– – – –
【MRIでみえてきた、ホルン奏法】
アリゾナ州立大ホルン科教授のエリクソン氏と、ゴードン大学身体運動学教授のイリティス博士の対談シリーズその2。前回はこちら
【MRIでみえてきた、ホルン奏法】
〜その2:スラー・タンギング〜
エリクソン
「ファーカスはスラーに関して、『スムーズなレガートは、息の流れは変わらないまま、唇で行われる』と述べています。しかしイリティス博士の研究の映像を見ると、スラーする音と音の間で舌が動いていることがはっきり分かります。わたしは金管奏法に関する文献でその事を述べているものを見た事がありません。どれくらい、観察されるものなのでしょうか?」
イリティス
「これに関しては、いくつかの見方が可能です。
ひとつは、スラーを行っている様子を観察することです。音と音の間でどのようなことをやっているか、たとえば自然倍音列をスラーで奏でているときなどです。それについてはかなり調査しました。それで分かるのは、舌が脈打つような動きをする、ということです。一音ごとに、そのような動きをします。とくに高い倍音に行くと、舌は口の中で上方かつ前方に動きます。
そうやって、空気柱にいわばブースト・加速が加えられて音を変えることに関わっていると言えます。ですから、不変の空気柱という考え方は正しくありません。まちがいなく、変化が起きています。」
エリクソン
「そうなんです、少しも脈動のような動き無しで音を変えるのは不可能です。もちろん、ワオンワオンという音の変わり方になってほしくはないですが、まっすぐに息を吐き続けてヴァルブを動かせばいいなんて、考えづらいです。
スラーのときに、舌が脈打つようにして動く、というイメージはすごく好きです。そこから、タンギングについても考えていけると思うのです。
昔からYoutubeにもあるようなタンギングのX線動画を見ても、ファーカスの述べているタンギングのあり方は正しくないことが明らかです。ファーカスは舌が前後に動くと言っており、舌の先端を上方向にカールさせ、先端をそうやって上下に動かすとよいと言っています。この描写がひとを混乱させているんじゃないかと思います。実際にひとびとがやっていることは、むしろその反対に近いと思うのです。」
イリティス
「タンギングについては、システマティックな計測は行っていませんが、MRIで何千人もの口の中の舌の動きを見てきました。
それで言うと、舌の動きはどちらかといえば斜めの動きです。舌が前方に行きます。先端がどこに触れるかは、被験者ごとに少し異なるかもしれません。
音程と舌の位置の関係は、これまで考えられてきたほど明確ではなさそうですが、タンギングにおいては舌は前方に動き、先端が触れる位置は多くのひとが昔から言ってきた通り、普通は歯と歯茎のつながるところです。
その後舌が戻って来るときは、下&後方向戻っていきます。
ですから、タンギングの動きは単純な上下でも前後でもなく、『触れに行って、引っ込める』というような動きなのです。引っ込める動きは、舌の筋肉自体が下に動くととみに、圧縮します。口の構造に沿って、収縮するように見受けられるのです。」
エリクソン
「ファーカスのお題目の一つに、『唇の間にタンギングしてはならない』というものがあります。一方で、それは構わないと考える流派もあります。わたしはそれは文脈や状況によると考えるのですが、その点についてはいかがですか?」
イリティス
「ひとによっては、ときには舌が普通より下の方に動き、若干唇の間のところに近づくことがあるのは、明らかです。むしろ、歯と歯の間と言ったほうが正確かもしれません。
ここで問題になってくるのは、わたしたちが身体感覚的に感じる、舌がどこに触れているかという主観的な感知の仕方は、わたしたち自身の意見によってすごくバイアスがかかってしまうということです。
舌の先端というのは、独立した小さい物体ではありません。どこかにチョンと触れる点のようなものではなく、しっかり面積と体積を持ったものなのです。かなりの大きさをもった領域なのです、舌の先端というものは。」
エリクソン
「わたしには、舌の先端は平坦な領域のように感じられます。先端の一点ではなく、舌の歯の裏の面に横断的に触れてるような。」
イリティス
「その通りです。それに、舌の先端の感覚神経からの情報処理という点から考えると、ホムンクルスといって脳における感覚情報の処理の割合を人体図化したものでみると舌は巨大な割合を占めています。舌の感覚受容器の数はすごく多いですから、あまりに情報量が多くてわたしたちは自分が意識できることに基づいて主観的に解釈をすることになるでしょう。ですから、自分の舌の先端が上の方にあるとか、下の方にあるとか『思う』ことはあるでしょうが、それは自分の注意がどこに向いているかによって作られた印象であると言えるかもしれないのです。このテーマについてはこれから将来にかけてたくさん論文が発表されるでしょう。」
エリクソン
「これに関連して、次はスタッカートです。ファーカスは、決して舌で音を切ってはいけないと言っています。それもよく聞く話ですが、たとえばとても速いタンギングなどだと、舌で切らずにどうやって区切るんだと思います。そのあたりについてはどうお考えですか?」
イリティス
「タンギングのスピードによってすごく変わってくると思います。シングルタンギングで非常に速くタンギングしているときは、やはり当然、舌で音を切るでしょう。
とめどなく流れる水を舌でkatakatakataとナイフで切って音を止めるようなイメージが私自身好きで、実際のところ速いタンギングでは舌が音を止めているのは間違いありません。それ以外の方法も想像できません。
しかし、私たちが聞いていて好まないようなスタッカートというのは、速くないシンプルな単発的なスタッカートをやっているときに舌でブツッと切って聞こえるようなときでしょうね。このときは、舌でブツッと切る以外にも、いろんなやりようがあるでしょう。
ここで、声門の話がまた戻ってきます。
ドイツのゲッティンゲンで先述のサラ・ガレスピーと研究をしていたとき、少なくともそのときの被験者たちで分かったことは、シンプルなスタッカートにおいては音の終わりで声門が閉じ、それで音を止めているということが分かったのです。そして、声門の開きから、また音が立ち上がるのです。ですから、音を短くするうえで、声門の閉じは確実に関わっています。
タッ、タッ、タッ、と声でも発音するおき、喉を開けっぱなしにしないでしょう?息の流れを止めますよね。声門が閉じるのです。これについても、近々学術誌などで読める形でまとまっていくでしょう。」
エリクソン
「音は舌で切ることも、声門で切ることもできる。つねづねそう感じてきました。あとは音楽的な望みに応じて、別にいちいち考えてメカニカルにコントロールするわけではなく、使い分けていると思います。声門の方が、切り方がソフトですよね、唇から遠いから。」
イリティス
「その通りです。初心者の方は良い質のスタッカートをできるようになるのにかなり悪戦苦闘することも多いでしょう。そのとき、喉を閉じようと頑張る必要はありませんが、タッッ….. タッッ….. タッッ…..というふうに声で発音するときに声門が閉じるのが実際に感じられます。声門が閉じるんだ、閉じていんだという知識が役立つこともあるでしょう。」
エリクソン
「タンギングについて、ぜひみなさんにイリティス博士の動画を見ていただきたいです。」
– – –
『MRIでみえてきた、ホルン奏法③〜音域〜』へ続く
– – –
(この研究プロジェクトの支援・寄付をお願い致します http://www.gordon.edu/mrihorn )