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楽器演奏のための『基礎練習』には、大きく分けて2種類が存在するのではないかと思う。
ひとつは、『技術・物理の基礎練習』
もうひとは、『音楽の基礎練習』
である。
技術・物理の基礎練習とは、音を生み出したり変えたりする奏者から楽器または自身の体に対する働きかけのスキルを訓練する性格のものだ。楽器や身体を扱い操作しコントロールする能力を会得し高めていこうとする意図に対応したものだ。
音楽の基礎練習とは、音階や分散和音、教本、エチュードなどを用いて行われることが多いもので、演奏しようとする楽曲やその楽曲のジャンルを構成する音階、和音、特徴的アーティキュレーション、基本的フレージングなどを知り・詳しくなり・慣れるためのものだ。
この区別を分かっておくのは有益だと思う。そうすれば、いま自分が何を学習したい・する必要があるのか、あるいは指導者としては生徒さんに何をいま知ったり取り組んだりしてもらいたいのかをまずは自分が明確に把握し、それに応じた練習の内容および意識の仕方を設計・選択できるからだ。
というのも、例えば音階練習。
これは楽器により技術的・物理的な面においては必ずしも基礎的ではないか、その難易度に大きな差がある。金管楽器はたった一音を生み出すことが他の楽器に比べて難しいが、その代わりたった一音でも良い音で奏でることができれば、その時点で他の音を奏でたり複数の音を並べていくことが飛躍的に容易になる性質が色濃い。そうすると、金管楽器の技術的・物理的基礎は『発音』の方にこそあり、音階はその応用と言える。他の楽器だと音階はより容易であり、もっと初歩的・基礎的なものと言える度合いが高いであろう。
一方で、音楽の基礎練習としては、音階はどの楽器においても非常に重要な基礎である。多くの楽曲、音楽ジャンルが音階を基盤に構成されているからだ。反対に、『単音』では音楽またはその基礎を構成するとは言えないケースが多いであろう。
したがって、音階練習をやる・やらせる場合、その目的は技術的物理的基礎能力の訓練にあるのか、音楽の基礎の学習にあるのかは、選択する当人がまず明確にしておくとよいだろう。一石二鳥を狙うにしても、混同しないでおくのが賢明であろう。
また、意識する内容も異なってくる。
題材として単純な音階を選択したとしよう。
このとき、技術的物理的基礎練習が念頭にあるのならば、奏者が意識するとよいことは、『どうやって音を生み出しているか、変えているか』といった『方法』のところになる。息をどのように吐いて、身体のどこを使っていて、どのような力学で振動を生み出すのか。それを意図あるいはイメージして実行する。そうすることにより、意図と結果の対応の一致あるいはズレという結果のデータが学習を気づきをもたらし、イメージや意図の変更案または洗練案を考えさせ、次の実験(トライアルアンドエラー)を有意義なものとし、上達を実現しやすくなる。
一方、音楽的な基礎練習として音階を採用しているならば、たとえば伴奏の和声を誰かに演奏してもらうか音源から流すかしながら演奏するなどして、その音階の個性、調性感、活用法などを知ったり意識したりできるようなやり方を考えていくとよいであろう。
このように区別ができていれば、そこで『両方意識する』ことは可能になるであろう。
技術的・物理的基礎練習は、まず楽器によって、次に奏者の習熟度によってその外形的な形はかなり変わっていてよいはずだし、その方が効率的・効果的であることが多いという点に気付いて頂ければ、練習の内容選択そして設計の幅が大きく広がるであろう。
Basil Kritzer