【私のレッスンについて・さらに】

昨日、私のレッスンのやり方・考え方についての現時点かつ最新版のまとめを公開致しました。

そこで書いたものがわたしのレッスンの流派生と論理的枠組みを示したものとして、その論理の背景の思想や、論理に整合しないが支持することというのも、またあります。

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①身体感覚は扱わない
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アメリカの金管指導の最大派閥は今ではアーノルド・ジェイコブズの流れにあります。

私が共感し支持するジェイコブズ→ロッコの系譜においても、同じく私が納得し支持するアレクサンダーテクニークの中のバーストウ→マデンの系譜においても、扱われるのは『やりたいことを実現する方法』であり、どちらも(ジェイコブズ的奏法論もバーストウ系アレクサンダーテクニークも)共通して「身体感覚はそのガイドにならない」と考えます。

また、どちらも「そもそも何がしたいか」「どんな音を奏でたいか」「どんなコミュニケーションやメッセージの分かち合いをしたいか」ということを重要な命題とします。

わたしはそれに同意します。

一方で、アレクサンダーテクニークの世界ではむしろ身体感覚に深い注意を向けることや、痛み・不快感のケアが行われることのほうがむしろ一般的です。

これには主に2つ理由があると思います。推測も混ざります。

ひとつは、体の使い方を変えた結果、痛みや不快感が軽減または消失することが少なからずあること。その効果を望んでアレクサンダーテクニークに興味を持つ人は多いし、私自身も実際にレッスンを受けるに至った流れには痛みの問題もありました。

しかし、アレクサンダーテクニークはその成り立ちから「やりたいことをやる」のを実現できるようにしようとするなかで成立したもので、身体的問題の改善は副産物に過ぎませんでした。現在も直接痛みや不快感の問題を扱うことができるものではありません。そういう仕組みになっていないのです。

ふたつめは、おそらく1960年代頃からのニューエイジ運動と重なったことがあるのではないかと思います。精神世界や代替医療、神秘主義的実践の分野の人々がアレクサンダーテクニークに興味を待ち取り入れていった。

ヨガや、フェルデンクライス、ロルフィング、ピラティスなどのボディワークも同じ流れで注目され広がった面があると推測します。それで、アレクサンダーテクニークもそれらと同じカテゴリーで認知されることが多くなった。いま挙げた各体系はそれぞれに独立していて、元々互いに一切、あるいはほぼ一切影響し合わずに成立しているのではないかと思いますが、後になってニューエイジ運動の人々が彼らの探求の角度からこれらを見つけていった。

それで、アレクサンダーテクニークの実践がボディワーク、精神世界探求、治療などと混ざって曖昧になっていることが多いのではと推測しています。

先に述べたように、痛みや不快感の改善に関して間接的に効果があるので、理学療法士や整体師、トレーナーといった 職業の人々でアレクサンダーテクニーク教師になっている人の割合も、アレクサンダーテクニークの世界の中では相対的に高いです。

でも、一番多いのは音楽家や ダンサー 俳優といった背景を持つ人々です。それはとりもなおさずアレクサンダーテクニークが治療やボディワークではなく、やりたいことを実現するための心身の使い方に関するものだからです。

先述したように、歴史的経緯があってアレクサンダーテクニークの世界の中でも、身体感覚の意味や治療との境界線が曖昧になってしまっているわけですが、私はアレクサンダーテクニークにおいては、そしてジェイコブズ奏法論においても、身体感覚に注意を向けることをやりたいことやるためのガイドとすることはないと整理しています。

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②身体感覚や痛みの問題の意味
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では、私が身体感覚や体の痛みといった問題に興味を持っていないかといば、全くそのようなことはありません。

アレクサンダーテクニークの枠組みにおいてもジェイコブズ奏法論においても扱うべきでないというだけです。

私は、心理学的な意味合いあるいは心身症的な意味合いで身体感覚や体の痛みといった問題を理解することを好みます。

心理学においては私は主にユング心理学を学んでいて、ユング派心理分析をすでに3年以上受け続けています。

この文脈において 私は身体感覚や直感を非常に重要視します。

痛みの問題についても、心身症的な意味合いで、その痛みそのものに重要な意味や価値があるとも考えています。

ユング心理学の世界においては、authentic suffering =自己真正な苦悶、という考え方があり、内面的にも身体的にも痛みや苦しみがとにかく無ければいい減ればいいとは考えないし、身体感覚もまたより無意識的なメッセージとしてとても大切にします。

私は自分の痛みの問題の経験からこれに大変同意します。

レッスンにおいてこういった、背景にある考え方を明示的に説明したり推奨したりすることもありませんが、私の物事の捉え方感じ方として こういったものがあるというのは確かなのです。

今回の投稿では、昨日のまとめからは漏れながらも、重要でありかつ明示しておきたい 私自身の考え方を述べさせていただきました。

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