思考の毒抜き

アガリ症のひとは、本番まであと〜日だ…. と考えただけで寒気がしたり、気持ちが動揺することがよくあるのではないでしょうか。アガリは本番の何日も、何ヶ月も前に本番のことを考えたときの反応からその種が育っています。

この恐怖や緊張というような反応を、本番の数日または数週間あるいは数ヶ月前から一回一回逃さず捉え、そのネガティブな力を消してストレスをその都度解消していくことは、地道ですが最も効果ある本番準備法・アガリ克服法と言えます。

その手順を紹介します。

1:ストレスや緊張、恐怖を感じたら、それに気付いておく。

誰かが迫っている本番について何かを口に出したりすると、とたんに怖くなってくることがありませんか?あるいは本番のことをちらっと思ったときに、どんどん悪い方に想像が膨らんできたり。そんなとき、たいてい私たちはストレス、恐怖、緊張を感じています。まずそういう反応をしている自分に気付いておきます。

2:そのときの「思考」を特定する。

自分が身体を緊張させていて、ストレスを感じているのに気付いたら、そのとき自分が何を考えているか特定しましょう。思考は、言葉のときもあればイメージのこともあります。その両者のときもあります。誰でもある例で言えば、

「もっと練習しなきゃいけない」
「失敗する光景」
「誰かにへたくそだと噂されている光景」

といったものです。

「オーディションで失敗し、職を得られず、困窮生活に陥る」

という連想イメージが働いていることもよくあります。

例えば「もっと練習しなきゃいけない」という言葉を思っただけでも、身体がギュッとなりませんか?緊張やストレスは「考えていること」が生んでいます。そのとき感じている緊張やストレスを生んでいる「考えていること」を特定しましょう。

3:その「思考」が絶対100%真実かどうか、自分に問いかけてみる。

緊張やストレスを生む思考。結論を先に言うと、そこには必ず「嘘」が含まれています。その嘘を本当と信じているために、緊張やストレスが生まれます。ということは、自分の思考をさも現実かのように信じることさえやめれば、実は緊張やストレスはスルッと消えたりパッと晴れたりします。

思考をやめる必要はありません。それは不可能です。思ってしまうものは思ってしまうからです。一週間後に久々のソロの本番が迫っていた私も、たびたびある思考が浮かびました。そしてその思考を信じている間は、緊張しておりストレスを感じていました。

それは

「来週の本番で失敗したら、教師・コーチとして信用してもらえなくなる」

という思考です。

これは、信じていると恐ろしい思考です。そこで、自分に問いかけます。

「それは本当だろうか?」

— いちど問いかけるだけでは、まだ本当な気がします。
そこでさらに問います。

「絶対本当に真実と言い切れるだろうか?」

そこまで問いかけると、絶対100%真実とは言えないな、と気付かされます。思考への信じ込みがほぐれてくるまで(つまり絶対100%真実とは言い切れないと思うまで)繰り返し問い直しつづけます。

4:それが真実とは言えない証拠を、三つ探す。

自分の思考への信じ込みに揺さぶりをかける最も効果的な方法が、真実とは言えない証拠を探すことです。自分の思考が真実である、それへの反証を試みるのです。
私の場合。

「来週の本番で失敗したら、教師・コーチとして信頼してもらえなくなる」

これが真実でないケースを3つ想定できるかどうか、試みます。想定できれば、その時点でこの思考が真実ではないことが決まります。

想定1:
たとえば私のレッスンですごく演奏がラクになった人がいたとします。その人は、私が演奏で失敗したからといって、私や私の教えていることに不信感を持つでしょうか? …. あまり現実的ではありません。

想定2:
メジャーリーグコーチや監督には、選手としてはメジャーリーグを経験せず若く引退したひともいます。そのコーチや監督が始球式でうまくボールが投げられなかったとする。その途端に選手は信用しなくなるか?そんなことはありません。

想定3
ニューヨークフィルの団員に、何人も私と同じアレクサンダー・テクニーク教師がいます。彼らは演奏は超一流です。それなら私の演奏が二流だからといって、アレクサンダー・テクニーク=私の教えていることを信頼しない、そんなことはちょっと考えても無意味なことです。

このように、自分がさも現実かのように信じ込んでいたことが、「そうでないかもしれない」ケースや可能性が三つも見えてくれば、脳は自らの思い込みにしがみつく力を弱めます。このとき、ストレスの解放が始まります。

5:思考の結果を見て、それが望むかどうか決める。

ストレスをもたらしていると特定された思考。その思考を現実かのように思い込み反応しているとき、どんなことが自分に起きているますか?その身体的影響、精神的影響、感情面での影響、人間関係での影響、自分の行動まで幅広くその思考がもたらしている影響を認識していきます。そして、その影響を認識したうえで尚、その思考をこれからも信じ続けたいかどうか自分に問います。

私の場合ですと

思考:
「来週の本番で失敗したら、私の教えていることを信頼してもらえなくなる]

身体的影響
・息が詰まる。
・頭や顎を後ろに引いて首が硬くなる。
・胸を縮こめる。
・背中の中央が重くなり、痛くなってくる。
・太ももや股関節が疲れてくる。
・疲れてくる。

精神面
・思考がネガティブなものばかりになる。
・建設的に考えたいことも、そういう頭の余地がなくなる。

感情面
・誰も味方がいない、という気分になる。
・自分のキャリアは終わり寸前だという気がしてくる。
・切羽詰まった、暗い気分。
・不穏で不吉な感じ。

行動面
・人とのつながりを切ってしまいそうになる。
・本番の機会をなるべく避けようとする。
・人に会いたくなくなる。
・能率、効率が落ちる

というように、よくよく見ていくとおどろくほど広範な影響力があります。

さあ、ではそんな影響のあること(=ストレスをもたらしていると特定された思考を真実かのように思い込むこと)を自分は本当にやり続けたいだろうか?もちろ、続けたくありません。

6:その思考が無かったとしたら….

ストレスをもたらす思考が、もし無かったとしたら、いったいどんな感じがするでしょうか。目を閉じて想像します。いつもはどうしても考えてしまうストレス源の思考がもし仮に、まったく無かったとしたら。いつもその思考を持ってしまう場面を想像します。

その同じ場面で、例のストレス思考がもし仮にいっさい浮かんでなかったとしたら。

どんな感じがしますか?
どんな気分になりますか?
自分はどんな在り方や振る舞いになっていますか?
相手がどのように見えてきますか?

この想像をしていると、急にラクになったりホッとすることがあります。それがストレス思考を信じるのをやめた場合に恒常的に体験することになる状態です。

7:逆もまた真なり

最後に、元々のストレス思考をひっくり返してみます。ひっくり返したとき、それもまた真実と言えるでしょうか?あるいは元々のストレス思考より現実的である可能性はあるでしょうか?ここはいろんなやりようや工夫がありますので、私の場合だと次のようなひっくり返し方があります。

「来週の本番で失敗したら、私の教えていることを信頼してもらえなくなる」

「来週の本番で失敗しても、私の教えていることへの信頼は揺るがない」

「来週の本番で失敗したら、私の教えていることを信頼してもらえなくなる」

「来週の本番で失敗はしないかもしれない。だから大丈夫かもしれない」

「来週の本番で失敗したら、私の教えていることを信頼してもらえなくなる」

「来週の本番で失敗しようがしまいが、私の教えていることを信頼するかどうかは自分でなくそのひと本人が決める」

これらいずれも真実であると言えますね。このような光景が見えてくると、元々のストレス思考はもうだいぶ力を失っています。何を怖れていたのか一瞬忘れてしまうこともあるかもしれません。

ひっくり返し方は何通りもあります。例えば

「Aさんのせいで自分は弾きづらい」

「自分のせいでAさんが弾きづらい」

「Aさんのせいで自分は弾きづらい」

「自分のせいで自分を弾きにくくさせている」

という逆もまた真なり、を見つけられるときもあります。

この1〜7の手順を、繰り返し使いましょう。面倒ですが、毎回確実にストレスからの解放が起ります。ある意味、マインドの清掃作業と言えます。同じストレス思考は何度も戻ってくることがあります。ですがその度にこの地道な手順をやっておくと、だんだんと同じ思考が浮かんでも真剣に取り合わずに笑って済ませることができるようになります。そうやってマインドが安定してきます。そうすると、舞台上でも意識を向けたいことにちゃんとスムーズに向けられるようになってくるのです。

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思考の毒抜き」への7件のフィードバック

  1. ピンバック: あがり症克服のためのトータルプラン〜8つのステップ〜 | バジル・クリッツァーのブログ

  2. 明けましておめでとうございます。

    すばらしい記事をシェアいただき、感謝の思いをお伝えします!
    私も、まさにあがり症の体験をして、ずっと苦しい思いをしました。結果を出したいところで思うような結果が出せず、それから今まで7年くらい自己嫌悪の連続でした。
    現在は乗り越えたいと答えを探しているところです。そこでバジルさんの記事を読み、早速試してみたいと思いました。正月早々素敵なヒントにめぐり合えて嬉しく思います。本当にありがとうございます!
    3月に札幌で開催されるセミナーに参加予定です。とても楽しみにしています。よろしくお願いいたします。

    • yuki.h さま

      あがり症、ほんとにほんとに厄介で複雑怪奇な問題ですよね。
      わたしもいまだに、取組中です。

      でもそのおかげで見つかるアイデアや対処法の数々は、どれも興味深いものばかりで、どれかが誰かにとても役立ったりするので、ある意味あがり症様々です。

      札幌でお会いできること、楽しみにしております。

      Basil Kritzer

  3. はじめまして、音大で管楽器を専攻している学生です。バジルさんの記事を読ませていただいてどうにもできないこの現状になんとかアドバイスをいただけないかとコメントさせていただきました。
    わたしは大学の試験ではいつも程よい緊張程度で演奏することもでき、それなりの評価をいただいてきました。そのせいもあり様々な本番のメンバーに抜擢されることも少なくありません。しかし、オケや吹奏楽といった中でソロが来ると怖くて怖くてまともに吹けません。あの子は成績が良いから…という周囲の目が計り知れないプレッシャーで失敗できないと思ってしまうのです。
    ソロでやることより合奏中のソロがとてつもなく怖いんです。もう自分でもどうにもできず、挙げ句の果てには学校内で指揮の先生方とすれ違うことにさえ恐怖心をおぼえています。どうしたらよいのでしょうか…

    • Rikaさん

      おそらくお気づきのこととは思いますが、全部自分の「あたまの中」で起きていることですよね。
      客観的に見れば、合奏で担当するソロの方が注目度も難易度も低いのですから。

      「合奏中、みんなわたしのことを『あの子は成績が良いから失敗してはいけない』という目で見ている」

      という思考ですよね。

      それの毒抜きはやってみましたか?

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