パニック・不安は、もう「障害」じゃない!

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きょうは同僚アレクサンダーテクニーク教師たちと集まり、われらが恩師キャシー・マデン先生のレッスンを受けた。
いやー素晴らしかった!


〜打破しなくてもいい、通過待ちしなくてもいい〜



吹きたい、練習したいという確かな気持ち。

それとパニック感や不安感、技術的な面で気になる体験フィードバックの折り合いに最近難儀していた。

そして、『なるべく気楽に通過や好転を待つ』という自分の対応方法が、実は身体の動きを抑制し、感覚をマヒさせることだったかもしれないことに気づかせてもらえた!



そして、そういう面があったにせよ、なんとかパニック感と付き合いつつ有意義に練習を続けてた自分には、エラかったとヨイダシしようと思う!

明日からは新たな、付き合い方を実践していってみよう。



鍵はまたもというかやはりというか、『ストーリーを語ること』にあった。

演奏するとき、練習するとき、どんなことを感じてもいい。どんな状態であってもいい。
パニック感や不安感があるのなら、それを言葉にしつつ情報収集できる。

またパニックや不安を、ストーリーにして音で語る・表現することができる。

しかもそれはパニックや不安をしずめることですらない!必要ないから。



どうして必要ないかというと、まず第一に、アーティストというものは、楽音にも周りの息吹にも自分の感じていること経験していることにも「反応 respond」するもの・すべきものだから、とのこと。

それにパニックや不安は、ぼくの個人的な体験を振り返っても、なくなることや静まることを期待するより、むしろぼくという人間の色濃い一部だ。

それが「なんとかなる」ことを期待するより、音楽のパートナーであり表現の材料であり、練習のテーマそのものであると理解できた方が、「次のパニック」になんだか前向きに感じられる!自分の一部だもんね♪



いままでは結局どこかでパニックや不安を「打破」するか「通過待ち」するかしていた。それってつまり、なくなることを期待していたということ。あるいは、無い方がよい「障害」として思っていたということ。

きょう学んだこと、見えてきたことでは、もう自分のパニックや不安は障害じゃない、邪魔じゃない。それを経験している自分としてやれることがあり、それをやることが練習になり表現になるんだ!



技術的・身体技能的な側面に関するレッスンは、一流のプロの演奏家の方々にも役立つことをできるようになっていた。でもこれからは、パニックと不安を理解して表現と練習につなげていくというこおとをまずは自分がどんどん取り組んで、近い内には一流のプロの演奏家の方々に還元できるようになろう!


Basil Kritzer




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