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この記事は、アメリカのトロンボーン奏者の David Wilken 氏のウェブサイトより記事『What Is the Rational For How You Set the Mouthpiece?』を翻訳したものです。
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マウスピースを当てるときの、唇のあり方について
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インターネット上の掲示板『Trumpet Herald』のトピックを読んでいて、マウスピースを唇の上にどうセットするかということに関して改めて考えた。
【唇はリラックス?それとも何かする?】
RobertPさんがこういう質問を投稿していた。
『マウスピースを唇に置くとき、唇は完全にリラックスさせておくのだろうか?それとも、何か操作をするのだろうか?張るのか、固めるのか、伸ばすのか、すぼめるのか…などなど。みなさんは、マウスピースを置くときにしていることをどう説明するだろうか?』
その質問への回答として投稿された中身を読んでいると、本質的に2つの異なるやり方があることが分かった。
ある人たちは、なんらかのやり方で唇をしっかり作ってからマウスピースを置いていると述べていた。
一方で他の奏者たちはなるべくリラックスした唇にマウスピースを置いて、演奏の直前にのみアンブシュアを固めることを好むと述べていた。
いずれにせよ、わたしにとって最も興味深かったのはこの対立する2つの観点の背景にある理由付けであった。
【理由付け】
わたし自身は「先に唇を作っておく」派だ。その考えの多くは、ドナルド・ラインハルトのメソッドに基づいている。
ラインハルトの受け売りになるが、わたしはアンブシュアのひずみや歪みはなるべく少ない方がよいと考える。
まず唇を作って安定させてからマウスピースをその上に置くというアプローチは、奏者のアンブシュア形成を安定したまま保ち、マウスピースによってアンブシュアがひねられたりねじられたりすることを防ぐことを意図している。
これは、マウスピースを一貫して唇の上の同じ位置に当て続けることを助けもする。
では、「唇はリラックスさせたまマウスピースを置く」派の理由付けは何だろう?
どうやら、このやり方を推奨する奏者というのは少なくて、単純に「実際はそうしている」ということのようだ。
掲示板ユーザーの話を読んでいると、何人かはそういう奏法の奏者を模倣しているか、どうしてそうしたらいいかを検討することなく指導者のアドバイス通りにそうしているようだ。
わたしは聞いた限りでいちばん良質だった論は、このやり方がリラックスした奏法を維持することに役立ち、演奏中の必要なときだけ唇はしっかりさせる、というものだ。
しかし、これはあらかじ唇をしっかりさせておくことの恩恵を上回るものではないとわたしは考える。
【考えない、という態度】
この話題に関連して、「分析による麻痺(“paralysis by analysis”)」を持ち出す向きもあった。
もう考えなきゃいけないことは十分すぎるほどあるのだから、これからわざわざマウスピースを当てるときに唇をどうしておくかなんて考えなくてもいいではないか、というものだ。
そういう議論の数ある問題点のひとつは、もしあるやり方の方が良い結果をもたらすのだとすれば、「考えるのはよくないから」と言ってそのやり方を取り入れていかないことは、可能性を狭めているということだ。
あるやり方がもし問題をもたらし得るなら、そのことに気付いていないままだと、いざ問題が起きたときに正確に対処することが不可能になってしまう。少なくとも指導者たちは、このことを知的に理解しておく必要があるだろう。
【動き回る標的】
アンブシュアの問題に関連してだと、「リラックスしたままの唇にマウスピースを置くことは理想的ではない」とする論理的な理由をいくつか見聞きしたことがある。
このやり方がマウスピースで唇をねじったり歪めたりすることにつながる可能性があるということはすでに述べたが。
唇にマウスピースで圧力を加えた後に唇に力を入れると、唇に対してマウスピースがピン留めするように働いてしまい、マウスピースを置き直すたびにマウスピースと唇の位置関係が変わってしまって一貫しないことになってしまう可能性がある。
唇がマウスピースのカップの中での理想的なポジションにスライドしていくために、いつもマウスピースのリムに当たりながら動くことになって、結果的に、マウスピースを当て直すたび「じっとせず動き回る標的」にマウスピースを正確に合わせなければならないという難しい作業をすることになる。
また、発音の直前のその一瞬までマウスピースの圧力をアンブシュアに対してかけないでいてしまうと、その難しさはさらに高じることになる。
話を先に進める前に一点、確認しておく必要のある重要なことは、発音するときにどのようにマウスピースを当てるのであれ、フレーズ間で息を吸うときに、形成しておいたアンブシュアを一度開けて息を吸って、そのあとにアンブシュアを作り直すようにしている場合は、最初の発音時にしっかり作った唇の上にマウスピースを置くようにしていても、それもやはり「じっとせず動き回る標的を狙う」難しさを負担することになるということだ。
【結論と助言】
アメリカのトロンボーン奏者で金管楽器指導者であったドナルド・ラインハルトが教えていたマウスピースの当て方、そして安定したアンブシュア形成の保ち方に関する手順は、わたしの意見としては、実践すればすべての金管楽器奏者がその恩恵を得ることができるものだと考える。
ラインハルトの述べることはあくまで理想ではあるが、そのゴールに向かって小さなステップを進めていくことは、述べらている全てのステップにこだわってシャカリキにならずとも良い結果をもたらし得るものである。
以下のようにして、要素を細かく分解して少しづる取り組むことができる。
〜理想形に向かうエクササイズ〜
①少なくとも5分はかかるような、あなたがすでに覚えている単純なエクササイズを使ってウォームアップを始めよう。ロングトーンや自然倍音のスラーはこのエクササイズにとても相性が良いだろう。とくに、いつもとちょっとちがう音域から発音してみる場合はなおさら相性が良い。
②鏡を使うか、動画でアンブシュアを撮影して、どのようにアンブシュアを作ってマウスピースを当て、発音し演奏しているか見られるようにする。練習中、自分が何をしているか分析する必要はない。ただし、見えているものに気がつくようにしておこう。
③この5分ほどのウォームアップの間は、必ず、マウスピースをアンブシュアに当てる前に唇をしっかりさせておく。アンブシュアをしっかり安定させるのは唇の中央の部分ではなく、口角である。ここではどの音を演奏するかに気を向けるのではなく、口角をしっかり固定して演奏のポジションから動かないようにしておきたいのだ。
④はじめは、マウスピースをアンブシュアに当てた後、鼻から息を吸って発音するようにしよう。マウスピースを当てて発音する前にアンブシュアが演奏ポジションにセットされているという「理想」に慣れるようにするためだ。こういうことを練習しながら、鏡または動画に映っている口角をとくに観察しよう。さいしょのうちは、息を吸うときや最初の発音の前に口角が少し緩んだり、動き回ったりするようなこともあるかもしれない。発音の前と後で、見た目が同じであることを目指して取り組む。 理想的なゴールは、音を消して映像を観たときにいつ発音したか分からないくらい、アンブシュアが発音前後で一定しているようになっていることだ。
⑤鼻から息を吸うことに慣れてきたら、こんどは上下の唇の真ん中はマウスピースの中で軽く触れ合わせたまま、口の角から息を吸うようにしてみる。演奏しているときと同じようなマウスピースの圧力をかけ続ける。口角を単純にリラックスさせ、ゆっくり口角から息を吸ってみる。場合によっては、口角を唾液でかなり濡らしておくとやりやすいかもしれない。こうすれば、発音するときに口角は演奏ポジションに「スナップ」するようにサッと入るだろう。
⑥ここまでのことを数分やったら、あとはもう忘れてその日練習したいことを練習すればよい
⑦練習後のウォームアップのときもここまでの練習方法を数分やっておこう。
以上である。
【一日数分。】
一日ほんの数分でよいのだ。
最初はすごく奇妙に感じるかもしれない。とくに何年もちがうやり方でやってきていたとしたら。
わたしもそうだった。演奏の真っ最中の考えなくてもこれが自動的にできるようになるのに、わたしは何年もかかった。
しかしながら、それまでの学習過程の最中ですでに、上記のエクササイズの手順を一部抜かしてしまったり間違ってしまったときすら、だんだんとアンブシュアの作り方が一貫して一定してきているのを感じることはできた。
ひとによっては、わたしより簡単にあっという間にモノにできるかもしれない
いずれにせよ、このエクササイズの理想形に向かって努力する価値は大いにある。
さて、
・あなたはすでに、マウスピースをあてる前から唇をしっかり作ることをやっていただろうか?
・それは努力してできるようになったことだろうか?
・それとも自然にできたいただろうか?
これまで考えたこともなかったり、あるいは意図的にリラックスした唇にマウスピースを当てるようにしていたとしたら、ぜひここで述べたエクササイズを試すことを考慮してみてほしい。
何週間か試してみて、どうなったかぜひ知らせてほしい。
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名古屋でホルンを吹いてるアマチュアです。
トロンボーンの場合はそうなのかもしれませんが、ホルンの場合は(私の場合は?)違う気がします。理由は、まずマウスピースを当てる前に作っておかなければならない様な極端なアンブシャではない。次に、高音から低音まで一定のアンブシャではないので当ててからでも自由に変えることができる様にしている。
私の出した結論は音を出す直前のアンブシャが重要であって、当てる前のアンブシャは気にしなくても問題はない。
バジルさんどう思われますか?
酒井さん
コメントありがとうございます。
わたしは、この話は「トロンボーンには通じるがホルンには通じない」とは思いません。
理由は:
1:この話の背景にあるラインハルト、エリオット、ウィルケン氏の研究はトロンボーンに限られたものではなく、金管楽器に関して横断的になされたものである。
2:ラインハルト、エリオット、ウィルケン氏それぞれにレッスンを受け、大いに助けられているホルン奏者は多数いる。
3:わたし自身が、いまこのやり方を取り入れているところ、2ヶ月前に顎を痛めて以来不調で不安定だったアンブシュアの立て直しがグッと進んだように感じている。
4:ホルンも、機能的なアンブシュアは基本的に高音から低音まで一定である。(この場合の「一定」とは、見た目の話ではなく、第一に息の方向が上下入れ替わらないこと。第二にどのオクターブにおいてもアンブシュア動作の量は同じである。という意味において)
以上です。
Basil Kritzer
クラリネット吹きです。
バッターが打席に立ってバットを構えている状態をイメージしてます。グリップはゆるく、体をリラックスしていつでも筋肉が始動できるようにしておきます。ボールが来ました。体中の筋肉を始動して振りに行きます。グリップが決まるのはボールが当たるその瞬間。ボールの力に負けないように、常にセンター方向を意識して打球を飛ばします。必要十分な筋肉でその仕事をします。その決まったグリップを時間を巻き戻して構えの状態に持ち込む事はしません。体が硬くなってボールが来た瞬間にスイングできないからです。
私にとっては音が出ている時間のみアンブシャーが決定します。息の力に負けない音程や音色に必要十分な筋肉が働いているようです。でもその筋肉の状態はあまりに複雑で、音のなってない状態であらかじめ再現できません。
という事で、引用された記事には違和感を感じております。この感覚についてどう思われるでしょうか。
gさん
金管楽器の演奏において、音を出すときに、アンブシュアのメカニクスが健全に働くようにするための手順、ということです。
野球の技術論は詳しくないけど、バッターがぼーっと立って構えるようなことはせず、腰を落としてバットや腕の角度を精密にセットしてますよね。そういうところに相当するのかもしれません。
Basil