演奏家のアンブシュアタイプ分析 〜チューバ編その1〜

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前回のホルン編に続き、静岡県在住のチューバ奏者・酒井一人さんのリクエストを受けて、こんどはチューバ奏者たちのアンブシュアタイプを、酒井さんにご紹介頂いた映像による実例を挙げながら分析していきます。

では、始まり始まり。





【アンブシュアタイプとは】

詳しくはこちら『金管楽器の3つの基本アンブシュアタイプ』をご覧いただくとして、金管楽器奏者のアンブシュアは2つの指標から三種類のタイプに分類することができます。


指標1:マウスピースの中の唇の割合

A:マウスピースのリムの中で、上唇の割合の方が多い奏者は、息が下向きに流れます。

B:マウスピースのリムの中で、下唇の割合の方が多い奏者は、息が上向きに流れます。

これは、正確には透明マウスピースを用いて見分ける必要があります。


指標2:マウスピースとアンブシュアの動きの方向

a:音を上昇するにつれて、マウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するときに下方向へ動く奏者。

b:音を上昇するにつれて、マウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するときに上方向へ動く奏者。


〜3つのタイプ〜

指標1においてAの奏者は、指標2においてaの運動を用いる奏者と、bの運動を用いる奏者に分かれます。

指標1においてBの奏者は、指標2において必ずbの運動を用いています。

したがって、

Aa=超高位置タイプ
Ab=中高位置タイプ
Bb=低位置タイプ


の3タイプに分かれることになります。



【各タイプについて】

Aa=超高位置タイプは、ごく一般的なタイプです。音は明るく軽く、輝かしい傾向があります。

Ab=中高位置タイプは、おそらく最も多いタイプです。音は柔らかく太く、暗い傾向があります。

Bb=低位置タイプは相対的少数派で、多くとも金管楽器を通じて20%ほどだろうと思われます。音は明るくも強い張りを持ち、密度が高く印象的です。


中高位置タイプと低位置タイプを正確に見分けるには、透明マウスピースを用いる必要が出てくることがあります。指標2の動きが同じだからです。とはいいつつも、典型的で、そうしなくても見分けがつくこともよくあります。


今回の分析で、Bb=低位置タイプは1例しか登場しません。そのタイプの奏者の動画が、送っていただいた15個ほどの動画の中で、一例しかなかったからです。しかしそれはこのタイプが相対的少数派だからであり、そういう奏者が存在しないわけでも、その奏者がハンディキャップを持つからでもありません。


【低位置タイプについて】

少数派が故に否定されたり間違った指導の被害を受けたりすることが多く、ポテンシャルを引き出すことに苦労させられている傾向があるといえるでしょう。

しかし、金管楽器の世界のなかでは、トランペットの指導文化が最もこのタイプに寛容であり、そのおかげでこのタイプの奏者のサンプルも見つけやすいのが特徴です。ジャズ・クラシックどちらにおいても比較的、低位置タイプを異端視しないと言えると思います。ただし、ジャズトランペット界の方がより寛容と思われます。

トロンボーンも同様に、ジャズトロンボーン界においての方が、この低位置タイプに対する偏見が少ないように思われます。

残念ながら、ホルンの世界がもっとも低位置タイプに対する偏見が強いと言えると思います。



【チューバの特徴】

チューバは他の金管楽器とちがって太ももなどに固定されているため、アンブシュアタイプを理解するための

・息の方向
・音を上昇下降するときのマウスピース+アンブシュアの一体的運動の方向

のうち、後者のマウスピースの動きの量が少なく、代わりに頭や胴体を動かして相対的位置関係を移動させているように思います。

その動きを、他の金管楽器楽器に比べてわたしも分析しなれていないので、少し難しいですがチャレンジしてみることにします。

また、マウスピースが大きいため、唇に対しての位置関係も少し見分けがつきづらく、さらに上下の動きが少ないからかマウスピースが大きいからか、左右の動きが他の楽器より目立つ気もしました。

一部、中高位置か低位置か見分けづらい奏者もいました。



【超高位置タイプのチューバ奏者】

〜アラン・ベアー(ニューヨーク・フィル)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するにつれて下方向へ動いています。

・その軸は顔のやや右側の面をほぼ垂直に移動しているように見えます。こういった軌道の位置や傾き加減は、個人差の領域です。


〜パトリック・ハリルド(ロンドン交響楽団)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するにつれて下方向へ動いています。

・その軸はやや傾いており、高音時に左上へ、低音時に右下へ動きます。この傾きは、ハリルド氏の個人差に属する部分です。先ほどのベアー氏よりは、垂直に近いように思えます。


〜キャロル・ヤンツ(フィラデルフィア管弦楽団)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するにつれて下方向へ動いています。

・その軸はほぼ垂直ですが、顔の若干左側にあります。こうした軸の軌道の位置も、?氏の個人差に属する部分です。

・立奏だからだと思いますが、ヤンツ氏の場合は、マウスピースとアンブシュアの一体的位置移動のために他の金管楽器と同じく、腕で楽器を上下させているのがよく分かります。



〜アレッサンドロ・フォッシ(元ローマ・サンタチェチーリア管弦楽団)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するにつれて下方向へ動いています。

・その軸は、左へ傾いており、左上⇄右下の軌道を辿ります。こうした軌道の傾きは、フォッシ氏の個人差に属する部分です。

・フォッシ氏の場合、頭と首を側屈(横に倒す)動きを、マウスピースとアンブシュアの一体的位置移動のために用いているのがよく分かります。


〜クリス・オルカ(シアトル交響楽団)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するにつれて下方向へ動いています。

・1:52~のあたりからその動きがよく見てとれます。3分類法による超高位置タイプの中でも、ラインハルトの9分類法に基づくと3Aの典型だと思います。また、超高位置タイプのアンブシュアコントロールて大変良いお手本になると思います。

・呼吸の幅の大きさ・柔軟性が凄いですね!とても印象的で、感銘を受けました。


《超高位置タイプの特徴・傾向》

これら超高位置タイプの奏者の特徴として、しっかり超高位置タイプのメカニズムに則って演奏しているときにアンブシュアタイプの研究者たちが感じている傾向や、レッスン経験からわたしが感じている傾向を挙げると、

・高音域はどんどん伸ばしていける
・低音域は常に「緩めすぎ」になりがちで、注意深い練習が長期に亘り必要
・音色は、明るい・軽い
・半音階のスラーや自然倍音を順に上昇・下降する練習法が向いていそう。
・唇を寄せる・絞る運動を実感しやすい
・グリッサンドやスラーは得意そう
・タンギングのスピードや跳躍の俊敏性がやや苦手か

といったところが興味深い点です。



【中高位置タイプ】

〜セルジオ・カロリーノ(ポルト王立交響楽団)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するにつれて上方向へ動いています。

・その軸はやや傾いており、高音時に左下へ動いているのがよく分かります。この傾きは、カロリーノ氏の個人差に属する部分です。


〜ローランド・セントパリ(ハンガリー国立フィルハーモニー)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するにつれて上方向へ動いています。

・その軸はやや傾いており、右下⇄左上の軌道を辿ります。この傾きは、セントパリ氏の個人差に属する部分です。


〜ジョン・サス(ソリスト)〜

少し判断が付きづらく、もしかしたら低位置タイプかもしれません。しかし、おそらく息は下向きと思われますので、中高位置タイプである可能性が高いと思います。



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するにつれて上方向へ動いています。

・横からの映像のため、その軸の傾きがどうなっているかよく見えませんが、6:05~6:10 のあたりで高音に一気にスラ〜で上昇するとき、少し左下に移動しているように見え、その直後、音域を下がってくるときにマウスピースが右側に移動してくるように見えます。9:15~のあたりもそう見えます。


《中高位置タイプの特徴・傾向》

これら中高位置タイプの奏者の特徴として、しっかり中高位置タイプのメカニズムに則って演奏しているときにアンブシュアタイプの研究者たちが感じている傾向や、レッスン経験からわたしが感じている傾向を挙げると、

・音色は柔らかい、あるいは暗いまたは太い。
・跳躍や柔軟性に優れている。
・太い音色のまま高い音を吹こうとしがちで、結果高音域に困難を感じていることがある。
・スラーならジグザクで進んだり、タンギングならアルペジオを利用すると良さそう。
・スラーもタンギングも、ゆっくりよりかなりスピード感をつけた方がうまくいきやすい。
・唇を絞る・寄せるより、挟む・閉じるという感覚の方がしっくり来やすいか。

といったところが興味深い点です。



【低位置タイプ】

〜オーレン・マーシャル(ロンドンブラス)〜



今回の記事で登場する奏者の中では唯一、息が上向きの低位置タイプ奏者です。相対的少数派ですが、少数派であることが演奏に不利ではないことが一目瞭然ですね。

・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するにつれて上方向へ動いています。

・この動きはマーシャル氏の場合、ほぼ垂直です。傾いているケースも普通に存在します。それは個人差の領域です。


〜ディルク・ヒルテ(カールスルーエ・バーデン州立歌劇場)〜



もしかしたら、低位置かも?という感じです。動きは中高位置もしくは低位置でしょう。あとは、息の向きがどうなっているか。透明マウスピースで確認したいところです。

・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するにつれて上方向へ動いています。

・この動きはヒルテ氏の場合、右下⇄左上です。これは個人差の領域です。


《低位置タイプの特徴・傾向》

これら低位置タイプの奏者の特徴として、しっかり低位置タイプのメカニズムに則って演奏しているときにアンブシュアタイプの研究者たちが感じている傾向や、レッスン経験からわたしが感じている傾向を挙げると、

・金管に共通して、相対的少数派である。
・そのため、このタイプの存在と機能の仕方を理解しない奏者や指導者に間違った指導を受け、調子を崩したり潰されたりしがちである。
・音色は明るいが、強い張りや密度がある。
・マウスピースとアンブシュアのセッティングがハマっていれば、あらゆるテクニック領域をこなせる。
・反面、マウスピースとアンブシュアのセッティングや関係がズレると、崩れやすい脆さがある。
・この特質と関係するのか、音階やスラーなどよりは、単音のアタックやロングトーンなどの練習が向いているようなケースが見受けられる。

といったところが興味深い点です。

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以上、金管楽器奏者のアンブシュアに見いだすことができる3つのタイプに関し、それぞれの実例を映像で紹介しました。

「このひとの場合は?」

という分析リクエストがあればぜひ、映像リンクとともにこの記事にコメントくださいね。

今後、トランペット・トロンボーンそれぞれに関しても同様の記事を書きたいと思っていますので、見やすい映像をお知らせいただけると嬉しいです!

ホルン編、チューブ編の続編もやりたいので、ぜひそちらも映像をお知らせください。
特に、相対的少数派である低位置タイプの映像を集めたいです。


Basil Kritzer



8 thoughts on “演奏家のアンブシュアタイプ分析 〜チューバ編その1〜

    • しばたさん

      動きが非常に少ない(すごいことです)のでちょっと自信ないけれど、
      たぶん超高位置だと思います!

      Basil

  1. Pingback: 演奏家のアンブシュアタイプ分析 〜ホルン編その2〜 | バジル・クリッツァーのブログ

  2. テューバ特集素晴らしいですね!
    ジョン・フレッチャーさんはどうでしょうか?https://m.youtube.com/watch?v=2-NVMsj6lXA

  3. こんにちは。
    私は低位置タイプのホルン吹きですが、アーノルドジェイコブスの、アンブッシュアに関する考察を放棄する考え方に長年影響を受けてきました。彼の考え方は、従来の超高位置をスタンダードとしたアンブッシュア指導中心の世の中においては低位置タイプと相性がいいように思うので、彼自身はどのタイプなのか気になっています。
    ちなみにジェイコブスの考え方だけではうまくいかなくて、これまで日によって3タイプを行き来していたということがバジルさんのアンブッシュアタイプの記事を見てわかりました。当然調子を崩しがちで、なんとかしようと「ちゃんと」超高位置タイプのスタンダードなアンブッシュアを目指した時期には全く音が出ない状況にも陥りました。
    その後ジェイコブス的なアプローチに戻し、3タイプを行き来しながら、不安定ながらかろうじて演奏を続けているような状態が続いていましたが、バジルさんのおかげでようやく一貫性のある自分らしい音色、奏法にたどりつけた気がしています!低位置を意識し始めてからまだ2ヶ月くらいなので、油断すると高位置に戻りがちで、低音もなかなか出にくい状況ですが、普通に上達する状態というのがこんなに長続きしたのが初めてで、すごく吹いていて楽しいです!ありがとうございます!
    いつかお会いしてみたいです!

    • いなおさま

      こんばんは。

      これらの記事が役立っていることを知れて嬉しいです。
      ありがとうございます。


      誤った分析に基づいた誤った操作をするよりは、アンブシュアも含め、何も分析せずに「自然に任せて」やった方が良いのは確かです。

      そして、アンブシュアに関しては実際誤った分析や誤っている、または適用範囲などに関して大きな誤りを含んだ方法論が多いのも確かですから、それらに捉われてしまわないためには、「アンブシュアは何も考えないのがよい」「そして自然に任せる」という考えを構築していくことは実際役に立つ場合もとても多いと思います。

      しかしメカニカルに自分にとって良くない、あるいは合わないことをやり続けているとすれば、そしてそれが習慣などにより「自然に」修正されていっていないとすれば、それは考察や意識的な操作または練習を放棄し続けていても改善されないわけで、そこでこういった真実を明らかにする研究と考察の情報がとても役立ちますね。

      そして、アンブシュアタイプは作為的なものではなく、解剖学的特徴にもとづいて一人一人が備えているメカニカルなパターンを知るためのものですから、この理解に則って意識的な練習を重ねていくことは、大枠において「不自然さ」や「害」を生むことより、機能的な奏法、そのひとにとって自然な奏法、意識的練習から生み出されるテクニックの洗練、奏法の理解から得られる自信や精神的安定などにつながることの方がはるかに多いと思います。

      Basil

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