奏していて苦しい経験ばかりになってしまって辛い思いをしているひとたちは、現にたくさんいます。

この稿では、そういう方々のために役立つかもしれない話をしていきたいと思います。

【音楽に「失敗」はない】

失敗は、音楽には存在し得ません。

え?何を言っているんだこのひとは?と思われるかもしれません。

わたしたちが「失敗してはいけない」と恐れ避けようとしているものは、「危険」なのではないかと考えています。

「危険」とは実際に健康や生命を脅かすものです。

音を外しちゃいけない、失敗しないように気を付けなきゃ、と考えているとき、身体はどんな状態になっていますか?

おそらく

・首が硬くなる
・表情が強張る
・息が詰まる
・肩がガチガチになる
・腕が棒のように固定される
・指が動きにくくなる
・脚が突っ張る

などというようなことがを経験されている方も多いと思います。

これは、「危険」があるときの反応の一種のように感じます。
身体を硬くして急な衝撃から身を守ったり、すぐ逃げたり反撃したりできる状態に似ているように感じます。

英語で言うところの fight-or-flight response
直訳すると、「戦うか逃げるかの反応」。

ストレス反応、緊急反応、一般適応症候群、などと言った用語で知られている、
生物学的な反応のようなものなのかもしれません。

しかし、「音を外す」「ミスをする」ということは、「危険」なのでしょうか?

もちろん、そんなはずはありません。音楽の演奏に「危険」は何一つないからです。健康や生命が脅かされるようなことはありません。

わたしたちが避けようとしている「失敗」は、「失敗=危険」といつの間にかなっているため、実は「危険」を避けようとしているわけです。

..しかし、避ける「危険」はそもそも存在しないはずでは?

ここに吹奏楽部の文化の問題が絡んでいる可能性があります。残念ながら、指導者や先輩があなたを「脅迫」しているかもしれません。

「絶対外すな」
「お前が失敗したら迷惑がかかるんだ」
「今度失敗したらもう二度と吹かせない」
「いつまで失敗を繰り返すんだ、いい加減にしろ」
「もっとちゃんとやれ」

こういう言葉は、日常的に使われてしまっていますが、教育や指導ではありません。

もちろん、こういう言葉を使っている指導者や先輩は、もちろん真剣に真面目に「指導」しているつもりですが、本人がそういうものを受けて育っているが故の場合が多く、それ以外のやり方を知らないケースが多いのかもしれません。

ですので、指導者や先輩に悪意はないでしょう。しかし、悪意はなくとも言っていること/やっていることが、あなたや他の大勢の人たちに悪影響を与え、傷を負わせていることに変わりはありません。

ですので、わたしからこれを読んでいるあなたへの最初のメッセージは

「あなたは悪くない、あなたのせいではない、安心して下さい」

ということです。

この稿を指導者や先輩が読んで、いままでの言い方ややり方を変えてくれれば本当に嬉しいですが、あなたの指導者や先輩がそうしてくれるとは限りません。

ですので、指導者、先輩、周りが「音を外すな」「失敗するな」と言うことをやめなくても、あなたがあなた自身に対して思うことが変われば、あなただけでも、あなたを損ねてしまうプレッシャーから解放される方法を探り、提案していきたいと思います。

とはいえ、周りが「失敗はいけないことだ」と信じきっている環境で、自分ひとりだけ考え方を変えるのはとても怖いことなのは間違いありません。ですので、この稿に書いてある内容は、じっくりゆっくり取り組んで下さい。緊張して硬くなっているとき、うまくいかないとき、失敗が怖くて仕方がないときなどに読み返して、気長に取り組んでもらいたいと思います。

先に進む前にもう一度述べます。

「「音を外してはいけない」「失敗してはいけない」と言われたり、自分でも思っていたりする「失敗」は実は、「危険」のことであり、音楽の演奏や練習には「危険」は一切無い。ということは、「音を外してはいけない」「失敗してはいけない」と一切思わなくてもよいはず。」

この考え方に基づいて先に進めます。

【「失敗」「ミス」を定義し直す】

さて、ここまで読んでいてちょっと混乱している方もいるかもしれません。

「え、ということは、どんだけミスしてもいい?」」
「失敗をしてもいいなんて、ガサツなんじゃないの?」
「そんな考え方だったら、うまくならないんじゃないの?」

というふうに。

では、わたしたちが「失敗」とか「ミス」と「呼んでいる」ものって何でしょうか?(先ほどまでは「怖れている」ことは実は存在しない「危険」であることを述べていました)

それはこういうことです。

「やろうと思ったことと、実際できたことが、異なっている」

ただそれだけのことを、わたしたちは「失敗」「ミス」と呼んで、とてもネガティブに捉えています。

しかし実は、やろうと思ったことは、最初から「思い通りに」できるはずがありません。それに、やろうと思ったことと実際にできたことが「異なっている」ときの方が、わたしたちは最初から一発で思い通りにできたより多くを学び、後々の成功率が高まります。

いままで、「失敗」「ミス」と呼んで恐がり、忌み嫌っていた現象を、これからは

「やろうと思ったことと、実際できたことが、異なっている」

という「面白い現象」だと思うようにしてみて下さい。

【音を外すことで得をする】

なぜ、はじめから一発でできてしまうより、何度か「やろうと思ったことと、実際できたことが、異なっていた」体験をした方が後々の成功率が高まるのでしょうか?

例えば一輪車。

最初からスイスイ安定して乗りこなせることは、まずありませんね。

はじめはグラグラして、何かにつかまっていても安定して乗れません。

繰り返し転んだり、すべり落ちたりしているうちに、段々と「行きたい方向に進む」ことができるようになっていきます。

では、ちゃんと乗りこなせるようになるまでに体験したさまざまなことは、全部「失敗」であり、無い方がよいネガティブな体験だったのでしょうか?

いいえ、そんなことは決してありません。

むしろ、結果だけ見れば「転んだ」「すべった」「思っている方向とちがう方向に行った」そのことが起きている間に、

・ペダルの回し加減
・バランスの取り方
・乗っている一輪車の大きさや形や傾向
・力の入れ方
・タイミングやスピード
・転んだときの安全の確保の仕方

をどんどん学んでいたのです。

一輪車を乗りこなしていくというのはかなり高度な技術ですよね。「乗れる」ようになった時点では、非常に絞り込まれた特定の動きやバランスの取り方ができるようになっています。

ということは、それ以外の、結果だけ見れば「乗りこなせていない」動きやバランスが無数にあるわけですが、これらは全部「ダメ」なもので「失敗」なのでしょうか?

いいえ、それらは全て「可能性」であり「選択肢」だったわけです。

最終的に「乗れる」ことにつながる動きとバランスを選び取っていけるようになる過程で、それ以外の色々なパターンや選択肢を体験し知っていっていたのです。それらは全て、求める結果を生み出すための「材料」です。

その材料を基にして、段々と目指すものに形が近付いていき、ついにある日「乗れる」ようになったわけです。

そして、楽器演奏も同じです。

出したい音があります。あるいは、イメージ通りに演奏できるようになりたいフレーズがあります。

しかし、最初はそれが実現できません。その能力や技術をまだ身につけていないからです。

そこで、練習が始まるわけです。

「この音をこう出したい」
「このフレーズをこう演奏したい」

そして実際にやってみます。

さて、その結果音が外れたとしましょう。しかしそれは「失敗」なのでしょうか?

わたしはそう思いません。

「やろうとしたこととは異なる別のもののやり方を見つけた」

のが真実なのではないでしょうか。

つまり、目指した音は外しても、別の音は出せています。なので結果的に、別の音を練習できているのです。そう考えると、「音を外した」ということは、

・もともと出そうとした音にチャレンジできた
・結果的に、目指していたものとは別の結果を得られた

ということになり、二重に学べているのです。

【練習のやり方】

この考え方に基づいて、練習のやり方というものを考えてみましょう。練習は実に単純です。そしてとても楽しいものです。

1:出したい音/奏でたいフレーズを決めて、イメージする
2:実際吹いてみる
3:結果を聴く

それだけです。

結果を聴いて(聴こうとしなくても聴こえてはいるので、2のあと即座に3は起きます)、もう一度やってみたくなったら、また1に戻って、もう一度演奏してみる、それだけでよいのです。

どうしてそれでうまくなるの?
全然努力しようとしていないのに、ただ吹くだけでうまくなれいんじゃないの?

と疑問に感じたかもしれません。

実は、練習に頑張りや努力は必要ありません。

・演奏したい音やフレーズがあって、
・演奏したい気持ちがあるからやってみて、
・やった結果が聴こえている

それだけで、あなたはひとりでににうまくなっていくという側面があります。

「演奏したい」という気持ちがあって、実際に「演奏すれば」、あとはあなたの身体がひとりでにあなたの演奏能力をどんどん変化させ改善し、UPさせてくれるような面があるのです。

その「自然にうまくなる能力」は全員が持っているとわたしは信じます。

音を外してはいけない
失敗してはいけない

という緊張・プレッシャー・不安は、あなたが自分にそういう能力が備わっていることをすっかり忘れていたり、気付いていなかったり、疑っているから生まれる面も大いにあるでしょう。

そして

音を外してはいけない
失敗してはいけない

という考えは、その能力にブレーキをかけ、ますますその能力を見失わせやすくしてしまうのではないでしょうか。

【毒を消してしまおう】

そこで最後に、

音を外してはいけない
失敗してはいけない

とどうしても思ってしまうというひとのために、そういう考えを徐々に変化させていくためのエクササイズをいくつか紹介します。

①音を外しても「生きてる価値」がある

音を外したときや失敗したときに、ギュッと身体が硬くなったり、嫌な気分になったり、落ち込んだりするかもしれません。

そういうことが起きたら、まず確認しましょう。

・あなたは生きていますか?

→ 生きていれば、祝いましょう!音を外したりミスしたりしても、あなたは生き残れました。これは祝福に値します。おめでとうございます。

・あなたは生きている価値がありますか?

→あなたには、音を外してもミスをしてもあなたのことを大事にしてくれている家族がいますか?いればそれはすばらしいことです。お祝いしましょう!

→あなたには、音を外してもミスをしても、あなたのことを好きでいてくれる仲間やパートナーがいますか?いればお祝いしましょう!

→あなたには、音を外してもミスをしても慕ってくれる先輩や、励ましてくれる後輩はいますか?いればお祝いしましょう!

→あなたがどれだけ音を外してもミスをしても、他の誰かにとってあなたは生きている価値がある世界でただひとりの大切な存在です。それを思い出せたら、お祝いしましょう!

・あなたはまだ演奏できますか?

→音を外してもミスをしても、あなたは健康ですか?やろうと思えば、もう一度演奏できますか?もしできるならば、それは本当に素晴らしいことです。お祝いしましょう!

・あなたにはできることがありますか?

→音を外してもミスをしても、あなたは演奏できる音がありますか?ただただチューニングの音が吹けるだけでも、祝福に値します。思いっきり祝いましょう!

こういった「確認」をして、「無事」を確認できたら、心から祝うようにしましょう。それが、ミスや失敗を怖れて硬くなっていく傾向をいつの間にか消していきます。

②あえて「本当にミスしていいから、やりたいことをやろう」と考えながら演奏してみる

音を外してはいけない
失敗してはいけない

というのは、あなたの心と身体を損ね苦しませる「毒」です。

この「毒」には、「血清」を与えると打ち消し合って健康になることもあります。

そこであえて、

「音を外そう」
「ミスしよう」
「下手くそに吹こう」

としてみてください。

いざやってみると、全然平気なのがわかりますか?

さらに今度は先ほど述べた「練習のやり方」

1:出したい音/奏でたいフレーズを決めて、イメージする
2:実際吹いてみる
3:結果を聴く

1:出したい音/奏でたいフレーズを決めて、イメージする
☆:「本当にミスしていいから、やりたいことをやろう」と本気で自分に言ってあげる
2:実際吹いてみる
3:結果を聴く

というステップを挟んでみてください。

これが演奏するときの身体の緊張をスッと抜いてくれる効果をバッチリもたらすことがあります。

もしそういう作用があれば、しばらく1と2の間にこのステップを挟んで演奏するようにしてみてください。

そうすると「毒」が抜けてきて、段々と音楽に集中して演奏できるようになってきます。

ぜひ試してみて下さい。少しでもあなたの役に立つとすれば嬉しく思います。

Basil Kritzer

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失敗したらどうしようという不安に苦しんでいる方々へ」への8件のフィードバック

  1. すみません。

    先ほどのコメントですが、名前を実名でだしてしまったので公開してほしくないです(>_<)

    また、同じ内容のコメントを投稿してもよろしいでしょうか?

  2. ピンバック: ♫ 007 音楽で失敗しても死なない。 | 歌うことがすきになる。|㐧二音楽室の歌の唄い方

  3. はじめまして
    以前からTwitterやブログを拝見させていただいております。
    現在大学でコーラス部に所属しています。
    中高は吹奏楽部でした。
    間違えちゃいけないと思って、でもやはり間違えるので、まさに「生きている意味が無い」といった考えになってしまいます。
    (重くてすみません。)
    中高ではミスを繰り返すとその箇所の音符を担当から外され、他パートがやることになっていました。
    今はそういったことは無いのですが、
    そういった強迫観念があります。
    素直に楽しくやりたいのですが、
    その考えが消せません。
    ふと思い返すと練習時間があまり楽しめていなくて、
    自分にプレッシャーを与える時間になってしまっています。
    部員には「真面目でストイック過ぎて苦しんでる感じがする、気にしなくていいのに」と言われます。
    きっとバジルさんの様な考えを持っている人なんだと思います。
    そうやって重く考えすぎないで自由な気持ちで練習したいのですが上手く行きません。
    考え方を変えたいです。
    もちろん、変えるきっかけをブログで示してくださっているのは分かっていますが上手く行きません。
    長々と大変申し訳ありませんが、もしよろしければアドバイスや考え方など教えていただけませんでしょうか。

    • りさん

      ぜひ、この2つの本を読んで、内容を実践していってください。
      ①http://basilkritzer.jp/archives/7327.html
      ②http://basilkritzer.jp/archives/2331.html

      • お返事ありがとうございます。
        ご紹介ありがとうございます
        実践していきたいと思います。

  4. ‪以前、こちらの記事を本番前日に読めて良かった!とTwitterで引用リツさせていただいたものです。
    その後、当日リハで身体が緊張で強ばりそうになったときに「私、失敗したら殺されると思ってない?!」と気づきました。バジル先生の記事を読んでいる時は「いや、さすがに危険とまでは思ってないですよ(笑)」と思ってたのですが、いざステージに立ってみると私は他の団員は私が失敗することを許さないだろうと思っていましたし、お客さんも私を厳しく評価しようとしていると無意識下で感じていました。何より私自身が「私はきっとまた緊張で失敗する。そして下手くその烙印を押されて終わるんだ」と強く暗示をかけようとしており、身体はまさに危険を感じガチガチに強ばっていました。
    そこでバジル先生の記事を思い出して「失敗しても殺されるわけじゃない」「お客さんは音楽を楽しみに来てくれてる」「もしかしたら団員のみんなも応援してくれてるかもしれない」と何度も自分に声掛けをしていったところ、身体の力が驚く程ぬけていきました。
    社会不安障害の診断が出たこともあり、ソロでは手が震え1回も成功したことがなかった私がです。
    その後、その当日リハで指揮者から「ホルンさん、森の中から響いてくるみたいに幻想的ですごく良かった!」と声をかけてもらい、もしかしたらただの励ましかもしれないと思いつつも、指揮の先生も自分の演奏を楽しみにしてくれていたのか!と思うことができました。
    そして本番、ステージ上から会場に入ったお客さんを見たときに、皆さんの表情がとても柔らかく見えて「あ、本当に楽しみにしてくれてる…」と20年を越える音楽人生の中で初めて思い、涙が零れそうになりました。緊張があまりない人には信じられない話かもしれませんが、私はずっとお客さんの顔が険しく怖く見えていたのです。それってすごく損をしていたんじゃないか、これからガチガチになって何も楽しめないのってめちゃくちゃ損だ!あー今までなんて勿体ないことをしていたんだ!と本番のステージ上で猛烈に思いました。そして指揮の先生もお客さんを前に柔らかく微笑み、これから始まる音楽を楽しもうとされていることに気がつきました。
    そこからは「私にできるのは楽しい演奏を届けることだけ。好きなように吹いてみよう。自分をカッコよく見せることが目的じゃない」と腹をくくり、演奏することができました。もちろん緊張はゼロではありませんでしたが、今までの1.5割ぐらいで、無事にソロを吹き切ることもできました。小学生の初ソロで失敗して以来、初めて失敗ではないソロでした。団員にも良かったよと言って貰えて、大きな大きな成功体験となりました。
    この成功はバジル先生の言葉無しでは絶対に有り得ませんでした。これから先何年も何十年も恐ろしい緊張が付き纏っていたかもしれません。何とお礼を言ったら良いかわからないぐらい感謝の気持ちでいっぱいです。
    本当に本当にありがとうございました。これからはステージ上で音楽を思う存分楽しみたいと思います。緊張に苦しむ奏者のみなさんもこの記事を読んで成功体験が得られることを願っています。

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