演奏家のアンブシュアタイプ分析 〜ホルン編その2〜

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今回の記事では、各タイプに関して、「わたしが感じること」という主観的な要素を敢えて加えたいと思います。

その意図は、わたしが自分と同じアンブシュアタイプ、そしてそうではないタイプに関してどのようなことを昔から感じてきたかを述べることによって、これをお読みのあなたも、あなた自身が常日頃内面的に「感じること」の意味がもしかしたらより明らかになるかもしれない、という可能性を思ってのことです。



この記事で分類している、「アンブシュアタイプ」に関しては、下記に紹介する2つの記事を詳しく読み込んでいただければ、と思います。

金管楽器の3つの基本アンブシュアタイプ
金管楽器を演奏するひとのための、アンブシュアに関するヒント


【アンブシュアタイプとは】

詳しくはこちら『金管楽器の3つの基本アンブシュアタイプ』をご覧いただくとして、金管楽器奏者のアンブシュアは2つの指標から三種類のタイプに分類することができます。


指標1:マウスピースの中の唇の割合

A:マウスピースのリムの中で、上唇の割合の方が多い奏者は、息が下向きに流れます。

B:マウスピースのリムの中で、下唇の割合の方が多い奏者は、息が上向きに流れます。

これは、正確には透明マウスピースを用いて見分ける必要があります。


指標2:マウスピースとアンブシュアの動きの方向

a:音を上昇するにつれて、マウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するときに下方向へ動く奏者。

b:音を上昇するにつれて、マウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するときに上方向へ動く奏者。


〜3つのタイプ〜

指標1においてAの奏者は、指標2においてaの運動を用いる奏者と、bの運動を用いる奏者に分かれます。

指標1においてBの奏者は、指標2において必ずbの運動を用いています。

したがって、

Aa=超高位置タイプ
Ab=中高位置タイプ
Bb=低位置タイプ


の3タイプに分かれることになります。



【各タイプについて】

Aa=超高位置タイプは、ごく一般的なタイプです。音は明るく軽く、輝かしい傾向があります。

Ab=中高位置タイプは、おそらく最も多いタイプです。音は柔らかく太く、暗い傾向があります。

Bb=低位置タイプは相対的少数派で、多くとも金管楽器を通じて20%ほどだろうと思われます。音は明るくも強い張りを持ち、密度が高く印象的です。


中高位置タイプと低位置タイプを正確に見分けるには、透明マウスピースを用いる必要が出てくることがあります。指標2の動きが同じだからです。とはいいつつも、典型的で、そうしなくても見分けがつくこともよくあります。


【低位置タイプについて】

少数派が故に否定されたり間違った指導の被害を受けたりすることが多く、ポテンシャルを引き出すことに苦労させられている傾向があるといえるでしょう。

しかし、金管楽器の世界のなかでは、トランペットの指導文化が最もこのタイプに寛容であり、そのおかげでこのタイプの奏者のサンプルも見つけやすいのが特徴です。ジャズ・クラシックどちらにおいても比較的、低位置タイプを異端視しないと言えると思います。ただし、ジャズトランペット界の方がより寛容と思われます。

トロンボーンも同様に、ジャズトロンボーン界においての方が、この低位置タイプに対する偏見が少ないように思われます。

残念ながら、ホルンの世界がもっとも低位置タイプに対する偏見が強いと言えると思います。


– – -実例分析- – –

【超高位置タイプ】

「演奏家たちのアンブシュアタイプ分析〜ホルン編その1〜」において挙げた超高位置奏者のうち、シュテファン・ドール氏やバウマン氏と同様、

今回紹介する「超高位置タイプ」のアンブシュアを持っている奏者たちの一部は、実はわたしにとっていずれも、「なんとなく真似できそう」という感覚や、「こういう音なら自分も出せるかも」という希望を感じさせてくれるということが、わたしがまだ高校生だったころからあった奏者たちです。

いまになってみれば、それがおそらく、わたしも同じ超高位置タイプのアンブシュアで、演奏メカニクスに共通性があったからなのだろう、ということが分かる気がします。


〜ペーター・ダム(元ドレスデン国立管弦楽団・世界的ソリスト)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するにつれて下方向へ動いています。この映像では、1:39〜あたりから分かりやすく映っています。

・音の鳴り方も、とくに高音域に関して非常に美しく個性的ですね。

・非常に高い音に上がる時や跳躍するときに、唇を巻き込み、かつすぼめるような動きがある気がします。アンブシュアタイプの研究者たちは、特にマウスピースの位置が高音にいくにつれて上がっていく超高位置タイプのプレイヤーは、さらに高音域を開拓していくうえで「パッカー」(=すぼめること、しわを寄せる、の意)が必要または有用だと述べています。ダム氏のテクニックにそれが使われているのかな?と興味を持っている次第です。


〜ノルベルト・ハウプトマン(元ベルリンフィル首席)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するにつれて下方向へ動いています。

・ハウプトマン氏は、ダム氏の翌年にわたしが「ハマッた」奏者です。カラヤン指揮のシュトラウスによるホルン協奏曲第2番の録音が存在するのですが、この曲に関してはわたしが圧倒的に好きな演奏です。アレキサンダー社製のホルンを使い始めていた高校2年生のころ、一体どんな音を目指すべきなのか悩んでいたのですが、このハウプトマン氏の音を聴いたときに、「これだ!」と思ったのをよく覚えています。それはいま考えるとやはり、下手で未熟なわたしながらも、自分の音の質と、ハウプトマン氏の示してくれている可能性に何らかのつながりがあると感じられていたのでしょう。それはおそらく何らかの形でアンブシュアのメカニクスに近いものがあるからではないか、と考えてみています。

・ちなみにハウプトマン氏のお弟子さんで現在ドイツのオーケストラで演奏しているある方によると、ハウプトマン氏はほとんどF管で練習していたそうです。オーケストラで演奏する曲目もF管でさらい、本番だけBb管にすることがあったそう。ハウプトマン氏の音の鳴らし方を聴いていると、わたしは「その通りな気がする!」と思ったのをよく覚えています。


〜ウィル・サンダース(カールスルーエ音楽院教授、元バイエルン放送響楽団)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するにつれて下方向へ動いています

・その軸はサンダース氏にとって、右上⇄左下という傾きがあります。これは個人差の領域です。

・楽器やマウスピースのバランスからでしょうか、大変ボリューム感のある音ですが、響き方は輝かしく、明るいです。超高位置タイプ的な音の鳴り方だと思います。


〜フランク・ロイド(世界的ソリスト)〜



・わたしがドイツで5年間師事した師匠です!

・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に上方向へ、音を下降するにつれて下方向へ動いています

・その軸はロイド先生にとって、左上⇄右上という傾きが少しだけある、もしくはその軸が垂直ながらも顔の若干左側にあるように見えます。これは個人差の領域です。

・アンブシュアタイプの研究者たちは、アンブシュア動作は個人によってその大きさは異なるが、熟達するにつれて小さく、目立たなくなっていくと述べています。ロイド先生に関しては実はこの動きが実に少なくて、なかなか見分けることができませんでした。しかし、こういった極端な幅の跳躍においてアンブシュア動作を見ることができます。

・えげつない跳躍スキル、柔軟性に目を引かれて、「中高位置タイプだろう」と最近まで思っていたのですが、この動画をしっかり観たら、明らかに超高位置タイプでした。明るくて軽い音は、たしかに超高位置タイプの傾向のひとつです。

・ものすごく「アンブシュアの力が抜けている」感じがしますね。超人的な柔軟性です。でも、これだけ顎が動いても、マウスピースがぶれません。両唇の閉じも安定して保たれています。どういうメカニクス、スキルなのか、いまだによく分かりません(笑)


《超高位置タイプの特徴・傾向》

これら超高位置タイプの奏者の特徴として、しっかり超高位置タイプのメカニズムに則って演奏しているときにアンブシュアタイプの研究者たちが感じている傾向や、レッスン経験からわたしが感じている傾向を挙げると、

・高音域はどんどん伸ばしていける
・低音域は常に「緩めすぎ」になりがちで、注意深い練習が長期に亘り必要
・音色は、明るい・軽い
・半音階のスラーや自然倍音を順に上昇・下降する練習法が向いていそう。
・唇を寄せる・絞る運動を実感しやすい
・グリッサンドやスラーは得意そう
・タンギングのスピードや跳躍の俊敏性がやや苦手か(ロイド先生はまったくあてはまらない…)

といったところが興味深い点です。



【中高位置タイプ】

中高位置タイプの傾向のひとつに、「音が太い・暗い」というものがあります。中高位置タイプかどうかを見分けるのに依存すべき指標ではありませんが、補助的に参考になるポイントではあります。

今回は、そういう音の持ち主たちを例として探しました。


〜アレッシオ・アレグリーニ(聖チェチーリア音楽院管弦楽団、ルツェルン祝祭管弦楽団)〜





・中高位置タイプの特徴がよく現れています。跳躍がスムーズで、音が太く、暗いですね。

・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するにつれて上方向へ動いています

・その軸はアレグリーニ氏にとって、左下⇄右上という傾きがあるように見えます。これは個人差の領域です。


~デール・クレベンジャー(元シカゴ交響楽団)〜





・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するにつれて上方向へ動いています

・その軸はクレベンジャー氏にとって、左下⇄右上という傾きがあるように見えます。これは個人差の領域です。

・この動きは中高位置か低位置タイプのどちらかになるのですが、後は息の向きが下向きであれば(外側からはそう見える)中高位置タイプであるということになります。

・横から見ると、上で例示したアレグリーニ氏に似ている印象を受けます。そのあたりも、中高位置タイプかな?と思う理由です。


《中高位置タイプの特徴・傾向》

これら中高位置タイプの奏者の特徴として、しっかり中高位置タイプのメカニズムに則って演奏しているときにアンブシュアタイプの研究者たちが感じている傾向や、レッスン経験からわたしが感じている傾向を挙げると、

・音色は柔らかい、あるいは暗いまたは太い。
・跳躍や柔軟性に優れている。
・太い音色のまま高い音を吹こうとしがちで、結果高音域に困難を感じていることがある。
・スラーならジグザクで進んだり、タンギングならアルペジオを利用すると良さそう。
・スラーもタンギングも、ゆっくりよりかなりスピード感をつけた方がうまくいきやすい。
・唇を絞る・寄せるより、挟む・閉じるという感覚の方がしっくり来やすいか。

といったところが興味深い点です。



【低位置タイプ】

低位置タイプに関してわたしが個人的に感じてきたことは、「真似したくなる、羨ましいほどに際立つ音色」です。といっても、低位置タイプのひとに特別にそう感じていたと理解したのは、この記事を書いているときなのですが。

なかでも、音色に感動し、非常に惹かれた(でも、結局真似できなかった)ひとたちを今回は例示します。


〜ラデク・バボラク(世界的ソリスト)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するにつれて上方向へ動いています

・息の向きが上向きなのか下向きなのか、正確には透明マウスピースを用いないと分かりませんが、位置的に十分下についているようにます。

・また、水平もしくはそれより高いマウスパイプの角度、なめらかにつながるというよりは美しく鍵盤楽器のように明瞭に切り替わる音と音、独特な密度の高い音、個性的な強いタンギングといった特徴は、低位置タイプの奏者の特徴であるように思います。

前編のシュナイダー氏のようにマウスパイプの角度が低いタイプの低位置アンブシュアもあります)


〜デニス・ブレイン(ホルンで初めての、世界的ソリストと言える伝説的ホルン奏者)〜



・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するにつれて上方向へ動いています

・アンブシュアタイプの研究を長く行っている David Wilken 氏は、おそらくブレイン氏は低位置タイプ奏者の例として繰り返し言及しています。わたしもそう思います。顕著だと思います。

・音の密度、柔らかいとも強いとも言える音質、明るいとも暗いとも言える音色。そういった個性的な音が、バボラク氏もそうですが、低位置奏者の特徴のように思います。この個性は磨かれ発達する前は、「硬い」とか「詰まっている」と思われてしまうこともあるようですが、指導者としては相対的少数派である低位置タイプの伸ばし方や個性への理解が不足している可能性を自戒することが必要に思います。


〜フィリップ・マイヤース(ニューヨークフィル)〜





・音を上昇するにつれてマウスピースとアンブシュアが一体的に下方向へ、音を下降するにつれて上方向へ動いています。

・マイヤーズ氏から見て、その軸は左下⇄右上という傾きがあるように見えます。これは個人差の領域です。

・この人の音は、ppであったとしても大ホールで遠くで聴いていてもすぐ耳元や自分の後ろから聞こえてくるような、鳥肌の立つ非常に遠鳴りのする美しい音です。

・マイヤース氏に関しても、Wilken氏は低位置タイプだろうと分析しています。個性的な音色、独特の強いタンギングからもわたしもそう思います。


《低位置タイプの特徴・傾向》

これら低位置タイプの奏者の特徴として、しっかり低位置タイプのメカニズムに則って演奏しているときにアンブシュアタイプの研究者たちが感じている傾向や、レッスン経験からわたしが感じている傾向を挙げると、

・金管に共通して、相対的少数派である。
・そのため、このタイプの存在と機能の仕方を理解しない奏者や指導者に間違った指導を受け、調子を崩したり潰されたりしがちである。
・音色は明るいが、強い張りや密度がある。
・マウスピースとアンブシュアのセッティングがハマっていれば、あらゆるテクニック領域をこなせる。
・反面、マウスピースとアンブシュアのセッティングや関係がズレると、崩れやすい脆さがある。
・この特質と関係するのか、音階やスラーなどよりは、単音のアタックやロングトーンなどの練習が向いているようなケースが見受けられる。

といったところが興味深い点です。


低位置タイプのひとの練習法を考察した記事を翻訳してあります。ぜひご一読ください。
『下唇の割合が多く息が上向きの奏者の、低音域の練習法』


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以上、金管楽器奏者のアンブシュアに見いだすことができる3つのタイプに関し、それぞれの実例を映像で紹介しました。

「このひとの場合は?」

という分析リクエストがあればぜひ、映像リンクとともにこの記事にコメントくださいね。

今後、トランペット・トロンボーンそれぞれに関しても同様の記事を書きたいと思っていますので、見やすい映像をお知らせいただけると嬉しいです!

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このシリーズのバックナンバー:
演奏家たちのアンブシュアタイプ分析〜ホルン編その1〜
演奏家たちのアンブシュアタイプ分析〜チューバ編その1〜


Basil Kritzer



10 thoughts on “演奏家のアンブシュアタイプ分析 〜ホルン編その2〜

  1. デニス・ブレインはともかく、バボラークとマイヤースが低位置という分析は意外性がありました。おもしろいですね。しかし、演奏見てみるとなんとなく納得です。

      • ご返答ありがとうございます。
        そうですか…youtubeで探してもブヤノフスキー氏はこの映像しかなかったんですよね…
        ザイフェルト氏も正面からの映像となると無いのですけど、ほぼ真横からのこちらの動画ではどうでしょうか…?

        https://youtu.be/jCnExW2Pkos

          • ありがとうございます!
            それにしてもナジ氏とアレグリーニ氏とザイフェルト氏が同じタイプというのは意外です…

            • まあ、この「タイプ」というのは、①息の方向②マウスピースの移動方向 という指標で分類した機能上のタイプで、スタイルの話ではないですしね。

              Basil

  2. こんにちは。最近出された著書が人気の、ベルリンフィルの下吹きファーガスマクウィリアムさんは、いかがでしょうか?何となく、超高位置ではないかと思っています。こちらの動画の4:47頃~、演奏の様子が映っています。
    https://youtu.be/MFm2C-ve7qw

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