MRIでみえてきた、ホルン奏法③〜音域〜

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【MRIでみえてきた、ホルン奏法】
アリゾナ州立大ホルン科教授のエリクソン氏と、ゴードン大学身体運動学教授のイリティス博士の対談シリーズその3。前回はこちら

エリクソン
「次は、音域についてです。ホルンを吹く人にとって、大きな関心ごとですね。

ファーカスは、著書の「フレンチ・ホルンの演奏技法」で音域に関しては唇の筋肉などについては詳細に述べていますが、舌の位置や音節(シラブル)についてはほとんど何も触れていません。

わたしの師のひとりは、イーライン・エプスタインです。わたしが彼に師事していた頃は、彼は高音域は「Teeh」、中音域は「Taah」、そして低音域は「Tow」とやるのだという教え方でした。その後彼はそれをさらに修正・発展させましたが、これはあなたのMRIを使った研究で観察されたことと大筋一致するのではないでしょうか?

イリティス
「はい、そうです。

でも実は、エプスタインの言っていることはもともとあまり好きじゃなかった(笑)彼の最初の本に書いてあった音節に「How」というものがあったのですが、これにあまり同意できなかったのです。これは主に舌を落とすことで、そして唇の形で作る発音です。唇の形は、舌の位置と関係がありませんから。いまでは彼はそれを修正してHAW – HUH –HEH – HEEとしています。わたしはひとつそこから抜けていると思っていて、HAW – HUH – HEH—HIH – HEEだと。「HIH」は「Heh」と「HEE」の間のようなものです。小さな動きです。

なんにせよ、このような音節に関してはかなり確認できています。声での音節とホルン演奏の音節は完璧な一致はしませんが、非常に近しいものです。とても興味深い発見でした。」

エリクソン
「ぜひこのことは、もっともっと知らしめられることが大事だと思います。

口や喉をオープンに保とうするなどして高音域はうまくいかなかったり、問題を抱えたりしているひとはたくさんいるでしょうから。」

イリティス
「そうですね、無理にアンブシュアをギュッと閉じていることもありそうです。」

エリクソン
「そうですね。伝統的な教え方は、筋力や呼吸量を強調しがちです。とにかくもっと吸ってもっと吐けというような。

低音域に話を移すと、ファーカスがあまり確定的には述べずにオープンにしてあることが、顎の位置、そしてアンブシュアの変わり目についてです。

それに関しては、エリート奏者たちを観察していてどんなことが言えるでしょうか?」

イリティス
「アンブシュアの変わり目については観察のテーマにしていませんでしたが、顎の動きはバッチリ観察しました。”Medical Problems of Performing Artists”に報告を載せています。

自然倍音列の上行と下降の様子を観察しました。

自然倍音列の高い倍音のあたりを演奏しているときは、顎の動きは非常に少ないものになります。音の変化は、舌の動きで為されます。一方で、第4倍音より下ぐらいからは顎の動きが目立ち始めます。もっと上から始まっているのですが、音を下がるにつれて漸進的に顎の動きは増加していきます。これは被験者たちを通じて明確に一貫したものでした。」

エリクソン
「わたしはよく、親指を自分の顎に置いてもらって自分の顎の動きを確認してもらうというようなことをやります。すると、本人は顎を落としているつもりでも、実はそうではないことが自分で確認できるからです。

顎の動きは、大半のひとは下かつ外へ動いているように思えます」

イリティス
「顎の動きはその通りです。」

エリクソン
「リップベンド(ベンディング)は観察しましたか?そもそもベンディングとは何か?どんなメカニズムなのでしょうか?」

イリティス
「それは観察していないのでわかりません。きっとそれにも舌の動きが関わっていると思いますが、観察していないので確かなことは言えません。」

エリクソン
「伝統的には唇でやっている作業だと言われていますが、わたしは唇、顎と舌のなんらかの組み合わせなのではないかと思っています。そうやって下げた方の音程にマッチした口腔容積にしているのではないかと。

口腔容積の関連で言うと、もうひとつファーカスの持論から興味深い点を挙げたいです。

それは、ファーカスによると大きなフォルテッシモでは唇がリラックスしているのがキーポイントだということです。空気が通ることができるように、唇の開きを可能にするという考えです。

その点については、どのようなことがMRIで観察されていますか?音量によって何が変わるのかといったことです。」

イリティス
「唇のアパチュアについては、まったく観察していません。もしかしたらそれは技術的に不可能かもしれないのが正直なところです。

しかし、別の二つのことでかなり興味深いことは観察しました。

ひとつは、やはり頭からスライスしてみる冠状断面からの観察なのですが、そうすると舌を上から見ることができます。すると、舌と口の天井の間の通路を見ることができるわけです。

この口腔内の通路は、音量に合わせて完全に調節されています。フォルテッシモだとこの通路は大きくなるし、低音域のフォルテッシモだともっと大きくなります。

たいてい無意識的にやっていることでしょうが、その口腔内通路は、もしかしたら舌の筋肉の調節だけでコントロールしているのだろうと見られるわけです。

もう一点は、やはり声門です。

声門もまた、音量に合わせて変わる調整弁として働いているということが観察できました。」

エリクソン
「では、最後の質問です。リップトリルです。

指導者によっては、リップトリルは舌の動きでやっているもので、「タングトリル」だと言っていることもあります。

個人的には、自分の場合は舌はまったく動いていないと自信を持って言えます。動きは唇でやっています。

リップトリルについては、何か観察しましたか?」

イリティス
「はい、調べました。情報は収集し、観察はしましたが、正式に報告をまとめる段階までは行っていません。

きょうお話していることの多くは、まだ生のデータの段階で、観察している事柄です。

これに定量的な分析と評価をこれから与えるために、もっと科学的な調査を進めます。

そのうえではっきり言うと….リップトリルのとき、舌は動いています!」

エリクソン
「あちゃー!そうなのですか!」

イリティス
「しかし、その動きは、非常に微細なもので、ほぼ動いていないくらいです。

このリップトリルというものは、まだまだミステリーがあります。教えるのも難しいことです。多くの奏者にとって、「あれ?なんかできたぞ!」という感じでやり方を体得します。

リップトリルは、まだ説明のつかない、一定の高速の息の流れと唇でやっている何事かの間で起きる現象だとわたしたちは考えています。

リップトリルの物理は私にはまだ分からないですが、世界でも最も速いリップトリルができるようなひとたち、たとえばファーガス・マクウィリアム、マークス・マスクニティといったひとたちの場合、舌の最先端部分がほんのわずかに動いています。そのことからわたしが考えることができる唯一の説明は、その動きで息の流れをちょうど唇の振動が変わって音の間を行き来するような形で撹乱しているのではないかということです。

舌は動いています。間違いなく。ただし、非常にわずかな動きで、ほとんど目視できないくらいです。」

エリクソン
「今後も研究の進展が楽しみです。

イリティス博士のYoutubeチャンネルは、”MRI Horn Videos:Pedagogy Informed by Science” です。これをお聞きのみなさま、ぜひ観てください。 」

イリティス
「きょうお話してきた内容には、かなり確信を持っていますが、それでももっと厳密に科学的な結論を出すには、もっとたくさんの、まずはエリート奏者を観察・分析しなければなりません。もっとデータが必要なのです。3〜4年かけて、マックス・プランク研究所で研究を進めます。これにはとてもコストがかかりますから、寄付や支援を、お聞きのみなさまもぜひお願い致します。こちら:www.gordon.edu/mrihorn

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バックナンバー:
その①:『MRIでみえてきた、ホルン奏法①〜声帯・声門・喉頭の関わり〜』
その②:『MRIでみえてきた、ホルン奏法②〜スラー・タンギング〜』

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MRIでみえてきた、ホルン奏法③〜音域〜」への2件のフィードバック

  1. 改めて1,2,3と読みましたが、興味深く面白い、そして大切なアプローチの一つだと思います。ありがとうございます。

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