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音楽を中心にして起業をし、あるいは起業家的精神でキャリアを形成している人物たちにインタビューで迫るのが、元ボストンブラスのチューバ奏者、アンドリュー・ヒッツ氏が運営するポッドキャスト『The Entrepreneural Musician』。
今回はクラシックからポップス、即興など多様な分野の音楽を演奏し世界的人気を博する弦楽器トリオ“TIME FOR THREE” のコントラバス奏者、ラナーン・マイヤー氏へのインタビューの続きです。第一回はこちら
【危機、逆境の中にあるマーケティングチャンス】
Andrew
『次の質問は、初めてブッキングエージェント、マネージメント事務所と接触したときのこと。
君の方からコンタクトしたの?
それとも向こうから?
いきなり飛び込み営業したのか、それとも繋いでくれるひとがいたのか。
そのあたりのことを聞かせてくれるかい?』
Ranaan
『TIM FOR FREE として初めにやったことは、「アストロ・アーティスティック・サービスという会社のオーディションを受けることだった。若手の演奏家、ソリストでもグループでも、これからという演奏家たちがオーディションを受ける会社だったんだ。クラシック音楽分野のマネージメントをやる会社。ぼくたちはいわゆる王道のクラシック音楽ではなかったけれど、それでも受け入れてくれた。
そうやって、売り込みをしてくれて代表してくれる事務所のオーディションを勝ち抜けるグループとしての初めての経験がこれだったんだ。それでアストロがあちこちに紹介をしてくれるようになった。
それが、こんどはニューヨークくのAPAP(Association of Performing Artists)につながった。毎年ニューヨークで非常に大規模な音楽メッセを開いている組織だね。お金を払って、出展して自分の活動をプロモーションできるようなメッセ。
気をつけないといけないのは、そういう展示会はいっぱいあるし、超大企業から出展のオファーがあっても、あるいは小さい企業からのオファーであっても、自分の活動にとって必要な事柄が揃っているかどうかよく検討しないとお金の無駄になるし、もっと問題なのは時間の無駄になること。
APAPに関しては、初めて出展参加したとき、ぼくらのブースには5〜6社しか見に来てくれなかったんだ(笑)70とか80を想像するもんなんだけれどね。でも良いニュースは、ブースに来てくれた会社のなかに、ブッキングエージェントが来てくれていたこと。そこで最初のぼくらのマネージャー/ブッキングエージェントとの契約につながった。この出来事はぼくらのキャリアの最大の飛躍や天気というわけではないんだけれど、間違いなく重要な踏み石のひとつではあった。他のチャンスにつながっていったから。
最初のこのエージェントは、あまりたくさんの仕事をもたらしてはくれなかったけれど、いくつか作ってくれた仕事が、次のマネジメント会社の注意を引きつけてくれて、その会社はもっと仕事を作ってくれた。そからまた次のマネジメント会社へ…というように次の仕事・次のフェーズへとつながっていった
ぼくは、「踏み石」ということをとても信じている。一晩にして、何か大きな幸運があって夢のようなキャリアが実現するなんて本当に稀だと思う。現実には、過程を経て成っていくものであるはずなんだ。このことは、若いアーティストや、これからアーティストになろうとする人たちにとっては大事なことだと思う。自分が自分に期待している方向に沿った軌道にちゃんと乗って物事が進んでさえいるならば、それは常に、うまくいっている・成功できていると捉えるべきだと思う。
Andrew
『踏み石の話は、バンド「フィッシュ」のことを思い出すね。きみもファンで、ぼくは熱狂的ファンのバンド。
最初彼らは、バーモント出身の大学生たちで、普通にバーなどで演奏するありふれた地味な存在だった。1988年に初めてニューイングランドやニューヨーク地方から外に出て演奏しに行った。車でコロラドまで行ったんだ。コロラドのいろんな街で演奏して回ったんだけれど、ひとつめの街ではあまりひとが集まらなくて、でも二つめの街ではもう少し集まり、三つめの街ではさらにもう少し集まり…と少しだけ観客が増える程度だった。SNSなんかまったくない時代のこと。
それで次に地元を離れて演奏旅行に行ったのは2年後の1990年。次はフィラデルフィアの方に行った。前回のコロラドへの演奏旅行では毎回数十人くらいしか集まらないコンサートばかりだったのが、今回はなんと数百人規模の会場をブッキングされて、しかも満員続き。2年前の少ししか集まらなかったひとたちが、でもすごく「フィッシュ」の音楽を気に入って、周りに話していたんだね。
このように「フィッシュ」も踏み石をひとつも飛ばさず、ひとつひとつ踏み上がっていって、やがて1994年のマディソン・スクエア・ガーデンでの初コンサートは45分でソールドアウト。インターネットでチケットなんか売っていない時代だから、電話や窓口での販売でだよ。まさに、評判になり口コミで広がっていく良い中身のプロダクトを携えて、踏み石をひとつひとつ歩んでいったんだよ、君の言うようにね。
Ranaan
『彼らのやり方と、ぼくらのやり方のちがいも指摘しておくと、このポッドキャストのリスナーにとって有意義だね。
というのも、ぼく自身つい数年前にやっと分かるようになったことだけれども、それはアート市場と商業市場のちがい。市場が明確にちがうから、とるべき戦術ははっきりとちがってくる。どちらもターゲットにできるけれど、ただしその場合やることはその分増える。
いまアンドリューの説明してくれた「フィッシュ」のやり方は商業市場のやり方で、まず人前に出て、次回はもう少し集まるひとを増やして、その次はさらに増えて….と加速度的に成長していくやり方。
一方ぼくらのアート市場は、非営利の市場なんだ。自分たちのグループの評判はもちろん広げたいのは同じなんだけれど、演奏の仕事・機械を得るには異なる面があって、それはコンサート企画者や興行主の望んでいることを具体的特定的に把握する必要がある。というのも、商業市場とちがって彼らは、コンサートや企画が社会にとって持つ意味を重視しているんだ。
クラシック音楽やジャズ音楽、バレエや音楽劇などは洗練された芸術形式で制度化された音楽なんだよね。そのなかでオリジナルなものをつくりあげていくんだ。そこが商業市場における音楽とは別なんだ。
でも、どんどんその二つは交差してきていると思う。異なる音楽同士が網の目ように重なってきている感じがするね。「フィッシュ」も芸術財団のホールで演奏を実際にするようになったし、ファンのぼくは同じように熱心にそれを聴きに行く。
だから実態としては重なるんだけれども、考え方・捉え方として区別されると分かっておくといいと思うんだ。音楽で仕事をしていくにしても、アート市場と商業市場という二つの異なる道から選べるということだね。』
Andrew
『その通りだね。
実際に、芸術文化財団やホールなどのコンサートの多くが、定期演奏会シリーズで行われている。きみのTIME FOR THREE やぼくがいたボストンブラスもそういう定期演奏会に出演しているね。こういう定期演奏会に来る定期会員の多くは年間通じてコンサートを聴くためのチケットを購入しているんだよね。だからもし、聴衆のウケが悪かったら、その責任は定期演奏会をキャスティングする担当者に降りかかってしまう。
だからアート市場で動いていくときはそういう役職のひとにアピールするのが大事で、一方商業市場だったら会場にひとを呼び込めて、なおかつ例えばそのひとたちが会場で飲食にお金を使ってくれれば成立するわけだ。担当者や重要人物ひとりにまずは印象付けるのが大事でその後から多くのひとに喜んでもらうという路線と、大勢の人気をはじめにまとめて博するのが大事な路線と。そういうちがいがあるね。
ニューヨークのル・パッサン・ルージュはクラブのような会場なんだけれど、ハイアート(洗練芸術音楽)のための場所。きみがさっき言ってたように、アート路線と商業路線がクロスする「場」の顕著な例だね。ぼくやきみのように、良い音楽のためなら会場が素敵でもそうでなくても喜んで聴きに行きたいひとたちがいるんだ。昔は歴と区別されていた空間が交わるようになってきている。
これって、Youtubeの影響が大きいんじゃないだろうか。きみたちのようなグループが知られるようになるのもYoutubeの力は大きい。
きみたちはクラシック音楽の教育を受け、でもジャムセッションしたり、ブルーグラスに影響された音楽のロビーコンサートをしたり、かと思えば一流オーケストラをバックに3人のために作曲された協奏曲も演奏したり。分類や区別というものを打ち破っていくような存在だね。
きみたち自身は、TIME FOR THREEの音楽をどう説明するんだい?飛行機で隣に座ったひとに、簡単にわかりやすく説明するための決め台詞はなんなんだい?』
Ranaan
『クラシック音楽界の異端児、だね(笑)クラシック音楽の研鑽を積んだもののような感じで演奏はするけれど、と。そうするとちょっと打ち解けるから、そこから背景を説明したりね。ケイティ・ペリーからストラヴィンスキーまで、混ぜこぜでやるよ、と。
正直に言うと、TIME FOR THREE を説明するのは実に大変なんだ。どういうグループかを理解してもらえるようになるのは、長く時間のかかる、口コミで浸透していくものだった。
つい最近も、オンラインで動画がヒットして、Facebookページのいいね!数が3倍になった。そんなことはいままで起きたことがなかった。これまでずっと、TIME FOR THREE の価値を込めたたくさんのビデオを公開してきたんだけれど、今回は夜寝て次の朝起きると突然ページのいいね数が1000も増えているといようなことになったんだ。それは主にマレーシアとブラジルからのものだった。人々が、動画で、あなたのやっていることを知りたがっているということを証明する出来事だったと思う。聴くだけじゃなくてね。
ブランドン・マルサリスは何年もぼくたちのメンターでいてくれているんだけれど、こないこんなことを言っていたよ。ヨーロッパで演奏するのが好きなんだと。それは世界の他の地域だと聴衆から「会えてよかった」と言われる一方で、ヨーロッパでは「聴けてよかった」と言われるから、って。
この話は、マーケティングの観点からは示唆に富むよね。「聴く」という要素は、音楽を構成する「一部分」になってきているんだ。アーティストという存在は、音だけではないものになってきているんだ。
Andrew
『もうひとつ、オンラインで話題になったきみたちのエピソードで面白かったのが、飛行機の話があるよね。楽器を持って乗り込もうとしたら拒否されて降ろされて、それこそ飛行機の真横で抗議の演奏をした、とかそんな感じの話があるよね?』
Ranaan
『そうそう、ぼくは全く別のフライだったからほかの二人のやったことだったね。ニックとザックが、楽器を持参しての搭乗を許可されなかったんだよ。またU.S.エアウェイだね。どうも楽器演奏者に優しくないみたいで。理由はよく分からないけれど。もちろんU.S.エアウェイにも説明文書を全部ちゃんと読んでくれて力になってくれようとする素晴らしいひとたちもいるんだけれど、どうも楽器演奏者向けのカスタマーサービスは欠落しがちみたいだ。
なにはともあれ、4〜5ヶ月前に楽器演奏者を守る法律が施行された。楽器を持って国内を移動することを認めるものでね。どんな楽器でも持ち込みが許されている。残念ながらピアノとハープはまだみたいだけれど(笑)
それも、TIME FOR THREE のやったように、理不尽な搭乗や持ち込み拒否に対して、何人か音楽家たちが人道的・平和的に抗議したケースが話題となったおかげなんだ。
https://youtu.be/OGr1AwyOkb8
ザックが楽器を取り出して抗議の演奏するのをさせるがままにするぐらい、無視を決め込むような有様だった。
ザックは楽器を取り出して、おもむろにバッハなどを演奏し出したんだ。このような使いは不公平だと考える理由を説明しつつね。
Andrew
『風がビュービューふきつけるようなところで、ザックが見事な演奏を次々繰り出して、ニックはそれを横で見て爆笑しているんだよね(笑)ニックは無視を決め込むパイロットに話しかけたりなんかして。ネットで大きく流行したのも当然だね、「本当の話なの?」と思えるくらい、なんか仕込まれているんじゃないかというくらい、印象的だよね。
素晴らしい音楽家が、古い貴重な楽器を飛行機の真横で取り出して演奏を始める。彼の演奏を心待ちにしている人々のところに彼を運ぶはずだった飛行機の横でね。』
Ranaan
『この行動こそ、とても起業家的なものだと思うんだ。普通に考えれば、悪い出来事、悪い状況を逆手に使って、その状況の中にある機会をつかみとる。この件ではオンラインで大きな話題作りができた。
そのほかにも、ぼくたちは何度も閃いた体験をしているよ。
人為ミスというのは必ず起きるんだけれども、そういうものに対して防御的になるんじゃなくて、そういう出来事のなかにあるチャンスに対してオープンでいようと。
あるとき、乗せられるはずだったコントラバスが手違いで乗せられなかったフライとがあった。そのときも動画を作って、さっき話してたザックの動画ほど話題にはならなかったけれど、それでも「その後」のエピソードとしてまた話題を作れて、新たな機会がたくさん生まれた。
ほかには、あるときサウスウェスト航空のパイロットと友達になる機会があって、彼は音楽が大好きでコントラバスも大好きで、音楽の話ばかり一緒にしていたんだ。ぼくはそのときコントラバスを持っていなかったんだけど、弓を持ち運んでいたから、彼はそれに気がついたんだ。そこで、ニックとザックの演奏をオファーしたんだ。航空機内で演奏をしようか、と。すると実際に、ニックとザックはフライト中の機内演奏会をすることになったんだよ。』
Andrew
『その様子をラナーンが撮影している動画が実際にあるよね』
https://youtu.be/J0sKLs0BF4g
Ranaan
『機会、チャンスって目の前にあるんだ。ちょっと考えて、嗅ぎつけるだけでいいと思うんだ。ここまで話したいろんな出来事、機会というのは全部、「踏み石」だと思うんだよね』
Andrew
『U.S.エアウェイの件の動画がどうしてあれだけ流行して話題になったかというと、ひとつ大事なのはニックとザックは、やな感じにしなかったということ。パイロットのことを糾弾したり、誰かに怒鳴ったりしていなかった。そういう怒りに満ちたものも話題になることはあるけれど、話題になる理由がちがう。なかなか飛行機に乗せない航空会社に対して、「よし、じゃあいいや、バッハでも弾いてじかんんを潰そう」という態度でその出来事に対応したんだよね。機会をそうやって見つけ出したんだ。そういうことをするのが経験を通じてできるようになっていくこともあるし、元から上手なひともいるね。素晴らしいことだ。』
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