【楽器を落としそうなほどの手の震え】

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是澤悠さん(オーボエ)

【小学生のときに始まった手の震え】

私自身の最大の悩みは楽器を演奏する時の「手の震え」でした。
自分の言うことを手が聞いてくれないような感覚と戦っていました。

初めにそのことに気付いたのは小学校6年生の時のピアノのコンクール。全国大会の本番です。

それまでの私は厳しい指導で有名な先生のところにも通い、「本番に強い」みたいな言われ方もしていて、自分でも本番の演奏には自信がありました。

ピアノが好き、音楽が好き、というよりはこれが自分の特技だからやっている、くらいの感覚でした。

そのコンクール、小4の時も全国大会で入賞しているので、特に気負うこともなかったのです。

なのに、

「いざ本番!」

となった時にふと、

いつもは簡単に弾けているフレーズで指がもつれてしまいました。手がブルブルと震えていることに気付いたのです。

その時は、あーやってしまった、というぐらいのもので、結果的に入賞も出来たし、そこまで気にはしていませんでした。

【オーボエに出会う】

後に吹奏楽部に入ってオーボエを始めました。

吹奏楽部で人前で演奏すると、とにかく手が震える。

緊張すると誰でも手足が震えたりするもの、と思っていたので、

「これは慣れの問題」だとか、
「心を鍛えればいつか改善される」、

と思っていました。

周りの友人達からもからかわれたりするので、常に小さな悩みの種ではありましたが、まぁ、いつか良くなるんだろう、というくらいに思っていました。

この頃にはどっぷりと音楽、吹奏楽にもはまって、自分は音楽で生きていくことを決めていました。

【楽器を落としそうなほどに…】

手の震えも気になりながらですが、高校から単身東京へ出て、東京藝大附属高校へ進学することになりました。

しかし、高校、大学と本格的にオーボエを学び始めて以降、状態はどんどん悪くなっていくように感じていました。

沢山の高度な演奏技術、音楽表現を学んでいく中で、もちろん楽器を演奏することの上達も感じてはいましたが、普段の練習中も何となく指は不安定だし、とくに人前だと、楽器を落とすんじゃないかというくらいの震えがくることもありました。

手も足もガクガクブルブル震えて周りの人に驚かれるくらいの事もよく起こるようになり、それがピアノを弾いていても、楽器を持っていなくても起こることすらあるようになっていきました。

これについてはと何度となく恥ずかしい思いをしました。

指先がブルブルというよりは、遠くから見ていてもガクガクしているのがわかるくらいのものなので、誤魔化しようがありませんでした。

【騙し騙し続ける】

それでもとにかくこの道を諦めるつもりはありませんでした。この道しかないと心に決めていました。

震えはいつか治ると信じて、震えることを前提にいろんな準備をしたり、とにかく練習を重ねたりしてどうにかやってきました。

オーボエの師匠にも一緒に吹いてもらえるような現場をたくさん作って頂いたり、音楽的に難しい挑戦ができるような環境を用意して頂いたりしたのもあって、素晴らしい音楽を体感できる本番、モチベーションに繋がる本番もいくつか経験していきました。

しかしそれでも、自分にとってはひどい結果になる本番の繰り返しだったので、心身共に疲れていってしまいました。音楽が好きだという気持ちを栄養にして、手のことは騙し騙しやり続けるしかありませんでした。

大学時代には心療内科に通って、薬を処方されたこともありましたが、安定剤を沢山飲んで、落ち着くには落ち着くけど、本番中の記憶が曖昧になるだけ、終わるとすぐ深く寝てしまう、ということもあって、そのような治療の継続には無理がありました。

【仕事が増えるにつれて….】

そんな状況下でも少しずつ、大好きだった吹奏楽の指導に関わるようになったり、有り難いことに演奏のお仕事、オーケストラや吹奏楽のプロの現場でのお仕事を頂けるようになったりするようになりました。

自分にとっては夢のような現場、そしてチャンスの連続でした。

その頃の手の震えは演奏をスタートして少しの時間がピークだったので、それを乗り越えればどうにかなる、と自分に言い聞かせて沢山の準備をしました。

今思えば、本当にギリギリのところを進んでいたと思います。

しかし、その後の大学院の入試でも震えでまともに演奏出来ず、失敗。

コンクールでもガクガク震えてしまい….

といった状況も続き、徐々に

「震え」があるから、どうやっても自分には結果を出すことは出来ないのではないか

と思うようになりました。

音楽が好きになればなるほど、努力をすればするほど震えも酷くなるので、楽器に触れる時間も段々と短くなった時期もありました。

「震え」は治らないのではないか、と諦め始めていました。騙し騙しやってきていることにも限界がきているように感じ始めていました。

例えば、オーボエはオーケストラでも吹奏楽でもチューニングを担当することになるのですが、それすらまともにできない。

実際の本番でもチューニングをしようとしても、手だけでなく、音もブルブル震えてしまい上手く出来ず、会場のお客さんがざわついてしまうようなこともありました。

現場でも迷惑をかけることが多くなり、周りのプレイヤーの方々にも心配を与えることになり、チャンスと思えるような場でも、演奏が上手くいくことは無くなっていきました。

演奏できる現場が限られてきているのが分かるようになってきました。

家で一人で練習していても震えが起きる頻度も増えていました。

【焦りが極限になり、諦めが募ったそのときに…】

このままでは何も出来なくなる。

そういう焦りの中、とにかく数多くの治療を試したり、様々な病院に行ったり、いろんな考え方やあがり症についての本を読んだりしましたが、決定的に効くようなことは何もありませんでした。

生活をしていくことも段々と難しくなってきていました。数少ない演奏の場と指導の場だけではもうどうにもならない。

指導の現場でも、震えることを見せるのが嫌なので演奏を見せることは少なくなっていました

プレイヤーとして生きていくことを諦めて地元へ帰ろう、と思い始めていた時、出会ったのがアレクサンダーテクニークやボディマッピングについて触れた本でした。

昔から存在は知っていたのですが、何か怪しげというか、いまいちよくわからなかったので触れずにいました。

しかし、ちゃんと本を読むと、

これは‥‥!

と思うところがいくつかあったのと、

あるときの地元の本番で、アレクサンダーテクニークやボディマッピングの本で知ったことをいくつか生かして演奏してみたら、

ここ最近感じたことがないくらい感触が良く、大きな事故もなく演奏することも出来ました。

そこで、周囲で話題になっていたバジル・クリッツァーさんの体験レッスンに向かうことにしたのです。

【自分の症状の根本的な改善がはじめて感じられた】

バジルさんのレッスンでは体の構造について少し学んだり、演奏するときに楽器を自分に持ってくるやり方などを教わったりました。

早速自分の普段の練習でも試してみたら、

驚くほど演奏しやすい。

問題が気にならないとは言わないけれど、自分の症状の根本的な改善がはじめて感じられました。

その時、自分をゆっくりと客観的に見ることが出来たような気がしたこと、もしかしたら、自分のこれまでやってきたことを少しずつ振り返りながら、良い方向に変われるかもしれない、という感じがこのアレクサンダーテクニークというものにはあると思いました。

【身体への優しさと信頼】

それからは不定期ではありましたが、レッスンに通うようになりました。

学びが深まる度に、腕や手のことを少しずつですが信頼できるようになったり、今まで当然のように思ってきた体の使い方が体の現実とはマッチしていないことを学んだり、新たな演奏方法や考え方を学ぶことが出来たりました。

段々と演奏や本番で使える方法が増えていきました。

それまでは演奏するときには、まず震えることに対しての対処することばかり考えていました。

腕を力づくで固めたり、動きも必要最小限に制限したり、演奏中にはもう一人の自分が厳しく監視(演奏に対してというよりは、震えに対して)しているような感覚にあったのです。

しかしアレクサンダーテクニークを取り入れはじめてからは、体を力づくではなく優しく使っていけるやり方を見いだすようになってきたように思います。

自分自身が自分を「監視」ではなく、「観察」し続けて情報を得ていく。
そこから新たな方法を試してみる。

そして何より、

自分を応援し続ける

といった新しい考え方など、自分にとって役に立つことを沢山学べました。

【グループレッスンの力】

最初はプロとしての活動をしながら、他の参加者の方々に見られることになるグループレッスンというものにはとても抵抗がありました。

しかし勇気を出して受けてみると、参加者それぞれがいろんな悩みや改善したいことを持っていて、そこから沢山のことに気づくことができ、ほとんどが自分にも役に立つような事柄ばかりでした。

同じようにプロで活動している馴染みのプレイヤーの方ともばったり会ってしまうこともあって、正直気まずい思いもしたのですが、より高度な学びが出来たり、それなんだよなぁ!と共感を得たりすることも多くありました。

そして、それぞれの方がレッスンによって、すっかり悩みが解決するような瞬間に数多く出会いました。

一回で完全解決にならないときでも、解決に向かっていく様子はとても感動的であり、衝撃的でした。

もっともっとこういう思いをしたいと思うようになりましたし、自分の症状も少しずつですし、波もありましたが、良い方向に向かい始めていました。

今まで、根本的に良い方向に向かったことすらなかったので、これだけでもモチベーションに繋がっていたのです。

この頃には震えても多少は気にせず演奏をすることが出来るくらいになってきていました。

音楽と、演奏と向き合うことにチャレンジすることが出来始めていました。

【自分の症状の正確な事実を知る】

そうしてアレクサンダーテクニークのレッスンを受け、演奏に向かう事が初めて前向きになり始めていた頃。私にとってもう一つの大きな出会いがありました。

もう一歩何か改善する方法はないか、と思っていたところに、何となくネットで見た情報を頼りに、とある病院に行ってみたら、自分の症状にははっきりとした病名があること(本態性振戦)、完治はしないかもしれないが、投薬治療や病院でケアできること、治療法がいくつかあることを知りました。

アレクサンダーテクニークの発見者である F.M.アレクサンダー本人も朗唱を行う際に声が思うように出なくなって、まずは病院に行ったということだったので、私にとっては幸運なことにその病院やお医者さんが当たりだったわけです。

それから、いざ演奏してみると、今までの自分が嘘かのように演奏できるようになっているのです。

今までの苦労はなんだったんだろう、と一人で笑いが止まらなくなりました。

それからの初めての演奏の現場では今までは考えられないクオリティで演奏することが出来ました。

一生忘れることができない演奏会になりました。

今までやりたくても出来なかった沢山の音楽的なアイディアを持ってチャレンジすることが出来るようになりました。

こういうことが出来るようになってからは音楽と向き合うすべてのことをとても幸せに感じています。

【探求、取捨選択と成長】

こう書くと、病院との出会いがすべて、のようになってしまいそうですが、自分にとってはアレクサンダーテクニークで学んだ考え方は無くてはならないものになっています。

一時期、そういった考え方や体の使い方をあまり意識せず、治療だけで演奏に望んだことがありましたが、正直あまりうまくいきませんでした。

それは震えのことばかり考えて「対処」していたような吹き方や考え方があまりに強く、音楽ではなく震えに向いていて、制限的で、自分には向いていなかったからだと思います。

より多くの表現や音楽的にシビアなことをやろうとする時にはアレクサンダーテクニークのアイディアは自分にとってとても有効なものだとはっきり言えます。

もちろん、中には自分でもこの考え方は合わないなぁ、とか感じることもあったりしますし、今までの演奏方法が有効なこともあるのですが、それはそれで結果が良ければなんでもよいのです。

新たな手段を得ることによって、心にも余裕が生まれます。試してみたい、探求してみたいという欲が生まれてくるのも楽しみの一つとなっています。

取捨選択がいつでも出来る、という考え方も気に入っているところです。

今の自分は、体の症状に対する病院での治療とアレクサンダーテクニークの学び、そして今まで積み重ねてきたオーボエを演奏するための技術や数多くの経験、音楽に対する誠実な気持ちや愛情、の合わせ技で演奏出来ていると言えます。

【また仕事が増えてきた】

このような中で、ほとんど震えが起きることもなくなり、震えを気にすることも少なくなり、演奏の仕事の幅も広がり、数も増えてきました。

以前は任されなかったような、チャレンジできなかった大役や大きな仕事も出来るようになってきました。

以前よりも多くの音楽表現を試みることが出来るようになってきました。

何より自分のやってきたことを肯定できるようになってきましたし、自分自身を応援出来るようになりました。

今は、例え自分が震えたとしても自分を責めることはまずないですし、音楽をするためのいろんなプランを持っているので、慌てることもほとんどありません。

今まで、とにかく苦労して苦しんで苦しんだ先にしか光はない、と思い込んできた自分にとって、とても大きな、嬉しい変化です。

実際にはここまでの道のりは苦労があったからこそなのかもしれませんが、今までやろうと思っても出来なかった数多くの音楽表現が可能になったことによって、演奏をする、表現をするってこんなに嬉しい体験なんだな、と知ることができました。

【指導に活きる】

もちろん指導をするという立場でも、学び始めた頃からとても役に立つアイディアを沢山頂いております。

アレクサンダーテクニークを学ぶようになってから、生徒さんひとりひとりにあったプランを用意できるようになってきています。

中高生の部活動と向き合う時もいろんな方法が提案出来るので、学校の先生が指導をしながらどうにもならない、と悩んでいるようなことに対しても前向きに手段を提案出来るようになりました。

自分と同じような悩みを持っている子にも沢山出会うようになって、自分の経験によってこれ以上苦しまなくても良い方法を提案し、一緒に成長も出来るようになりました。

こういう経験、体験をしてきた自分にしか出来ない指導なんじゃないかな、とも思っています。

今、私はバジルさんのレッスンを卒業して教師養成コースに移り、より本格的に学びを深めています。

こちらは講師資格を取ることを目指すコースですが、正直、今の自分にはピンと来ていないところもあります。

今はとにかく自分の演奏のためにやっている感覚が大きいからです。

もちろん自分の学びを、沢山の苦労をしているオーボエを演奏している人々、管楽器を演奏する人々、すべての音楽に関わる人々に伝えたい、利用してもらいたいという思いもあります。

まずは自分にとって、まだまだ探求を続けていきたい、試したい、と思えるツールなのでもっともっと音楽をするために学んでいきたいと思っています。

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【楽器を落としそうなほどの手の震え】」への10件のフィードバック

      • 緊張からくる手の震えに対して、アレクサンダーテクニックはどのくらいから効果が見られるものなのですか?今から始めて3月の定期演奏会に間に合いますか?言葉足らず過ぎて申し訳ありませんでした…

        • SUZUKiさん

          震えの原因や程度によって、かなり変わってくると思います。

          軽度のものなら、数回のレッスンで軽減したり、震えても演奏への悪影響をしなくなったりすることも多い印象です。
          ただ、アレクサンダーテクニークが「効く」というよりは、レッスンで学ぶものごとによって、震えへの対処や付き合い方を理解していくということです。

          ひどい震えだと、もっと病理学的な領域になってくる可能性もあるので、アレクサンダーテクニークによってどうこうしようとするのは不適切だとわたしは考えています。

  1. 私は中2の合唱コンクールで頭が横に震え、声が震え始めたのが始まりで、私立高校の入試の面接でも頭が震えて、高校に入って吹奏楽(ホルンです)を始めてからも、練習の合奏中で皆の前でソロを吹く度、自分の大事な役割がある度、コンクール本番でも、地域で行われるイベントで演奏する時も、毎回震えていて、皆に「なんでそんなに震えるん笑」と言われても「チキン(あがり症)だからね笑」って誤魔化してきました。でも凄く恥ずかしいし、緊張しないように、緊張しないようにって思っても震えてしまうし。今年のコンクールが高校最後のコンクールでfirst吹くことになっていて、first吹けるのはとても嬉しいけど、このままじゃ最後のコンクールまでわたしが台無しにしてしまうとずっと考えていました。
    でもこのブログを読んで、本態性振戦という症状があることや、アレクサンダーテクニークというものを初めて知ってちょっと希望が見えてきた気がします。
    私も頑張って震えに打ち勝っていきます!

    • Sakuraさん

      お返事遅くなってしまいました。

      大演奏家でも震えるひと、たくさんいます。

      震えてもうまく吹けなくても、
      心のこもった素敵な演奏をすること。

      そこに照準を合わせて楽器を吹く、練習するようにぜひしてみて下さい♪

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