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ボストンブラスなどで活躍したチューバ奏者、アンドリュー・ヒッツ氏が主催するプロジェクトが『The Entrepreneural Musician』。日本語にすると、『起業家的音楽家』です。
オーケストラの団員になる、ソリストになる、学校の先生になる….音楽家として食っていく・生きていくうえで、標準的な音楽教育の場で前提になる将来イメージはごく限られています。
しかし、現実にはそのいずれにも分類されない音楽家や、いろいろな仕事を組み合わせて真の自己実現をしている音楽家でちゃんと食べていけている音楽家、さらには経済的にかなり成功している音楽家がたくさんいるのです。
こうして、音楽を中心にして起業をし、あるいは起業家的精神でキャリアを形成している人物たちにインタビューで迫るのが、アンドリュー・ヒッツ氏の同名のポッドキャスト『The Entrepreneurial Musician』なのです。
今回は、音楽事務所のバックアップや誰かからの経済的またはマーケティング的な支援なくして、自らの伝手と工夫を駆使して全米で「家庭コンサート」を行う形を作り上げたミュージシャンであるシャノン・カーティスさんへのインタビューです。
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→【繋がり・ネットワーク・コンテンツは自分で所有せよ】
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【「あるべき音楽家像」というエゴに囚われるな】
Andrew
『電子書籍を自己出版できることの良さについてだけれど、たとえば出版してから2、3箇所スペルミスが見つかったとしても、すぐ直してすぐアップロードし直せば即座に訂正版を提供できる。さらには、以前に電子書籍を購入してくれた場合には、その書籍の新版をメールですぐ届けることができる。それはずっと前に購入してくれたひとにその本やあなたの存在を思い出してもらうきっかけになる。そういった、編集や訂正の自由度だけでなく、家庭コンサートが軌道に乗っていることを、そのコンサートのデータを新版に掲載して更新通知を送ることもできたんだよね。たとえば2013年にはコンサートツアーで500人のメールリスト新規購読者を集めたのに対し、翌年には550人を集めた。そのほかいくつもの指標に関して、前年比の数字を具体的に最新情報を電子書籍に書き加えることができて、1年ごとにその数字が確実に徐々に増加していることも示せている。そうやって、すべてをコントロールできていて、コントロールできているということは偶然ではなく意図的にやっている。そういやって大事なことが自分でコントロールすることの大事さは、きっとビジネスを育てる過程での様々な誤りから学んだことの反映でもあると思う。』
Shannon
『そう。すべて学び。いろいろコンサートツアーをやる中で試してみて、うまくいくこととうまくいかないことを観察する。そして、何でも変えてみるリスクを取る勇気や新しいことを試す意欲。コンサートツアービジネス全てを自分たちで所有し、人々やコミュニティーとの繋がりも自分たちで管理できて、自分たちの考えで進めていくことができているから、迅速に変更・修正・試行ができて前進することができる。この方向で良いはずだ、と思って進んだのに二進も三進もいかなくなるところにハマってしまうことは、いつでも有り得ること。たとえば、わたし自身こんなことがある。わたしは「パーソナルソング」の作詞作曲を提供するという仕事もやっていて、記念日などに愛する人のためにということで依頼されることが多いのだけれど、この5年で80曲ほどそういう曲を作ってきた。でもそれを始めた年というのは、そのパーソナルソングの提供という仕事についてものすごく葛藤していた、「”本物”のアーティストならこんなことはしない」と考えて。でも、そのときは経済的にすごく困っていて、何としてでも自分のスキルを活用してお金を稼ぐ道筋を見出さなきゃいけなかった。そうしないと家賃も払えない状況だったから。そんなときに思いついたアイデアだったのだけれど、「TVや雑誌で見るような”本物”のアーティストは、自分の作詞作曲を一般人のために提供なんてしない」という考えに囚われてすごく苦しんだ。「あるべき音楽活動の在り方」というイメージに沿ってやろうとしても、何にも結果が出ないという隘路にはまり込んでいた。….それが5年経ってすっかり捉え方が変わった。まず、家賃の支払いができる!わたしの収入の重要な一部になっているし、それに何より、とても報われる活動なの。だって、作詞作曲する相手のことをとても深く知ることになるのだから。とても大事なことのために貢献できるのだし。』
Andrew
『本当だね。作詞作曲する相手の名前だけ知ればいいなんてもんじゃない。』
Shannon
『この仕事は、他者のことをよく知って、そのひとと大切な関係を築くことの上に成り立っている。』
Andrew
『“本物”についての葛藤というのは、実際のところ誰の為にもならないゴミのような葛藤なのだけれど、でも実に多くのひとが苦しむとても人間的なものだ。あるべき姿、するべき活動という「べき論」がいかに非生産的か。』
Shannon
『家庭コンサートも、元々はその葛藤があった。”本物”のアーティストは”本物”のコンサート会場で”ちゃんとした”チケットを売って…みたいなイメージね。家庭コンサートにはそんなもの、ない。もっと言えば、いくらの収入を得るかという保証もない。その場に行って、集まった人たちのために音楽を奏でて、得られるものは聴いてくれたひとたちの寄付金次第。”あるべき”コンサートとは全然違う。』
Andrew
『ぱっと見、ひどいビジネスモデルに思えるけど、とろこがどっこいあなたはそれで大成功できることを証明してみせた。しかも何年も。もしぼくの生徒がもし、「演奏しながら旅して回って投げ銭で稼いでいくよ!」なんてぼくに言ってきたとしたら、こいつは正気かと思ってしまうところだろうに(笑)』
Shannon
『そんなことは”本物”のアーティストはしない….なんていう葛藤は、まったくもって「エゴ」にすぎない。』
Andrew
『その通りだ。ほとんどの怖れはエゴからやってくる。相手によく思われたい、評価されたいというエゴだ。』
Shannon
『アーティスト人生において、アーティストとしてエゴを捨て去る意図的な決断や行動をするとき。そのときこそが、コミュニティのなかで持続可能なキャリアの基盤となる人同士の関係を築き上げるために欠かせない、「本来の自分」を露わにする瞬間ね。エゴの真っ只中から自分を引っ張り出して、ひとにどう思われるかについてばかり考えることから離れて、人間としてできる限り自分らしく他者と関わっていくこと。それがわたしにとって大事な学びであったし、結果的にそれがうまくいくことだと明らかになる。わたしたちはそういう真の誠実な人間関係を必要としているから。』
Andrew
『きっと、あなたの家庭コンサートに行った後、別にあなたのアートによって人生が変わりなんてしなかった人だっているだろう。当然だ。でも、あなたの音楽に触れたせいで音楽が大嫌いになったひとはいないはずだ。』
Shannon
『それくらい強い印象を与えたとしたら、ある意味成功だけど(笑)』
Andrew
『確かに、好意的な意見でも否定的な意見でも、何か他人に「意見」を生じさせることをやるというのは有意義だね!ライアン・ハラデーという著者が書いた「敵はエゴにあり」というよく知られた本がある。ボストンブラス時代のある日、素晴らしいホールに2千人くらいの聴衆が集まって、出演者はぼくたちだけのコンサートがあった。その次の日、音楽業界をよく表す出来事があった。次の日に、その街の小さな大学の小さなカフェテリアで演奏することになったんだ。会場はせいぜい60人くらいしか着席できない狭さ、舞台の高さも15センチくらい。ひどい照明で、会場に対して金管5重奏の音が大きすぎる。聴衆は学生が10人くらい、しかも期末試験を控えて気が気でない。カフェテリアないのサンドイッチ屋はずっと注文を大声で取っている。前夜とは打って変わって….とても理想的とは言い難い状況だった。35ヶ国を演奏して回るようなグループで実績を積んできているのに、ウェストバージニア州の片田舎の街で、サンドイッチ屋を相手に聴衆の気を引こうとしなきゃいけないなんて….!演奏生活というのは、どれだけ偉くなっても、いつも良いホールや聴衆を相手に演奏できるわけではないんだよね。でもそれを嫌がったり、前夜の最高のホールと聴衆と比べて落ち込んだりは、エゴの為せる技なんだ。その日そのときにあった演奏の機会が、そういうものだったというだけなんだ。どれだけキャリアを積んで一流になっても、「こんなはずじゃない」とエゴに絡め取られてしまうことはあるね。それが人間というものかな。』
Shannon
『誰しもそうね。』
Andrew
『さて、最後にあなたが新しく始めたPodcastについて教えてほしい。』
Shannon
『夫と始めた新しいPodcastで、これまで多くの人と音楽を通じて出会ってきて、コミュニケーションを育み関係を築いてきたけれど、音楽を超えてわたしたちとおもっと深く繋がりたいと思ってくれるひとたちがいることが見えてきた。それで、どんなテーマであってもそのときわたしたちが考えていることや取り組んでいることについて、深い話をするPodcastをやることにした。週1の更新なんだけれど、1週は完全公開の回、翌週はわたしたちがPatreonというサイトを使って運営しているオンラインメンバーコミュニティーのメンバーに限定して配信する回。わたしたちの活動をサポートしてもらう「方法」や「媒体」を多様化させればさせるほど、もっと多くのひとから、より多くのサポートをしてもらえるようになる。ひとによっては、家庭コンサートにだけ来てCDを買うという形だけで関わりたいひともいれば、家庭コンサートに来てくれつつ春の特別コンサートのための基金に協力してくれようとするひともいれば、あらゆる方法でわたしたちの活動をサポートしたいという熱烈なひともいる。そうやって、オンラインコミュニティーメンバーには様々な限定コンテンツを提供するし、オンラインで交流する機会も作る。メンバー同士がわたしたちと関係なく繋がって色々交流してもいる。』
Andrew
『ケヴィン・ケリーの「1000人の真のファン」という本で、年に200ドルお金を使ってくれるファンが1000人いれば立派な収入になるということを述べている。その際、たったひとつの商品だけで1000人から200ドルもらうのは大変難しい。Led ZeppelinでもCDを100ドルで売るわけにはいかないのだから!でもTシャツやステッカーといったグッズ、オンラインコミュニティー、コンサート、寄付金、基金協力、CDなどなど色々な物品があれば、ひとりひとりのその時々の気持ちや懐事情に合わせて少しづつでもお金を使ってもらえるね。
きょうはとても勉強になった。ありがとう、シャノン!』
Shannon
『こちらこそ!』
《了》
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