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生徒さんや後輩を指導することがあるひとから頻繁に頂く悩みが
「生徒(後輩)の力みをどうしたら解消してあげられるか分からない」
というものです。
広く俯瞰して考えると、力みは
- そのひとがやろうとしていることが力みを必然的に引き起こす
- そのひとの置かれた状況が力みを必然的に引き起こす
と考えるのが指導の場面ではとても実用的に役に立ちます。
そのとき起きている力みは、よくよく観察すれば、「そりゃ力むよね」と納得できるもの、ある意味そのひとが考えていること置かれている状況を鑑みれば「力んでこそ正常」なものだと考えることができるし、指導においてはそう考えることで力みの解消の手助けを有効にできる可能性が高まると思います。
【生徒(後輩)がやろうとしていること】
あるとき、ある地域でわたしの講座を企画くださった吹奏楽部の顧問の先生がこう仰いました。
「いままで生徒に『力を抜け、リラックスが大事だ!』としょっちゅう言ってきたのだけど、よくよく考えてみると、背筋を伸ばせ・猫背はダメだ・とにかくいっぱい吸え・無駄な動きはしてはいけない、というようなことも言っていたんです。そんなんで力が抜けるわけがないですよね。ようやくそれに気が付きました!」
この先生の教えておられる生徒さんたちはとても積極的で理解も早い子供たちです。だから、いろいろなことが言えばやるしできるのに、力を抜く・リラックスするということだけが全然うまくできなかったのですね。
その理由が、先生が生徒に与えた他の指示が、力を抜くことリラックスすることにはつながらず、むしろ身体を硬く固定させるような指示だったことにあるわけです。
生徒たちは、先生の指示を忠実に実行していたわけです。その指示内容が、力ませるようなものだったから、生徒たちはある意味上手にそれを実行して「ちゃんと」力んでいたということです。
これは指示内容が正しいとか間違っているとか、そういうことが話のポイントではなく、(この場合は先生の指示を受けてですが)
生徒たちが力んでいたのは生徒たちが自身がやろうとしていたこと (=動かないように、背筋を伸ばして、猫背にならないように) が力むようなこと
だったというところが大切です。
その生徒たちの力みを解消したいなら考える中身が変わるように導いてあげる必要があります。
生徒さんや後輩の力みが気になったら、それが起きているときに、彼ら彼女らが実際のところどんなことを考え、どんなことをやろうとしているかを調べてみましょう。
その内容に、力みの原因が見つかることがとても多いのです。
「やろうとしている」ことのなかで、力みを引き起こしている原因になっていることが特に多いのが
- お腹に息を入れよう
- 肩を上げないようにしよう
- 猫背はダメだから背筋を伸ばそう
- 無駄に動かないようにしよう
- 重心を下げて地に足を着けよう
- 音を遠くに飛ばそう
- 音が外れないようにしよう
- 間違えないようにしよう
etc….
などといったものです。
なぜ多いかといえば、それはこれらが特別に「悪い中身」というよりかは、「相手の役に立っているか、ためになっているかの確認なく教え続けられることが多い」ものだからだと思います。
これらを考えていることでうまくいっているひとも一定の割合でいますが、無視できないほどたくさんのひとが、逆効果になっています。
大切なのは、力んでいるときにやろうとしていること・力みを引き起こしている思考を見つけることです。
そのひとにとっての「力み思考」を見つければ、あとはそれを置き換えるだけ。
置き換える際は、次のようなガイドラインが一例として使ってみれると思います。そのときそのひとがやろうとしている内容を、
- より身体の実際の仕組みに近い内容に
- より本人が直接コントロール可能な内容に
- より動きが促されるような内容に
少しでも変化させるのです。そうすれば力みは、完全解消とまではいかなくても改善すると思います。
改善を重ねればいずれ解消に至りますから、一発で完全解消を目指す必要は必ずしもありませんね。
ただし、あくまで実際にそのひとに役立っているかをチェックするようにしましょうね。もともとの思考が、一般化されすぎた「指示」が端緒だったりするわけですから。
【状況・環境・セッティングを変える】
物理的あるいは状況的に力まざるを得ないということもあります。
たとえば、女子生徒がチューバを吹くとき、スカートを履いていて脚を開けず、そのため楽器を脚で挟んで安定させたり吹きやすい位置・角度・距離感に調節したりができない状況になっているケース。
こういう場合、かなり多くのケースで楽器をの重み(チューバは重いですよ!)を腕で必死で支えて苦しんでおり、またマウスピースの位置を調節できずにいるので身体をぐにゃっと曲げて口をマウスピースに合わせています。
これが、わたしたち指導者には漠然と「力み」として感じられるわけですが、「スカートを履いていて脚を楽器の安定保持に使えない」という状況が力みを引き起こしているわけです。
こういったことは、
- 楽器のセッティング
- 楽器のチューニング
- 楽器の調整状況
- 椅子の高さ
- 譜面台の位置や高さ
- ストラップの長さ
- 体格に比して大きすぎる・重すぎる楽器
etc…
などが起因して発生することもあります。
本当はたとえば吹奏楽部で起きがちな代表的な例と、その対策を述べたいところですが、いくら述べても氷山の一角でしかないと思います。実際に起きていることは、その個々の状況、個々のひとによって異なるからです。
したがってここでも、「実際に目の前の生徒(後輩)に役立つかどうか」というチェックがとても大切になります。
書籍などで情報を集めれば、セッティングに関して参考になる情報や、椅子の高さや身体の使い方に関しても「こうすればいい」「これを避けるといい」と述べている情報はたくさんあります。
しかし、文字で表現できること、伝えられることは限られています。あらゆるケースにあてはまるということは無いし、また説明は正確でも読んでいる側の理解がそれに沿っているとも限りません。
だから
試す
↓
効果を測る(チェック)
↓
目の前の状況に関して採用するかどうか決める
ようにするとよいのです。
書いてあることが正しいか間違っているか、自分が思いついたことが正しいか間違っているかの判断をしようとするのでありません。それだと「正しい」と判断したらそれにしがみついてしまい、「間違い」と判断したものには本当は価値があっても見過ごして引き出しが枯渇します。
いま目の前の状況の改善にどのように役立ち、生徒(後輩)のどれくらい役立つのか、興味を持って試したいのです。
そうすれば、段々とあなたの中の引き出しは増えていくし、またひとつひとつのテクニックを洗練させていくことができます。それに、目の前の状況というのはいつも必ず何か新しいことがありますから、それに対応することを楽しむようにすれば、引き出しは無限に増やしていけます。終わりのないプロセスです。
まずは書籍や書いてある情報、ひとから聞いたこと、自分のアイデアや直感を使ってみましょう。実験してみましょう。
効き目がなかったら、「いまのはナシ、ごめん!」と気軽に撤回して、また別のアイデアを試してみればいいのです。一度撤回したアイデアも、その後にやってみると使えたり、別のコンテクストだと有効だったりします。
教える側の、教える自分自身や他の指導者に対する厳しい完璧主義は、演奏者の完璧主義と同じように息を詰まらせ、指導者の成長を阻害するものです。奏者が失敗していいなら、指導者も失敗してよいのです。失敗なくして成長はありませんから。どんどん実験していけるひとほど、指導能力も向上していけます。
Basil Kritzer