演奏をしているひとはきっと、その心の奥深くでは、たとえ何らかの理由で演奏能力が著しく損なわれ、上手下手で言えばすごく下手になったとしても、演奏をしたいと願っていると思う。
それならば、演奏に求められるのはただ演奏することだけ。質、上手さ、正確性、ぜんぶ喜ばしいボーナスなんだ。
自分につける○は、もっぱら演奏中に演奏することを続けたかどうかだけで判断したらいいんだ。
失敗したから×なんじゃない。ミスした後に演奏中の自分にダメ出しするのが×なんだ。
うまく演奏したから○なんじゃない。ミスしても次の瞬間から演奏にコミットし直したから○なんだ。
演奏したいから、演奏する。
評価は結果や質に対してではなく、演奏したいという望みを演奏することで満たしているかどうかに対してする。
演奏したい自分に厳しく自己責任を全うする方法は、ただ演奏すること、そしてただ演奏したことのみを以って自分に○をつけることなんだ。
結果、質、ミスの有無、水準の高低で自分に×をつけ始めると、演奏が怖くなる。演奏から遠ざかる。
極端な話、だれかにボロカスに言われても、音を半分以上ミスしても、演奏することが大事。演奏さえしていれば、それで100%OK。
そして幸いなことに、わたしたちは人間はやりたいことをやっていれば、それに長けてくる。それに合わせて変化し、成長していく。
だから演奏したくて演奏していれば、幸いなことに演奏がうまくなる。
ほんとに幸いだ。
. . . . .せやからほんまはぼくももっと気軽に演奏せなあかんなあ(;´Д`A