この1年弱、月2回ペースでレッスンを受けに来てくれていた教え子が、京都市立京都堀川音楽高校に見事合格しました (^_^)/
とても上手な子だったので、心配はしていませんでしたが、嬉しいものですね?!
この1年間、レッスンを続けてくれたおかげで私も大変良い学びになりました。
最も大きな発見は、
「その人の能力を100%信頼し、能力を阻害していることをやめていく助けをすることに徹する」
というスタンスです。
ついついホルンのレッスンでは、その時点での不完全性やミスに気が行ってしまいます。しかし、それでは本当にダメなんだと学びました。
レッスンでの教師の役割は、「その人がうまくなることを助けること」です。
もちろんその為には、練習の習慣付けや、課題を与えることなど、少しはエンジンをかけてあげる部分も必要かもしれません。
ですが、楽器を吹くという行為を選び取っていく、音楽活動を続けて行くというエンジンの持ち主は、どこまでいってもその人自身。
教師がエンジンになっても、あるいはいつもエンジンをかけてあげるのも、またはエンジンをかけさせるべくプレッシャーをかけるのも、どれも効果は一時的で副作用がある気がします。
教師は、エンジンを自分でかけたくなるスペースを与えてあげればいいと思うのです。
では、どうすれば人はエンジンをかけたくなるのか?それは、「吹いていて楽しい」という感覚です。これが好きだ、これをやりたい。そういうエネルギー。
これを人が実感するのは、
1:素晴らしい音楽演奏の場を経験するとき
2:もっと「できる」ようになったとき
であると思います。
この2番目を促して行くのがレッスンの大きな役割ですね。レッスンを受ける事で、やっぱりウマくなりたいですよね。
その「上手くなる」という現象がレッスンで起これば、とても勇気が湧くし、楽しさや興奮を感じます。そして、レッスンで「上手くなる」現象の「起こし方」が分かれば、普段から練習がとても面白いものになります。こうやって良いスパイラルになっていくと理想的です。
この良いスパイラルを作り出す力を与えるのが教師の役割かな、と思うようになりました。
それを実現するために、「その人の能力を信じきる」ことです。
その人には必ず能力がある。あるのだから、それが発揮されるような道筋ややり方を探っていけばそれでよい。そういう考え方です。
こういう考え方が明確になるにつれ、そしてレッスンのとき私自身がその考え方を明確に持ち、「批判」「指摘」モードに入らないようになればなるほど、レッスンでは「上手くなる」という現象が起き易くなっていきました。
そして、何より大事なことは、「上手くなる」ことはどういう意味か、ということです。それをレッスンさせてもらっている中で非常にはっきりと理解させてもらえました。
「上手くなる」ということは、とにかく「楽になる」のです。「自然になる」「吹き易くなる」「できなかったことができるようになる」んです。
その人にとっての自然な吹き方、自然な音楽性が姿を見せる瞬間。とても解放的な感覚が伴います。
「これがうまくなる、ってことだよね」と二人で分かち合えてある日のレッスンから、上昇気流になったのを覚えています。
これが私自身の日々の練習に活かされたのは言うまでもありません。
楽器との付き合いは、素敵な自分探しの旅でもありますね。
教え子には、10年後サインをねだりたいと思います (^_^)/ 高校生活、楽しんでね!
素敵です!!教育の基本ですね。